一目惚れは三年前 4
援軍に向かえ、と国王から命を受けたカイゼンは自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
──公爵邸の離れ。
カイゼンのヴィハーラ公爵邸は、王都にも関わらず広大な敷地面積を持つ。
カイゼンの仕事上帰宅時間が深夜になってしまう事もあるため、カイゼンは師団長に就任してからその敷地内にあった手狭な離れで生活をしていた。
手狭、とは言え男爵家や子爵家の邸宅程の広さはある。
最低限の使用人もおり、その中でもカイゼンが子供の頃から自身の補佐役兼、師団の部下でもある幼馴染のディガリオが落ち込んでいるカイゼンに声を掛けた。
「カイゼン、陛下からの勅命はカイゼンの調査に落ち度があった訳ではない。以前話を聞いた時から援軍に向かってもらう可能性はある、と言っていたんだろ?」
「それは、そうだが……」
カイゼンは前髪の隙間からちらりとディガリオを見やる。
困ったように苦笑しつつ、だが「仕方ないな」とでも言うような表情を浮かべているディガリオの細い目が、彼が長く伸ばした前髪から覗く。
普段は上司と部下。あるいは、騎士爵を持つカイゼンの補佐官として砕けた態度も、言葉使いもしないディガリオだが、こうして離れに戻り、使用人も顔見知りの者しか居ない今はただの「気心知れた幼馴染」と言う関係性に戻る。
「だったら何でそんなに落ち込んでいるんだよ? 王都を出立するのは十日後なんだろう? 早く軍編成を行って待機していた師団の騎士達に知らせを送らなくちゃだろう」
「ああ、そうだな。いつ命令が下ってもいいように準備はしておいたが……。師団の騎士達にも早急に知らせねば」
「第一から第三の部隊でいいんだったか?」
「ああ。師団の全部隊を引き連れて行ってしまえば、国内の別任務をこなす者がいなくなってしまうからな……」
「だが……。あれだけ調査して手掛かりを掴めなかったんだ。……違法薬物の件はもう出て来ないんじゃないか?」
さらり、と言ってのけたディガリオにカイゼンも薄々そんな気持ちは抱いていた。
これだけ国内を調査してもほんの小さな手掛かり一つすら得られない。
その事実には違和感しか抱かない。
「──無いものを調べようとしても、それは無茶な事か……」
ぽつり、と呟いたカイゼンの言葉にディガリオが反応する。
「やっぱり、カイゼンもそう考えていたか?」
「ディガリオもか?」
「ああ。だっておかしいだろ、絶対」
「……なら、そんな面倒な事を画策した人間の目的は一体なんだ?」
ありもしない噂を流し、騎士団を。カイゼンの師団を調査に動かした。
そんな面倒な事をした意味とは、と考えたカイゼンはぽつりと呟いた。
「やはり、目を逸らさせる事が目的か……」
何か本当に重要な事柄から注意を逸らしたかったのだろう。
だが、今のこの状況で注意を逸らしたいと言えば同盟国との共同戦線以外に思い付かない。
だが、目的がそれであるならば。
カイゼンは座っていたソファから勢い良く立ち上がり、ディガリオに向かって言葉を紡いだ。
「……、急ぎ出征するぞ。十日後などと悠長な事を言っている場合では無い。なるべく早くハンドレ伯爵の本軍と合流する」
◇◆◇
テオルクの軍と合流すると決めてからカイゼンの動きは早かった。
関係各所への伝達や指示はディガリオと共に協力して速やかに終わらせ、師団への通達も早急に行った。
そして国王から告げられた日にちよりも大分早く準備を終えたカイゼンは馬に跨りまさに今、出立の直前である。
「今回は移動速度を優先する。途中で着いて来られなくなった者達は後から合流するように。──出るぞ……!」
カイゼンの言葉に騎士達は勇ましい声を返し、即座に進軍が始まった。
王都を出立するカイゼン達を見送る者は誰も居ない。
この国の英雄とも言われるカイゼンがひっそりと王都を発つ。そうしてくれ、とカイゼンに指示をしたのは宰相である。
この王都内にカイゼンら、国王からの信頼高い騎士達が居ないと言う事をギリギリまで隠したいと言うのは宰相の言葉だが、そうしなければならない程今の王都は、この国は窮地に立たされているのだろうか。と、その話を聞いた時カイゼンは背中にヒヤリとした嫌な気配を覚えた。
まるで得体の知れない者にゆっくりと真綿で首を絞められているような、そんな不気味さを感じる。
カイゼンはなるべく無心で馬を駆け、テオルクの軍と合流する事だけに集中した。
──王都を発ち数日。
カイゼンの師団は途中途中休憩を挟みつつ、最速で目的地を目指す。
出立前に確認した地図と、自分達が今居る場所。頭の中でその場所を照らし合わせ、カイゼンは目的地まではあと二日程だな、と結論付けた。
行軍中は特に問題も無く、スムーズに進んでいる。
(これも、秘密裏に出陣したからか……? 普段のように王都から華々しく出陣していたら何者かの妨害を受けていたかもしれない……)
驚くほど穏やかに進めている事にカイゼンは安堵する。
(もし、俺達の合流を阻止したい人物が居るのであれば途中奇襲を受けたり伏兵に遭ってたかもしれない)
カイゼンが率いる師団に所属している騎士達は皆、腕は確かであるが夜間に奇襲されたら多少は負傷者が出ていた可能性もある。
だが、そのような事柄も無く安心してテオルクの本軍に合流出来そうな事にカイゼンは安堵し、行軍の足を緩めた。
「少し早いが今日はここで野営する。ハンドレ伯爵の軍と、我が軍との距離を正確に計り、報告するように伝えてくれ」
「分かりました、団長」
カイゼンは自身のすぐ後ろに居たディガリオに指示を出す。
カイゼンの指示を受け、直ぐさま動いたディガリオを見送りつつカイゼンは馬から下馬し、野営の設営を指示していく。
(ハンドレ卿の身に何もなければいいが……)
テオルクの軍の救出に向かえ、と言う事は戦況は芳しくないのだろう。
(伯爵の身に何かあれば、リーチェ嬢が悲しむ……)
自分達の軍が合流するまで無事でさえいてくれればいい。
相手方はまさかこれだけ早く援軍が現れるとは思っていないだろう。
(意表を突いて……相手が混乱して指揮系統が麻痺している間に師団の騎士達を全て投入すれば戦況はこちらに有利になるはず。それに同盟国の軍勢も居る。数の利はこちらにある)
さっさとこの戦争を終わらせようと、終わると思っているカイゼンだったが、カイゼンの考えとは逆にこの戦いは長引いてしまう。




