No.21 継承玉
思いがけずPLの魂を大量にゲットし、なおかつサードシティに到着する道中で馬系のMOBを狩っていたノートは、死霊術師の技能で出発前に幽霊馬車を強化。
ボロボロだった部分が修復され、ただのホロがかかるだけだった荷台も、人が乗ってもいいような広さと見た目にグレードアップ。馬は一回り大きくなり、御者のスケルトンは旅人のような装束を纏い、備え付けのアイテムボックスの容量も2倍に拡張。スピードも1.5倍まで成長した。
「これはもっと早くやるべきだったか?いや、迂闊にPLの魂を使えなかったからしょうがない部分もあるが」
ヌコォも増えたおかげで少し狭かった馬車も、強化された幽霊馬車のお陰で随分快適に。ガワ以上に中身は大きくなっており、これにはユリンに置いてかれて(というよりバルバリッチャの手を借りる必要がなかった)ちょっと拗ねてたバルバリッチャも御満悦。
何故か馬車に設置したソファーもその一部とみなされたのか、馬車に完全に固定された代わりに見た目も質もグレードアップされていた。
「この馬車、揺れない。快適」
「ああ、ヌコォは船酔いとか凄い酷いもんな。ジェットコースターとかは大丈夫なのに」
「船は人が乗っていいものでは無い」
ヌコォは別の観点でご機嫌で、バルバリッチャの横にちょこんと座っていた。
バルバリッチャもあまりにヌコォのペースが独特すぎるからか、ヌコォ相手にお得意の高圧的な尊大さを全く出すことができず「本当にホムンクルスではないのか……?」と呟きながらヌコォの頬をまだ指でつついていた。
「ところでヌコォ、詫びのアイテムは何にするか決まったか?」
「うん、決まった。ユリンも呼んでみんなで一斉に選択する」
今回の“特殊引換券”の内容はランダムということなので3人とも提示されるアイテムの内容違うことは運営からのメッセージにも明記されていた。なのでノートは「お互いにラインナップを言わずに“自分の本当に取りたいもの”を優先しよう」と提案した。
ユリンはどうしてもノートを優先したアイテムを選択しやすいし、ヌコォも理屈で言えばパーティー優先した方が結局……とパーティー優先のアイテムを取るのはノートには予測できており、だからこそ2人には遠慮しないで好きなアイテムを取ってくれ、と提案したのだ。
2人はそれを了承し、ユリンとノートは早々と決定。悩みに悩んだ末にようやく最後にヌコォがアイテムを決定する。
「よし、せーので行くぞ、せーのっ!」
ノート、ユリン、ヌコォはノートの音頭でアイテム交換を決定。プラチナの札が幻想的な金色の光を放出しながら消滅し、代わりのアイテムが具現化する。
ノートの元に具現化したのは、柄がやたら短い真っ赤に煌く宝石の様な鎚。
ユリンの元に具現化したのは、10万円分課金ポイント券。
ヌコォの元に具現化したのは、不思議な模様が刻まれた黒と白の球体だった。
「ユリン…………またそれか?」
「うん、やっぱり課金制限の中で一括で10万円分って大きいから。普通のアイテムには換金する気は無いけど、あると安心する。ボクは今、ALLFO内1番の金満状態、いえーい!」
いいのかそれで?とノートは思うが、本人は納得している以上その思いに水をさすのも悪いと思い、次にヌコォに視線を向ける。というより、ユリンにピッタリのアイテムが候補になかった、というのもあるのでしょうがない面もある。
「それは?」
「“継承玉”…………」
「いや、説明もお願い」
名前だけ言って「んっ」と目の前に突きつけられても困る、とノートはツッコミをいれる。
「『継承玉』の仕組みは楽ちん。アイテムの持つ能力のうち、1つだけに“継承属性”を付与することができる。使い方としては、例えば火を放つ『火撃ち』能力のついたダガーがあるとして、それにこのアイテムを使う。するとダガーの『火撃ち』能力に“継承属性”という特殊な属性がつく。
この属性のついた武器を生贄に他の武器を強化すると、強化された武器の性能に“継承属性”のついた『火撃ち』能力が追加される。これを使えば水属性なのに火を放つ槍とか楽しいものが作れる。ただ、1つの武器には1つしか“継承属性”は追加できないから『ぼくのかんがえたさいきょうのぶき』とかは流石に作れない」
「へぇ、確かに面白いな。でもなんでそれを?」
確かに面白いが、少しストイックなまでに実用性が高い物を求める傾向があるヌコォにしては何故このアイテムを…………?とノートは疑問に思うが、ヌコォはその疑問に答えるように腰の武器を外してノートに見せる。
「『反屈の湾刀』…………これは反射というあまりに強力な性能があるけど、耐久値はカスで強化上限はすでにMAX。攻撃力もそこらの木の枝レベルとどうしようもない性能」
「………まさか」
急な武器の紹介に一瞬思案顔になるが、ノートは直ぐにヌコォの真意に気づく。
「うん、この“一定値反射”の能力…………本来この湾刀はノート兄さんと合流するまで死なないように必殺技みたいな扱いで購入したけど、『継承玉』で話が大きく変わった。一定値反射の性能、『継承属性』つけたら強力」
「とことん開発側と初期特典を担当したやつらの歩幅があってねえな。穴だらけじゃねえか」
「うん、運営側がどう収拾つけようとするのか今からとても楽しみ」
「変な部分に面白さを見出すんじゃない!」
ノートのチョップをくらい、いてぇよぉ〜と頭を摩るヌコォ。だが実際のところ頑張れば避けられるスピードで力も全然こもってないのだから、ただの演技である。
「じゃあノート兄はその頭でっかちなトンカチみたいなのをどうする気なの?近接戦闘でもする?」
ヌコォとの話にひと段落ついたのを見計らいノートに問いかけるユリン。だがノートはユリンの問いに笑って「ないない」、と答える。
「『祝天鍛治鎚』、鍛治用のアイテムだよ。耐久値は少し特殊で“1つの武器にしか使えない”鎚でありながら消費アイテムなんだが、これで武器を鍛えるとその武器の性能に大幅に補正がかかりユニークかつ強力な性能がランダムで1つ追加される」
「うーん、確かに凄いけど……ネクロノミコンに使うの?でも鍛治師がいなきゃ意味がないよ?そもそもネクロノミコンって鎚で強化できるのかな?」
「ユリン、これは俺の考察なんだが、死霊召喚の時の生贄枠、今まで俺は何気なくレアそうとかよくわからないから、という理由でポイポイ生贄枠を埋めてきたが、多分生贄枠に入れるアイテムって召喚される死霊に少なからず影響してるはずなんだ。俺はタナトスを召喚するとき、農業系こいって邪念で鍬を生贄に入れた。結果的にタナトスは農業の技能を持って産まれた。
アテナもそうだ。大工セット、細工セット、絡繰時計を与えた結果、器用な上に絡繰遣いの技能をもって生まれてくれた。そしてそれに気づき、俺はラミアの召喚時に生贄枠を爪系のアイテムで固めた。すると、鉤爪を持ったラミアが見事に生まれた。
あとこれも推測域を出ないが、生贄の影響度はつぎ込んだアイテムのレア度や性質に左右する。そして…………詫びのアイテムは一律レア度は“最高値固定”。他人に受け渡しできないようにするための一般的なMMOでも珍しくないシステムだが、俺にとってはかなり大きな意味を持つ」
そこまで聞いて、ノートの召喚を目の前で何度も見ていたユリンはノートが何をしようとしているのか気づく。
「おそらくだが、このアイテムを生贄に呼び出した死霊はほぼ100%鍛治技能を持って生まれてくるぞ。つまりユリンの武器もヌコォの装備の問題も、解決の目処は立ったわけだ」
どうよ?と自慢気なノート。二人に個人優先といいながら自分はパーティー優先のアイテムを選択しているのだが、次の瞬間、2つの影がノートの腹に突き刺さりノートはぐふっと呻く。影の1つはノートの横から飛びつくように抱きつくユリン、もう1つは正面に座っていて腹にタックルするように抱きついたヌコォだ。
「いってぇ。VRで一応緩和されてるとはいえ痛い」
「ノート兄のそういうところが好き!」
「ありがとう、南無ノート兄さん大菩薩」
全く子供かお前らは、と心の中で愚痴りつつも嬉しそうに頭を擦り寄せてくるユリンとヌコォに毒気が抜かれたノートは、2人の頭を優しく撫でるのだった。
◆
強化された幽霊馬車に乗ってストーンサークルまでに通過しなくてはならない3つの森の内、1つ目と2つ目の森の間の非戦闘エリアまで『行き』よりはかなり早く到達したノート達。
VRの連続使用時間の制限の都合で、非戦闘エリアにミニホームを設置して中で一時ログアウト。各々VRの指示に従い運動したり早めの夕飯を摂ったり風呂に入ったりして3時間後に再び再集合する。
バルバリッチャとタナトスがホームにいないので外に出てみれば、バルバリッチャは机と椅子を用意してタナトスに給仕をさせてミニホームの外で優雅にハーブティーを楽しんでいた。
ALLFO内では現実時間1時間に対して約2時間、厳密には2.2倍の速度で時間が経過するので、ALLFO内では既に6時間以上経過したことになっており、再ログインしたころには満天の星が広がっていた。
ALLFOでは昼と夜の魔物の出現傾向もかわる異常な細かさをほこるので、このシステムは常にログイン時間が固定されがちな社会人にはとても歓迎されている。
バルバリッチャに対して「星空の下ハーブティーを楽しむなんて案外ロマンチストだな」とノートは軽く揶揄ったが、「あの星が地上に落ちる時、虫ケラどもが如何に絶望し狂うかと想像していると楽しいのだ。大悪魔は星一つ墜すことなど造作も無い。完全復活した暁には見せてやろう」と予想の斜め上の回答が返ってきてビビるハメになった。
「その椅子と机は?そんなものあったっけ?」
「なに、主人らがタナトスに任せている農業用のMONを少々家具の購入に使わせただけだ。案ずるな、高い物を買わず、プレーンな物をアテナに改造させたのだ。使い勝手はなかなか悪くないぞ」
話題を変えるためにノートが気になったことを指摘すると「ふふん」と何故か自慢気に悪びれもせずバルバリッチャは答える。ノートがいよいよ中の人でもいるんじゃないかと思うぐらいバルバリッチャはフリーダムになりつつあったが、今回は特に気にするほどでも無いのでノートもスルーしようか決めかねる。
因みに、普通のNPCは当然ながらPLの使用可能なアイテム自販機や換金所などは使えない。だがタナトスの持つ、実はバルバリッチャの存在以上にレアだったりする『代行』という能力は、プレイヤーのみ可能なアクションを一部可能にするのでMONを預けておけばPLしか使えないはずのアイテム自販機で腐葉土を自分で買ったりもしてくれる。
「申し訳ございません、御主人様。MONの命令外使用をしてしまい「待て待て、主人よ、タナトスは我の命令を聞いたまで。上位者の命令に従うのは当然の摂理であり、上位者は下僕の行動の責任を負うのは承知の上である。だが言っておこう、使用したMONは既に補填した。故に気にするな」」
謝罪するタナトスを遮り尊大に話すバルバリッチャ。ノートは叱る以前にそのAIの高度さに感心していた。
「補填……できたのか?どうやって?」
「我の技能である『呪具作成』にてアテナが作成に失敗したトラップの廃材を呪具化した。ま、できた物は使用者に悪影響が多すぎて使い物にならんかったからそれを換金したまでだ。それとアテナの作業を大工作業で止めていた分、代わりに呪具を一つこさえた。受け取るがよい」
そういってバルバリッチャは亡者が悶える様子が刻印された不気味な指輪を渡した。
「矮小な者しか装備できぬ指輪だ。装備した者の成長性を大幅に引き上げるが、防御力はほぼ0になり、悪へと更に突き進み、敵から得られる部位も減るであろう。そして一度装備すれば、ある程度の強さまで成長しない限りその指輪は絶対に外せなくなる。ヌコォといったか、アレなら装備できるだろう。そしてその指輪は今の主人らの足元に及ぶ程度になれば、自ずから壊れる」
「え、くれるの?いやぁ、折角作ってくれたんだからバルちゃんからちゃんとヌコォに渡してやってよ」
「だ、黙れ!これはアテナとタナトスを使ったことに対する主人への補填であって、ヌコォの話をしたのは例え話だ!売れば高くつくだろう!いいか、売るんだぞ!絶対に売るんだぞ!?」
顔を赤らめて念押しするバルバリッチャ。小柄で手も小さいヌコォにしかピッタリ合いそうにない禍々しい指輪を受け取ると、ノートはニヤニヤする。
そしてミニホームに入ると、30秒もたたずに入れ替わるようにミニホームからヌコォが出てきて、禍々しい指輪の嵌った人差し指をバルバリッチャに見せる。
「ありがとう、大事にする」
バルバリッチャがバッとミニホームを見ると、そこにはドアの影からニヤニヤとバルバリッチャを見つめるノートが。バルバリッチャの顔が真っ赤になると、重力のデバフ魔法で逃げようとしたノートを強引に捕まえて、真っ赤な顔のままプロレス技を次々とかけていき「ギブギブギブー!悪かった!俺が悪かったからーーーー!」というノートの悲鳴が森の中に虚しく響くのだった。