一目惚れは三年前 3
◇◆◇
花の茶会から数日。
カイゼンは国王に報告した後、国王の命令の下違法薬物の売買に関して調査をしたが所詮は噂の域を出ない事柄だったのか、そのような事実も、茶会の日に廊下の角を曲がって消えた人物の足取りも何も掴めなかった。
まるで巧妙に全てを隠されているような、そんな違和感を感じるが何一つ手掛かりが掴めない状態である。
国王にもそう報告し、一旦は調査は打ち切りとなった。
「……何か、不自然なんだが……」
カイゼンは顎に手を当て城の廊下を歩く。
王家主催の茶会が開催されたタイミングで丁度良く違法薬物の売買をしている人間が居る、などと噂が出回りカイゼンを始めとした騎士達はそちらの調査に掛かりきりになった。
だが、調査をしても何も出てこず時間だけが無為に過ぎ去り結局は無駄骨に終わった。
「──目を背けさせたかった……?」
だが、何から? とカイゼンは考えるが何も答えは出ない。
最近はこの事ばかり考え、思考が堂々巡りをしている気がしてカイゼンは自分の髪をくしゃくしゃと掻き乱した。
そして、また数日後。
カイゼンが私用で街を歩いていると、貴族女性が良く利用している装飾品店でリーチェの姿を見付けた。
「──っ!」
リーチェの姿を見付けた瞬間、カイゼンは慌てて背中を向けて来た道を戻る。
バクバクと速まる鼓動の音が耳に響き、周囲の雑音などが一気に消失する。
(しまった……気の抜けた服装をして来てしまった……。こんな姿を見られでもしたら恥ずかしい……)
カイゼンは自分の服装を見下ろし、慌てる。
騎士服とは違い、今日自分が身に纏っているのはダークカラーのシンプルなフロックコートだ。
洒落た装飾品も必要最低限で、煌びやかな装いをしているリーチェの視界に入るのは些か恥ずかしい。
(もっと洒落た服装をしていれば良かった……それなら彼女の視界に入ったとしても恥ずかしくなかったのに……)
カイゼンはどうにかリーチェに自分の姿が見付かってしまわないよう周囲に気を付けながら店から遠ざかる。
カイゼンが気にする程、カイゼンの服装はシンプル過ぎて地味でも無いのだが、気になっている女性の前で恥ずかしい姿を見せたくないと言う変な考えがカイゼンをおかしな行動に陥らせる。
そそくさとカイゼンがその場を離れた数日後。
同盟国から援軍の要請が届く。
そして、援軍として出征するのはリーチェの伯爵家当主テオルクであり、そのテオルクが自分に何かあった時のためにとリーチェの婚約を整えてしまったのだが──。
その事をまだ知る由もないカイゼンは自分でも気付いていない初めての恋心に浮かれ、制御出来ない感情に戸惑いつつもだがそんな風に感情に振り回されるのが何故か嫌ではなかった。
◇
ある日の事。
カイゼンは騎士の仕事で城内廊下を歩いていた。
騎士の職場である区画を抜けて、呼び出しを受けた執務室へと向かう。
カイゼンを呼び出したのは勿論国王で。
そちらの区画に向かい歩きながらカイゼンは考える。
(援軍は確かハンドレ伯爵と聞いていたが……。そもそも今回は何故俺の師団に出陣命令が出なかったんだ……? まだ国内で調べる事が残っていただろうか)
自分の師団の強さはしっかりと自覚している。
それなのに、今回カイゼンの師団を出さないと言う事はそれだけの戦力を必要としていないか、或いはカイゼンの師団を国内で使いたいか、のどちらかだろう。
前者であればいいのだが、後者であった場合は面倒な事になりそうだとカイゼンが考えている内に執務室の前に到着し、カイゼンは姿勢を正した後ノックをした。
直ぐに入室の許可が降り、扉を開けたカイゼンの視界に入ったのはカイゼンを呼び出した本人である国王と、テオルク・ハンドレ。そしてこの国の宰相の三人で。
室内に護衛や侍従が居ない事から、この呼び出しが他者に聞かれる事を避けるように細心の注意を払っているのだと言う事を理解して、緊張感に背筋が震えた。
「──ああ。良く来てくれた」
「おまたせしてしまい申し訳ございません陛下」
一礼した後、カイゼンが室内に進むとテオルクと宰相二人から視線を向けられ、カイゼンは三人から僅かに離れた場所で停止する。
皆が揃った事で、宰相がちらりと国王に視線を向け国王がこくりと頷く。
宰相は国王の頷きを受けて、テオルクとカイゼン二人に向かって口を開いた。
「──二人も知っての通り、我が国に援軍要請が届いた。此度の出征はテオルク・ハンドレ卿に行ってもらう予定だが、カイゼン卿にも出征の準備をしておいて欲しい」
「……!? かしこまりました」
宰相の言葉にカイゼンは一瞬驚き、目を見開いたが直ぐに了承の言葉を返す。
二軍に分けての援軍か、それともテオルクの軍だけと見せかけての増援か。
テオルクだけの軍だけかと思った所で、カイゼンの軍が援軍として突如現れれば相手方は意表をつかれ、混乱する可能性がある。
その混乱に乗じて一息に相手方を潰すつもりなのか、とカイゼンが考えていると、宰相の言葉が続いた。
「カイゼン卿の師団には、限界まで王都に留まってもらう。……近頃国内を騒がせている違法薬物の件が片が付きそうだ。相手の捕縛には信頼の置けるカイゼン卿の師団で行って欲しい」
真剣な表情と声音で告げられた内容にカイゼンは自分の耳を疑った。
信頼の置ける師団。
わざわざ名指しをされたと言う事は、違法薬物に関わる人間がこの国の中枢にまで蔓延っていると宰相は考えているのだろう。
もし、その考えが杞憂に終わらず本当であれば。
(──これは本当にそれ以上の騒動になりそうだな……)
カイゼンは自分の胸に手を当て、命を受けた。
それから。
その場に集まった面々で今回の出征の事。
そして国内に残るカイゼンが調査をする内容。
それらの事を宰相を中心にして話し合った。
「──もう、こんな時間か……」
執務室の窓の方に視線を向けたテオルクがぽつり、と呟く。
「ああ。そう言えばハンドレ卿は帰宅後諸々の手続きがあるのか……。長い事拘束してしまってすまないな」
「いえ。とんでもございません。娘の婚約ももう殆ど整っているので後は諸雑務だけです」
宰相とテオルクが何の気なしに言葉を交わしているのを聞いたカイゼンは小さく「え」と言葉を漏らしてしまう。
国王や宰相、テオルクからどうした? と言うような視線を向けられたカイゼンは狼狽えつつ、首を横に振る。
(婚、約……? ハンドレ卿の娘……が……?)
カイゼンの頭の中が真っ白になってしまう。
(確か……ハンドレ伯爵家には娘が二人……。長女のリーチェ嬢、と……妹君が居たはず……。妹君は体が弱い……)
と言う事は、とカイゼンはうろ、と視線を彷徨わせてしまう。
考えたくないが、カイゼンの耳は自然と三人の男達の会話を聞いてしまう。
「長女は確か今年十五だったな。確かに婚約にはいい頃合か」
「ならば、無事に戦争から戻らねばだな」
「ええ。お二人の仰る通りです。リーチェやリリアのためにも無事、戻らねばなりません」
ははは、と和やかに談笑をしている大人三人を横目に、カイゼンは暫し呆然としてしまっていたが自分の仕事に戻ると言う事を言い訳にその場を辞した。
カイゼンが執務室を退出する寸前に国王からこの先の事は追って指示をする、と言われたがカイゼンはどのように返事をしてどのように退出したのか覚えていない。
それほど、リーチェの婚約の話が衝撃的過ぎて。
そして、その話に自分が大きなショックを受けている事にも驚き、戸惑う。
動揺し、国王の言葉にまともに返事を返せているか記憶が曖昧だ。
それほど、リーチェ・ハンドレと言う女性に想いを募らせていた事にカイゼンは自分自身気付いていなかった。
そして「婚約した」という事実を知り、衝撃を受けている自分の気持ちに気付く。
(……だが──。だが、リーチェ嬢が婚約したのであれば……)
自分にはもうどうする事も出来はしない。
婚約者が居る女性に対して殆ど面識の無い人間が話し掛けたりする事も、出来ない。
(そうか……。婚約か……。だが、確かにあれだけ美しい女性なんだ。今まで婚約が纏まっていなかった事が珍しい程だな)
好きだと気付いた途端に失恋か、とカイゼンは苦しげに唇を噛み締めたが自分が好きになった女性の幸せをひっそりと願おうとカイゼンは辛い気持ちを胸中から追い出して背筋を伸ばし、城の廊下を真っ直ぐ歩いた。
◇◆◇
そうして、あっという間に時間は経った。
テオルクは出征し、カイゼンは国王に指示された通り、国内で違法薬物を売買している人間をただただ淡々と調査していた。
国内で行われる花の茶会。
全てに参加する事は出来ないが、参加者が多い茶会にはカイゼンも調査目的のために騎士として警備にあたったり、参加者側として参加したりしていた。
「──……っ」
そして、茶会の参加が多くなれば必然的にリーチェの姿を目にする事も多くなる。
「今日は、参加していたのか」
カイゼンは、婚約者と共に参加しているリーチェの姿を見付けてしまい、仲睦まじい姿で談笑している姿を視界に入れてしまわないよう直ぐにその場から離れる。
そして、ある時は王都の街でリーチェと婚約者が寄り添い買い物をしている姿を見てしまい、路地に逃げ込む事も多くなった。
見付けたくなど無いのに、リーチェの婚約者である男は度々リーチェを街に連れ出し、二人で楽しげに街を散策している姿を度々目撃してしまっていた。
国内の違法薬物売買の件は、犯人が巧妙に潜伏しているのか。
それとも高位貴族か何かの後ろ盾があるのかは分からないが、中々尻尾を掴めていない。
結果を出せない事に鬱屈した感情を持て余しているカイゼンの下に、ある日国王から登城の命が下った。
それは、出征したテオルクの軍勢を助けに向かうように、との命令だった。




