星に願った、ひとりの夜
星の名前を、いくつ知っているだろう?
太陽、月、金星、火星、水星__
たくさんの名前がある。
どれも、遠くて手が届かない。
けれど、なんとなく近いような気もする。
それらは、空に浮かんでいる。
どこまでも高くて、明るくて、手が届きそうで届かない。
でも、目を凝らせば、わずかに手が触れそうな、そんな距離感。そんな存在感。
僕はその距離を、どこかで縮めたくて、いつも空を見上げている。
中学三年生の星哀ティア。
僕は、そんな名前を持っている。
星哀__なんて、どこか寂しげな響きの名前だ。
でも、それが僕の名前だから、仕方ない。
それに、実はけっこう気に入ってる。
だって、この名前は、僕が一番好きなものを表しているから。
星を見上げるのが好き。それだけだ。
人と話すのは苦手だし、友達も少ない。
でも、星を見ている時は、心が落ち着く。
遠くの星々が、僕を見てくれているような気がするんだ。
昼休みも、僕はいつものように図書室にいる。
他の生徒たちが騒ぐ中、僕だけが静かに天体図鑑を広げている。
「また昼休みも図書室?」
「星ばっか見て飽きねーの?」
そんな声が耳に入ってきても、僕は気にしない。
__うるさいな。
僕には星が好きで星の知識が豊富だということだけが取り柄。
本当にそれだけ。
だって、星のことを話していると、誰もが僕を気味悪がって、避けていくから。
僕も、他の人と話しているのが得意じゃないし、どうせ誰かと話しても上手くいかない。
だから、図書室に引きこもる。
星がいない世界なんて、僕にとっては全く意味がない。
先生の声が教室に響く。
「はーい、起立〜! 礼〜! ……着席!」
僕は机の中に、天体図鑑をしまい込む。
ふと、気がつく。
来週から、僕は一時的に一人暮らしを始めるんだ。
親の仕事の都合で。
そのことについて、何も感じていないわけではないけれど、正直なところ、あまり実感がない。
帰宅後、僕はスマホを手に取る。
母からのメッセージが届いている。
「ティア、ごめんね。
引っ越しの準備は進んでる? ちゃんと栄養あるもの食べるのよ?
寂しかったら、いつでも電話していいから__」
その言葉を読みながら、僕は少しだけ笑ってしまう。
「だいじょーぶ。ひとりのほうが、星がよく見えるし。」
そう、心の中でつぶやく。
それは、たぶん本当のことだ。
僕は、星が見られるなら、それだけでいいと思っている。
スマホの画面に目を移すと、目に留まったのは、ひとつのチラシだった。
『天体好き歓迎! 星空の家、あります』__
なんだこれは。
気になったから、手に取って読んでみる。
「……シェアハウス?」
普段ならスルーしてしまうような内容だ。
けれど、このチラシには、何か引き寄せられるものがあった。
僕は、しばらくそのチラシをじっと見つめる。
「星好き歓迎、って……」
まさか、そんなところがあるなんて。
そんな家が本当に存在するのだろうか。
そして、その瞬間、心の中で何かが弾けた気がした。
ひとり暮らし。新しい生活。
それがどうしても不安で仕方なかったけれど、このチラシを見て、僕は、ふと、思ったんだ。
もしかしたら、この新しい生活が、少しだけ特別なものになるのかもしれない__
「星の家」って一体、何だろう。
そのチラシに書かれていた言葉が、僕の胸に静かに響く。
__その願いが、思わぬ形で叶うなんて、僕はまだ知らなかった。




