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寡黙の帰宅

山道の向こう。


夕暮れの光を背にして。


二つの大きな影が走っていた。


クロル。


クライム。


その二人が。


何かを担いでいる。


遠目にも。


ただ事ではないことがわかった。


ヴォイド国の高台。


そこに立っていた見張りのオーガが。


目を細める。


そして。


次の瞬間。


顔色が変わった。


「……あれは」


目を凝らす。


見間違いではない。


大きな身体。


赤い肌。


その身体を。


クロルとクライムが。


左右から担いでいる。


そして。


担がれている男の頭が。


走るたびに揺れていた。


「ヴォイド様だ!」


見張りの声が。


山間に響いた。


「緊急事態!」


鐘が鳴る。


一度。


二度。


三度。


普段の警戒を知らせる鐘ではない。


国中に響き渡る。


異常事態の鐘だった。


「北よりヴォイド様が帰還!」


「クロル様とクライム様も一緒だ!」


「ヴォイド様を担いでおられる!」


「全員迎え!」


その声を聞いたオーガ達が。


一斉に走り出した。


武器を手に取る者。


医療道具を持ち出す者。


水を運ぶ者。


何が起きたのかもわからない。


それでも。


王が帰ってきた。


ただそれだけで。


身体が動いた。


やがて。


クロルとクライムの姿が。


はっきり見える距離まで近づいてくる。


「ヴォイド様!」


「おい!」


「何があった!」


「怪我か!」


次々に声が飛ぶ。


だが。


クロルは答えられなかった。


息が切れている。


クライムも。


歯を食いしばっている。


その顔には。


明らかな焦りがあった。


ただ激しく頭を上下に振る。


「屋敷へ!」


クライムが叫ぶ。


「ヴォイド様を先に!」


「わかった!」


数人のオーガが駆け寄る。


クロルとクライムから。


ヴォイドの身体を引き継ぐ。


「重いぞ!」


「当たり前だ!」


「急げ!」


ヴォイドは。


普段より一回り大きな身体をしている。


それを数人のオーガが担ぎ。


さらに別のオーガ達が周囲を固める。


国の中心へ。


一斉に走り出した。


誰も。


ふざけなかった。


誰も。


笑わなかった。


ただ。


王を屋敷へ運ぶ。


その一点だけだった。


屋敷へ到着すると。


ヴォイドはすぐに寝台へ横たえられた。


その身体を見た者達が。


息を呑む。


「……血はあるが傷がない?」


誰かが呟いた。


確かに。


傷がない。


服には血が付いている。


だが。


その身体には。


傷らしい傷が見当たらなかった。


それが。


逆に恐ろしかった。


「ニズム様を呼べ!」


「ノゲシ殿もだ!」


ほどなくして。


三本角の智将。


ニズムが駆け込んでくる。


その後ろから。


雌オーガ序列五番。


ノゲシも入ってきた。


「ヴォイド様は!」


「ここです!」


ニズムが寝台へ駆け寄る。


ヴォイドは。


目を閉じている。


呼吸はある。


しかし。


声をかけても。


返事がない。


「ヴォイド様」


反応はない。


「ヴォイド様!」


やはり。


返事はない。


ノゲシが顔を覗き込む。


「眠っているのでしょうか」


「わからん」


ニズムは短く答えた。


そして。


息を切らせて戻ってきたクロルとクライムを見る。


「説明を」


二人は。


息を整えながら話し始めた。


「……北の山道で」


クロルが言う。


「対オーガ忍とかいう連中と……接敵した」


クライムが続ける。


「五人いた」


「いや……」


クロルが首を振る。


「最初は五人だ」


「異常な連中だった」


クライムの声が低くなる。


「普通の人間じゃない」


「ナイザーの腕を切った」


「俺らも吹き飛ばされた」


「それから……」


クロルが言葉を詰まらせる。


「蜂の……忍びが」


「針を」


クライムが続けた。


「倒れていた俺を狙った」


クロルが拳を握る。


「ヴォイド様が……俺を庇った」


室内が静かになる。


「背中から刺された」


「肝臓のあたりだ」


「その直後は傷が塞がらなかった」


「紫色に……変わった」


「ヴォイド様も足がもつれていた」


「運んでいる途中も」


クロルが唇を噛む。


「ずっと腹を押さえて……呻いていた」


ニズムの表情が変わった。


「紫色だと?」


「はい」


「今は?」


「……消えています」


ニズムがヴォイドを見る。


確かに。


先ほどまでの変色はない。


傷も。


ほとんど残っていない。


「それが一番まずい」


ニズムが呟いた。


「え?」


ノゲシが聞き返す。


「普通の毒なら」


ニズムは。


ヴォイドの身体を見つめた。


「傷が治れば終わりだ」


「だが」


「一度変色したものが消えた」


「それが自然治癒なのか」


「毒が身体の奥へ移ったのか」


「今の情報だけでは判断できん」


ニズムが立ち上がる。


「水を!」


「真水を大量に!」


「はい!」


すぐに水が運ばれてくる。


ヴォイドの頭を少し起こす。


「飲ませろ」


「飲めますか?」


「口へ入れろ」


オーガ達が慎重に水を流し込む。


ごく。


ごく。


ヴォイドは。


意識がないまま。


それでも水を飲み込んだ。


「まだだ」


「もっと飲ませろ」


さらに水が運ばれる。


一杯。


二杯。


三杯。


それでも。


ニズムは止めない。


「毒なら排出させる」


「薬は?」


ノゲシが尋ねる。


「毒消し」


「麻痺薬」


「解熱薬」


「滋養薬」


「全部用意しろ」


「しかし」


ノゲシが薬瓶を並べる。


「どれが効くのかわかりません」


「わかっている」


ニズムが歯を食いしばる。


「だからこそ困っている」


魔族の毒。


人間の毒。


魔物の毒。


それぞれ違う。


ましてや。


対オーガ忍。


そんな存在について。


この国には。


まともな情報がない。


「ドワーフ国にも照会を取れ」


ニズムが叫ぶ。


「毒物について何か知っているかもしれん」


「はい!」


「薬師にも連絡!」


「はい!」


屋敷の中が一気に騒がしくなる。


「ヴォイド様!」


クロルが駆け寄る。


寝台の前で膝をつく。


「俺を……俺なんかを庇って……」


拳を握る。


「俺が……」


「クロル」


ニズムの声が飛ぶ。


「はい!」


「反省は後です」


クロルが顔を上げる。


「今はヴォイド様を生かすことだけ考えろ」


「……はい」


「湯を沸かせ!」


「布を!」


「薬を整理しろ!」


「誰かヴォイド様の呼吸を見ていろ!」


「はい!」


次々と指示が飛ぶ。


オーガ達が走り回る。


誰も。


ヴォイドの周囲から離れない。


その中心で。


ヴォイドだけが。


静かだった。


目をぐっと閉じ。


何も言わない。


だが。


誰も。


それをいつものことだとは思えなかった。


「……ディスナイズは?」


ニズムが問う。


部屋の空気が。


一瞬止まった。


クライムが答える。


「ナイザーを連れて帰っている」


「ナイザーは負傷している」


「はい」


「ディスナイズが付き添っているのか」


「そうです」


ニズムは少し考える。


「迎えを出せ」


「はい?」


「二人をここへ連れて帰れ」


「しかし」


「ナイザーの状態も確認する」


「ディスナイズから対オーガ忍について聞く」


「それに」


ニズムがヴォイドを見る。


「向こうで何が起きたのか」


「まだ全部わかっていない」


誰も答えなかった。


ニズムは拳を握る。


「迎えを出せ」


「一刻も早く」


「はい!」


数人のオーガが屋敷を飛び出していく。


外では。


まだ鐘が鳴っていた。


国中のオーガが。


王の帰還を知っている。


そして。


王が傷ついていることも。


やがて。


屋敷の外に。


不安そうなオーガ達が集まり始める。


誰も中へ入ろうとはしない。


ただ。


祈るように。


屋敷を見つめている。


その頃。


寝台の上のヴォイドが。


ほんのわずかに。


眉を動かした。


「……」


ノゲシが気付く。


「ニズム様」


「どうした」


「今……」


二人がヴォイドを見る。


だが。


ヴォイドは。


何も言わない。


目も開かない。


ただ。


静かに呼吸をしている。


ニズムは。


しばらくその顔を見つめ。


小さく息を吐いた。


「……まだだ」


「まだ安心するな」


「この王は」


「何があっても黙っているからな」


ヴォイドは。


やはり何も答えなかった。

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