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15話


 祝勝会、会場である宮殿。

 リーチェ達が到着した時には、既にこの国の貴族は会場に入場していて。

 残す所は祝勝会の主役であるハンドレ伯爵家と、カイゼンと、師団のメンバー数名のみ。

 王族は最後に入場し、祝勝会の開始を告げる。


 今回の戦の功労者であるテオルクとカイゼン両名はとても注目されるだろう。

 そして、テオルクが注目されると言う事はテオルクの家族である自分達にも視線は集まる。


(──落ち着いて、大丈夫……、大丈夫よ……注目されるのはお父様とヴィハーラ卿を始めとする騎士の方達なのだから……。変に目立たないようにしていれば良いだけ……)


 ドキドキと緊張に速まる鼓動を必死に落ち着かせようと深呼吸をしているリーチェの背後から、ここ最近聞き慣れた柔らかな声が掛けられる。


「──リーチェ嬢」

「……! ヴィハーラ卿。こんばん、は……」

「ああ。こんばんは、リーチェ嬢。ドレス、とても似合っている。君が美しいから宝石が負けてしまっているな……。失態だ、すまない……」


 しゅん、と肩を落としつつカイゼンはさらりと褒め言葉を告げ、カイゼンからの思わぬ賛辞にリーチェは頬を染めつつとんでもない、と首を横に振った。


「そ、そんな事ございません……! ヴィハーラ卿が選んで下さった装飾品、とっても素敵で……。宝石の美しさに負けないように、とメイドが頑張ってくれたお陰です。ありがとうございます」

「はは、リーチェ嬢は元々美しいからメイドも支度が楽だっただろう。──ああ、そろそろ入場する頃合じゃないか? また後で中で話そう、リーチェ嬢」

「ええ、また後ほどヴィハーラ卿」


 二人は軽く会話を終えた後、リーチェはテオルク達の下へ。カイゼンは部下達の下に戻る。


 リーチェ達ハンドレ伯爵家が先に入場し、その後にカイゼンを含む師団の幹部達が入場し終わったら暫し歓談の時間が設けられた後最後に王族が入場する。


 驚く程静かなリリアと母親が気になるが、リーチェが話し掛けても大した返答は返って来ないため、リーチェは早々に二人と会話をする事を諦めている。

 父テオルクの後ろに立ち、宮殿の扉が開かれる。

 ハンドレ伯爵家の名前が紡がれ、宮殿の中に一歩踏み出したリーチェは、眩い光を放つ会場の雰囲気に飲み込まれないようお腹にぐっ、と力を入れた。


 多くの視線を感じながら、リーチェは真っ直ぐ背筋を伸ばし、微笑みを浮かべながら歩く。

 大半の視線はテオルクに向かってはいるが、テオルクの後ろに居るリーチェとリリア、二人の姉妹にも多くの視線が集まる。

 リリアは体の弱さにより、滅多にこうした夜会や舞踏会に姿を現さない。

 そのためにリリアに対する噂は様々な人の間で広まっていて、噂通りの儚い見た目、可憐な容姿に若い男性貴族達が色めき立っているのがリーチェにも分かる。


 それに比べ、リーチェに集まる視線は何処か非難じみたものが多い。

 病弱で、儚く可憐な妹リリアとキツい印象を与え、健康そうな姉リーチェ。昔から比較される事は多かったし、人と言うのは自然とか弱い人間の方を庇う傾向がある。

 そのため、リリアと比べるとどうしてもリーチェに集まる視線は厳しいものになる事は常で。それは幼い頃から変わらない光景なのでリーチェも慣れた物で、「またか」と久しぶりに味わうその視線や向けられる感情に何処か懐かしさを覚えていたが、隣を歩くリリアの方向から「くすり」と鼻で笑うような吐息が聞こえて来て、リーチェは「え?」と疑問に思い隣のリリアを盗み見た。


 すると、リリアはまるでリーチェを見下すような歪んだ笑みを浮かべていて、リーチェが目を見開いた瞬間。

 背後からカイゼンと、カイゼンの師団の入場の案内が告げられ、途端人々の注目はカイゼンに移った。


「お姉様が私から奪って行ったもの、全部全部返してもらって……お姉様には沢山辛い思いをしてもらいます」


 ──わっ! と、会場内が大きな歓声に包まれる。

 そのため、リリアの呟きはリーチェの耳に届く事なく、リーチェは微かに動いていたリリアの唇に眉を顰めた。



 ざわざわ、と色めき立つ人々に囲まれたリーチェやリリア、母親は完璧な淑女の微笑みを浮かべつつ対応する。

 予想していた通り、テオルクはあっという間に沢山の人々に囲まれてしまいその輪の中に入り損なってしまった人達が母親やリーチェ達の下に来て声を掛けて来る。


 後から入場したカイゼン達も沢山の人の注目を集めていたが、穏やかな雰囲気で優しい微笑みを浮かべているテオルクに比べて、眼光鋭くにこりとも微笑みを浮かべないカイゼンの下に集まる人は少なく、カイゼンの師団の関係者や昔から親交のある者くらいが彼らに話し掛けている程度だ。


 リーチェ達の下にやって来るのはテオルクに話し掛ける事が出来なかった人達が殆どで。

 賞賛を伝え、他愛ない世間話を短くやり取りするくらい。


 リーチェも何人目かの人と短くやり取りを終え、ふと自分達を囲む人垣の隙間からこちらをじっと見詰めるハーキンの姿を見付けてしまい、リーチェは無意識に体に力が入ってしまった。


(まさか……また話し掛けて来るつもりかしら……)


 周囲に居る貴族達はまだリーチェとハーキンが婚約破棄した事を知らない。

 伯爵家と、侯爵家で婚約破棄の手続きを終えたのはつい最近だとテオルクから聞いている。


 だが、婚約を結んでいる筈のリーチェとハーキンがこの祝勝会で会話をする事がなければ、自ずと周囲は気が付くだろう。

 色々と噂されてしまうだろうが、貴族は噂話が大好きだからそれは仕方ない。

 時間が経てば噂話も落ち着くだろう。


(だから……お願いだから……、変な行動は起こさないで欲しいわね……)


 リーチェがそう考えていても、その気持ちはハーキンには伝わらない。

 リーチェに集まっていた人達が少し少なくなり、その時を待っていたのだろうか。

 ハーキンがリーチェに近付こうとした所で、王族の入場を知らせる声が響いた。



 王族の入場が終わり、祝勝会が正式に開始された。

 国王陛下から今回の戦での褒美を受け取っているテオルクとカイゼンの後ろ姿を見詰めながら、リーチェは先程から自分の視界にチラチラと入って来るハーキンの姿に溜息を吐き出したくなってしまう。


 まだ、何か用があるのだろうか。


 あの日、街で会った際に話は済んだのに、とリーチェは嫌な気持ちになってくる。

 祝勝会と言う名誉あるこの時に、どうか騒ぎを起こして欲しくない。


 リーチェが様々な事を思案している内に、国王陛下からの有難い言葉が終わる。

 そして国王は何処か訳知り顔でにっこりと笑みを浮かべ、テオルクに向かって口を開いた。


「──して、テオルク・ハンドレ。貴公の働きは我が国、いや私にとって何物にも代えがたい素晴らしい物だ。褒美を遣わす。何か希望はあるか?」

「はい、陛下。許されるのであれば──……」


 すっと上を向いたテオルクがしっかり国王と目を合わせたまま良く通る声で言い放った。


「手続きの簡略化を所望します──。……神殿への提出書類に、どうか陛下のお言葉を頂戴したく……!」

「あいわかった。必ず一筆、記そう」

「──ありがとうございます」


 その短いやり取りに、周囲は息を飲んだように一瞬静まり返り、そしてざわめく。


「──ぇっ、」


 リーチェは、今自分の目の前で何が起きたのか一瞬理解が出来なかった。

 父、テオルクが褒美として所望したのは神殿への手続きの簡略化。そしてその簡略化に必要な国王陛下の一筆。

 それを、国王陛下は心得たとばかりにあっさりと承知した。


「──っ、!?」


 リーチェは勢い良く顔を向ける。自分の母親の方に。

 母親も、知らなかったのだろう。

 テオルクがこのような褒美を所望していた、とは。

 顔色悪く、「どうしよう」「どうしたら」とぶつぶつ譫言のように呟いている。


 何が起きているのか──。

 リーチェが混乱し、狼狽えているその時に隣からドサリ、と誰かが倒れたような音が聞こえた──。



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