No.22 効率厨之大誤算
本日のゲリラ投稿第一弾~
「いてて、でも体の筋が伸びてスッキリしたかも」
「私も変人と呼ばれるのは慣れているけど、プロレス技かけられてその感想が出るノート兄さんも大概変人」
プロレス技フルコースをノートにかけた後、自分にデバフ魔法をかけて顔に黒い靄を纏って席に戻りハーブティーを飲み始めたバルバリッチャ。恥ずかしさのあまり引きこもらなくなっただけ大成長と言えるだろう。だが本人は顔を隠すために大真面目にやっているのだろうが、下手くそなモザイクを顔に入れたみたいで大変おかしな見た目になっているのは言わぬが花、というやつなのかもしれない。次にからかったら今度こそ洒落にならなそうなのでノートも流石に自重する。
因みにヌコォは触らぬ神に祟りなしとプロレス技をかけられていたノートを放置してストレッチをしており、改めてVRの挙動を確認しており、第七世代型の性能を実感していた。
「さて、ヌコォももうわかってるというか公式設定は読み込む派だから心配してないが、ランクシステムの特徴はわかってるよな?」
「うん、Lvシステムは敵性MOBや規定のアクションを行った時、経験値が加算されていってある一定の経験値がたまるとレベルアップ。ステータスなどが一気に成長する。対してランク制は全てのアクションが成長の計算に組み込まれる。街中をただ散策しても体力は成長するし、ゴミ拾いするだけでも性質が善性に向かっていく。
けれど数値化されず一気に伸びず緩やかなのでレベル制ほどステータスの上昇に関する実感が湧きにくい。またランクアップもレベル制と違い経験値量ではなく、そのプレイヤーが乗り越えるのが難しい難業を乗り越えた時にランクアップする。それは自分より強い敵性MOBを倒すことに限らず、作成困難なアイテムの作成なども含まれる。ランクアップすると、属性攻撃の通りやすさや基礎能力値が大幅に引き上げられる。ランクが1つ違っても、それはかなり大きな差になる。
ランク制は全感覚が同調するVRのためのシステム。そして副次効果としてパワーレベリングのようなことはできない。経験値制ではないから、強くなるには積極的に自分から動くしかない」
「その通り。だからヌコォが俺たちに追いつくには…………」
「出来るだけ自分より強い敵を撃破すればいい。任せて、ノート兄達からもらった装備のお陰でここら辺でも十分戦える。」
そういうとヌコォは現在のメインウエポンである黒いブーメランをスチャッと構える。
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現在のヌコォの装備。
武器:潜黒のブーメラン
(隠蔽効果アリのブーメラン。刃が付いているので斬り合いも可能)
鎧:大盗賊の装束
(略)
腰:盗狐の尾帯
(狐の尾のベルト。ドロップ率上昇)
靴:静兎のブーツ
(消音効果のついた靴。跳躍時補正)
籠手:ピックポケットグローブ
(略)
装飾:亡経の怨指輪
(略)
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ノート達が対野盗戦で獲得した装備品を譲ってもらったヌコォ。
少し統一感のない色の組み合わせだが、性能がいいに越したことはない。
「推奨ランク5のエリアだ。俺とユリンがランク1の時にタッグを組んでギリギリ突破したランク帯、そのランク帯のボスと戦ってもらう。露払いは俺とユリンに任せて、ボス戦に専念してくれ。ただし、デスペナが面倒なので死なないようにな。HP半分削れば上出来だ」
非戦闘エリアからでも見える瘤だらけのぶっとい巨木。その幹には歪んだ顔のような物があり、明らかに怪しい樹木だった。
「…………別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
「んなこと言って死ぬなよ」
「大丈夫、最低でも6回……じゃない、6割は削る」
22世紀では既に殿堂入りした一大コンテンツの代表キャラのセリフを呟くヌコォ。ヌコォとしてはノートの着ている深紅の外套を着ながら言いたいセリフだったのだが(更に今は夜なので外套の闇在覚醒の効果で赤く仄かに発光しやたらカッコいい)、ノート専用装備なのでどうしようもできず、いつかゲットしてやると気合を入れると、巨木の元へ走り出す。
まず手始めに先制攻撃のブーメラン。
夜の森の中、高速で回転した黒いブーメランは巨木付近まで来ると急上昇。巨木を切り裂きながら表面を滑るように上へ上へと昇っていき、ヌコォの手にスッと戻ってくる。
そうすると巨木が絶叫し、今までは無視していたヌコォを明確な敵として認識した。
しかしそれでも一切怯むことなくヌコォは走り続ける。超盗略奪者の常時発動スキルの〔危機感知〕に反応があると感じた瞬間に即座に飛び退くと、先程までヌコォがいた場所から黒い槍のような根が突き出ていた。
「(感知から攻撃発動まで0.5s……根の長さ約5m太さ約30㎝……地面から生える角度は一定と仮定すると…………)」
ヌコォは副職業『曲芸師』に加えて『静兎のブーツ』の効果で長い跳躍をすると軽やかに地面に着地……するやいなや右にジャンプすると先程の着地位置に黒い根が突き出ていた。
「(距離が近くなると発動までも早くなる。つまり感知してから反応できる現状の速度限界はこの辺り。目標との距離は15m弱)」
跳躍中に狙いを定めると曲芸師のスキルを使いながらヌコォはブーメランを投擲。巨木を刃のついたブーメランが切り裂いていき、ファンタジーな動きをして手に戻ってくる。同時に着地して上に跳躍しながらブーメランを下に振るうと、見事に黒い槍の如く突き出される根のパリィに成功する。
しかしステータスとランクの差でパリィしたにも関わらず、指輪によって防御力も下がっているのでヌコォのHPの半分以上がごっそり削られる。それでもヌコォの目に焦りはなかった。
「(使うならここ…………)〔ライフクラッチ〕」
ヌコォの体はパリィの余波によって跳ねあげられるが、その時に伸びきったその根をギリギリで掴み、超盗略奪者の本領である凶悪なスキルを発動する。
〔ライフクラッチ〕、それは対象のHPを奪い自分の物としてしまう凶悪なスキル。ただし発動条件として相手に触れている必要があり、また自分の最大HP以上には奪えないが、逆に防御力が低くダメージを負いやすいヌコォだからこそ、このスキルは巨木に悪辣なまでに牙を剥く。
「(この根っこは地面に再び沈む時はゆっくり)」
ヌコォはスキルを発動させたまま、ブーメランで“自らを切る”。スキルで回復したHPがごっそり削れるが、さらに巨木のHPを吸い取り即座に回復する。そしてヌコォの分析通り、出現時に比べ地面に引っ込む時はゆっくりと根は沈んでいく。ヌコォはスキルを発動したまま3回自傷し、巨木のHPをガリガリと削っていく。
そこからはもうパターンだ。少し逃げ回りスキルのクールタイムが終わると、着地後すぐに来た根をパリィ。次は〔ライフクラッチ〕を発動させてHPを全回復させるとすぐに切り上げ、MPを奪う〔マナクラッチ〕を発動する。
〔ライフクラッチ〕は性能故にMP消費も半端ではない。それを補填するのが〔ライフクラッチ〕のMP版〔マナクラッチ〕。
底をつきかけていたヌコォのMPがギュンと一気に回復する。
〔ライフクラッチ〕も〔マナクラッチ〕も強力だが万能ではない。触れるといっても出来るだけ相手の急所に触れた方が良い。あるいは無機物を介すのを避けた方が良い。
そういった性質上、リビングアーマーのようなゴースト兼無機系など、その手の相手にはヌコォのスキルは非常に相性が悪い。対して動物・植物系は装備もなく直に触れられるので相性は良い。
そして巨木にとって不運なことだが、恐るべき根の攻撃も、根こそ『植物の弱点』とも言える部位であり、クラッチ系の相性は最高である。
ガンガンHPやMPを簡単に吸い取られる原因を自分で作ってしまっているのだ。
ノートからその特徴を聞いていて、自分のステータス検証も入念に終えていたとはいえ、たった10秒の間にハメパターンを構築。ヌコォはあっと言う間に巨木のHPを5割削り切る。だがそこで巨木が怒りの咆哮をあげ、突如として発光する。
その発光状態のボスから現れたのは3mサイズに分身した顔のついた木の敵性MOBが3体。本体の方も幹に腕のようなものが生えていた。ボス特有の第二段階である。
小さい方(それでも3mはある)の木のMOBは根っこが脚のようになっており、そのままヌコォに一斉に突進してくる。
「(第2形態…………分身体の速度はあまり早くない。近づかなければ脚の根を使った攻撃もしない、というノート兄さんの事前情報を信じるなら)」
ヌコォは今まで縦投げだったブーメランを横向きで投げると、ブーメランの着弾を待たずにスキルを発動する。
「〔ロストバランス〕」
これは相手に触れる必要のないスキルで、MPは多大に消費するも対象者の平衡感覚を一時的に奪うことができる。
真ん中の樹木がつんのめるように揺れるが、どっしりした根が耐え切り横転はなんとかせず踏み止まる、はずがブーメランが根を切り裂いていき激しくバランスを崩し横の2体を巻き込みコケた。
ヌコォは戻って来たブーメランで自分を切りつけながらこけた分身体に接近。安定感がある故に一度コケるとなかなか立ち上がれない分身体のHPとMPをスキルでガンガン削っていく。
分身体のHPは本体である巨木のHPを削ってできている物なので、分身体のHPを削られると本体にもダメージがいく。
分身体3体全てのHPを半分まで削ると、まだ分身が起き上がるまで時間がかかりそうにもかかわらず、分身を無視して本体の巨木へ走っていくヌコォ。第一形態と違い巨木本体は棘だらけの幹の腕を接近してくるヌコォに憤怒の表情で振り下ろす、あるいは腕を横薙ぎに範囲攻撃をしてきた。
ヌコォはそれを先読みで軽やかに全回避。そして隙を見て、装備を整えている時にノートにもらったアイテム…………真っ赤な液体の入った6本の瓶を、口のような木の割れ目の部分に見事に投げ入れる。
タナトスが調理と錬金を組み合わせた結果生み出された珍アイテム『怒髪獄辛』が巨木の口内で炸裂する。
腐森でとってきた毒草をタナトスが下位錬金。そうすると、もう劇物といって差し支えのない香辛料を錬成できたのだ。その香辛料でも特に辛い物をブレンドしてできたのが、“怒髪獄辛”。カテゴリーは『調味料』なのだが、タナトスは味見できないのでアテナが試しにひとなめしたところ、レイスであり物理的な影響は極めて低いはずなのにアテナは絶叫し号泣、混乱などのバッドステータスを引き起こした上にHPがスリップダメージで減っていくという、これを調味料のカテゴリーにしていいのかと言う劇物が完成していた。
スプーン一杯で未だにアテナが回復できていない劇物が、通常の100mlポーション瓶満タンまで入れてあり、それが樹木の口の中で6本分炸裂したらどうなるか。
投擲の瞬間、露払い中のノートもユリンもジッと瓶の行方を目で追っていた。
アテナを地獄に叩き落とし、バルバリッチャが嗅ぐことすら拒否した劇物がどのような効果を齎すのか、どうしても気になったのだ。
瓶が割れる音がして少々の静寂。
途端に木をミシミシと引き裂くような音と巨木の地面を震わせるほどの絶叫。
巨木のステータスに混乱・激怒・激痛・錯乱・継続ダメージが現れ、巨木は絶叫しながら滅茶苦茶に暴れ始めた。ヌコォは予想以上の結果に内心ギョッとするが表情には全く出さず、なんとか巨木の腕の猛攻を回避。漸く起き上がった分身体は錯乱して暴れまわる巨木本体自体に皮肉にも倒され、大量の赤いポリゴン片が舞う。
その間にも地味に巨木のHPはスリップダメージで削れており、分身体を3体自ら一撃で殴り殺したせいでセルフで大ダメージが入った巨木は、短時間における大ダメージを負うことでBOSS級が引き起こすスタン状態になり動きが止まる。
予想外のチャンスに目を輝かせる、ように見えたヌコォは突進すると、大きな助走をつけてジャンプ。曲芸師の本領でひょいひょいと幹と枝を蹴り上がり、巨木の上部に到達する。
そしてそこで彼女がした選択は〔ライフクラッチ〕の発動。続けて震える手で最後の一本である真っ赤な液体の入った瓶を呷った。
突如としてヌコォに襲いくる筆舌に尽くし難い激痛。“辛い”ではなく、激痛。VRの制限ギリギリだろう激痛が、口の中に塩酸でも流し込んだかと思うぐらいの異次元の痛みがヌコォを襲う。もうヌコォにまともな思考力はない。全身を貫く痛みをできる限り緩和するように太い手近な枝に必死に抱きつくだけだ。
無表情のままなのにその瞳から涙が溢れ、雫がキラキラと宙を舞う。
ランク5のBOSSにさえ大打撃を与えられた劇物を、防御力全般が下がった状態で飲んだヌコォに発生したスリップダメージは尋常ではない。だが〔ライフクラッチ〕を発動したまま全力で枝に抱きついてるおかげで、〔ライフクラッチ〕によるHP回復がほんの僅かにスリップダメージを上回る。
外側からそれを傍観しているノート達の前には、一瞬でHPが減ってゲージが真っ赤になり一拍おいて一瞬で全回復し、またHPが激減し全回復し……とバグったようなHP表示を続ける、涙をぼろぼろ流しているのに無表情で木にしがみついてるヌコォと、エグい勢いでHPが減っていく巨木、という非常に珍妙な光景が展開されていた。
錯乱状態のせいか、ヌコォを振り落とそうと自らに闇雲に巨木はパンチを繰り返しているが、小柄なヌコォには当たらず自分でガンガンHPを削っていき………最後に断末魔をあげて爆散する巨木。
落下したヌコォを見て慌てて走り出し頭からスライディングしたノートは、イケメン主人公のように抱き留めることなど不可能であり、ヌコォが自分の腰に墜落しぐえぇ、と変な声を漏らす。
しかし男のプライドを即座に捨てたおかげでなんとかヌコォに落下ダメージを与えずにすみ、ユリンが即座にライフポーションをヌコォに投げ続け(ポーションは投げつけても性能は8割に落ちるが一応発動する)…………ヌコォがポーション中毒になるギリギリでスリップダメージが終わった。この怒髪獄辛ポーションの何が恐ろしいかというと、毒薬ではなく調味料カテゴリーなのでどうやら計算範囲が違うらしく、BOSS級のMOBの異常耐性を貫通し解毒もできないところにある。
ヌコォはスリップダメージが終わった後もショックから立ち直れず項垂れる。自分を救ってくれたノートに御礼を言おうとするが痛みで口がまともに動かず、数分経って漸く吐き出した言葉は「アレ、ダメ、ゼッタイ」だった。
タナトス…………恐ろしい子!
この子が一番システムの裏を突いてる、NPCなのに。