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13話


◇◆◇


 王都の中心街。

 少し広めの馬車停めに馬車を待たせ、リーチェ達は街を散策しながら店を回る事にした。


「リーチェ、疲れたり足が痛くなったら直ぐに言うんだぞ? まだ病み上がりで体調も万全ではないのだから……」


 そわそわと、心配そうにしているテオルクがリーチェに声を掛ける。

 父親が心配してくれる事にリーチェは嬉しさや、少しだけ擽ったい気持ちを抱きつつ笑顔で答える。


「大丈夫です、お父様。あれからしっかり休みましたし、それに元々私は体を動かす事が好きです。邸に宝石商や仕立て屋を呼んでゆっくり選ぶのも良いですが、やっぱり足を運んで自分の目でしっかり品物を見て選びたいですから」


 祝勝会のためのドレスですから、しっかり選ばねば! と笑うリーチェにテオルクもついつい目尻が柔らかく下がる。

 そんな親子二人の会話を少しだけ後ろから見ていたカイゼンはリーチェを見詰め、ゆったりと口元を笑みの形に変えた。


(ここ数日は、思い詰めたような顔ばかりだったが……リーチェ嬢にはやはり笑顔が良く似合う……)


 カイゼンが三年前の事に思いを馳せていると、振り返ったリーチェに呼ばれ、カイゼンははっとして慌てて二人に近付いた。



「──うん、いいんじゃないかリーチェ。カイゼン卿もそう思わないか?」


 宝飾店。

 店内で祝勝会のドレスに合わせる装飾品を見ていた三人は、リーチェが手に取ったネックレスと揃いのピアスを見てテオルクが朗らかに告げる。


 リーチェが手に取ったのは自分の瞳と同じような青空のように蒼く美しいブルーサファイアを基調とした品良く、けれどリーチェの華やかな顔立ちに良く似合った装飾品で。

 リーチェも気に入っているのが良く分かったのだが、声を掛けられたカイゼンは困ったような笑みを浮かべつつ、「私は」と言葉を発した。


「リーチェ嬢にとても似合うと思うが……。私はこちらの方がリーチェ嬢にもっと似合うと、思う……」

「──え、こちら、ですか……?」


 リーチェは、カイゼンが手にした物を見て大きく瞳を見開いてしまった。

 カイゼンが手にしていたのは百合をモチーフにした装飾品で。スカイブルーの色味がとても美しく、淡い色合いながら不思議とリーチェの瞳とぴったりと合う。

 だが、百合がモチーフと言う所にリーチェは気まずさを感じているようで困ったように眉を下げている。


 百合をモチーフとした物が似合うのはリリアのような女性で、そんなリリアと正反対な容姿をしている自分にはこのような純粋だとか、無垢、だとかの花言葉を持つ花の装飾品は似合わないと避けていた。


 だが、カイゼンの選んだ装飾品を見てテオルクも「似合いそうだな」と弾んだ声を上げ、リーチェに視線を向けて来る。


 こんな、清楚なイメージを持つ花をモチーフにした装飾品が似合うだろうか、とまごついている間にカイゼンが腕を伸ばし、リーチェの首元にそれを合わせた。


「ああ……やっぱり。リーチェ嬢に良く似合っている。ネックレスも、イヤリングも宝石が主張せず繊細な装飾を施されているから華やかだけど、リーチェ嬢の美しさを邪魔していない。とても似合っていると思う」

「──っ、ほ、本当ですか?」


 まさかカイゼンに「美しい」と言われるなんて、とリーチェはどきまぎとしてしまう。

 カイゼンの言葉にうんうんと頷くテオルクを見て、リーチェは熱を持つ頬を隠すように、店の人間が掲げた鏡に自分の姿を映した。


 そうしたら。

 絶対に似合わないと思っていたその装飾品は、リーチェのために誂えたかのようにしっくりとはまっていて。

 胸元で輝くスカイブルーの宝石が店の照明に反射して控えめに輝き、質素に見えてしまうかと思っていたけれど洗練されたデザインが気品を感じ、リーチェを大人の女性らしく彩ってくれる。


「──わっ」


 リーチェの嬉しそうな声を聞き、テオルクは「決まりだな」とどこか揶揄うような響きを乗せてカイゼンに笑いかけた。




「ありがとうございます、ヴィハーラ卿。自分ではこんな素敵な装飾品、選べませんでした」

「いや、本当に……似合うと思ったから……」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、リーチェはカイゼンにお礼を告げつつ店を出る。


 さあ、次はドレスだ。と店を出た三人が足を踏み出した所で──。




「リーチェ……っ」


 こんな所で聞こえる筈のない男の声が聞こえて来て、三人はぴたりと足を止めた。


「──嘘でしょ、何でアシェット卿がここにいるの……」


 リーチェの呟きの通り、店を出た広い通りにぜいぜいと肩で息をするハーキンが何故かそこに居た。


 肩で息をする所を見るに、相当焦ってここにやって来たと言うのが良く分かる。

 だが、何故街に──。と、リーチェが考えていると、テオルクがすっと前にやって来てハーキンから遮るようにリーチェの目の前に立つ。


「ハーキン殿。何の用だろうか? 君とリーチェの婚約関係は白紙に戻っただろう? 先日、アシェット侯爵家当主からそのように伝えられていると思うが……」

「っ、ハンドレ伯爵っ、ぼ、僕──いえ、私はリーチェとの婚約破棄に承諾なんてしていませんっ、勝手にリーチェとの関係を無かった事にしないで頂きたい……!」

「君の承諾なんてものはいらないだろう? 君有責の婚約破棄なのだから」

「ちがっ、リーチェ……! リーチェ聞いてくれ……!」


 懇願するように大きな声で言葉を紡ぐハーキンに、周囲からの視線が集まる。

 この街には貴族も多く買い物にやって来る。

 こんな道の往来で騒ぎを起こしてしまえば必然、人々の視線を集めてしまう。


 リーチェは迷惑そうに顔を歪めると、目の前のテオルクに向かって「どこかのお店に入りましょう」と伝えた。


「いいのか、リーチェ?」

「だって……このままここで騒いでいても人々の注目を集めるだけです。祝勝会で変な噂が立つのも……。もう遅いかもしれませんが……」

「リーチェが良いのであれば、私たちは構わんが……」

「ありがとうございます、お父様。ヴィハーラ卿も、申し訳ございません……。我が家の事情にお付き合い頂くのは申し訳無いので、もしよろしければお先に邸に──」

「いや、私も同席しよう。丁度昼時だ、彼との話が済んだらそのまま昼食を摂れば良いさ」


 リーチェが言い終わる前に、カイゼンはふるふると首を横に振って答える。

 そしてじろり、とハーキンに視線を向ける。


 カイゼンから鋭い視線を向けられたハーキンはびくりと肩を跳ねさせ、さっとカイゼンから視線を逸らしてしまう。

 ハーキンのその態度にカイゼンは溜息を吐き出した後、周囲に会話が漏れ聞こえてしまわないような個室で、防音設備が整っている店を何点か頭の中に思い浮かべ、テオルクとリーチェにその店を提案した。




 ──チリン、と澄んだベルの音が響き、店内に入る。

 貴族御用達のその店は、外観も美しく店で働く店員の所作も洗練されていて美しい。


 リーチェ達の入店に直ぐにやって来た店員に部屋に案内され、リーチェ達は広めの個室に通された。


「リーチェ嬢」

「あっ、ありがとうございますヴィハーラ卿」


 椅子を引き、そつ無くスマートにエスコートするカイゼンと、カイゼンにお礼を告げるリーチェをハーキンはどこか恨みの籠った視線でじっとりと見詰める。


「──さて。ハーキン殿。そもそも何故君がここに来たんだ? まるで私たちを探していたような様子だったが……」


 椅子に座ったテオルクが開口一番ハーキンに向かって問い質す。

 口調は穏やかではあるが、テオルクの瞳は鋭く細められていて、声音も暖かさや優しさなど含まれておらず、ハーキンはごくりと喉を鳴らした。


「……っ、その……リリア、嬢から今日リーチェ達が街に行くと言う知らせが入って……。その知らせを受け取って、直ぐにリーチェを探しに来ました……。何度面会を申し出ても断られてしまったので……」


 ハーキンから面会の申し出があったなんて、とリーチェが僅かに目を見開き、テオルクに視線を向ける。

 するとテオルクはちらりとリーチェに視線を向けた後、ひょいと肩を竦めた。


(なるほど……お父様が全部処理して下さっていたのね……)


 それにしても、とリーチェはハーキンを盗み見る。


 婚約者が居ながら、その婚約者の妹と浮気をしておいて、諦め悪くこうして未だに復縁を迫って来るとは、と呆れてしまう。


(ああ、そうだったわ……。この人は私に気持ちがあるのではなくて、伯爵家の当主になりたいのと、当主になればリリアとも共にずっと暮らせると思っていたのよね、きっと。だから婚約破棄はしないとずっと拒んでいた……)


 本当に愛してくれていれば。愛してくれているとハーキンの態度から少しでもその気持ちが感じられれば、まだ婚約破棄ではなく穏便に婚約解消を選んでいたかもしれない。

 けれど、自分の欲を優先していると言うのが分かってしまうのだ。

 それくらい、ハーキンを見ていれば簡単に分かる。


「リーチェ……。本当に、僕は君を愛しているんだ……。だからもう一度考え直して欲しくて……」

「──リリアを愛している、と確かにハッキリとそう仰っていたじゃないですか。あの言葉は嘘だったと仰るのですか?」

「いや、その、リリアも愛しているけど、リリアよりリーチェを深く愛している! だから、だからもう一度考え直して欲しくて……」


 もごもごと言葉を口にするハーキンに、リーチェは益々呆れてしまう。

 リリアも愛しているけど、リーチェの方を深く愛している? とんだ浮気者ではないか。

 それをはっきりとこの場で口にするなんて、とリーチェは呆れてしまい二の句が継げない。


 二人の父親であるテオルクの目の前で、良くそんな事が言えたと感心してしまう程だ。


「──君は、凄いな……」


 リーチェが言葉を失っていると、カイゼンがぽつりと呟いた。

 「え?」と思い、カイゼンの方に視線を向けて、リーチェはぎょっと目を見開く。


 カイゼンの瞳にはハーキンに対して隠し切れない程の怒りや憎悪が滲んでいて。


「君は、複数の女性を愛する事が出来ると言うのか。私には全く理解出来ない。私には愛する人はたった一人しか居ないし、その女性しか私の目には映らない。人生をかけて愛情を注げるのはその女性だけだ。けれど、君はそのような女性を何人も作れる、と言う事か……? 到底理解出来ないな、したくもないが」

「──……っ、」


 言葉が進むにつれ、最後の方は最早殺気すら篭っているようなカイゼンの言葉に、ハーキンは真っ青な顔でぶるぶると震え、言葉を返す事など出来ない。


 リーチェは溜息をついて、ハーキンに向かって口を開いた。


「ハーキン・アシェット卿。何度話に来られても私の答えは変わりません。私はたった一人、たった一人で良いんです。その方と愛し、愛され幸せな家庭を築きたかっただけ。……そして、その未来を壊したのは貴方です。貴方が、浮気をしたから。私は浮気をするような方と共に未来など歩めません」


 リーチェは何故かズキズキと胸の痛みを感じたが、その胸の痛みから目を逸らし、ハーキンに向かってハッキリと拒絶の言葉を紡いだ。


 テオルクも、カイゼンもきっと優しい表情で自分を見詰めてくれているだろうと言うのが分かる。

 けれど、リーチェはカイゼンの顔を何故か見る事が出来なかった。


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