No.7 無自覚地雷原タップダンス
「商人狩りは決定としてさぁ、ミニホームを先にどうにかしない?」
ノートが脳内で作戦を立てていると、ユリンに声をかけられハッとする。
ユリンの言葉に同意すると、ノートはメニューを素早く操作する。
「えーーーっと、とりあえず欲しいのが…………水が無条件で使い続けられる無限水道だよな。物作りには必須だ。リカバリーベッドも二つランクアップして回復効率を上昇。タナトスの為に調理台と作業台を追加して…………でもこれだと天幕から卒業できないな。いや、それはひとまず置いといて…………ユリン、どうする?」
「もうガワと狭さは割り切って、農地エリアを増設しちゃわない?正直今の段階だと見栄えとか気にしてる場合じゃないし、安全に回復できるエリアがあるだけ御の字だよ。なら必要な物から揃えていった方がいいよねぇ」
「そうだな。じゃあ農地エリアを増設しよう。リアルマネーがこの程度で千円もサヨナラかよ。なんだかとても敗北感があるぞ。いや、ALLFOを楽しむ為の先行投資だ。これで決定!」
ノートが今しがた購入した農地は、街中で購入すれば立地である程度価格が変わるとは言え、安い場所では同面積だと10,000MONで買えてしまう。リアルMONは不要だ。
なぜ初期限定特典なんて本来喜ぶべきものを貰いながら、更に身銭を切っているのか。
そんな事を思いノートが血の涙を流しながら決定ボタンを押すと、ミニホームが緑色に発光。
ただでさえ大きな天幕が一回り大きくなり、入室先に調理室と作業室、屋内庭園が追加されていた。
無限水道は専用の水道ができるわけではなく、調理室などに設置された水道が全て水の残量が無限となる仕様だった。そこそこコストがかかったが、これで恒久的に水を得られるのだ。
今後の事も考え、ノートは悪くない投資だと思いとりあえず溜飲を下げることにする。
なお、広いテントの床から蛇口が生えているビジュアルの違和感には目を瞑った。
「タナトスは全ての部屋の立ち入りを許可しておくぞ。あとアイテムボックスも作業室に追加設置してあるから自由に使ってくれ。あとは…………」
矢継ぎ早にタナトスへ指示を与えていくノート。
そこでガシッとノートの肩を後ろから掴む者がいた。
「主人よ。我が居室は何処だ?」
「え゛!?バルバリッチャが?個室欲しいの?」
「では逆に問おう。我をどうするつもりだったのだ?」
真顔での問いかけに、冗談などと言う雰囲気は一切ない。苛立ちは苛立ちと素直に表すタイプの強者だけに、真顔なのが逆に怖い。
しばし見つめ合うと、瞳の冷たさはそのままにバルバリッチャの口角が徐々に吊り上がっていく。
「こいつめんどくさいな」とノートは内心では思いながらも、妙にニコニコしているバルバリッチャは恐ろしく、思わず口を噤む。
高度な知能と強大な力を持つNPCだ。だからこそ面倒な要求をしてくることもあるだろうとは思っていたが「変なところまでリアリティを求めるんじゃない!」とノートは胸中でALLFOに毒づく。
「バルバリッチャ、個室をもらってどうする気なんだ? いや、与えることに否定的なんじゃなくて、用途を聞きたい」
「たわけ! 主人らがその変てこな天幕に籠もる間、我は馬車の荷台でじっとしておれとのたまうか!?」
「言われてみればシュールな光景だな。オッケー、取引しよう。俺はバルバリッチャに個室を与える。その代わり裁縫をして貰えないか?少しでも生存率は上げておきたい。技能として持ってるはずだぞ」
「大きく出たものだな。その程度の報酬で、この我にそのような取引を持ち掛けるとは」
バルバリッチャは愉快そうに口元を吊り上げた。
「本来なら無礼討ちにしてやっても良いところだが……まぁよい。今の我はそこそこ機嫌が良い。暇な時に手慰み程度であればしてやろう。何、案ずるな。悪魔は契約を違えぬ。主人らが我の復活を援助し、個室を与えるのであれば、“気が向いた時に”裁縫へ興じてやろう」
ノートとしては今現在、裁縫にこだわる必要はない。タナトスのように何らかの手段で裁縫技能持ちの死霊を召喚できるかもしれないからだ。
だが、ノートはバルバリッチャと行動を共にし、一見気難しく尊大に見える彼女が、一皮むけば割と単純な性格であることを理解しつつあった。
こちらが尽くせば、偉そうな態度は取るが、それに見合ったリターンは必ず生み出す。
機嫌が良ければ積極的に援護してくれる。
何より今まで文句は必ず垂れるが、明確な形で拒否権を行使したことはなかった。
誠意を持って向き合うこと。
NPCと侮らずに付き合うこと。
それが重要であるとノートは理解していた。
“悪魔は契約は守る”と言いつつ、“気が向いた時に”やる、と言う保険をバルバリッチャがさりげなくかけた事一つとっても、NPCがプレイヤーにとって都合の良い単なる舞台装置ではないとALLFOは示している。
従来のゲームのNPCを相手にしている気分だと、必ず痛い目に遭う。
ノートはそう確信した。
そんなノートであるが故に、ここでバルバリッチャの機嫌を損ねたら何が起きるか想像もしたくない。泣く泣く部屋を追加すると、案の定バルバリッチャの機嫌が露骨に良くなる。
「わかっているではないか、我が主人!こんなチンケな天幕だが、主人に免じて許そうではないか!ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
なかなか失礼なことを言いながら高笑いすると、バルバリッチャは天幕の中へ颯爽と入っていった。
そんなバルバリッチャの態度にノートとユリンは顔を見合わせ、小さく肩を竦めたのだった。
◆
「主任、ヤバイです!さっきよりヤバイです!」
「あ?今度はなんだ!?まだ始まって十分しか経ってないぞ!?」
ALLFOの管理室では、またも悲鳴が上がっていた。
「またなんです!!あの二人のプレイヤーがイベント回避しました!」
「はぁ? バルバリッチャのイベントなんて初見殺しのイベントだぜ?よしんば剣を使わなくても、その後のバルバリッチャとの戦闘に勝利できるわけがない」
「いや、なんかもうそんなレベルじゃないです!とにかく一度見てください!」
そう叫ぶと、若い社員はノートとバルバリッチャの交渉の一部始終をまとめた映像を主任に見せた。
「…………おいおいおいおい!?交渉で戦闘回避って嘘だろ!?」
「僕に言われても困りますよ!管理してるのは全部AIですから、AIがロールプレイの一環で可能と判断しちゃえばできるのがALLFOのシステムなんですもん!でもゲームバランス崩壊とかそんなレベルじゃないですよ!?召喚した死霊と融合するとかもう意味わかんないです!」
「そんなの言われなくともわかってるわ!AIの自己判断なんだから、設定上可能って判断したんだろう!?バルバリッチャにその手の設定が仕込まれてたんだ!」
「でもバルバリッチャってグランドクエストをかなり進めないと遭遇すら出来ないワールドエネミー級のNPCですよ!?できちゃ困るんです!」
「だーーーーー!クソ!?この二人どんだけ一直線にイレギュラーを発生させ続けるんだよ!?いや、でもAIだってそれくらい理解してるから、何か制限はかけてるだろ?」
「はい、【拒否権】とかって変な技能が付いてました。あとクソ我儘で気分屋です。使役するNPCとしては超使いづらいと思います」
「…………そうか。なら様子見するしかないな。しばらくこの二人を見張ろう」
主任は念の為、他の管理室にバルバリッチャを起因としたイベントが起こる可能性を全体に周知していたが、状態を一旦様子見に切り替えて再度通達。
バルバリッチャと行動を共にし始めたプレイヤーの観察を始める。
───────────二時間後
「こんなこと言っちゃダメなのは重々承知で言わせてもらうけど、もうコイツらホント嫌い…………」
「ちょっとだけでもいいから普通にプレイしてくれないっすかね…………。PK慣れすぎですよ、この二人。極悪固定だから開き直って犯罪行動しまくるとか、こちらの意図が完全に裏目に出てます。しかもなんなんですかこの二人。よくこのNPCの地雷を一切踏まずにうまく付き合えますね」
「同感だな。ゲームの中でNPCに、いやプレイヤー相手でもあんな言動され続けたら俺だったらキレてる自信あるぞ」
ぐったりとしてしまう主任と若い社員。
そこに追い打ちをかけるように他の管理室から連絡がくる。
『もしもし、こちら掲示板担当です。ランク帯のおかしいNPCが森で暴れてるらしいんですけど、AIはPLのナンバーJA0915TO69452とJA935TO1045が原因と回答してきました。この番号帯ってどっちも第3管理室担当だと思うんですけど、何か情報はありますか?不正な行動などは一切していないとAIは判断してるんですが、こっちで管理してる掲示板の内容を見てるとどうもおかしいというか…………』
そう言われてALLFO公式掲示板を確認する主任。
既に驚くべき量のスレッドが立っているが、その中でも 書き込みの増え方が異常な速度のスレッドを見つける。
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【あんなの絶対】東の森の異常事態について騒ぐスレ【おかしいよ】
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そこではファーストシティ東側の森で起きているPKについて取り上げられており、バグだとか運営がトチ狂ったとか、何かのイベントの前触れではないか、一部のプレイヤーが嘘をついて話題作りをしようとしているだけなど様々な憶測が飛び交っていた。
流石に八十一人全滅というのはインパクトの大きい出来事だ。新たな世界に関する期待の書き込みよりもそちらへの関心が高まりすぎているようだった。
主任はスレを流し読みすると、掲示板担当に事情を説明する。
「─────────────────という訳で、原因は初期限定特典組がタッグを組んでいるあり得ない事態が起きてるからだ。“ネクロマンサー”は作戦立案や戦闘全体の管理をし、簡易召喚でゾンビをポンポン出して盾にしたりして、単体でも前衛数人と渡り合える。そこにブーストをかけてるのが堕天使のプレイヤーだ。運動神経や反応速度、空間認識能力が常人離れしてやがる。それに視野が異常に広いからか、斜め後ろからの攻撃もきっちり斬り返すからな。その二人がタッグを組めばもう呆れるほど強えわ。そして大問題なのは現在の水準ではありえないほどの高レベルNPCを従えてるところにある」
『そう、ですか。流石に修正をした方がいいですよね。NPCも不味いのでアイテムの代替で納得してもらうとか………』
掲示板担当は一般的なゲームに於いては、“かなり強引であるが”と枕詞を置かれそうな即物的で常識的な範疇の対処案を述べる。対して主任は頭痛を抑えるように目頭を押さえて首を横に振り、その建設的な意見を否定した。
「残念ながらそれはできない。ALLFOは第七世代のVR対応だけでなく、ALLFO専用に技術の粋を集めて開発されたAIによる徹底管理も売りなんだ。現に言動チェッカーで暴言などを吐いたプレイヤーには即座にAIが反応するし、言動に出さずとも思考傾向からリスク発生率すら予測してマークする。親元のGoldenPearはこの優れたAIをもっと評価して欲しいんだ」
同じ運営メンバーに改めて説明する事でもないが、過激な発言が出ている以上、まず大前提の認識を再度擦り合わせる必要がある。
主任は半ば自分に言い聞かせるように説明を続ける。
「リアルタイムで全てのデータを計測し、細かな微調整を毎秒単位で続け、一つの仮想世界を完璧に管理し切る。破綻を起こさせない。だから『今までのゲームによくあった後出しジャンケンのような修正なんてしない完璧なバランス調整ができます!』とまで、散々豪語しちゃってるわけだ」
MMORPGは、極端な言い方をすれば白紙の部分が沢山ある未完成のイラストだ。
既にイラストのある周囲の空白部分が徐々にイラストで埋まり、世界は広がり続けていく。
最初から完成版のイラストがお出しされる買い切り型のゲームと違い、何が書き込まれていくか不安と期待に胸を膨らませる余地がある。
だが、最初に書いてあったイラストの周りに様々な人が次々とイラストを描いていけば、どこかで構図のバランスがおかしくなったりしてしまう事もある。
下書きの段階で気付いて修正できれば問題ないが、実際色付けをしてみないとバランスが狂っていることに気づけない事もある。
しかし、一度塗ってしまった色は簡単に消せない。故に描いた後から塗り潰して修正を試みる。それで上手くいけば御の字。だが、修正をしてみたら今度は別の部分とのバランスが悪くなったりするわけで。
この修正作業をしている最中にも、上からは次のイラストで空白を埋めろとせっつかれる。ユーザーは待っているんだぞ、と。
ここで言う修正が、所謂『ナーフ』である。
強すぎて全体のバランスを崩すものを下方修正する。
上方修正が起きる事もあるが、こちらはインフレの温床になりかねない。そもそも上方修正が起きるものは、元が弱いということ。弱い分には他のものに致命的なエラーを起こしにくいので修正は後回しになる。
リスク回避の観点から、オンラインゲームで何か修正する時は、まず強過ぎるものから。強いものが修正され易いということは、ナーフが起き易い。
しかし、プレイヤーの視点からするとナーフは有り難くないケースが多い。
バランスを崩すほど強い代物。
使えば簡単に強くなれる代物。
一般的な価値観に於いて、『強い』は即ち『楽しい』だ。
子供が危険だけど派手なオモチャを好むように、刺激に飢えてゲームの世界に飛び込む人間達は派手で面白い物を好む。
それを横から取り上げられたら、言い分が合理的でも感情では納得し難い。嫌な思い出になる。
そのナーフを起こさない。
ALLFOはその存在を世間に宣伝し始めた1番最初に、高らかにナーフ根絶を宣言した。
理想のVRMMORPGを、我が社のAIが実現してみせますよ、と。
「だったら、ここでAIが判断して許可したものを、利用規約に違反しているわけでもないのに此方側で勝手に対処すればどうなる?完全無敵のはずのAIの信用度にデカい悪影響が出るよな。というか上から何を言われるかわかったもんじゃない。親元からすればそんなこと知ったこっちゃないだろうからな。藪をつついて蛇が出ればまだ可愛い方だぞ。俺は我が身が可愛いから余計なことはしたくないね。間違いなくその案は受理されない」
上の掲げるお題目。現場の直面する問題。
その二つが致命的にミスマッチを起こすことは、22世紀でも起きてしまう悲劇の一つだ。その時泥を被るのは、大抵現場である。
主任の声は非常に暗い。
『…………ですが、プレイヤーの混乱は大きいですよ。放置は流石によろしくないと思います。放置は放置で、我々の職務的にも別の意味で責任問題になりかねません』
そして、現場も一枚岩ではない。部署ごとに部署ごとの御題目と実態がある。これは組織の図体が大きくなるほどに発生する軋轢であり、主任の言葉を納得しつつも容易には受け入れられぬと掲示板担当は突き返す。
「それはわかっているが、俺たちが彼らに対して介入する名目が無いんだよ。“狩場の独占”や“粘着プレイ”、重大な迷惑行為を繰り返してもいない。では『ゲームバランスが狂ってしまうから修正で』というのも、『修正なんてないから安心してプレイしてください』ってこっちが先に宣言してるから易々とできる選択じゃない」
物事には実態と御題目、言い換えると本音と建前がある。
今回のケースの場合、弁護士も真っ青な広義解釈を試みても、強制的に仕様変更に踏み切る建前を現場では用意できないのだ。
なお、ここでAIに相談するのが22世紀では自然な流れだが、今この現場に流れてくる案件はAIがスルーした案件である。つまり相談してもあまり意味がない。
ここは強く釘を刺すべきと、主任は運営メンバーで暗黙の了解扱いのタブーに触れる。
「あのな、ここだけの話、上の都合で最後に初期限定特典云々など突っ込まなきゃこんなトラブルも無かったはずだ。でも実装されてしまったし、見てる限り彼らは厳しい条件の中で最適解を選んでるだけで、此方はどうにも手が出せない。お前さんも、下手に藪を突くなら、冷たいようで悪いが個人でやってほしい。こちらでは対応できる領域を超えている。俺達運営チームは普通のゲームの運営チームとは全く違う組織なんだから。実態はただのカスタマーサービス紛いの存在だぞ」
『そう言われても困りますよ、こっちだって。せめてプレイヤーに納得のいく情報、沈静化できる状態を作らないと給料泥棒扱いになっちゃいますし、この後“イベント”がありますので…………』
それでも。
それでも承知しかねる事情があるのだと掲示板担当は主張。
主任も顰めっ面により渋みが増える。
「非常に残念な報告だが…………アイツら二人とも『プライバシーモード』だから、勝手にゲーム全体に名前出してアナウンスしたりできない。やったらそれこそグレーゾーンじゃなく明らかな利用規約違反だから、訴えられたらあんたの首が飛ぶぞ、マジで。事情を説明した上で、あの二人と直接交渉するしかないだろうな。ただ、その時は俺も手を貸そう。担当だからな」
『ぐっ…………そうですね、直接交渉するしかないですよね。情報提供ありがとうございました。これにて失礼します。もしもの時はご助力願うことになりますので、その時はよろしくお願いいたします。』
熱した鉛を飲み込んでように重く、苦々しい声と共にプツンと切れた通信。
ひとまず大事にならなくて済んだことに主任はホッと溜息をつく。
だが同時に、直接交渉の席を設けたら設けたでまたお詫びのアイテムを渡さなきゃいけないんだよなぁ…………と、一抹の不安を覚えるのだった。
解説(というより世界観)
『22世紀の匿名掲示板』
22世紀は全て人とデータは紐づいており共通アカウントのような物を生まれつき与えられている。そのアカウントから派生する形ですべての情報が作られているので22世紀現在に本当の意味での“匿名性”は失われて久しい。
またゲームがVRをメインにするようになってからはリアルでのトラブルが発生しやすいので、ゲーム会社が主催で掲示板を作成しておりゲーム内でも使用可能にしているケースがメジャーとなっている。
ホストは常に運営なのでトラブルへの対処が早くなりやすく、イベントの告知などもされるので運営主催の掲示板をプレイヤーたちも利用する。
デフォルトでは書き込むとプレイヤーネームが表示されるが、掲示板だけプライバシーモードにして[UNKNOWN]表記にすることも可能である。




