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第四章 超巨大戦艦:極秘裏の建造開始

 1938年初夏、長崎の造船所には異様な緊張感が漂っていた。田中一郎は、港に停泊する大型の輸送船を見て息を呑んだ。その船倉には、広島の呉から送られてきた巨大な鋼板が積まれているはずだ。


「いよいよですね、田中さん」副技師長の秋本が静かに話しかけてきた。彼は懐中時計を取り出し、チラリと確認してから続けた。「陸揚げは3時間後に開始予定です」


 田中は無言で頷いた。二号艦。その正式な艦名は明かされていなかったが、重要性は明白だった。溶接技術の未熟さが露呈した第四艦隊事件から3年。あの教訓を活かし、さらに進化した技術で挑む新たな挑戦が、今始まろうとしていた。


 夜になり、巨大な鋼板が次々と陸揚げされていく様子を、田中たちは固唾を呑んで見守った。月明かりに照らされた鋼板の表面が、かすかに光っている。


 翌日、田中は部下たちを集めた。会議室に集まった面々の表情は、緊張と興奮が入り混じっていた。


「諸君」田中は静かに口を開いた。「我々に重大な任務が下された。詳細は言えないが、これまでにない規模の……そして、日本の技術の粋を結集させる必要がある艦だ。極秘の建造であることは言うまでもない」


 ざわめきが起こったが、すぐに静まり返った。全員が、この瞬間の重大さを理解していた。


「呉から主要部材が到着し始めている。我々の使命は、これらを単に組み立てるにとどまらず、堅牢かつ精密な船体へと昇華させることだ。とりわけ溶接技術については、我々の真価が問われることになるだろう」


 田中は、テーブルの上に一本の溶接棒を置いた。


「諸君も知っての通り、我が長崎造船所は30年近く前、私が入所してまもない頃に被覆アーク溶接棒の特許権を海外から購入した。我々第六技術課は、長年にわたってこの溶接技術の開発に努めてきた。この改良が重ねられた溶接棒も、その成果の一つだ」


 技術者たちは、誇らしげに頷いた。田中は続ける。


「私が課長として着任して以来、我々は数々の困難に直面してきた。しかし、その度に乗り越え、技術を進化させてきた」


 田中は一瞬言葉を切り、少し苦い表情を浮かべた。「ただし、軍からの要請で、この二号艦の建造においては、信頼性の必要な主要部材にはリベット工法が用いられる。我々の溶接技術の使用は、大きな荷重のかからない部材のみに限られることになった」


 会議室に重苦しい空気が流れた。技術者たちの表情には、失望の色が見えた。


 田中は深く息を吐いてから続けた。「正直なところ、私も残念だ。しかし、これは我々の力不足の表れでもある。溶接技術の有用性を十分に示せなかった我々の責任でもあるのだ」


 技術者たちは黙って頷いた。その瞳には、自責の念と同時に、これからの挑戦への決意が燃えていた。


「だが」田中は声を張り上げた。「これは我々にとって大きなチャンスでもある。たとえ限られた範囲であっても、この巨大な二号艦の建造を通じて溶接技術の優位性を証明できれば、次の艦では、より広範囲での採用も夢ではない。我々の技術力を高め、信頼性を証明するのだ」


 その言葉に、技術者たちの間に期待と興奮が広がった。


「そのためにも」田中は表情を引き締めた。「まだ残されている課題に取り組まなければならない。大型の鋼板への適用には、さらなる工夫が必要だ。溶接後の歪みの問題も解決しなければならない。諸君の知恵を結集してほしい」


 この日以降、毎日のように技術会議が開かれた。田中と技術者たちは議論を重ねた。溶接技術の改善、大型鋼板への適用方法、歪みの問題解決など、次々と浮かび上がる課題に対して、彼らは粘り強く取り組んだ。議論は夜遅くまで続いた。様々なアイデアが飛び交い、時には意見が対立し、声を荒げることもあった。しかし、全員の目指す先は同じだった。日本の誇りとなる艦を作り上げること。


 夜も更けると、疲れ切った面持ちで会議室を出る技術者たちの姿が見られた。しかし、その目には諦めではなく、明日への希望の光が宿っていた。


 会議を終え、夜の造船所を歩く田中の耳に、遠くから聞こえてくる金属音が響いた。それは、巨大な鋼板が組み上げられていく音だった。その音は、彼らの日々の努力と議論の成果が、着実に形になっていくことを物語っていた。


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