No.30 ゴミはきちんと持ち帰りましょう
今度は間違えない。
予定では本来なかったお詫びゲリラ投稿します。これで許してくださいませ
「主人らは、楽しそうだのう。たかだか石掘りの準備によくそこまで楽しげになれるものだ」
「そんなこと言いつつ、石掘りに付き合ってくれるバルちゃんが大好き」
ミニホームに帰還した3人はプロジェクト名を『ゴンドラ式採掘作戦』と命名。本腰を入れてゴンドラやワイヤーの製作、滑車部分の設計を開始。それと同時にメギドの調教を行い───────手でワイヤーを操作させようとすると暴れたとき困るので、腰に巻き付けておくこともした───────ゆっくり前に歩くことと、後ろ向きにゆっくり歩くことをなんとか覚えさせた。
餌を用いてなんとか動きを仕込む様はまるで犬の躾のようで、サーカス初心者編みたいだな、などと役体もないことを考えていた。
ノートがメギドへの調教をする傍ら、大忙しだったのはヌコォ。実際に組み立てたゴンドラと滑車の強度・耐久チェック。ゴンドラの耐久チェックは少々の微調整を入れれば問題なかったが、それ以外では若干のトラブルがあった。
特に難航したのは、ある程度どんな崖にも設置可能な滑車の土台。先に掘る地点を決めてから設計する案もあったが、今後も同様の活動をする可能性があると考えるなら今の段階から柔軟性の高い物を作っておくべき、というヌコォの主張が通った形だ。
とにかく滑車がブレてはいけない。滑車が5cmでもブレようものなら、そこからワイヤーで吊るされたゴンドラは大きく揺れてしまう。その為、滑車の強度と重量を上げつつ、地面に可能な限りしっかりと固定することが求められる。
かと言って大規模なものを設計しても、組み立てに時間がかかり過ぎてデスポーンしかねない。理想は○トリの組み立て家具よりも楽に組み立てられて、十分な実用性を持つ構造。
悩みに悩んだ結果、メギドの膂力のゴリ押しで、デカいボルトを打ち込みまくって固定強度を解決するというゴリ押し設計が採用された。因みに、この案についてはとある発見で大きく見直される。
なお、必要な量だけ木材を切って来いなどとヌコォに使いっ走りさせられ続けたので、ユリンも相応に大変だった。
予想以上に大掛かりになった採掘作戦は、事前準備の工程を全て消化。
遂に採掘ポイントを探しに深霊禁山に入るにあたり、例のごとく「探知をお願いします」と頼まれた─────今回は3人全員で土下座───────バルバリッチャは、溜息をついて呆れたような表情で幽霊馬車に乗りこむ。
「レッツゴー!」
ユリンの楽しそうな声で動き出した幽霊馬車。BOSS級が頻繁に出現する領域を通過したあたりで、打ち合わせ通りヌコォが採掘ポイントを本格的に探し始める。
「…………近い、ここら辺なんとなく怪しい」
そうして捜索すること1時間。ヌコォが初めて見つけたところとは別に、地面に大きな亀裂の入った場所を見つける。
まずはじめに、馬車に積んでおいたボルトを荷下ろし。
今回は特別に同伴したアテナの手も借りながら、メギドのポールアックスでボルトを打ち込んで滑車の土台を崖に強引に固定する。続けて、幽霊馬車にワイヤーで巻き付けてあった滑車本体とゴンドラを下ろす。
ノート達はオブジェクトのデスポーンに関して実験を重ねていたのだが、その中で一つ重要なことが判明していた。それは、地面などに固定する前のオブジェクトに関する仕様だ。
キッカケはユリンのとある気づきだった。
木材確保をヌコォにさせられていたユリンは、ふと疑問に思った。
今までも、斬り倒した木材に関しては幽霊馬車の車体に積んで、縄で縛って運んでいた。木材を斧で斬り倒した際、木材は大きいのでインベントリに入らないからだ。かと言って彼岸な島の人達のように丸太を当たり前のように片手で掴んで運んだりできない。そこで抜擢されたのが幽霊馬車だ。
この時、斬り倒した木材は地面と地続きではなくなったオブジェクトとなっている。
幽霊馬車は究極の指示待ち人間かつ全く拘りらしい拘りがない。なのでノートから「ユリンの言うことを聞くように」と指示されれば素直に従う。これにより、伐採活動中はユリンに幽霊馬車が貸し出されていた。
が、今までの伐採はノートが死霊達を動員していたおかげでスムーズになっていたのだ。ユリン単独では木材を積むのも縛って固定するのも一苦労。その為、楽な方法を考えつくまでにそこそこの時間が経過していた。
だが、本来デスポーンするはずの木材は消えていなかった。本来非装備状態のオブジェクトは消えるはず。なのに消えない。
一方で、積み込みで四苦八苦していて放置された余計な枝葉については、いつの間にかデスポーンしていた。
同じ樹木から切り出したのに、消えない丸太と消えた枝葉。この違いは一体?
ユリンはそれに気付いた時、ミニホームまで戻ってすぐにノートに報告した。言語化はできなかったが、何か重要な気づきな気がしていたからだ。
その話をミニホームの外でメギドの調教をしながら聞いたノート。
そしてふと視界に入った、自分が持つ、メギドの腰に繋がれたロープ。
このロープを引っ張ってゆっくり動く為の躾をしていたのだが、このロープは当然ながらメギドの装備品ではない。単にノートが勝手に縛っただけである。
つまり、実質的には、メギドに縛られたロープは放置されたオブジェクトに変わりはない。なのにワイヤーは一切消えなかった。
思えば、今までも木材を幽霊馬車に積んで移動していたが、その間にデスポーンを気にしたことはなかった。無意識に消えない物として考えていた。
他にも実例はあった。
ノートはネクロノミコンというメイン武装が体内にドッキングされているので、基本的に手ぶらだ。そして装備スロットの武器枠はネクロノミコンで固定されている為に他の武器を装備することはできない。
だが、それだと手持ち無沙汰。森や足場の悪い場所ではその辺で拾った太めの枝を杖代わりにしていた事があった。その枝を杖代わりにしていた間は、枝は勝手に消えたりしなかった。
だが、戦闘を開始すると枝が邪魔なので適当な場所に放り投げたりする。そして戦闘が終わって投げた場所に枝を探しに行くと、すでに枝はなかった。
ゲーム脳になっていたノートは、それを疑問に思わなかった。ああ、デスポーンしたんだな、としか思わなかった。
カチリと歯車が噛み合うように、ここでノートの中で一つの仮説ができた。
重要なのは、対象のオブジェクトの大小ではない。地面や樹木などエリアそのものと地続きなオブジェクトに固定、あるいは接触していない状態で、尚且つ誰かが触れ続けている所有者不在オブジェクトに関しては、デスポーンの対象にならないのでは?と。
その発想に至ったノートは、メギドに躾をするついでに土台固定用に作成した大きなボルトをメギドの背中に縛り付けてみた。そしてそのまま躾を続けたが、ボルトは消えなかった。ノートがログアウトしてだいぶ時間が経った後も、メギドの背中にはボルトが縛り付けられたままだった。
この実験結果により、現地で1から組み立てる案が急遽廃止。結果、ほぼ組み上がったものを作って、幽霊馬車に縛り付けて輸送してしまうという案が採用された。牽引可能重量オーバーだったが、そこはノートが追加の骸馬を召喚して強引に解決した。
土台の設置が終われば、直ぐに滑車本体の設置。アテナの大工技能フル活用で、滑車の安定性を向上。ワイヤー調整。矢継ぎ早にワイヤーにゴンドラを接続。
「強度問題無し」
「制御可能デス」
「了解」
構造が原始的な為、制御も大味になることは予想の範疇。その為、アテナも自分の糸をゴンドラに繋ぎ、リアルタイムで重心操作を行う。非常に強引な解釈ではあるが、これにより絡繰使いの技能を発揮できる。技能による制御であれば、重心が大きく乱れる事が予測されるゴンドラをある程度は制御可能だ。
「メギドに固定完了。ワイヤーにたわみ無し。ゴンドラ側のワイヤーもたわんでないな〜?」
「問題ありまセン!」
「いけるよぉ〜」
このゴンドラには、ワイヤーへの負荷を減らして安定性を向上させる仕掛けがもう一つある。
それは崖側に向いたゴンドラ側面に取り付けられたローラーだ。
ヌコォはビル清掃に用いられたゴンドラを参考にしたが、実際の壁は直角ではなく傾斜となっている。ならば垂直に吊り下げるより、傾斜をゆっくりと滑り降りていく形にすれば、ゴンドラの重量の一部を崖側に逃がせるため、ワイヤーへの負荷が大きく減る。実際のビルでローラーなど壁に転がしたらガラスに傷がついて大騒ぎだが、崖に傷がついて騒ぐ人はどこにもいない。
ここでノートは一体のゾンビを召喚。少しマッチョで、肌が全体的に濃い灰色な鉱夫ゾンビ『グレードゾンビマイナー』をゴンドラに1体だけ乗り込ませる。このゾンビはゴヴニュの下位系列の死霊にあたる。この名前の癖に自前のピッケルを持ってないポンコツだが、このゾンビは近距離の鉱石の場所を感知する能力を持つ。近距離の範囲に限定すれば、その感知能力はヌコォを軽く凌駕するのだ。
「ゾンビ添乗OK!ゴンドラ離すよ〜!」
「了解。メギド、踏ん張れよ」
ヌコォが押し、ユリンが飛びながらゆっくり引っ張って崖にゴンドラを落としていく。アテナが少々険しい表情をしながら指を細かく動かしてゴンドラのバランスを取る。
「ゴンドラ完全に独立!」
「揺れ軽微」
「動かせマス!!」
「了解。ゆっくり後進させるぞ〜」
メギドに巻き付いたワイヤーは強く張っているが、メギドは呻き声一つ漏らさない。少し脚に力が入っている程度だ。鋭利に尖った八脚を地面に突き刺しながら、ゴンドラの重心が大きく乱れない程度にゆっくりと下がる。
ここはノートの調教の成果だ。ただ単純に「ゆっくり下がれ」、と命じても、メギドはちょうどいい塩梅の「ゆっくり」をなかなか理解できなかった。であるならば、何か別の分かりやすい命令を出して、結果的に適切なスピードになればいい。その結果が、地面に脚先を突き刺しながら移動するという方法。柔らかくない地面に脚先を突き刺すためには、自然とステップが小刻みになる。ましてやメギドは不安定な体のバランスと蠍の肉体を持っている。横転しないように進むなら、脚を少しずつ動かすしかない。
あとはメギドの後ろに回り込み、後ろを見張るリオックの頭部の近くに好物を見せてやればいい。リオックは気性が荒く、一番食欲旺盛だ。こうして、確実に後退しようとして過剰に緩みがちな速度を少し上げられる。
「オーライオーライ!」
ユリンはゴンドラの柵の隙間に手を入れて、飛びながらゴンドラを引っ張り重心を支える。軽量化のためにあえて板同士をクロスさせて壁を作り、全体の軽量化を図っている簡易ゴンドラなのが結果的に功を奏した形だ。
だいぶ下までゴンドラが下がっていくと、一人ゴンドラに乗ってぼーっとしていたゾンビがピクリと反応した。その反応は徐々に強まり、う゛ーう゛ーと唸り始める。
「ゾンビ反応アリ。採掘目標ポイント…3m…2…1………ストップ」
「重心、耐久と共に問題ありまセン」
ゴンドラがゾンビの反応する位置まで下がるころには、メギドの管理をするために遠くにいたノートも、滑車近くでゴンドラを管理していたヌコォ達の元まで近づいていた。
「OK。メギド、脚と鋏をしっかり突き刺して体を固定してくれ。スキルの仕様も解禁だ。ユリン、糸玉で固定していいぞー」
「はーい」
飛翔してゴンドラの下に回ったユリンは、ゴンドラと崖の境界めがけて粘着剤を投擲。ゴンドラを一時的に崖に固定して安定性を更に図る。
これにて第一段階は無事終了。
続けて第二段階へ。ノートは崖から覗き込みながらゴンドラに照準を定め、グレードゾンビマイナー5体をゴンドラ内部に追加で直接召喚する。
「流石兄さん、ほぼジャスト」
「揺れ、ほとんどありませんデシタ」
「ネクロノミコンの補整ありきだろうな。結果オーライだ」
崖下約20m。いきなりゾンビが5体追加されても、ゴンドラ、ワイヤー共に軋みなし。
ユリンが飛んでインベントリから取り出した強化ピッケルをゾンビ達に配備する。
「よし、準備OK。グレードゾンビマイナー達よ、採掘開始!採掘系のスキルを使い倒してよし!」
ノートから命令が下ると、横一列に並んだゾンビ達は窮屈そうにしながらも一心不乱にピッケルを振り下ろし始める。流石鉱夫のゾンビだけあってか、ユリン達素人のピッケルさばきとは動きが違う。更にはスキルなども駆使して、より効率的に、機械的に掘り進める。
凄まじい音と振動。飛び散る破片。人間なら掘る手が少し止まりそうな状態だが、ここで止まらないのがアンデッドの真骨頂。無限の体力によって動きに一切の淀みはなく、何が起きても命じられたことを実行する。
やがてお目当ての鉱石がボロボロと出始めるが、これはゴンドラに乗ったユリンがインベントリに回収していく。
「よし、そのまま掘りまくれ」
淀みなく掘り続けるゾンビ達。岩を力任せに砕くことによって響く、耳障りな音。その音は谷底に反響して、崖の呻き声のようにも聞こえた。
強化ピッケルと採掘スキルの合わせ技でも擦り減るピッケル。ダメになったピッケルは谷底に捨てさせ、ユリンがスペアをゾンビ達に渡す。
「いいぞいいぞ、ドンドンやれ!」
ただ、力任せの採掘の速度は筆舌に尽くしがたい。あっという間にゴンドラから崖に直接足をかけられるほどに掘り進められ、より重心が安定したゾンビ達は奥へ奥へ掘り進める。
どうやらゾンビには岩の脆弱な部分も見極める能力があるらしく、ゾンビ達を後方から見ているユリンの視点だと面白いように岩がひび割れて、大きな塊で鉱石が取れていく。回収しがいのある鉱石がわんさかとれてユリンとしても苦労したかいがあったと言えた。
「(層の断面なのかな…………?)」
自分たちが掘った崖と同じとは思えないほど、剥がれるように崩れる壁面。ユリンが色々な事を加味しても妙に採掘ペースが順調すぎる事に疑問を抱いたまさにその時、ビキッ!と今までとは明らかに違う音。
崖に一気に亀裂が走り、その亀裂は崖の上の方向まで伸びた。
「やばっ!」
驚異的な運動神経で即座にゴンドラから離脱するユリン。
崩壊を始める崖。ヌコォは咄嗟に飛びのくが、ノートはメギドとアテナの召喚解除を優先。その一手の遅れと後衛職パラメータだったことも相まって、崩落から逃げきれない。
「おっ、ヤバいな?」
崖諸共落下する。
「ノート兄ぃぃぃぃぃぃ!」
だが、下にはユリンがいる。落ちてくる崖の軌道を一瞬で見切り、間を縫うように高速飛翔で上昇。空中でノートをキャッチ。ヌコォがフォローの為に投擲した予備のワイヤーの先端を掴むと即座に腕に絡ませて固定。崖から吊り下げられるもなんとか一命を取り留める。
「あ、あぶねぇ…………。助かった、ありがとう。久々にヒヤッとしたわ」
「ううん、ノート兄がおっこちなくて本当によかった。でも急に崩落するなんて……」
飛翔スタミナを回復させたユリンは再度飛翔を再開。ヌコォもワイヤーを引っ張って援護し、ノート達はなんとか生きたまま崖上まで復帰する。
未だに嫌な意味で心臓が跳ねてるノートと、ホッとしたようなユリン。
一方で2人が無事が確保されるや否や、ヌコォはマイペースに崩落した崖をのぞき込んでいた。
「おお…………凄い。ノート兄さん達も来て」
ヌコォに促され崖を覗き込むノート達。
ノート達も崖を覗き込んで感嘆の声を漏らす。
「これ全部採掘できる感じか」
「綺麗だねぇ〜」
崖の表面に突き出る薄く輝く石の数々。薄暗い森でも、むしろ薄暗い森だからこそ、微かな光によって金属光沢が目立つ。
「これ、ダイナマイトとか魔法で爆破すればもっと楽だったかなぁ?」
ユリンはどう?とノートをみるが、ノートはこの手の事に詳しいヌコォに目をやり、ヌコォは首を横に振る。
「このような地形で爆破による採掘は難しい。まず、そのような魔法やアイテムを入手できていないことを一旦無視しても────」
もし、広域を爆破可能で、なおかつ、花崗岩質の非常に高い岩も吹き飛ばせるほどの威力の魔法があるとしよう。その魔法を当てれば岩壁を破壊することは可能かもしれない。
しかし、魔法は基本的に直線にしか飛ばせない。そしてリーチと威力が大きいほど、消費する魔力は増大する。
このような採掘に向いた渓谷は、かなり間が広い。十分な威力で、魔法をピンポイントであてるのは困難。かといってのぞき込んで手前に撃てば、先ほどのように崩落してノートの二の舞になるか、あるいは瓦礫が飛んできて即死か。
相当入念な準備をしないと、上手くいかないのは簡単に予測できる。
ダイナマイトの場合も、本命の鉱石を吹っ飛ばさないように、採掘可能な程度に崖を破壊するには、かなり緻密な計算が必要になる。下手に吹っ飛ばして採掘に取り掛かれば、脆くなった壁が崩落してあわや一巻の終わりである。
そもそも、「過不足ない威力」が非常に難しい。
威力が高すぎると破片が周囲に㎞単位で飛び散って極めて危険だ。
かと言って下手に威力が弱いと、亀裂だけ入って崩落リスクが非常に高い状態になってしまう。
綺麗に吹っ飛ばしたあとも、ぐらついた岩を先に除去しないと落石の危険性が高く、これがなかなか時間がかかる作業。
「────谷底か浅いなら派手に爆破して、落下した鉱石を回収する形でも問題ないかもしれない。けれど、あれだけの物が崩落したのに落下した音が聞こえないということは、落っこちたら死ぬか別の場所に飛ばされるか………ユリンが試してくれる?」
「その言い方は本気で試して欲しそうな感じがするんだけど」
ユリンの心底嫌そうな表情を無視して、ヌコォはまとめる。
「それに、前提条件として、ダイナマイトのような爆薬は簡単に作れない。ゴンドラをロストしたのは予想外だけど、あれも言ってみれば殆どは只の木材。金属のパーツも型を残しているし、設計図を残している現状、作り直しは容易。結果論になるけどコスト的にこれで正解」
図らずも大量の採掘ポイントを作り出す方法を発見したノート達は、自分たちでピッケルを振って見えている範囲の鉱石を回収。続けて、同じ手順で他の切り立った部分からも鉱石を採掘。むしろ意図的な崩落を狙った採掘をすることで、1回目よりもスムーズに採掘した。
インベントリも幽霊馬車のアイテムボックスも、詰められるだけ鉱石を詰めて満杯にすると、ホクホク顔でノート達はミニホームへ帰還し始めた。
────────のだが、すぐにノート達の表情に陰りが見える。
「なんか、おかしいよな?」
「木が……腐ってるぅ?」
「バルちゃん、探知に何か引っかかってない?」
幽霊馬車で帰還中、御者台に乗っていたノートは薄暗い中でもフィールドの微かな変化に気付いた。何か、ラインを引いたように地面が露出している。その露出した地面の周りをよく見ると、木々が腐り始めて、まるで硫酸でもかけられたように薄っすらと白煙を燻らせている。
そして、異様なほどの静寂。他の敵性MOBの気配もなければ、ノンアクティブの昆虫などの鳴き声すらない。空気にどこか粘り気があり、重苦しく、生暖かい。
「探知範囲内には逆に何もおらぬ。だが…………確かに妙だ」
キョロキョロと辺りを見渡すノート。ヌコォも馬車の後部についた両扉を開けて周囲を確認。ユリンが少し飛翔して上からあたりを見回し、慌てた表情で戻ってくる。
「バルちゃん、あっちになんかいる!!」
「馬鹿な、探知には何も…………!?」
だがユリンの言葉が気になったのかバルバリッチャの目が赤く光る。自分の持つ能力である『千里眼』を発動したのだ。そして常に傲岸不遜なバルバリッチャにしては珍しく、その美麗な顔をはっきりと引き攣らせた。
「主人よ、幽霊馬車を最高速度で帰還させるのだ!後ろから来ておるぞ!」
「何が!?いや、それより聞いたな!?全速力で頼む!!」
今までノート達が快適に乗れるスピードだった幽霊馬車。だが、ノートの命令が下ると即座にバシンッと御者が鞭を大きく鳴らし、加速開始。怖いくらいの速度でグングン山を登っていく。
だが、異変の進行速度はそれを上回る。
増えていく露出した地面。白煙。異臭。
メキメキと木々が軋みを上げながら倒れ、倒れた時の地鳴りが徐々に近づいていく。やがて、前方の木々すら腐り始めていた。
そして、漸くその正体を見ることができたノートは叫ぶ。
「まんま祟り◯じゃねえか!?ここの担当者どんだけジブ◯好きなんだよ!?」
黒い光を放つ両眼が、唯一顔の位置を判別できる目印。
全体のサイズは体長15m、体高5m。肉体を構成するのはどす黒い紫色の煙を放つ至極色のイソギンチャクのような触手の塊。触手の太さは30~50㎝程度。触手は絶えず崩壊と再生成を繰り返し、ドロドロとした液体が通過した場所に残り地面を穢していく。
全体的な形状は太く、丸く、ダニに近い。が、脚の長さはアシダカグモを彷彿させる長さ。だが、脚の数は一定ではなく、8~10本と揺れている。その脚を動かすというより生やしては壊して前進していた。これによりボディの動きが妙にブレず、ホラー感が増していた。
「例の如く鑑定弾かれたし!あれ絶対戦ったらヤバイタイプのMOBじゃん!」
既にメギドとアテナは待機状態────────MPを消費して非実体化する。待機状態の解除にはMPを消費して再召喚するしかない────────にしているので守ったり面倒を見るべき者はいないが、それでも死にたくないのがノート達の心情。
ノートは足止め役として、一直線に自分達に迫る化け物の前に壁役のゾンビ・スクラムを試しに召喚する。が、化け物は何の障害物もないかのように突撃。ドプンと液体のようなその身体にゾンビが飲みこまれる。そして化け物が通過した後にはドロドロに溶けてポリゴン片になったゾンビの残骸が。
「Fuーーーーーーーーー◯k!そんなんありかよ!?バルちゃん、あれなんなの!?」
「あれは善でも悪でも無い存在だ。自然的な物の怒り、我の探知が通用しないのも当然だ。あれは魔物では無い。生物の形をしただけのただの自然災害に近しいものだ。道理で探知できないわけよ」
内心は不明だが、馬車から優雅に化け物を眺めるバルバリッチャ。
フィールドを破壊し、生物すらも一瞬で破壊していくために真面な足止め方法が思い浮かばない。
「どう見ても生きてるんですけど!?」
「大悪魔ですら、森羅万象の全てを支配下に置くことはできぬ。つまり、自然そのものにケチをつける方が愚かなものよ。勿論、我はアレの正体を正確に把握しているがな」
確かに挙動や周囲への影響度合いは非生物的な要素が多々あるが、形状は生物らしさが強く出ている。ノートはバルバリッチャに全力でツッコむが、バルバリッチャは軽くスルーする。
「じゃあその正体を……というのは甘えか」
「クハハハハハ、その心がけがあるだけよしとしてやろう。その心がけに免じて…………そうだな、1つだけ教えておいてやろう。奴の弱点は目だ。目を狙え」
「原作再現も大概だなぁオイ!」
その助言を聞くや否や、ノートは荷台に移って眼球目掛けて魔法を撃ち始め、ユリン達も投げナイフを目に向かって投げ始める。
「これ、目以外ノーダメージかな!?」
「おそらく。HPゲージも表示されていないからなんとも言えないけど、ダメージを負っているようには見えない」
「マジもんの化け物だな!怪異寄りのなぁ!!」
ズンズンズンズンと木を腐らせ薙ぎ倒しながら進んでくる化け物は、その距離をどんどん詰めてくる。だが巨体の割に小さい目にはなかなか攻撃が当たらない。どころか推定眼球の位置を能動的に動かして明らかに攻撃を避けている。
「ホモォ……みたいな鳴き声しそうな見た目のくせに!すばしっこいな!静まりたまえ!」
状況が劇的に動いたのは、距離が10mを切りそうになった時。ノートの適当に乱射した闇魔法の弾丸が、遂に化け物の目に吸い込まれるように直撃した。
『『『『『『『『㼿㼿ᬨ䤼ᬤ䈴焛⡉㰛⑂㑱ᬨ䤼ᬤ䉞焛⡉㰛⡂㼿ᬤ䉥扖攡戛⡂㼛⑂乱ᬨ䤽ᬤ䉆焛⡉㴛⑂䡥ⅸ敢ᬨ䈿ᬨ䤼ᬤ䉌焛⡉㴛⑂剥∨ᬨ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』』』』』』』』』
重低音の声にならない悲鳴のような物が上がり、化け物が動きを止める。
崩壊と生成が釣り合うことで一定の形で保たれていた肉体の形状が変化する。過剰な生成。風船にタイヤの空気入れで空気を注入したかのように勢いよく膨張する肉体。肉体は崩壊せず、負傷した眼球を中心に吸い込まれているようで、触手全てが激しくのたうっていた。
「やった!?」
「ユリン、フラグ」
「ま、再現してるならそうなるよな!」
だが、その程度で終わるならバルバリッチャが指先一つで消し飛ばして終わった話だ。
大噴火。
化け物からズゾゾゾゾゾゾゾゾ!!!!と凄まじい勢いで触手の塊でできた腕が四方八方に放出され、ノートに迫ってくる。
「何か、何か………これでも喰らえ!」
動転して何の手段も浮かばず、アイテムボックスを漁り始めるノート。その中はほとんど鉱石で埋め尽くされていたが、何故か出発前に整理したはずのアイテムボックスに2の森のエリアボスのドロップ品がいくつか残っていた。
「『樹護の木盾』?エリアボスのドロップか!これでも食らっとけ!」
おそらくは、誤って換金所で売却しないように一度避けておいたものがそのまま残ったのだろう。ユリンにどうするか聞かれ、「一旦ボスドロップのような明らかに重要な物はアイテムボックスに入れっぱなしでいい」と出発前の準備中に自分で返答した記憶がうっすらと蘇る。
だがしかし、今はその自分のミスがありがたい。絶妙に使い勝手がよくて最悪失ってもいいアイテムがあるという事なのだから。
インベントリから盾を実体化し、自分に伸びてくる触手に投げつけるノート。だが触手はしなるように動き、パンッ!と空気が破裂するような音を立てながら盾を弾き返す。まるで音速を超えることで衝撃波を放つ鞭のような音。ゴッ!と風を切って、跳ね返された盾がノートの顔面目掛けて飛んでくる。厳密には、ノートにはその触手がしなる瞬間までしか目視できなかった。
直後、ノートの視界を遮る金属光沢を放つ黒い影。同時にグァァァァァンと重い金属同士が激突した様な不快な音。
影の正体は、硬化した腕。腕の先を見ればいつの間にかノートの背後にいたバルバリッチャがおり、盾を片手で受け止めていた。
「今」
その一瞬の合間に、潜黒のブーメランを投げたヌコォ。ホーミング効果を持つスキルを使って放たれたブーメランは、もがき苦しんでいた化け物のもう一方の眼球に奇跡的に突き刺さった。
「Yes」
ヌコォがガッツポーズを決めた直後、化け物は先程以上に悲鳴をあげ滅茶苦茶に触手を振り回し始めた。
「チャンス!GO!GO!GO!」
だが、もう化け物はノート達を見失っているようで動きに理性を感じない。無秩序に振り回している触手は当たらず、幽霊馬車は距離を突き放していく。そして勢いよくストーンサークルに突っ込み、なんとか逃げ切ることに成功するのだった。
◆
「逃げ切った〜!肝冷えたな~、久しぶりに」
「あれ、もし触手が直撃したらなんらかの呪いは食らったはず」
「やった!?って思わず口から出るくらいには焦ったねぇ」
極度の緊張から解放され、馬車からフラフラ降りると大の字で寝転ぶノート。その上に覆いかぶさるようにヌコォとユリンが寝転んだ。
「ああ、そうだ。バルちゃん、助けてくれてありがとう」
「フンッ。そうある事だと思うなよ。それとこの盾、返しておくぞ」
そんなノートを見下ろすバルバリッチャ。ノートが素直にお礼を言うと、顔を背ける。そんなバルバリッチャがノートの頭の近くに置いたのは、ノートが投げて跳ね返され、バルバリッチャが受け止めた元『樹護の盾』。
見た目は真ん中に緑色の宝石の嵌った、木製の盾。だが、木製なのに金属より硬く軽い。月桂樹が彫られた芸術品のように美しい盾だった。この盾を用いて攻撃をガードする、樹木で肉体を構成したタコ型のエリアボスがいたのだ。
しかし、その美しい見た目は昔の話。
真ん中の宝玉はドス黒く染まっている。月桂樹は青紫色に仄かに発光し、うねる触手の塊に変貌。明らかに木製だった見た目は少し水気も感じつつも金属のようにも見え、材質不明の謎の盾になっていた。
「ナニコレ?てか鑑定できねえ」
当然のように弾かれる鑑定。バチリと静電気でも走ったような小さな衝撃。今までの鑑定失敗とは少し違う反応から、より異質なものであると分かる。
「我が受け止めた時には既に変化しつつあった。後天的に呪いのかかった武具はこうなる場合がある」
「触って大丈夫な奴?」
「呪いなどに強い秘忌人、つまり主人以外は触れない方が賢明、とだけ言っておこう」
「えぇ〜…………怖すぎるわ」
そういいつつも、バルバリッチャから太鼓判を押されたこともあって躊躇いなく盾を手に取るノート。表と裏を確認し、軽く叩いて材質をチェックした後、その禍々しい物体をインベントリにしまった。
途端、UIが小さく点滅。とあるものをアンロックした通知が視界の端を過る。
「…………(あ、キタコレ)。バルちゃん、今回もありがとう、ほんと助かったわ」
「フン、本当にな。だが、今回ばかりは…………相手が悪かった。暫し休め」
バルバリッチャは尊大ながらも明確に気遣いと取れる言葉を言い放つと、ミニホームに戻っていった。その後ろ姿を見て、ツンデレだなぁ、とノート達は思わず顔を見合わせるのだった。
◆
「結局、あれはなんだったのぉ?」
バルバリッチャが去った後、ノートの腹の上で転がりながらユリンが問うと、ヌコォが答えた。
「バルちゃんは、自然的な物の怒り、と言った。そしてHPゲージもなかった。ノート兄さんの考えてるものがあの化け物のモデルだとしたら、アレは“森の祟り”そのもの」
「なんでボク達が祟られるのさ?」
「おそらく、崖の崩落を何度も起こしたから、じゃないか?自然破壊による祟り」
ノートは答えを引き継ぐが、ヌコォは「それだけではないと思う」とノートの意見を否定した。
「物を落とすと、そのままオブジェクトが消えるあの崖。私だったらいらないアイテムを捨てる時に便利だと思う。そうやっていらないアイテムとか、処理に困るような代物をあそこにドンドンと廃棄していくと、あの化け物は出てくる。そんな気がする」
「希少種の件……次は自然破壊、不法投棄への啓発か。見事な罠だな。言われてみれば、あそこはゴミを捨てるのに結構便利なのか。デスポーンまでの時間経過を待つこともないし────」
ALLFOのアイテムの廃棄は少々面倒だ。いらないアイテムをクリックして「廃棄」のボタンを押せば世界からきれいさっぱり消滅!とはいかない。一番手っ取り早いのは、街などの居住エリアから出てアイテムを捨てて放置。そこから離れてしばらく待つこと。そうすればアイテムは消えていることが多い。と言っても、たまにインベントリに戻ってきたりもするので完全廃棄と言える手法とは言えない。重要なのは距離。そして視認していないこと。奥も見えない谷底に落としてしまうのは、非常に手っ取り早いアイテム廃棄の方法と言えた。
ノート達の場合は事前にインベントリを整理したり、幽霊馬車のアイテムボックスがあるからよかったものの、もし初めて来たプレイヤーならどうなるか。希少金属に目がくらみ、少しでもたくさんの鉱石を持ち帰ろうとインベントリのアイテムをちょうどいい大きな谷底に向けて投げ捨てる。
それが積み重なることで、災厄発生のトリガーが引かれる。
「────俺たちの場合も、壊れたピッケルを捨てさせてたしな。意図的な崩落で大量に土砂も落としたし、それもまずかったのかもな」
明確な自然破壊。しかも、その破壊の影響を考慮しない形での破壊だ。希少種狩りにすらペナルティをかけたALLFOであれば、同じようにペナルティを設けていても不思議ではない。
「ステータスを見てみるといい。証拠に、称号に『秘森を穢す者』『大自然の憤怨』が追加されてる」
「…………本当だ。『秘森を穢す者』は森林生息生物からのヘイト値増加率上昇【特大】、『大自然の憤怨』は森林内で敵性MOB遭遇時、敵性MOB全ステータス上昇【特大】、か。痛いペナルティだな、これ。あ、しかも原初付きだから称号効果が上がるのか。これは痛い、痛すぎるな」
特に、無条件で敵のパラメータにブーストをかける『大自然の憤怨』は探索に於いては邪魔過ぎる。
「ALLFOは世界相手にこのゲームを作る上で、色々な配慮をしたと言っていた。これも、一種の警告、なのかも。森林破壊や不法投棄への大きなペナルティ、たかがゲームと思うな、と。21世紀の人類への反省なのかも」
「はっ、上等だ。悪役ロールにいよいよ磨きがかかってきたな。悪役ロールしてれば、人類史の大罪を全部追体験するんじゃないか?」
ALLFO、本当に良くできてんな。
ノートはそう呟き、不意打ちのようなペナルティに不満げな感じのヌコォとユリンの頭を撫でる。
「逆境上等、次の壁を勝手に作ってくれたんだ。飛び越えてやろうぜ」
ニッと笑うノート、その楽しげな笑みにユリンも微笑み、ヌコォも頷き闘志の炎を瞳に揺らめかせた、ように見えた。
ノートの強みは舌戦だけじゃなく、すぐに物をポジティブに捉えなおせること。




