No.33 真っ白な布ほど染め上げやすい
No.32 ではたくさんの感想を頂くことができました。非常に嬉しいです。
そして誤字脱字報告して下さる方々、改めて深謝申し上げます。
+ノートさんは完璧超人じゃないのよ。普通にミスするよ
「いや、ほんと、すみませんでした」
「私は悪くな「お前も頭を下げなさい」ぐぅ…………」
最短距離最高スピードでサードシティの第1の森にあたる同じようなエリアを抜けて次のエリアとの境目の非戦闘区域まで到着していたノート達。
だが到着早々大問題が発覚し、ノートは拉致したプレイヤーに対して見事な土下座をしていた。
これはノート達がうっかり勘違いしていた故の事故が原因だ。
まずALLFOはFFありのシステムではあるが、流石にパーティーやクランメンバーには『隠蔽状態』などの効果は有効にならない。
よってコートの効果で隠蔽状態になりやすいノートもユリン達ははっきり認識できるし、隠蔽効果が付いていても幽霊馬車を認識できる。
そしてこれは詳細をよく読んでなかったノートのうっかりミスなのだが、『隠蔽状態』は視界だけでなく聴覚にも作用するので、声や足音も周りには聞こえない、あるいは聞こえづらいのだ。隠蔽状態を視覚のみの効果だと思っていたノートのこの勘違いが悲劇を引き起こした。(因みに視覚認識阻害に特化した状態は【迷彩】というきちんとした名前があり細分化されている)
隠蔽状態の時は相手の姿も声も知覚できない。なおかつパーティー登録をしてない限り他のプレイヤーには隠蔽状態がずっと有効。
その2つがそろった結果何が起きたか。
ノート達からすれば、ヌコォがジョッキーばりの腕前で縄で綺麗に捕獲したプレイヤーに対して『まだパーティーに登録できない故に馬車にちゃんと乗せてあげられないのは申し訳ないが』と前置きして色々と事情説明などをしていた、つもりだった。
だが拉致られたプレイヤーからすると、ノート達が『隠蔽状態』なのでその姿は見えず、丁寧に説明されどもその声もほとんど聞こえておらず、よくわからない不可視の物に捕まって高速で森の中を駆け抜けるというトラウマ級の経験をする羽目になっていた。
そして非戦闘エリアに到着したところで、アイテムの性能(隠蔽状態など)が解除されたのでようやくそのプレイヤーは幽霊馬車などを認識し絶叫。
そこで漸くノートが何かミスったのでは……と慌てて色々確認した結果、事態を正確に把握して土下座の謝罪である。
「え、あ、あの……う、え、えっと…………」
『ゲーム経験ほぼ0の初心者から見てもどう考えても普通じゃないレアリティの深紅の外套を着たプレイヤーに土下座されてキョドるプレイヤーの図』はなんとも言いがたい光景であり、相手が状況に追いつけていないことを理解すると、ノートは頭をあげる。
ノートの目の前にいるのは、簡単に形容するなら小綺麗な顔立ちの女性。
綺麗、ではなくクラスでちょっと男子から人気のある程度の“小綺麗”というのがミソな、成熟した感じの体に対し少し幼げで素朴さを感じる顔立ちの女性だ。
(完全に余談だが美少女レベルでは言えばユリン(♂?♀?)≧ヌコォ>件のプレイヤーという形である)。
その女性は見ているこちらが気の毒に思うぐらい目が泳ぎ、完全にテンパっていた。とてもではないがしゃべれそうにもない。
「ノート兄、ハーブティー淹れたよ。ミントとセントジョーンズワートのブレンド」
「ありがとう」
ALLFOのシステムでは、料理の技能がなくとも全く調理ができない訳ではない。ただ、料理技能持ちが作ると味も向上しバフもつき空腹ゲージも減りにくいといいことづくしなので、料理の技能がないプレイヤーがあまり料理に携わることはないのだ。しかし現実でも常飲しているハーブティーを淹れるぐらいなら、ヘビードリンカーのユリンにとって造作もない。
「詫びにはなりませんが、まず一杯如何ですか?」
「えっ、え?」
「どうぞ、熱いのでゆっくりと飲んでください」
マグカップを押し付けられ困ったような表情になるが、スーッと爽やかな香りがして、女性プレイヤーは「いい匂い……」と思わず呟く。女性プレイヤーがノートに目をやると、ノートは穏やかな表情で微笑み首肯するように頷く。
女性プレイヤーは大型の獣を前にした様子でおそるおそるマグカップに手を伸ばし『フー、フー』息を吹きかけゆっくりとハーブティーを飲む。
ただ急ぎ足で飲んでいるようにも見えたので「慌てず、ゆっくりとでいいですよ」とノートは言い、女性プレイヤーがハーブティーを半分ほど飲み終えるころには少々和やかな雰囲気になっていた。
「さてさて…………」
「ひゃいっ!?」
だが、かなり穏やかな口調でノートが話しかけたのにも関わらず、話しかけると同時に女性は出会ったときのようにビクビクと震える。和やかな雰囲気もまた振り出しに戻ってしまった。
しかしこれ以上時間をかけるわけにもいかないので、少々強引であるとは自覚しつつもノートは話を続ける。
「まず、改めて名乗らせてもらいますが、俺のプレイヤーネームはノートです。ノートと気軽に呼んでください。大前提として、こちら側としてはあなたに危害を加えるような真似は一切しないと保証します」
「ええええと、ええと……わ、私、私は……」
挙動不審な態度と進まない会話にムッとした表情になるユリンだが、ノートは気配だけで敏感にそれを察知するとヌコォに小さく合図を出し、ユリンはヌコォによって馬車に強制的に引き戻される。
「大丈夫ですよ、焦らずにお話ください。いえ、まずは筆談でいきましょうか」
「え?筆……?え……?」
「まずは此方をどうぞ」
ノートはインベントリを漁ると、板材の上に紙と羽根ペンを置いた。
板材はアテナがゴンドラ用に作ったパーツの1つだが、紙と羽根ペンはタナトスの下位化錬金によって生まれた偶然の産物である。
因みに紙といっても上質紙ではなく21世紀初頭の再利用紙よりも若干ゴワゴワしたものだが書けないことはなく、ALLFOでは特殊な作業でもしない限り羽根ペンのインクは自動生成のシステムを取っている。
ノートはその羽根ペンを手に取ると、サラサラと書き込んでいく。
『今のあなたは、俺がどんな人物であるとか、何故自分がこんな状態なのか、など沢山の疑問があるかと思います。そういった疑問を全てお書きください。ゲームの話に関してならなんでも構いません。書かれた疑問にも出来る限り全力で答えます。
あなたの質問で俺が不快になることはありません。時間をかけてでも自分の疑問に思ったことや意見を忌憚なく書いてください。
勿論、何故こんなに協力的なのか、といった質問でもお答えします。
30分でも1時間でも、紙が足りなくなれば足しますので心置きなく書いてください』
「ここ、実はモンスターに襲われない場所なんです。だから安心して書いてください」そういうとノートは女性プレイヤーに羽根ペンを渡す。
女性プレイヤーは誰が見てもわかるほどにかなり戸惑っていたが、ノートが「まずは書いてみてください」とはっきり指示を出すと躊躇いがちに書き始め、やがて猛烈な勢いで文字を書き連ね始めた。
「(コミュ症、といっても色々パターンはある。『何を話せばいいか分からず話せない』タイプ。『話したいことが多すぎて過飽和して話せない』タイプ。『人間自体が苦手』なタイプ。『相手に嫌われたら……と緊張が先行するネガティブ』タイプ。まだまだ分類できるが…………この人は過飽和とネガティブの混合かな?でも見た目が…………)」
人の内面は、外見にも影響する。
虚栄心の大きいものは着飾りすぎる傾向があり、自分に自信があるものは身嗜みにも気を配る。反面、自信のないものやネガティブ気質の強い人物、大きなコンプレックスを抱えた人物は自然と目立ちにくく野暮ったい格好や粗雑で無頓着な格好に帰着しやすい。
ゲームになると全くキャラが違うネット弁慶のような人物もいないことはないが、そういった人物は見る人が見ればどこか、俗にいえばイキってる、妙に噛み合わないところがあるのですぐに看破できる。特に現実の体がダイレクトに反映されているVRでは些細なリアクションやら動作から見抜くことはできなくはない。
また、そういった人間の内面は細やかな所作にもはっきりと出てくる。『見られていることを自覚している者』の所作は、だいたいある程度洗練されていくのだ。
そしてノートの目の前の女性プレイヤーは、ピシッと正座をして、背もまっすぐ伸びており、羽根ペンを持つ手もお手本にしたいくらい綺麗だ。文字を書くスピードもそこそこあるが、かなり丁寧で読みやすい。
身体は何かスポーツでもしているのか軽く見てもわかるほどに程よく引き締まっている。ローブの下から見えた脚は非常にスラッとしており、モンスターから逃げて走っている間もノートは『何かスポーツをやっているんだろうな』とあたりをつけていた。
だというのに、妙に挙動不審でやたら対人スキルが低い。
ハーブティーを飲んだ時の『ほにゃぁ』と溶けた表情や驚いた時の声の大きさから感受性豊かで元気のあるタイプに見えるのに、全体的な動きがどこかチグハグ。
ノートはだんだん目の前の女性プレイヤーの全体像を掴み始めていた。
さりげなく女性の仕草から分析をしつつノートが根気よく待つこと20分。数枚分に渡る文章を書き終えて女性プレイヤーは羽根ペンを置くが、そこで『自分は書きすぎてしまったのでは?』と焦ったのかワタワタと慌て始める。
そんな女性プレイヤーをなだめるようにノートは「構いませんよ」と穏やかに笑い、女性プレイヤーが片付けてしまう前に紙を回収した。
「俺が『何枚でも好きなだけ』と言ったんですから責めたりはしませんよ。寧ろ真摯に書いてくれてとても嬉しいです。それで、早速質問の応答に移りたいところですが、その前に少しお聞きしたいことがあります。難しくはありません。Yesなら頷く。NOなら首を横に振ってください。いいですか?」
Yesなら頷いてください、とノートが促すと、女性プレイヤーはコクリと頷いた。ノートの分析通り、先に明確かつ簡単な指示を与えれば慌てることなく対応できるようだ。
「勿論、答えたくない質問には手をバッテンにしてくだされば撤回します。そしてそれを責めることはありませんから御安心を。では1つ目の質問です『あなたはこのようなモンスターが襲ってくるゲームは初めてですか?』」
女性プレイヤーはノートの質問にノータイムでコクリと頷く。
「もしかして、ゲーム自体初めてだったり?」
女性プレイヤーはまたもコクリと頷く。
「ALLFOでの、『初期限定特典』について詳しく御存知ですか?」
女性プレイヤーは首を横に振った。
ノートはうんうんと頷き予想通りの答えに少し満足。さらに質問を重ねていく。ある意味自分のプロファイリングの答え合わせともいえる。
「ではここからは、ゲーム外の話もはさみますので、答えたくなければバッテンマークでお願いします。それではお聞きしますが、正直なところ人と話すのが苦手、ですよね?」
ノートにストレートに気にしているところを突かれて女性プレイヤーはウッと苦しむような顔。その後シュンと落ち込んだような顔をしながら小さく頷いた。
「そうですか……現実では何かスポーツを?」
女性プレイヤーはコクリと頷く。いきなり質問の質が変わったことに女性プレイヤーはきょとんとするが、ノートは表面上は穏やかな顔をしていても苦笑しそうになる。
今の質問は割とゲームに関係なくプライバシーにかかわる質問なので答える必要はない。なんなら問いかけたノートをマナー違反として糾弾することもできる。
しかしそんなネットリテラシーの基礎的な部分さえこの女性はあまり理解できていないようだ。
『プライバシーに関する知識が低すぎるぞこの人』とノートは内心で相手の人物像を更に修正する。
そしてその修正した人物像をもとに質問を続ける。
「もしかして……親御さん、結構厳しいタイプだったりします?」
「え、どうして!?あ、いえ、その…………」
そこで今までとさらに毛色の違う種類の質問。その内容に女性プレイヤーは激しく動揺して思わず叫び、またワタワタと手足をせわしなく動かす。
「喋っていただいて構いませんよ、勿論。まあ、今のあなたが慌てているのは家庭環境について言及されたからだと思いますが………本当はこういったゲームでリアルの話をしたりするのはマナー違反なんです。
そのうえで質問にもありましたし公平性をある程度保つために俺の身分を明かしておきましょう。実は俺、カウンセラーなんです」
「…………カウン、セラー?」
「今、意外、とか思ったりしてます?いえ、若手なのでしょうがないところはありますが…………そういうことです。専門は現代病であるAI不信症(22世紀は人間に近いレベルのAIが多く存在する)ですがね。
今時、カウンセリングもAIがある程度できますが、やはり『AIより生の人間ではないと』と言うのが人間の心情。カウンセラーとして会社や学校などを訪問したり講演会などもしてます。ですので、あなたのような方を俺が否定することは絶対にありません。
それで、どうして急に親御さんの話が出てきたかと言うと、あなたのようなタイプに心当たりがあるからです。あなたの親御さん、束縛もキツく指示をドンドン与えてくるタイプではありませんか?」
女性プレイヤーは図星を突かれて目を泳がせたが、やがてゆっくりと頷いた。
「悪く言えば、高圧的で自分の話を聞いてくれなくて、あまり褒めてもらったりした記憶がない…………なんてことは?」
ノートが出来るだけで穏やかに問うと、女性プレイヤーは息を飲み目を見開いた。
「あと……昔、人間関係でトラブルがあった…………違いますか?」
女性プレイヤーは潤んだ目でコクリと、何度も小さく頷いた。動きを増やすことで何かをこらえるように、彼女は目をぎゅっと瞑り何度も何度もうなずいた。
「(この人のチグハグ感は…………元が明るく利発的なのに歪なまでに自分に自信が全く無いからだよな。
親にずっとレールを敷かれて、褒められもせず、淡々と指示を出される…………そりゃ自信も失うしネガティヴ思考になるよな。
あがり症なのは元からかもしれないが、それを完全に拗らせてる。そしてコミュ症もそれが呼び水になって起きた人間関係のトラブルが原因……かな?)」
ノートはこの女性プレイヤーと似たような状態に陥っていた高校生を相手に、一度長期のカウンセリングをした経験がある。その時使ったのも筆談だった。
先天的ネガティヴタイプと違い、自分に自信がないが故の後天的ネガティヴタイプは、丁寧に指示を出し、こちらは何をしても害すことはないことを保証し、思考を整理できる時間、つまり書くというプロセスを挟むことで話したい内容が纏められるので筆談が有効だったりする。
その時にも行った筆談は、ノートの予想通りきちんと成果を上げ、彼女の悩みを解決するのに役立った。
「答えてくれてありがとうございます。ああ、泣かないでください。あなたは少し運が悪かっただけなんですよ。ゆっくり話を聞いて、自分と向き合ってくれる人が周りに見つけられなかった。
誰だって初対面の人には『こんなこと言ったら嫌われてしまうかな?』『不快にさせてしまわないかな?』と不安を覚えるのは自然なんです。
裏を返せば、それだけあなたが相手を気遣える優しい証拠なんです。だから、その不安をネガティヴに捉えず、前向きに讃えましょう。
その不安はあなたの優しさの証なんです。捨ててしまう必要も無理に変わる必要もありません。こうして思考を整理する時間があれば、自分の聞きたいことを書き出すこともできる。貴方は自分の意見をちゃんと表現できるんです」
自己肯定感の低い人に「変わればいいのです。前向きになりましょう」というのは簡単だが、それはとても残酷な言葉でもある。
「変わりましょう」というのは暗に、今のその人を“肯定していない”と同義なのだ。だからこそ、彼女が最も苦しんできた物自体を敢えて肯定してあげる。“今の彼女”を肯定してあげる。
ノートがして見せたことは、コンプレックスを少しの利点にすり替えるだけ。根本的に彼女自身を救ってあげているわけではない。
しかし自己肯定感の低い人には、それだけでいいのだ。最初からあれこれ言う必要はない。まずはありのままを肯定してあげればいいだけなのだ。
「ううううううう…………」
「前言撤回します、今は泣きましょうか。全部吐き出してスッキリしましょう」
優しく穏やかに提案するノート。そこで女性プレイヤーの涙腺が決壊し、板材に突っ伏すと大声で泣き始めた。
予想以上に前途多難だぞこれ…………と、ノートはその女性プレイヤーに寄り添いながら遠い目をするが、職業柄なかなか放っぽり出しにくく、彼女が泣き止むまで付き合うのだった。