No.20 惨殺
これでゲリラはおしまい
「おいおいおいおいおいおいおーい!?隔離した意味なくなってる!?」
若い社員T君はまたも絶叫し室内の目線を一身に受けるが、そんなこと知ったこっちゃないと泡を食ったように主任の机に突撃する。
「主任!またです!」
「…………続けて」
若い社員T君が叫んだあたりで顔色は一気に悪くなり、“また”と聞いた瞬間に死んだ魚の目になる主任。表情が抜け落ちた顔で主任は続きを促す。
「えっと、PL:ユリンがサードシティまで来てプレイヤーを狩りまくってます!完全にイジメです!」
「『ルール違反だけど規約違反ではない』……ルール違反をしても性質は変わらないから怖いもの無しか。理由はわかるか?」
「僕もずっと監視してる訳じゃないのでなんとも言えないですけど、どう見ても憂さ晴らしです」
「保護者はどこ行ったのさ。あの、まだ話の通じるノートとかってプレイヤーは」
「それが、なんか他の初期限定特典持ちプレイヤーを新しくパーティーに入れて一緒に戦闘してて………………」
刹那、ゴンっ!と凄まじい音がして室内の全員がビクッとなる。
「ちょっ、主任!?机にいきなり頭突きしないでください!?」
「ごめんごめん、ちょっと疲れてて有り得ないことが聞こえてさ。何がなんだって?」
燃え尽きる寸前のような、悟りを開ききった様な、そんな仏の微笑で問う主任。
若い社員T君が空気を一切読まずに無慈悲に同じ説明を繰り返すと、訳の分からない少なくとも日本語ではない叫び声をあげながら主任は流れるように自然にログアウトした。
それはまるで悪霊が強制的に除霊されたような、そんな叫び声と消え方だった。
シーンと静まり返る室内。誰もが呆気にとられて動けなくなっていると、2分後に10年分ぐらい老けた主任が戻ってきた。
「嫌い、ほんっと嫌い!どういう確率なんだよ!?おかしいだろうが!このままだと日本にあと1人だけいる初期特典持ちと接触しても俺はもう驚かないぞ!」
「主任、なぜ自らフラグを立てにいったんです!?」
「もうこんなの嫌だ!辞めてやる!聞いてた話と全然違う!」
「でも主任、そろそろ娘さんに車を買ってあげるって……」
「そうでしたね!覚えててくれて嬉しいよ!もういいや、熟練者が初心狩りしまくるとかギリギリ規約違反みたいなもんだから「主任、プレイヤー・ユリンも始めて2日目のバリバリ初心者です!」そうだったな!チクショウメ!」
八方塞がりで人目も気にせず慟哭する主任。そのタイミングで他の部署からも問い合わせが来て—————————
◆
「—————————と言うことですので、その、大変申し訳無いのですが、過度なPKは…………」
『は?』
オンラインゲームの宿命として、コンテンツの衰退の最も単純な理由はプレイヤーの過疎である。故にスタートダッシュは重要で、新規のプレイヤーの心をどれだけガッチリ掴み長期にわたりプレイをしてもらえるかが売り手にとっては何よりも優先し考えるべきことである。
誰しも楽しく1回目を終わればまた次もやろう、という気持ちになれるというものだ。
だがユリンのようなイレギュラーなプレイヤーによって初っ端から恐怖を植え付けられたりすると、新規のプレイヤーの心象には間違いなく悪影響を及ぼす。これがまた第1期のプレイヤーがある程度落ち着き、第2期のプレイヤーが参入したぐらいの段階で起きたことなら運営側があれこれを口を出すこともなく、またそもそも口を出すこと事態が規約違反ではないので御門違いなのだが、正式サービス2日目で虐殺祭りなどされたら運営側としてはたまったもんじゃない。
ということを非常にオブラートに包んで至極丁寧に説明し『PKをほどほどにしてください。お願いいたします』と伝えるために緊急用のGM回線で主任はユリンに直接連絡をとる。しかし、ユリンの回答は完全な拒絶の混じった冷たい声で、その声だけで主任の胃と心臓がキュッと仲良く縮み上がる。
『なぜでしょうか?これは死霊術師の召喚にPLの魂を要求した運営の責任もあるはず。ボクは必要な量のPLの魂を楽な時に溜めておきたいだけ。何か間違ったこと言ってますか?』
「絶対それだけが理由じゃ無いだろ!?」とユリンの虐殺シーンのリプレイ(相手プレイヤーを四肢切断した後に首チョンパなど)を既に見ていた主任はツッコミたかったが、死霊術師の召喚にPLの魂を条件に盛り込んだのはALLFO側で有り、ユリンの理屈は一応筋が通っていなくもないのだ。
加えて『合理的に考えて、今の成長しきってない方がPKがしやすいのでPLの魂を集めやすいからPKしている』と主張されればユリンをただの愉快犯に断定しづらく、ALLFO運営側としてはかなり返答に困るのだ。
『昨日から運営側はどうなってるんですか?其方の不手際の収拾を此方に全て求めないでください。先の件だってノート兄……ノートさんがうまく折り合いをつけたから穏便に済んでますけど、ボクはまだ納得していませんからね。迷惑なプレイヤーだと言われようと、いえ、ボクが全て正しいと言う気は一切ありませんが、おかしいことはおかしいと思います』
ユリンが話すたび主任のSAN値はゴリゴリ削れ、胃がキリキリ痛む。
実際のところ、運営サイドはユリンというプレイヤーを見誤っていた。
穏便な対処と良識を持って接したノートは、感情論の割合の多いユリンの糾弾をうまく諌めており、対照的にユリンは感情論過多のプレイヤーだと見えただろう。それ故に、主任としてはユリンに対しては理屈過多で圧倒させてしまえばとりあえずは宥められるのでは、と予測していた。手早く応急処置をしてしまいたいと考えていた。
だが、ユリンという人物は感情論主体型ではあるが理屈や理論が理解できないわけではない。なんせ彼は“理屈と理論の鬼”のような存在の傍らでずっと育ってきたのだから。その手練手管をずっと見ていたのだから。
会談で騒いだのも、ノートがあのような場では穏便にしすぎるきらいがあり、ノートが不当に不利益を被ることと、ノートと自分の楽しいひと時を邪魔されたことの怒りが根底にあってこそのあの態度である。
ノートがいなければいないで、ユリンは筋道を立てて理路整然と話すことはできるのだ。無論、ノートからすれば『攻撃的すぎるぞ、それじゃ譲歩を得ることも揺さぶりもかけられないじゃないか』と優しく窘められるレベルには違いないが。
しかしながらそんなことは知るはずのない主任は、初対面から考えられないユリンのキツい切り返しに面食らってしまう。やはり保護者を交えて話すべきだったか、と後悔しても既に遅し。主任は状況を打開すべく必死に頭を回転させる。
「その、ですね、繰り返すようになってしまいますが、過度なPKは結果的にコンテンツの寿命を縮める要因としては大きい物であって『それは理解しました。ですが何故此方側に事態の収拾を毎回直接要求されなければならないのか、納得のいく説明をください。それとも営業妨害で垢BANでもしますか?徹底抗戦させてもらうので御自由にどうぞ。プレイログは全て保存してあるので誤魔化しも効きませんよ』」
できることなら垢BANしたい!と心の中で絶叫する主任。
ユリンがかなり面倒で運営側の頭痛のタネになるタイプの人間であることをハッキリと確認し、心の中のブラックリストにしっかりと記入。反面、ユリンを完全に手懐けていたノートに主任は少し恐ろしさを感じる。
「…………すみません。完全に此方側の落ち度です。ですので『あ、謝罪とかどうでもいいです。簡単に謝罪されても水に流す気とかはもう無いので』」
めんどくせえこいつ〜〜!!!と頭を抱えて身悶えする主任。
この譲歩してから相手の譲歩を潰して更に焦らせるのは、実はノートの十八番だったりする。
しかもタチが悪いことに通信越しに悲鳴が聞こえるあたりPK続行中と思われ、主任の焦りが加速していく。胃がキリキリと締め上げられ心臓は早鐘を打つ。
『どうするんですか?もう何も無いようなら通信切っていいですか?あと“100人以上”は殺しておきたいんですけど』
「あの、お詫びのアイテムを用意するので、もう勘弁してください」
そしてメンタルの容量限界を超えてしまい、建前なども全く吐けず、主任はガクリと項垂れるのであった。
◆
「ノート兄〜!ただいま〜!」
馬車を飛び出して行った時とうってかわって上機嫌なユリンが、ちょうど能力検証を終えたノートとヌコォの元に戻ってきた。
「おかえり…………なんかあったのか?えらく嬉しそうだけど。PKが充実した?」
「うん、100あたりから数えてないけど、サードシティの周りを一周するようにPKしてきた!のもあるけど、ジャーン!」
そう言ってユリンがインベントリから具現化したのは、プラチナカラーの札だった。
「ん?これどこで見つけたんだ?売ったら高そうだが」
「違うってば、ノート兄とヌコォにももうすぐ送られてくるから詳細はそっちで見て!」
ユリンがワクワクした表情で待っていると、ノートとヌコォにメール受信の通知が来る。
メール送り主はALLFO運営。とても丁寧な挨拶から始まり謝罪文が長々と綴られている。
「ユリン…………お前、運営に喧嘩を売るなよ。可哀想でしょうが。対応してる人、絶対開発とかと関係ない人だぞ。いや、詫びのアイテムは嬉しいというか、よくぶんどってきたな、とは思うが」
「だって利用規約に違反しても無いのに要求ばっかされて、はいはいと素直に従ってるのもおかしいと思わない?どっちも結局は運営側の都合でしょ?」
「理屈としては通ってるが、敵は作らない方がいいんだぞ。また機会があれば次は穏便にぶんどってこいよ」
「うん!」
ユリンの頭をくしゃくしゃと撫でるノート。
ヌコォとしてはユリンの腹黒さは明らかにノートの影響が非常に大きいし、ユリンはユリンでワンちゃんみたい、やっぱりペットは飼い主に似てくる、と思いながら不思議な関係性で結ばれた2人をボーっと見つめていた。
「それで、この“特殊引換券”だったか?使用すると詫び用のアイテムの選択画面が表示されて、選択したアイテムを1つゲットできると。ラインナップは?」
「お詫び用のアイテムって松竹梅みたいにランク分けされてて1番いいランク、だから昨日の奴と同じランクのアイテムラインナップをぶんどってきたけど、アイテムのラインナップって同ランクでもいっぱい種類が用意されてるから何が候補になるかはランダムなんだって。だから前回とは違うラインナップになってるはずだよ」
「さよか、でもユリンだけじゃなくパーティーメンバーの俺とヌコォにもチケットくれたのね」
「うん、きっちり分捕ってきた!あとノート兄の死霊術師用の魂のストック、PLの魂だけ追加で300個補填するってさ」
「何故に?」
「PLの魂あげるからPL達がある程度安定するまで、シティーから離れて引きこもっててほしいんじゃない?PKをする理由をできるだけ減らしたいんだと思う」
「棚からぼた餅だな。それは有り難い。そういうことなら、帰るか、ストーンサークルまで」
ノートがそう宣言すると、ユリンとヌコォも同意するように頷くのだった。
ユリンもおバカじゃないのよ
ノートがいる場所といない場所で性格がだいぶ変わるだけなの
わたし感想乞食だから感想くれるとゲリラ率上がるのよ