転生前:女神の誤認と動揺
無為 虚空の人生は、空っぽだった。
何をやってもうまくいかない。
続かない。
残らない。
やる気がないわけじゃない。
だが、続ける理由もなかった。
結果も出ない。
評価もされない。
ただ時間だけが、過ぎていく。
そして——今回も、同じだった。
気がつけば、白い空間に立っていた。
境界のない白。
床も、壁も、天井もわからない。
音もない。
匂いもない。
ただ、“何もない”だけがある場所。
その中心に、一人。
白衣の女が立っていた。
一目で“人ではない”とわかる。
整いすぎた顔立ち。
影のない白。
そして——底の見えない圧。
女神「むい そらさん」
名前を呼ばれる。
その瞬間、妙な安心があった。
(ああ、自分なんだな)
女神は、手元の光る板を見ながら淡々と告げる。
「あなたはこの人生において、極悪非道。森羅万象が許されざる大罪を犯しました」
(……そんな記憶、あったか?)
思い出そうとする。
だが——何もない。
空っぽだ。
「よって本来の天寿を全うさせることは不適切と判断され、この事故により魂を回収しました」
(事故……?)
「あなたの魂はこれより一万年以上の責め苦を受け、その後消滅処理となります」
淡々と。
まるで書類処理のように。
そこで女神は顔を上げた。
こちらを見る。
その目には——明確な嫌悪があった。
(……どういうことだ)
だが、すぐに思考をやめる。
(まあ、いいか)
どうでもいい。
抗う理由もない。
そう思った、その瞬間。
女神の動きが、止まる。
目が、わずかに見開かれる。
板を見る。
こちらを見る。
また板を見る。
何度も、何度も。
口元が引きつる。
女神「……えーと」
声が変わる。
「きみぃ、むい そらくん……だよねぇ?」
軽い。
不自然なほどに。
「空に良しって書いて……空良くん、だよねぇ?」
笑おうとしている。
だが、片側の口だけが歪む。
目は笑っていない。
虚空は、何も言わない。
ただ——首を横に振る。
女神「……」
沈黙。
次の瞬間、女神の顔色が一気に変わる。
血の気が引く。
「……やっべ」
小さく。
「まじで終わった」
板と虚空を見比べる。
指が震えている。
「やっちまった……これ、対象違い……?」
操作する。
だが——反応しない。
「は?ロック?なんで!?」
「いやいや無理無理、これ私の権限じゃ……!」
完全に取り乱す。
「報告?いや無理でしょこれ……」
「クビどころじゃないって……存在抹消案件では?」
その場にしゃがみ込む。
頭を抱える。
虚空は、それを見ている。
何も感じない。
怒りも、焦りもない。
ただ——見ている。
女神が、恐る恐る顔を上げる。
目が合う。
びくり、と肩を震わせた。
「……あ、えっと」
声が小さい。
「その……ごめん」
そして——跪いた。
「ほんとごめん、まじで」
虚空は、何も言わない。
「……なんか言って?」
沈黙。
「やめてその無言、怖いって」
虚空は、わずかに首を傾げる。
「うわ、無理……圧すご……」
しばらく悩み——
女神は顔を上げた。
決めた顔だった。
「……わかった。責任は取る」
板を強引に操作する。
「強くする。めちゃくちゃ強くする」
書き換えが走る。
「種族……鬼強い人でぇ」
「病気……全解除」
「自動回復……とかで元気にぃ」
指が震えている。
「あと……成長上限、突破」
「器……拡張」
「生命力……最大」
一瞬、手が止まる。
「……あ」
だが——そのまま続ける。
女神「ま、いっか!」
虚空は、それを見ている。
何も言わない。
「……これで許して」
間。
反応はない。
「……だよねぇ!!」
半泣きで叫ぶ。
「もう無理だからね!?ほんとこれ以上無理だから!!」
女神は、強引に処理を実行する。
「はい転生!!いってらっしゃい!!」
投げるように。
世界が、落ちる。
白が遠ざかる。
その中で——
最後に、女神の声が漏れた。
「ええっ……」
「これ……いろいろまちがえちゃってる……」
「……普通のやつなら死ぬやつじゃん」
一拍。
「……他にも、なんかやらかしてる気がする……」
——その声は、もう届かない。
無為 虚空は、そこで終わる。
そして——
何も持たなかった男は、
異世界へと落ちていく。
遠ざかる意識の中で、最後に聞こえた。
「あっ!……」
——それは、もう届かない。




