No.15 火力(チート)は上がるよどこまでも
4thゲリラ投稿
アテナが加わった後は不要なドロップ品を全て換金し、タナトスとアテナの為に個室を増設。装備の手入れや、新しい作物の育成などをタナトスと相談していると、唐突に通知がくる。
VRの使用時間制限がもうそろそろくるとの通知だったので、ノート達はキリのいいところで一旦ログアウトすることにした。
ログアウトと同時に視界が暗転。続けてゲームの感覚から現実の状態へ感覚を戻す為のちょっとしたミニゲームをクリアし、段階的に身体感覚がVRとのリンクを解除。深い水の中から浮き上がるように現実世界が戻ってくる。
VR機器から安全にログアウトできました、というアナウンス。VR機器を頭から取り、ベッドから起き上がるとノートはさっそくストレッチをする。
全感覚没入型の第7世代VR機器は、一般市民でも身体に悪影響がなくプレイできるように使用時に色々決まりがあり、累計使用時間毎に指定のストレッチや筋トレをしなくてはならない。
簡単な話、VRで遊んでいる間は身体は仰向けで寝っぱなしだ。だが運動神経の殆どはその制御を離れるので、実際の肉体では本来寝返りなどをうって血流などを整えるが、VRだとそれができない問題がある。
故に健康の為に長時間のプレイはできないように設定されており、加えてこのように定期的に運動をさせられるのだ。この運動をしていないとVR機器は使用できない。VR機器と携帯端末はリンクしており、規定の運動をしていないと1発でバレる仕様なので誤魔化しも効かない。
と言ってもさせられるのはラジオ体操の運動強度を少し上げた程度なので身体を壊すほどではない。ただ、連日長時間になると、ランニング2kmなどが追加で指示されるようになっている。要するに『VRを使用中は寝てるだけなので身体を壊さないように運動しろよ』ということである。
これには不満の声も少々上がったが、多くの医師もこれを支持した為にこの機能は既に大多数には当然の物と受け入れられている。
ノートはストレッチをしている間は身体は忙しいが頭はただ指示をこなすだけで暇なので、ゲーム中に話題に上がったとある人物に電話をしてみることにした。
『もしもし』
「よっす、こごみ。元気か?」
ワンコールの後に響く平坦な声。ノートが気持ち明るめの声で挨拶すると「元気だよ」と元気かわかりにくい抑揚のない返事が返ってくる。
『どうしたの?何か用事?』
「いやぁ、こごみもALLFOに応募し『当たったよ』お、おぅ。そうか。じゃあもうプレイしてるか?」
ALLFOの当選は早々ないことで、当選したしないでリアルの関係が拗れたり、最悪のケースだとトラブルが起こることもあるらしいとはニュースでも見ていた。無論、彼女がそんな事で大きく機嫌を損ねる人ではないと分かっていたが、当選した立場からすればこの質問は少々気を使う物でもある。
そんな質問に対して食い気味に返答されたのでノートは思わず面食らう。
『ううん、してない。あることで少し迷ってる』
「こごみが?こごみが迷う?それは珍しいな……」
ノートからすると、従姉妹であるこごみは非常に合理的で決断力に優れている女性だ。頭の回転も早く判断力にも優れるので、何かに迷うということは殆どないのだ。
『1回兄さんが私のことどう思ってるか問い詰めたいところだけど、私だって迷うことある』
「何を一体迷うのさ。普通にプレイすれば良いだろ?」
『それが、初期限定特典を取るか取らないか迷ってる』
「え、こごみも初期限定特典当たったのか!?」
驚きのあまり体勢を崩し片脚立ちを維持できずズッコケるノート。尻をしたたかに打ち痛いはずだが、それをうわまわる驚愕で今は痛みを感じない。
『ううん、私じゃない。友達の友達が当たった』
「ん?話が急にわからなくなったな。初期限定特典ってそれぞれのVR機器のシリアルナンバーと対応してALLFOのアプリケーションが送られてくるはずだろ?どうして他人の獲得した初期特典を自分が取るかどうか悩むという話になるんだ?」
『昨日の夜、友達が、厳密には友達の友達が急に電話をかけてきた。ALLFOに当選したけど初期限定特典とかよく分からないものが付いてきててどうすればいいか困っている、と。私は元から特典に興味があったから、自分の持ちうる限りのツテに連絡をして、もし初期限定特典が当たって放棄する場合は必ず連絡をして欲しいと周知しておいた。
結果として連絡が来たので、すぐにその子の家に向かい特典を確認した。友達の友達は権利放棄してもいいか迷ってたけど、ゲーマーの私的にはすぐに捨てるのには惜しい特典だと思った』
彼女は淡々と話しているが、ノートは一向に話の全体像が見えてこないので首を傾げる。
「…………それで、そのあとは?」
『今日の10時きっかりにその人と友人のVR機器、私のVR機器を持って家電量販店に行った。そこで長い交渉の末に、VR機器の肉体情報の再登録をしてVR機器を私のものと交換してもらった』
「はぁ?」
VR機器というのは精密機械かつ完全没入のため、1つの機器に1人しかユーザー登録はできない。また、初期の登録の時には該当する家電量販店にあるVR用測定器(カプセルベッドとMRIが合体したようなもので、肉体の精密な情報を計測する。なお、一度登録すれば身体が成長しても脳波などを読み取りVR機器は問題なく使用できる)で肉体情報を計測しVR機器に反映するようになっている。
そのシステムを逆手にとって、一度それぞれのVR機器の肉体情報を棄却。交換して肉体情報を再登録させることで、こごみは初期限定特典付きのALLFOがインストールされたVR機器をゲットしていた。
それが可能だったのはひとえに当選した人がALLFOに肉体情報をリンクさせるキャラメイクの前に相談したこと、加えてこごみもその時はまだリンクさせる前だったからだ。
ただし言うほど簡単な話ではなく、色々と書類などを書いたりとかなり面倒な作業のはずなのだ。
『まさか書類だけで2時間もかかるとは。結局交換するのも手間かかって漸く帰宅したところだったりする。VRは着払いで夕方に届くことになった』
「大迷惑じゃねえか!お前友達に謝っとけよ!?………てかよく交換できたな。店側だってそう簡単にOKしないはずなんだが」
その手の交換はVR機器に重大な欠陥が認められた時などに行われる非常手段みたいなもので、本来ならVR機器の交換の為にそのような事をするなど早々認められるはずも無いのだ。だからこそノートも言われるまでそんな手段があるとは想像もしていなかった。
『店で1番気の弱そうな店員にお願いした後、何言われてもジーーって見つめてたら半泣きでやってくれた。1万円も払わされたけど』
「お前ってやつは…………」
犬 こごみは声もフラットだが、表情もさっぱり変わらない。顔立ちはかなり整っていて普通に笑ったりすればモテるはずだが、声以上に表情が変化しないのだ。
そんな状態でジーっと見つめられたら、普通の人だって気圧されるだろう。こごみのタチの悪いところは、自分の行動の影響を理解した上でやってるところにある。
『友達にはお詫びにバイトの平均給料分のギフトカードをあげた。金欠だったらしくてとっても喜んで小躍りまでしてたから大丈夫』
「金で解決するのやめなさい。てかその友情歪んでない?」
犬家はノートの父の家系で、こごみの父はノートの父の兄にあたる。そんなこごみの父は優秀な人物で、アニメのようなめちゃくちゃな金持ちでこそないが上流階級といえる稼ぎがあり、またこごみは犬家夫妻が長年求めてやまずようやく授かった子宝であり、大事な1人娘である。
それはもう溺愛されてされまくり、故に我儘ではないが大変フリーダムな性格の女性に成長したのがこごみなのだ。
『親しき仲にも礼儀あり。ギブアンドテイク。誰だってお金は嬉しい。結局のところ長い時間かけて誕プレとか選ぶより浅い付き合いなら現金渡した方が喜ぶのと同じ』
「身もふたもないな。ま、お前の暴走癖は今に始まったことじゃないが、わざわざそんな労力をかけたくせに何を迷ってるんだ?」
『デメリットが大き過ぎるから、もともとソロプレイのつもりだったけど流石に迷ってる。スレとかを見て評判や評価を探して判断材料にしたかったけど、どこにも情報が無い。情報提供を呼びかけたけどこれもイマイチ。皆デメリットだけ見てすぐに権利放棄したらしいから、実際のところプレイしてどうなのかとかがわからない。兄さんは何か知ってる?』
多分期待はしていないだろうし、ただ話の流れ的に聞いただけなのは長年の付き合いでノートは察することができる。しかしこのような偶然があるものかと、ノートは思わず笑ってしまった。
『どうして笑ってる?何か知ってるの?』
相変わらずフラットな声で問いかけるこごみ。
しばらくして笑いを押し込めることに成功すると、ビデオ通話にしてほしいとノートはおもむろに要求する。
こごみは「兄さんは時々よくわからない」と言いながらも素直にビデオ通話に。
ノートは携帯端末越しに勉強机に座ってる無表情なこごみを確認すると、サラッと言った。
「知ってるよ。だって俺、初期限定特典持ちだし。おまけに一緒に遊んでるユリンも特典持ち。特典持ちコンビで楽しく遊んでるよ」
それを聴くと、無表情なこごみの目が点になる…………ことはないが、ガタガタと椅子から勢い良く立ち上がりその拍子に椅子ごとズッコケて画面の外へフェードアウト。
その様子を見てノートは腹筋が攣るほど爆笑するのだった。
◆
『兄さん笑いすぎ』
「ごめんごめん、コントみたいな真似してたから、ついな。それで、まだ聞きたいことはあるか?」
『一先ずはない。でも凄く楽しそうなことはわかった』
こごみはズッコケた拍子にぶつけてできたたんこぶをさするのを見つつ、時々起き上がる笑いの発作を抑えながら、ノートとユリンのALLFOでの今までをノートはこごみに全て教えた。
「でも街とかにも入れんからまともにイベントとか参加できないと思うぞ?」
『その手の縛りプレイは嫌いじゃない。それにイベントだけに頼らずとも楽しみはあるはず。それを見出してこそゲーマー』
「そうか。でも例の友達とプレイしたりはしないのか?」
『私はPKを率先してやるタイプ。リア友とは基本的にプレイしないのは兄さんなら知ってるはず』
「PK云々じゃなくて、お前の突飛すぎるプレイスタイルについてこれないからでは?」
『ゲーム性の不一致は致し方ない』
「バンドの音楽性の不一致みたいな言い訳するんじゃないの」
『正直、足引っ張られるだけ。面倒』
「ぶっちゃけ過ぎだろ!?いや、その気持ちは欠片も共感しないとは言わないが、もう少しオブラートに包んで言えよ」
犬 こごみは自称ではなく天性のゲーマーで、アマチュアながら公式の大会で数回優勝を収めており、その後のエキシビションマッチでは負けはしたがプロ相手にあと一歩まで追い詰めた確かな実績がある。
そしてそれは最近の話ではなく、彼女が兄貴分であるノートにゲームの楽しさを教えられ、ゲーム歴自体が数年そこそこの“中学生”の時の話。更に何を思い立ったのか高校はアメリカに留学しておりそのゲームセンスは格段に進化を遂げている。
特にアクション系やFPSを得意としており、ユリンが直感派天才肌で柔軟なプレイスタイルなら、こごみは理論派策士で予知じみた先読みをするプレイスタイルを取る。
ノートは頭の中で勝手にユリンのプレイスタイルを『元祖ラノベ主人公スタイル』、こごみを『俺のターン、俺のターン、ずっとずっと俺のターン!スタイル』と名付けていたりする。
圧倒的な性能差や数値の差を才能や集中力でひっくり返すユリン、情報分析と高い計算能力で相手にほぼ何もさせず完封するこごみ。方向性が真反対の2人だが、どちらもずば抜けたプレイヤースキルを持っている事には変わりない。
故に常人が彼らに合わせるのはとても難しい。その上彼女ら自身も非常に癖が強い性格をしているので付き合いづらさに拍車をかける。なので自分が2人に合わせられるのは昔から面倒を見てやってその性格を熟知しているからとノートは認識していた。
『兄さん、私はやっぱり特典を取る。その後すぐに合流する』
「俺はいいけど、ユリンがどうなるかなぁ」
『ユリンはなんだかんだで兄さんに近しい人物に敵対はしない。ユリンの兄さんLOVEレベルは兄さんの認識より遥かに重症。兄さんが白といえば白、黒といえば黒という。兄さんの頼みは絶対に聞く』
「んなこと言っても絶対拗ねるぞ」
『拗ねると兄さんがいつも以上に構ってくれるから癖になってるだけ。見た目より拗ねてないはず。寧ろここまで話しておいてハブるなら私が全力で拗ねる。具体的には部屋に引きこもって親に理由を聞かれたら兄さんのせいと答えるぐらいはする』
「それは本当にやめろ!?俺が伯父さんに殺されちゃうから!」
『骨は拾う。任せて』
こごみとしては茶化してるだけなのはノートもわかっているが、こごみの平坦な声と無表情マスクは余計に恐怖を煽る。
結局、昼食後にノート達はログインするからその時にこごみもログインするということで話はまとまった。
イカれたメンバー追加