No.32 多分これが一番早いと思います
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉめっちゃはえぇぇぇぇぇ!?」
「義経もこんな気分だったのかなぁ!?」
「鹿が降りられるなら馬も行けると言う馬鹿理論、実践するとは思わなかった」
ヌコォの提案通り、課金ポイントにまでガッツリ手を出して、幽霊馬車を強引に進化させたノート達。
本来は不可能なペースでの進化の為、移動方面の強化に大きく割り振った進化を行うには、多大なコストが要求された。
希少種系の魂。
アンデッドの部位。特に骨を中心とした状態の良い素材。
一定強度以上の合金板やガラス窓、車輪など、明らかに生産職の協力を前提とした素材。
極めつきに3万円分の課金ポイントと50万MON。
進化にリアルマネーを容赦なく求めてくるのも中々に阿漕だが、50万MONというまとまった金額が必要なのも中々辛い。
ここまでハードルを上げられると、ノート達も少し自棄っぱちになる。バルバリッチャにも「移動の快適性を上げる為だから!」と頭を下げて素材を提供してもらい、呪具由来の装飾品を確保。それらのアイテムを生贄に注ぎ込み、可能な限り快適且つ移動特化に極振りした存在を狙った。
結果、幽霊馬車は超豪華でビッグかつブッ壊れ性能の死霊へと化けた。
本体である車体の大きさは全長6m強、全幅3m弱、車高3m強に拡大。もはやちょっとしたマイクロバス並みのサイズで、中は非常に広い。座席も全て社長室のソファの如く黒い革張りで、席が向かい合うタイプ。電車でいえば、ロングシートと呼ばれる形式。
ただ、気の利いたことに、ある程度座席の位置は自由に動かせる。もし某リフォーム番組のナレーションがあれば「なんということでしょう!」というお褒めのコメントが貰えたはずだ。
金属のレールやパーツなどが内部で使われるようになったのも、ゴヴニュが提供した金属部品の影響を強く感じさせる。ガラス窓も付いたお陰で外が見やすくなり、こちらもガラス窓を製作して提供したゴヴニュの貢献を感じ取れる。
車輪も全金属製で、頑丈さも大きく向上した。
また、無骨だった車体のデザインも、亡者が嘆くような悪趣味な物ながらも緻密な彫り物があしらわれており、見た目もかなり豪奢だ。バルバリッチャの提供した呪具のデザインの影響を強く受けているのだろう。
車体を牽く骸馬はより大型になり、二頭に。その骨の肉体を金属の鎧が覆っており、非常に厳つい。見た目からして防御力とパワーが大きく向上している。
馬から車体にかけて全体的にうっすらと霧のような白煙を纏っており、只者ではないことが一目瞭然になった。
形状からして大きく強化が入っているにもかかわらず、アンデッド故に疲れを知らず。
ありとあらゆる悪路も関係なし。
アイテムボックスの容量が一気に5000までぶっ飛び上昇。
進化によって、新しく強力な能力も入手している。
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▇≫ 死霊階級:特殊下級
▇≫ 魔物種族:大貴轟幽竜馬車
▇≫ 固有特性:[特][独]
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▇≫外来追加技能:占星
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【所持技能】
>常在統御
>上級御者スケルトン召喚
>馬車骸竜馬召喚
>縺幽透過
>剛力踏破
>隠蔽【上級】
>潜伏【上級】
>虚霧縹渺
>恵穢癒与
【常時効果】
>全環境悪路走行可
>狭域通過可
>死霊系誘引効果【特大】
>車内衝撃完全無効
【呪縛】
>専用御者スケルトンのみ操作可能
>性質【中立】以上のPLは乗車不可
>死霊系・悪魔系以外のNPC乗車不可
>成長方向限定強化
【機能】
>アイテムボックス空き×5000
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『縺幽透過』。
簡単に言えば、馬車全体の幅の99%以下の幅を持つオブジェクトなら、乗員も纏めて擦り抜け可能という効果。実際は能力発動後、一定時間しか擦り抜けはできないし、通過可能なオブジェクトも非生命体に限定されるなど、色々な制約こそある。ただ、其れさえクリアできれば、マイクロバスサイズの車体が未整備の森林であろうとも樹木や岩も通り抜ける事が可能なのだ。無論、通過する物の大きさに応じて消費するMPも増えこそすれ、物理をある程度無視できてしまうのだ。それが如何にチートかは語るまでもない。
『剛力踏破』。
前方に何があろうと、余程デカい相手ではない限り轢いて進むという、暴走機関車のような能力。衝突時の膂力と防御力とノックバック耐性を極端に強化して、全てを蹴り飛ばし、踏み砕く。
骸竜馬の体高は2.5m。一般的なサラブレッドの2倍近いサイズ。脚部は先端に行くほどまるで象のように頑丈。そんな強力な骨格を覆う、漆黒の金属馬鎧。特に脚部周りにはスパイクの様な物まで付いており、殺意が滲み出ている。
特殊能力を加味せず、単純な物理演算だけでもスピードとパワーは破格。大体の障害物は吹き飛ばして進む。その馬車の突進能力を更に大きくブーストするのだ。軽自動車で轢かれたときの威力が、トラックに轢かれた時並みに跳ね上がりかねないと考えれば、どれほど危険か分かるだろう。
隠蔽【上級】と潜伏【上級】。
どちらもシーフ御用達の基本中の基本の技能ツリー。物理的な感知から技能的な感知や探知まで防ぐなら、この技能ツリーを鍛え上げる事が必須。そのツリーを上級まで開放していれば、現環境の盗賊職特化のPLですら察知することが不可能になる。
『虚霧縹渺』。
四字熟語に、何もなく、どこまでも広がっている風景を意味する虚無縹渺という言葉がある。この技能はそれに少し近い、一部のゴースト系が習得する強力な反感知・探知系技能だ。
自らの存在そのものを薄れさせ、相手の認知から強引に外れるのがこの技能の肝。ゴースト系適性が存在しなければこの技能は決して習得できない。それほどの強力な技能だ。
『恵穢癒与』。
死霊・アンデッド系が乗車した場合、自動HP回復と自動MP回復を行うというあまりに強力な能力。対象の性質が悪に大きく傾いているほど、その効果は強くなる。
運転能力が大きく向上した御者スケルトンの召喚。
ただでさえ運転だけは優れた能力を持っていたスケルトンの知能が大きく向上し、ノートが細かく指示しなくてもある程度最善のルートを通るようになった。これは管理上、ノートとしても非常に有難かった。
その感覚は、エキサイトな翻訳に頼っていた時代から、AIクラスでの翻訳が可能になったような感動。一個一個丁寧にやってもカタコトで出力されていたものが、ある程度ニュアンスを理解して最適解に近い出力をしてくれるのは非常に有難い。
技能ツリーの他も強い。
外部からの衝撃を殺して乗車した者達を護る車内衝撃無効。とんでもなく硬い壁に向けて激突したら本来は中に乗っている人はシートベルト無しじゃ下手すると潰れたトマトになりかねないところを、まるで動いていないかのような安定性を提供してくれるのだ。これがあればかなり色々な事が出来る。
なお、殺した衝撃分は車体本体にダメージが発生するので、無敵の能力ではない事には注意だ。
それでも、強力な技能が揃っている事には変わりない。
隠蔽系の技能をフル活用して敵性MOBの追跡から逃れ、急勾配や樹木、岩などを無視して一直線に山を降下可能な事を活かして全力疾走。足場の悪いフィールドを最短距離トップスピードで走り続けることで、健脚を誇る猪や狼ですら追いつけない。
が、怖いものは怖い。
窓が付いて外が見やすくなった分、馬車がとんでもない速度で動いていることが分かりやすい。分かりやすいのに衝撃無効のせいで見えている光景で実際に体感する揺れが全く釣り合わず、それが逆に怖い。
しかし見ようによっては非常に安全なジェットコースターだ。最初こそわーわー騒いでいたノート達だが、途中からは開き直って楽しんでいた。
「今これ時速何キロかなぁ!?」
「わかんねえけど、普通のジェットコースターよりぜってえ速い!」
御者台も今までは普通に行き来できたが、馬車がグレードアップしたので御者台と車の部分が分かれていた。その代わりとして、前方には前が見えるように大きな窓があるのだが、馬車が躊躇いもなく太い樹木に突っ込んでいく様は非常に心臓に悪い。
通過できることは分かっていても、もし失敗したら大事故なのだ。ずっと衝撃映像100連発みたいなバラエティー番組のドラレコ映像を見せ続けられているようなものなので、心臓に良いとは言い難い。
「ヌコォ、これ大丈夫なのか!?」
「わからないけど、凄いことはわかるっ」
その時、ガコンッと変に大きな音。
唐突に襲い来る今まで味わったことのない浮遊感。
衝撃は一切ないのに、いきなり身体が浮き上がる。
「うぉああああああああああ!?これ飛んでね!?」
「ヌコォが最大速力、最短ルートとか指示したから!!?」
「これは予想外。課金進化は凄い」
これが一番早いと思います、と言わんばかりの超遠距離大ジャンプ。ジャンプ、というには砲弾で撃ちだしたような飛び出し方。
内臓全てがふわっと翼を生やして口から飛んでいきそうな浮遊感。
咄嗟に座席に掴まり、体勢を安定させると、身体が徐々に重力の概念を思い出す。落ちる。落ちる。空へお出かけしていきそうだった内臓が戻ってきて、今度は腹の下に落ちていくような強烈な負荷。
窓の外から見える景色がのどかな青空から変わる。まるで、フリーフォール型アトラクション。パラパラアニメーションのように移り変わる景色が、加速しながら一気に落ちていく。
「おおお!?」
「落ちてるぅー!」
「…………ッ!!」
ズドンッッッ!!と爆発音にも似た轟音を響かせながらの着地。
本来ノート達を襲いその身を木っ端微塵にしていたはずの衝撃を、全て幽竜馬車が吸収。HPが一気に9割消し飛ぶ。それでも、幽竜馬車そのものは何もなかったかのように走り続ける。
ノート達には落下ダメージ一つない。
「数時間かけていた下山が僅か5分。これはなかなか」
「気分的には某レースゲームの虹なロードの裏技ショートカットをガチでやった気分なんだが」
「ふわって、ふわって感覚が身体から離れないよぉ……」
本人達にとっても予想外なほど、大幅に時間を短縮したノート達。ユリンはグッタリとしておりノートはその背中をさすっているが、ヌコォはそんなことには目もくれない。
幽竜馬車は主人たちの状態に構うことなく、徐々に加速してまた森の中を高速で駆け抜けていく。
「わぁ〜、凄え。森の中通るだけでMOBを轢き殺してくから勝手にドロップが手に入る」
「今、計測が終わった。車体の総重量5t弱。平均時速60kmくらい。骸竜馬のタフネスはメギド級。そこそこスピードのある丈夫なバスに轢き殺されるのと一緒だから、この森のMOBだと『剛力踏破』の能力と相まって一瞬で御陀仏」
「下手な戦闘系死霊より強いって感じか?」
「応用力がないのが欠点。普通の戦闘に使うのは当然ながら困難。遥かに格下を轢き殺すのはOK」
その時、ノートがふと窓から見たのは、ヌコォの因縁の相手であり、エリアボスでもある例の巨木だった。馬車の進むコースの途上に、奴は陣取っている。さてどうするのかとノートが見ていると、幽竜馬車は避けるどころか加速。スキルエフェクトを重ねがけしてより一層加速。
巨木は咄嗟にガードしようとするもあまりに遅い。幽竜馬車の突撃を真正面から受けた巨木は、赤いポリゴン片となって爆散。消滅した。
「遥かに格下……ねぇ…………」
非戦闘用とは思えない、格下特攻過ぎる成果を叩き出す幽竜馬車に、ノートからは思わず乾いた声が漏れるのだった。
◆
「(ど、どうしたら!?どうしたらいいのーーーーー!?)」
そのプレイヤーは今日も今日とてただただログインしてから休むことなく走っていた。
何かを変えたいと漠然と思っていた。
大学に進学すれば、何かが変わると思っていた。だが、1年経っても何もなかった。だからこそ、外部にその切っ掛けを求めた。
今まで碌に使うこともなく貯め込んだお小遣いを使い、試しに第7世代VR機器を購入した。その時、AIからの勧めで、ALLFOの購入抽選にも応募していた。ありとあらゆるところで宣伝されていたし、せっかく第7世代を購入するのだから、専用のソフトの購入にとりあえず応募しておくのも、悪くないと思った。
そうしたら、本当に当選した。
推定倍率30倍以上。期待していなかったにも関わらず、手に入れたのだ。
しかし困った。当選したはいいものの、彼女はゲームらしいゲームを遊んでこなかった。22世紀でいえば、もはや天然記念物並みに珍しい人種であった。
故に一応ネットで調べた。基本的な用語に関しては頭に叩き込んだし、ゲーム開始後の動きのテンプレートについても独力で調べた。
ネットだけに依存せず、親戚にも聞いてみた。残念な事に、趣味の事を気軽に聞ける友人が彼女にはいなかったので、遠い場所に住んでいる親戚にしか頼れなかった。
が、これが悪手。彼女はうっかりしていたが、ALLFOは超人気タイトル。抽選落ちしている人の方が圧倒的に多い。そして、彼女が質問をした親戚も、ALLFOの抽選に落ちていた。
そこでその親戚も素直にALLFOの抽選に落ちたと伝えればいいものの、変なプライドが邪魔して言わなかった。なのに彼女からの問いかけに適当に回答し、とりあえず最初はゲームから何か聞かれたら全て『Yes』と答えておけ!と雑に締めくくっていた。
その助言は雑ではあるが、間違いでもなかった。
今時のゲームで、ゲーム側から最初におススメされる要素を選択してゲーム進行ができなくなる、なんてアホな話はない。ないはずだった。
その為、彼女はゲーム側から提示された選択に全てYesと回答した。
警告のようなものが出ても、明らかに警告画面らしきものが出たためにサポートAIに念のために1度だけ聞いても「ゲームをすることはできる」という回答を得たのでYesと押した。
その結果、なぜかいきなり街の外からスタートした。ALLFO公式サイトで公開されている初心者用ガイドとは全く違う状態。訳が分からなかった。そこですぐにGMコールをすればまた話が違ったのだが、彼女はその発想に至れないほどにゲームに不慣れだった。
そして彼女は不慣れなりに、周囲を見渡して発見した大きな街にとりあえず行けばいいのではないか、と考えた。事前情報がほとんどない初心者としては、間違った考えではなかった。
だが、そこも大きく裏目に出た。
街の出入りを管理する大きな門。そこには門を護る守衛NPCがいた。
良かった。人がいる。彼女はそれがNPCであることも忘れて、話しかけようと近づいていった。
だが、彼女を見るや守衛NPCの表情が一変。
「第一級の犯罪者だ!!」と叫ばれ、なぜか唐突に追いかけ回された。そこで彼女は咄嗟に逃げてしまった。
リアルでもし警察に追いかけられたら、彼女も逃げるよりもまず事情を説明しようと考えただろう。しかし、複数のガタイのよい戦士が槍を思い切りこちらに向けて、鬼気迫る表情で突進してきたら怖いに決まっている。牧歌的に生きてきた彼女だが、明確に守衛達から『殺意』を感じたのだ。
故に、逃げた。振り返りもせずに逃げた。
なんだなんだと野次馬的に、面白げに見てきたプレイヤー達も怖かった。
自分に視線が集中して、羞恥心が爆発して、頭が真っ白になってしまった。
そうしてNPCからは逃げ切ったものの、気づいたら森の中にいた。
周囲には、此方を伺う魔物達がいた。再び逃走。しかし、体力が足りずに力尽き、袋叩き。これにより魔物にもトラウマができてしまい、遭遇すると頭が真っ白になってすぐに逃げ出すように。
何度も何度も体力切れまで走っては袋叩きにされ、リスポーンに次ぐリスポーン。
助言を求めた親戚に「どうすればいいの?」と再度助けを求めるも「そんなわけない」とばっさり切り捨てられてしまい意気消沈。あまりに強く言い切られたものだから、「何か自分が間違ったプレイをしているのだろうか?」と思い込む。自分に自信がない故に何度も同じことを繰り返す。
誰が一番悪いとははっきりは言えない。タイミングも最悪だった。
半端に自己流で知識を集めた結果、ゲーム開始後にもAIなどに頼って知識を集め直すことを怠った。
公式サイトで公開されている初心者用Q&Aとは、あまりに色々な事が異なっていた。
本来、あまりにもゲーム進行に著しい障害が起きているプレイヤーに対しては助言を行うサポートAIに関しては、なぜか彼女に対しては静観を貫いた。
明らかに彼女の説明する現状が普通ではないのに、自分が抽選落ちした腹いせに詳しい事情を聴かず、彼女の方がおかしいと断定してしまった親戚。親戚の様子から、本当は親戚が抽選落ちしていてアドバイスが適当だったことを察することが出来なかった彼女。
もっと気軽にGMコールなどに頼ればいいところを、大学のとあるカリキュラムの指導により安易に頼らなかった。「春休み中はAI等に頼らない生活をして、日常の記録を付けましょう」という指示が教授からちょうど出ていて、GMコールやAIにほとんど頼れなかったのだ。
そして明らかに重大な不具合が起きているのに、彼女は馬鹿正直にその指導をしっかり守ってしまった。
周囲のプレイヤーに助けを求めようにも、彼女が引き連れた魔物の軍勢を見れば逃げてしまう。離れていってしまう。
ゲームそのものがほとんど初めてという超のつく初心者にとって、ゲーマーですら音を上げる鬼畜仕様満載の初期限定特典は最悪の相性といっても過言ではなかった。
なまじ、『特典』などという言葉を使われているだけに、変だとは思いつつも彼女はそれがとんでもない地雷要素だと断定できなかった。
自信がない故に、信頼している親戚────あくまで相対比────が「できる!」と言った以上、言われた通りにできていない自分がおかしいのだと信じて疑わず、何度も何度も何度も何度も何度も、愚直に死に続ける。
そして街の外で、1人寂しくリスポーンすることを繰り返す毎日。
そんな状況をいつ打開できるのかと悩み続けていたある日。いよいよAIに頼ろうと考えていたその日。そのプレイヤーは、今までで最悪のパターンに遭遇した。
初心者でも明らかに異常と判断できる状況。半透明の大きななにかが、自分を追いかけていた魔物の群れを纏めてポリゴン片に変えながら高速で近づいてくるのだ。赤いポリゴン片が星屑のように煌めき思わず見とれそうになるが、その何かは確実に自分に接近してきており『また死んじゃううう!』と恐怖で目をぎゅっと瞑る。
次の瞬間、そのプレイヤーは死亡時の変な浮遊感と寒気ではなく、ひょいっと何かに拘束されて持ち運ばれているような感覚を覚えていた。
「…………あれ?あれえええええええ!?」
少し遠くの位置にいた他のプレイヤー達も、あまりの異常事態に呆気にとられてスクショすら忘れていた。
そのプレイヤーを拉致した半透明の何かは、彼女の甲高い悲鳴にドップラー効果を伴わせながら、高速で森の方角へと消えていくのだった。
◆
「馬車は、森の中で60km……平地だと80km?計測完了。それと、暫定目標を確認した」
トレインプレイヤーが高速拉致されたことが他プレイヤーに目撃され、とあるスレが湧いていた時点から、30分ほど遡る。
公式イベントに参加していない稀有なPL達を背後から急に轢き殺しながら、ノート達はサードシティ、フォースシティの付近を迂回しながらファイブシティへ向かっていた。
轢き殺されたプレイヤーは不運としか言いようがない。
幽竜馬車のステルス能力をフル活用して接近し、何かしら気配に気付いていたとて、半透明の巨大な何かがいることしかわからない。強烈な衝撃で身体と共に意識も吹っ飛び、目を覚ませば死に戻りして教会の天井を見上げることになる。
ALLFOはキルログがないので、何が起きたのか全くわからないまま死に、念の為、GMコールでバグ報告しても『バグじゃないです⭐︎』とAIから即座に回答を突き付けられる。
まさか単に魂とドロップ品の回収及び馬車の耐久を上げるためだけに殺されたとは考え付かない。
なお、わざわざ目的地ではないシティーの近くにも寄ったのは、見聞録システムに登録して自販機のラインナップを増やす為だ。
ALLFOは変に凝っていて、初期の街のくせに、各ナンバーズシティで販売されているアイテムのラインナップは微妙に違う。それを掲示板で知ったノートは、手札を増やすために少し寄り道したのだ。
そんな寄り道を経てファイブシティの外れに到着したノート達。適当な安全圏でも探そうかと思っていたが、件のプレイヤーはすぐに見つかった。
イベントで人が集まっている場所に逃げればいいものを、悲鳴をあげながら大量の魔物──────ざっと見ても200体を下回りそうになかった──────を引き連れて、森の中を疾走していたら当然目立つ。
「スタンピードと形容するには少し大袈裟だが、確かにこの数を引き連れて走り回ってりゃ目につくな。というか単純に狩りの邪魔だ」
馬車を一旦止めて、降車。ノートは隠蔽状態のまま、そのプレイヤーの様子を眺める。
「なぁ、ヌコォって盗賊系だから相手の装備品とかは俺以上に鑑定できるよな?あのプレイヤーの装備から職業を逆算できるか?」
「了解。──────装備が一部初期限定特典のボーナスだから完全にはわからない。けど…………どう見ても後衛向きに思える」
「んな馬鹿な。後衛職があんなスピードでロングランできるか?杖も持ってねえぞ?」
やっていることは極めて鈍臭いのに、森を駆け抜ける速度は近接職を思わせるほどだった。更に、並外れたスタミナ。観察していると似たような場所をぐるぐる回っているようだが、かなり長いことハイペースで走り続けている。
「ノート兄さん、後半は思いっきりブーメラン。ネクロノミコンは耐久値無限……ノート兄さんのアバターと同化しているから、ノート兄さんは杖を装備しなくて済んでいる。恐らく、あのプレイヤーも同じ。武器スロットが鑑定できない。でも装備は格闘士系にしてはMP上昇などの効果ばかりだから不自然。明らかに後衛職向き」
「後衛職なのにモンスタートレインしてるのか?そんなん追いつかれればすぐ死んじまう……あ、死んだ。全然成長してないのか?1発で死んだぞ」
まるで雪崩に飲み込まれるように、一度足が鈍れば後ろから迫る魔物の濁流に巻き込まれて死んでしまう。囲まれて袋叩きというよりは、高速道路の玉突き事故のようであった。
「ゲーム開始から本当にトレインしかやってないのかなぁ………?あれ、リスポーンした」
ノート達が潜んでいるのは、全くの初心者でも探検できる森の中。要するに、棲息する魔物も、それを狩ろうとするプレイヤーも弱い。ランクの低いPL達や敵性MOB達は、馬車の隠蔽状態を全く見抜けない。
その為、ノート達はそのプレイヤーの真意を見極めるべく、のんびりと観察していた。そして何回目かの死亡後にリスポーンした地点が、たまたまノート達が観察していた場所からかなり近い地点だった。
「うぅううう、どうしたらいいのかな?街にも入れないし、モンスターはおっかけてくるし…………」
『GUGYAAAAA!』
「ヒッ、もういやああああああああ!」
パニックを鎮める為か、ブツブツと独り言を呟いている。
その独り言を聞きつけて、草むらから飛び出たゴブリン。そのプレイヤーは悲鳴をあげると、再び走り出した。
その一連の様子をバッチリと目撃したノート達は、思わず顔を見合わせる。
「コイツは予想外だった。あれ、ゲームをよく理解できてない感じの発言だったぞ」
「プレイヤーの性質をスキルで鑑定したらブラックだった。つまり極悪。初期限定特典組で完全確定」
「ていうか、まず戦闘方法すら分かっていなかったような………?ゴブリン、後衛職でも頑張れば蹴り殺せるよねぇ?」
ゴブリンは一時期ライトノベルの影響などで強キャラにのし上がることもあったが、ALLFOでは人型相手の練習用のクソ雑魚モンスターとして登場する。言うなれば、毛のない緑色のニホンザルの骨格を、もう少し二足歩行向けに整え、顔面をカエルと猿をごちゃ混ぜにしたブッサイクな面のモンスター。大きさは80cm程度で力も子供程度しかない。
知能も子供程度なので、叫びながら突撃してくる。よって余程何かに気を取られていない限り、完全な不意打ちを食らうことは滅多にない。森をもう少し進めば集団で出てくるので少しは警戒が必要だが、初心者エリアのゴブリンは基本ソロで徘徊している。
そんな、The初心者用の単なるチュートリアルモンスター。逃げる必要など全くない。なんならユリンレベルとまではいかずとも、そこそこのプレイヤースキルがあれば、6体以上の群れだろうとソロでも問題ないレベルの雑魚敵だ。
なのに、そんなゴブリン相手に、まるで虎とでも出くわしたような勢いで迷いなく逃走を選択したのは意味不明。ノート達は困惑することしかできない。
「…………とりあえず、愉快犯ではないな。誰かが手を差し伸べてやれば助かったかも知れんが……ま、見た目は不気味寄りの後衛職系なのに杖とか武器を一切装備していない変なちぐはぐさで、数百のモンスターに追われてる明らかに変なプレイヤーに接触したがるプレイヤーなんて……………いるわけねえよな」
もし、ALLFOが抽選式ではなく、皆が自分の面倒を見るのに精一杯でなければ。
もし、サービス開始当初でプレイヤー達が弱くなければ。
もし、初期限定特典特有の仕様の認知度が高かったら。
何か一つでも違えば、誰かがいずれは手を差し伸べたかもしれない。だが、そうはならなかったのだ。
「ノート兄は、どうする気なの?」
「話をする価値はあると思うぞ。というか、ユリンにしては珍しい言い方だな?」
「なんかあそこまでダメダメだと毒気が抜かれるというか、情けなくて見てらんなぁい」
ヌコォの中では既に確保が確定しているのか、捕獲用ロープを片手にノートのコートの裾をぐいぐい引っ張っており『早く行こう!』という目をしている───────筈だ。そんな感じにノートからは見える。表情は変わっていないが。
「よし、ではファイブシティ周辺をグルッと一周して運の悪い哀れな皆さんを轢き殺した後、あのプレイヤーを捕獲するということで」
ノートは最後にサラッと第3管理室の皆様にSAN値チェックを要求するようなことを言い放ち、新規プレイヤー勧誘作戦を実行するのだった。




