No.8 悪魔の交渉
ノートの本性、ユリンは擬態、運営は14
一通りの作業を終え、本日はログアウトしようとしていたノートとユリン。だが物凄く丁寧なメールが運営より送られてきて、指示通りにメールの中にあった入室ボタンを押すと椅子と白い長机のある会議室のような空間に強制転移させられたことに気づく。
ノートとユリンはこれ一体なんなんだ?と顔を見合わせるとキョトンとする。
「本日は此方の身勝手な事情による呼び出しに応えていただきありがとうございます。私はALLFO・PL第三管理部室長の小林と申します。此方の2人は右から順に、掲示板第四監督部室長の山岸と第一特殊トラブル対応部室長の池林です」
その部屋にはノートとユリンに対し机を挟んで向かいに厳しい表情のスーツの男性が3人いて、ノートとユリンに深々と頭を下げる。ノートとユリンはアバターのままなので会議室にコスプレした人物が紛れ込んだような場違い感があるが、男性三人は至って真面目な表情だった。
「御時間は出来るだけ取らないようにしたいと思いますが、ひとまず席について頂けますでしょうか?」
最初に挨拶した小林という人物に促され、はぁ、と気の抜ける返事をして席に着くノートとユリン。状況がまだ掴めておらず呑気なノートとユリン、一方で厳しい表情の3人組とは実に対照的である。
小林は改めて頭を下げて色々と話し始めるが、5分経過した辺りでユリンは既に飽き飽きした表情で不機嫌オーラありありの仏頂面。小林はそれを敏感に感じ取りより丁寧に話をしようとするが、そこでノートが待ったをかける。
ユリン…………本名、遊佐 凛斗は基本的に仏頂面であり、人自体が好きではない。それは彼女、もとい彼の今までの人生経験に原因があるのだが、初対面の相手には大体この状態がデフォルト。更に難しい話を一方的に畳み掛けられるのも大嫌いなので、むしろ小林の対応は悪手。
という事情を全て把握しているノートは、話がこじれそうになる前に待ったをかけたのだ。
「あの、すみません。態度が悪いようで申し訳ないのですが、まず其方側の要求を率直にお伝えして頂けますか?」
態度の悪いユリンを肘で突きながら小林に提案するノート。
ノートがわかりやすいように苦笑したためか、小林もユリンについては何か察したようで交渉のターゲットをノートに絞る。
「では、お言葉に甘えまして。私共の願いとしては、全プレイヤーの通知にノート様とユリン様のPLネームの掲載を許可していただきたいのです。先ほど説明させていただきましたが、今現在の掲示板ではノート様とユリン様、NPCバルバリッチャの話題で混乱が生じています。いえ、掲示板以外でも数多くのPLがGMコールを行なっています。その騒動を終息させる為に、御助力を得られないでしょうか?」
小林の言葉を受けて少し考え込む“ポーズをとる”ノート。だがノートが次の行動に移るより早く、今まで我関せずだったユリンがいきなり噛み付いた。
「お断りです。話は聞いていましたが、初期限定特典を持つからボク達は極端なロールプレイをしていますし、PKはこれからもする予定なのにそっちの都合だけで手札や実力をバラされるなんて身勝手すぎです。AIを売り出すためとかこちらは知ったこっちゃ無いし、修正はしないというのがALLFOの売りでしょう?これは完全にそっちのミスです。その対処をプレイヤーに求めるのはおかしいと思います。だからお断りです」
ラノベ主人公並みの底抜けの鈍感人間でも気づけるぐらいにイライラとした雰囲気が強まるユリン。小林達はどうやらユリンの保護者枠に近い立ち位置のノートに視線を向けるが、ノートは特に口をはさまず感情を読ませないアルカイックスマイルのまま小林達に視線を送るばかり。
VR空間の会議室だというのに小林達は自分の額に嫌な汗が滲んでいる気がした。
「その、仰る通りです。全ては此方側のミス、その終息にPL個人に直接協力を仰ぐのは恥知らずとも言えるのは重々承知です」
頭を深々と下げる小林達。ユリンは不機嫌そうに睨みつけるばかりだが、ノートは愉快そうに上手く言質を取られないように逃げた小林を見つめる。
「成る程、修正が入れられないために私たちの初期限定特典には手が出せない、PK自体は禁じていないので諌められず、だが対策を取らなければそれはそれで貴方方の責任問題になる。その為に講じられた苦肉の策がこれなんですね?確かに―――――」
ノートは小林を見つめたまま、結構強めにユリンの頭に拳骨を落とす。ユリンはイタッとうめいた後にシュンとしてそっぽを向く。しかしVR空間では痛みもないのでそれは演技であることはノートも見抜いており、そんなユリンに構うことなくノートは言葉を続ける。
「――――コイツがやけに喧嘩腰なのはありますが、私達には何の責任問題もなく、手の内などがバレないためにプライバシーモードにしてるんですから名前を公表されるのは正直困ります。ゲームの進行を大きく妨害するような行動もしてないですし、騒動を起こしているのも、聞けば『最初から私たちを目当てに自分の意思で森に乗り込んで、それにより私達にPKされたPL』ということですよね?私たちがわざわざファーストシティの出入り口で出待ちして自分たちより能力の低いプレイヤーを狩り続けてるわけでもない。そうですよね?」
ノートが状況を整理しつつ机から身を乗り出し、嘘偽りを許さないように彼らをジッと見つめながら問いかけると、ギチギチに錆びついた機械のように小林はゆっくりと頷いた。
「それに加えて、騒動が起きていても現状でゲームの進行に致命的な障害も出てないのは確かですよね?あくまで彼らはALLFOに対し納得のいく説明を求めているだけですから、それは私達とはもうほとんど別の案件ですよ。それに、よしんば許可した所で貴方方はどう説明する気ですか?初期特典だから強いのは当たり前、と説明しますか?素人の考えではありますが、其方の方が余程大きな騒動になりますよ。私達は実際に体験してそのメリットとデメリットを体感しましたが、これだけの能力差が出ると知れば必ず上部だけを見て騒ぐ連中が出ます。下手をすれば妙な逆恨みで私達が過剰な報復行動の標的になる可能性も大いにある。そうですよね?
特に私たちの性質が極悪固定なので、PLは倒したところで性質がダウンしない相手です。面白半分にレアエネミーの如く狩られても可笑しくはないでしょう?」
ノートが淡々と予測を突きつけると、3人組の顔色が更に悪くなる。またそれを聞いたユリンもハッとすると、ガタッと椅子から立ち上がる。
「そう……そうじゃん!巫山戯んなよあんたら!絶対却下だよそんなの!」
激昂するユリンは敵意剥き出しにしており今にも飛びかかりそうな勢い。だがノートは落ち着いた様子でスッと立ち上がりユリンの肩を掴むと強引に座らせる。
「ま、其方も結構イレギュラーな事態に慌てているのはわかってますし、そこまで考えがまだ及んでなかったのではないかとは思います。こういう感覚はある程度MMOの形態で何度もトラブったことがないと身につかないですし、その対策方法を糾弾しようとは思いません。即物的ではありますが全体の利益を鑑みれば有効な手段ですからね「でも、でもさ、こんなの絶対」お前は黙ってろ、いいな?…………すみません、で話を続けますね」
不満気なユリンを即座に黙らせるノート。20代くらいでありながら妙な落ち着きを見せるノートにも、ノートの言うことには従順に従うユリンとノートの関係にも色々と疑問が湧き上がるが、それを置いておいても完全に主導権を握られてしまったことに3人組は少々焦りを隠せない。
「私達は名前を公表されたくない。其方側はどうにかしてポーズだけでも騒動を終息させたい。話は平行線ですね。おそらくこの後イベントでもあって、それに対して今の状況が運営にとって都合が悪いとかが焦りを加速させてる原因なんだと思いますが…………」
ノートが急に知るはずのないイベントについて言及し思わずギョッとする3人。それを見て薄っすらとノートは笑う。
「図星みたいですね。まあサービスを開始して直後のゲームなんてだいたい似たような流れですから予想の範疇です。大方この後あの森を中心にしたイベントがあるから、放置できない、そんなところでしょう?なのでこちらから提案します。私達の現在地の強制変更といくつかの要求を飲んでくれませんか?」
ノートとて、自分たちの要求をただ押し付けるつもりはない。運営からの不興を大きく買うのは得策とは言えないからだ。ゆえにノートは即座に妥協案を用意する。3人組はまさかノート側から取引を持ち掛けられるとは思っておらず目が点になるが、とりあえずは話がわかりそうな相手なのでノートの話を聞いてみようとアイコンタクトで合意。現在地の変更とはどういう意味ですか、と小林が代表して問うと、ノートは鷹揚に頷く。
「前提として、現状の私たちはしばらくは東の森を起点に行動する気でした。バルバリッチャ、あの特殊なNPCが封じられていた場所が図らずも私たちにとってのセーフティーゾーンになっていましたからね。加えてPKも続行する気でした。理由としては、まず性質が極悪なので街に入れない訳ですので、安全性が保証されてる『東の森』は代替できる場所がない限り離れがたい。また私達の戦闘力やランクでは『東の森』のモンスターを狩るよりPKした方が圧倒的に効率がいい。更に、街に入れない故に私達は必要な物資を商人から購入できない。故にPK時のプレイヤーからのドロップや商人を襲撃して得られるアイテム類が重要なんです。これらの理由により私たちはその場から離れることができないわけです」
そこで一旦言葉をきり、ここまではいいですよね?確認するノート。3人組は何も言えず、ゆっくり頷く他ない。
「逆に言えば、安全性と機密性が保証されたエリアと、アイテム類の購入・換金が可能になれば『東の森』に私たちが固執する理由はありません。そこで提案です。特別措置として私たちを推奨ランクの高い地域に強制転移させるんです。勿論、我儘を言うなら安全性と機密性のある空間とアイテム類の購入・換金可能なシステムを付けてくれるなら、の話ですがね。要は私達が物理的に他のプレイヤーから離れればいいんです。いくら騒いでても、そのあと何もなければ騒動は勝手に終息しますし、関心もあっという間にイベントに移るでしょう。ゲーマーなんてそんなもんですよ。
わかりやすく具体的な要求に言い直すのであれば、3点。1つ、私達のランク帯にあった地方へ私達を移動させること。2つ、商品の購入売却可能な駐在商人NPCなどの派遣か代替可能なシステムの導入。3つ、今現在私達が所有しているミニホームを、本来のホームのように破壊不能オブジェクト化する」
これで如何でしょう?と問いかけるノート。
予想もしないような提案に3人は顔を見合わせて、なんとも言えない表情になる。
「大変申し訳ございません。我々の権限では即座に提案の受け入れの可否を解答することはできません。ですが………前向きに検討させていただきます」
とりあえずいったんは話が纏まりそうなことにほっとして、ぺこりと頭を下げる小林達。想定していた最悪の状況を回避できただけに3人の強張っていた体から力も抜けるというものだが、そこで黙っていたユリンが独り言のようにボソッと呟く。
「出来るだけ早くしてください。でないとボクの手が勝手にこの騒動の真実を掲示板に書いて『あれだけ宣伝してたAIは信用するに能わず、社員も制御できていない』と書き込んじゃうかもしれません。多分明日の夜またログインする頃には手が疼いてしょうがないでしょう」
ピシッと部屋全体に亀裂が入るような、凍りつくような空気。
その行動こそ3人にとって最悪の物であり、緩んだはずの空気だけでなく全身が強張り、頭のてっぺんから血の気がサーっと引いていき、彼らの指先から感覚が消えていく。だというのに身体はドッと汗を噴き出しているように気がしてならない。
VRの中だというのにそれはやたら生々しく、ジットリと溢れた冷や汗は彼らの体温をさらに奪うようだった。
それを見てノートが溜息をつくと、3人の金縛りが解ける。そして三人は無意識に期待するような目をノートに向けてしまう。
ノートはその視線に気づき肩を竦めると、先ほどよりも優しくコツンと拳骨をユリンの頭に落とす。それから3人に視線をやると—————————————
「ま、できるだけ早く回答していただけると嬉しいです」
口調は穏やかだが先程のユリンの言動を諌めていないことには変わりない。ノートの言外のメッセージを正しく受け取った3人の顔色が青を通り越して土気色になってきていた。
「で、では、できるだけ早く回答をさせていただくために本日はこれで失礼させて頂いて宜しいでしょうか?ノート様とユリン様はALLFOと同様の手順を踏んでいただければログアウト可能ですので」
小林がなんとか捻りだした言葉を聞き届けるやいなやさっさとログアウトする2人。ノートとユリンが消えるのを見届けると、3人が思わず机に突っ伏してしまったのは途轍もなく気の毒な光景だった。
なんだかノート達からみるALLFOは殺伐としてますが、どちらかというと“普通にプレイしている”限りはマインクラフト系のノリのゲームです。ただしそこにちょっくらヤバいMODがいくつも、そしてひっそりと混入してる感じ。
本当は普通にかわいい召喚獣とかいっぱいいるんです。万人受けできるゲームに設計されてるのでガチ勢もエンジョイ勢もまったり派も楽しめる仕様になってます。
(※ただし初期限定特典勢を除く)
【裏話】
ALLFOは、メインストーリーを無理に進めなければ幸せなままでいられる世界。
初期特典に込められた真意は[削除済]。
こいつは神ゲーの皮をかぶった[削除済]。プレイヤーによって入れる領域そのものが変化する。この世界そのものが[削除済]であり、PLの正体は[削除済]であり、この世界に於いて救いを求めるならば[削除済]
万人が楽しめる神ゲー?そんなものは存在しない。