No.7 無自覚地雷原タップダンス
今回ALLFO運営側の最大のポカが明らかになるのです
「商人狩りは決定として、ミニホームを先にどうにかしない?」
ノートが脳内で作戦を立てていると、ユリンに声をかけられハッとするノート。
ユリンの言葉に同意すると、ノートはメニューを操作する。
「えっと、とりあえず欲しいのが、水が無条件で使い続けられる無限水道だよな。リカバリーベッドも2つランクアップして回復効率を上昇。タナトスの為に調理台と作業台を追加して…………でもこれだと天幕から卒業できないな。いや、それはひとまず置いといて…………ユリン、どうする?」
「もうガワと狭さは割り切って、農地エリアを増設しちゃわない?正直今の段階だと装飾品とか気にしてる場合じゃないし、安全に回復できるエリアがあるだけ御の字だよ。なら必要な物から揃えていった方がいいよねぇ」
「そうだな。じゃあ農地エリアを増設しよう。リアルマネーがこの程度で1000円もサヨナラかよ、なんだかとても敗北感があるぞ。いや、ALLFOを楽しむ為の先行投資だ。これで決定!」
ノートが血の涙を流しながら決定するとミニホームが緑色に発光。
天幕が一回り大きくなり、入室先に調理室と作業室、屋内庭園が追加されていた。無限水道は専用の水道ができるわけではなく調理室などの水道が全て水の残量が無限化するようになっていた。そこそこコストがかかったがこれで恒久的に水を得られるのでノートはとりあえず溜飲を下げることにする。
「タナトスは全ての部屋の立ち入りを許可しておくぞ。あとアイテムボックスも作業室に設置してあるから使ってくれ。あとは…………」
矢継ぎ早でタナトスに指示を与えていくノート。そこでガシッとノートの肩を後ろから掴む者が。
「なあ我が主人よ。我の部屋はないのか?」
「え゛!?バルバリッチャが?個室欲しいの?」
「では逆に聞くが、我をどうしておくつもりだったのだ?」
「こいつめんどくさいな」とノートは内心では思いながらも妙にニコニコしているバルバリッチャは恐ろしく、ノートは思わず口を噤む。高度な知能と強大な力を持つNPCであるが故の足枷があるのはノートも予想していたが「変なところまでリアリティを求めるんじゃない!」とノートは胸中で毒づく。
「バルバリッチャ、個室をもらってどうする気なんだ?いや、与えることに否定的なんじゃなくて、用途を聞きたい」
「たわけ!主人らがその変てこな天幕の中にいる間、我は馬車の荷台でじっとしていろとでものたまうつもりか!?」
「言われてみればシュールな光景だな。オッケー、取引しよう。俺はバルバリッチャに個室を与える、そのかわり裁縫をして貰えないか?技能として持ってるはずだぞ」
「大きく出たものだな、この我にそのような取引を持ちかけるとは。本来は無礼討ちにしてやっても良いところだが…………まぁ、今の我はそこそこ機嫌が良い。暇な時に手慰み程度でしてやろう。何、案ずるな。悪魔は契約を違えぬ。主人らが我の復活を援助し、個室を与えるのであれば、気分次第では裁縫などに興じてやろう」
ノートとしては今現在は裁縫にこだわる必要はない。タナトスのようになんらかの手段で裁縫の技能持ちの死霊を召喚できるかもしれないからだ。
だが、ノートはバルバリッチャと行動を共にし、バルバリッチャは一見気難しく尊大に見えるが一皮むけば割と単純な性格であることを理解しつつあった。
こちらが尽くせば、偉そうな態度をとるがそれに見合ったリターンは必ず生み出す。機嫌が良ければ積極的に援護してくれる。何より今まで文句は必ず垂れるが拒否権を使用してはこなかった。誠意を持って向き合うことが、NPCと侮らずに付き合うことが重要であるということを理解していた。
従来のゲームのNPC相手にしてる気分だと必ず痛い目に合うとノートは確信していた。
そんなノートは泣く泣く部屋を追加すると、案の定バルバリッチャの機嫌が露骨に良くなる。
「わかっているではないか、我が主人!こんなチンケな天幕だが、主に免じて許そうではないか!ハハハハハハハハハハハハハハハ!」
なかなか失礼なことを言いながら高笑いすると天幕の中へ颯爽と入っていったバルバリッチャ。ノートとユリンは目を合わせると肩を竦めるのだった。
◆
「主任、ヤバイです!さっきよりヤバイです!」
「あ?今度はなんだ!?まだ始まって10分しか経ってないぞ!?」
ALLFOの管理室では、またも悲鳴が上がった。
「またなんです!!あの2人のプレイヤーがイベント回避しました!」
「はぁ?バルバリッチャのイベントなんて初見殺しのイベントだぜ?よしんば剣を使わなくても、その後のバルバリッチャとの戦闘に勝利できるわけがない」
「いや、なんかもうそんなレベルじゃないです!とにかく一度みてください!」
そう叫ぶと、若い社員はノートとバルバリッチャの交渉の一部始終を纏めた映像を主任に見せた。
「…………おいおいおいおい!?交渉で戦闘回避って嘘だろ!?」
「僕に言われても困りますよ!管理してるのはAIですから、AIがロールプレイの一環で可能と判断しちゃえばできるのがALLFOのシステムなんですもん!でもゲームバランス崩壊とかそんなレベルじゃないですよ!?召喚した死霊と融合するとかもう意味わかんないです!」
「そんなの言われなくともわかってるわ!AIの自己判断なんだから、できるって判断したんだろう!?バルバリッチャにその手の設定が仕込まれてたんだ!」
「でもバルバリッチャってグランドクエストをかなり進めないと交戦出来ない超高レベルNPCですよ!?できちゃ困るんです!」
「だーーーーー!クソ!?この2人どんだけ一直線にイレギュラーを発生させ続けるんだよ!?いや、でもAIだってそれくらい理解してるから、何か制限はかけてるだろ?」
「はい、拒否権とかって変な技能が付いてました。あとクソ我儘で気分屋です。使役するNPCとしては超使いづらいと思います」
「…………そうか、なら様子見するしかないな。しばらくこの2人を見張ろう」
―――――2時間後
「こんなこと言っちゃダメなのは重々承知で言わせてもらうけど、もうコイツらホント嫌い…………」
「ちょっとだけでもいいから普通にプレイしてくれないっすかね…………、PK慣れすぎですよ、この2人。極悪固定だから開き直って犯罪行動しまくるとか、こちらの意図が完全に裏目に出てます。しかもなんなんですかこの2人。よくこのNPCの地雷を一切踏まずにうまく付き合えますね」
「同感だな。ゲームの中でNPCに、いやプレイヤー相手でもあんな言動され続けたら俺だったらキレてる自信あるぞ」
ぐったりとしてしまう主任と若い社員。そこに追い打ちをかけるように他の管理室から連絡がくる。
『もしもし、こちら掲示板担当です。ランク帯のおかしいNPCが森で暴れてるらしいんですけど、AIはPLのナンバーJA0915TO69452とJA935TO1045が原因と回答してきました。この番号帯ってどっちも第3管理室担当だと思うんですけど、何か情報はありますか?不正な行動などはしていないとAIは判断してるんですが、こっちで管理してる掲示板の内容を見てるとどうもおかしいというか…………』
そう言われてALLFO公式掲示板を確認する主任。
既に驚くべき量のスレッドが立っているが、その中でも妙に盛り上がっているスレッドを見つける。
【あんなの絶対】東の森の異常事態について騒ぐスレ【おかしいよ】
そこではファーストシティの東側の森で起きているPKについて取り上げられており、バグだとか運営がトチ狂ったとかなにかのイベントの前触れではないかなど様々な憶測が飛び交っていた。流石に81人全滅というのはインパクトのデカい出来事であり、攻略よりもそちらへの関心が高まりすぎているようだった。
主任はスレを流し読みすると、掲示板担当に事情を説明する。
「―――――という訳で、原因は初期特典組がタッグを組んでいるあり得ない事態が起きてるからだ。“ネクロマンサー”は作戦立案や戦闘全体の管理をし、簡易召喚でゾンビをポンポン出して盾にしたりして個人でも前衛数人と渡り合える。そこにブーストをかけてるのが堕天使のプレイヤーだ。運動神経や反応速度、空間認識能力が常人離れしてやがる。それに視野が異常に広いからか、斜め後ろからの奇襲もきっちり斬り返すからな。その2人がタッグを組めばもう呆れるほど強えわ。そして大問題なのは現在の水準ではありえないほどの高レベルNPCを従えてるところにある」
『そう、ですか。流石に修正をした方がいいですよね。NPCも不味いのでアイテムの代替で納得してもらうとか………』
掲示板担当は即物的で常識的な意見を述べるが、主任は頭痛を抑えるように目頭を押さえて首を横に振り、その常識的な意見を否定した。
「残念ながらそれはできない。ALLFOは第7世代対応だけでなく、ALLFO専用に技術の粋を集めて開発されたAIの徹底管理も売りなんだ。現に言動チェッカーで暴言などを吐いたプレイヤーには即座にAIが反応するし、親元のGoldenPearはこのAIをもっと評価して欲しいんだ。『今までのゲームによくあった後出しジャンケンのような修正なんてしない完璧なバランス調整ができます!』と豪語しちゃってるわけだし。だから、ここでAIが判断して許可したものを、利用規約に違反しているわけでもないのに此方側で勝手に対処すればAIの信用度に悪影響が出る、というか上から何を言われるかわかったもんじゃない。親元からすればそんなこと知ったこっちゃないだろうからな。藪をつついて蛇が出ればまだ可愛い方だぞ。俺は我が身が可愛いから余計なことはしたくないね」
『…………ですが、プレイヤーの混乱は大きいですよ。放置は流石によろしくないと思います。放置は放置で別の意味で責任問題になりかねません』
「それはわかっているが、俺たちが彼らに対して介入する名目が無いんだよ。“狩場の独占”や“粘着プレイ”、重大な迷惑行為を繰り返してもいない。では『ゲームバランスが狂ってしまうから修正で』というのも『修正なんてないから安心してプレイしてください』ってこっちが先に宣言してるから易々とできる選択じゃない。上の都合で最後に初期限定特典云々など突っ込まなきゃこんなトラブルも無かったろうが、見てる限り彼らは厳しい条件の中で最適解を選んでるだけで、此方はどうにも手が出せない。お前さんも、下手に藪を突くなら冷たいようで悪いが個人でやってほしい。こちらでは対応できる領域を超えている」
『そう言われても困りますよ、こっちだって。せめてプレイヤーに納得のいく情報、沈静化できる状態を作らないと給料泥棒扱いになっちゃいますし、この後“イベント”がありますので…………』
「残念、アイツら2人とも『プライバシーモード』だから、勝手にゲーム全体に名前出してアナウンスしたりできない。やったらそれこそグレーゾーンじゃなく明らかな利用規約違反だから、訴えられたらあんたの首が飛ぶぞ、マジで。事情を説明した上で、あの2人と直接交渉するしかないだろうな。ただ、その時は俺も手を貸そう。担当だからな」
『ぐっ…………そうですね、直接交渉するしかないですよね。情報提供ありがとうございました。これにて失礼します。もしもの時はご助力願うことになりますので、その時はよろしくお願いいたします。』
苦々しい声と共にプツンと切れた通信。
ひとまず大事にならなくで済んだことに主任はホッと溜息をつくが、同時に直接交渉の席を設けたら設けたでまたお詫びのアイテム渡さなきゃいけないんだよなぁ…………と一抹の不安を覚えるのだった。
解説(というより世界観)
『22世紀の匿名掲示板』
22世紀は全て人とデータは紐づいており共通アカウントのような物を生まれつき与えられている。そのアカウントから派生する形ですべての情報が作られているので22世紀現在に本当の意味での“匿名性”は失われて久しい。
またゲームがVRをメインにするようになってからはリアルでのトラブルが発生しやすいので、ゲーム会社が主催で掲示板を作成しておりゲーム内でも使用可能にしているケースがメジャーとなっている。
ホストは常に運営なのでトラブルへの対処が早くなりやすく、イベントの告知などもされるので運営主催の掲示板をプレイヤーたちも利用する。
デフォルトでは書き込むとプレイヤーネームが表示されるが、掲示板だけプライバシーモードにして[UNKNOWN]表記にすることも可能である。