No.14 遅れてやってくるヒーローなんていない
その瞬間、一体何がおきたのかノートとユリンは全く理解できなかった。
ラミアとアラクネの作り出す包囲網の一角に忽然と現れたのは半径4m程度の巨大な黒い靄の球体。
ズゴゴゴゴゴッ!という地面が鳴動するような音が聞こえ始めると、まるでそれはブラックホールのようにラミアとアラクネを無慈悲に吸い込んでいく。ギリギリ効果範囲外だったラミアとアラクネは悲鳴をあげながら逃げると、その包囲網に大きな穴が開く。
そこに尊大にして優雅、自分が絶対的強者であることを隠そうともしない“何か”がフワリと降り立つ。
「タナトスに1時間で戻ると言っておきながら、なかなか戻ってこんから見にきたが…………随分と情け無いザマだのう、主人らよ」
後ろに“ドヤァァァァ”という文字を背負いながらビシッとポーズを決めて立つ、尊大な口調の派手なその美女は
「「…………え、バルちゃんッッ!!?」」
「そ、そのような名前で呼ぶな!」
ノートとユリンが驚愕のあまり反射的に叫ぶと、バルバリッチャの顔が怒りと羞恥ですぐに赤くなる。
「うぉおおおお、ありがとうー!」
「バルちゃん、超天使……じゃない、超悪魔!悪魔的に最高にカッコいい!」
「バルちゃん万歳!」
「私、バルちゃんのファンになります!」
バルバリッチャの元に我先にと駆け寄ると、よいしょしまくるノートとユリン。
バルバリッチャも最初の10秒程度は満更でもない表情で「もっと感謝せよ」と偉そうに言ったが、その後もノートとユリンが調子に乗ってよいしょし続けるとだんだん顔が赤くなり「もういい、くどい、ヤメろ!」と音をあげた。
だが空気を読んで待機しているのもそこまでが限界だったのか、恐る恐るではあるがまたザワザワとアラクネとラミアが接近してくる。
しかしながらノートとユリンが身構えて、それに応えるように魔物共が攻撃モーションに入る前に、バルバリッチャが指でパチンと鳴らした音が森の中でやけに大きく響きわたる。
すると、バルバリッチャの背後の少し後ろに黒い極太の雷が弾けだす。そのフラッシュオーバから現れたのは、幅2mはあろう馬鹿デカい深紅の大剣。ざっと数えても計50本以上。それがズラリと並んでいる。
バルバリッチャが指を鳴らした手をビシッと振り下ろすと、ロケットから発射したかのように残像を作る速さで射出される大剣達。50本以上の大剣が並んで、ただ一直線に突き進んだだけだが、その直線上にいたアラクネとラミアは紙切れの様に切り裂き吹き飛ばされ全てが赤いポリゴン片に変化する。大量の赤いポリゴン片は薄暗い森の中ではハッキリと見え、それは非常に幻想的だった。
たったの一撃で数百のアラクネとラミアは消滅。
既に包囲網は完全に崩壊し、幅20mの道が拓ける。
「去ね、下郎共」
その声は特段大きい物ではなかった。だがバルバリッチャから膨れ上がる金色のオーラが物理的な圧力を感じるほどに周囲に拡散し強く叩きつけられ、アラクネとラミアは我先にと尻尾を巻いて逃げ出した。
「やっべ、めちゃカッケー」
「バルちゃん、まじバルちゃん様」
髪をファサッと後ろに流し、ふんっと鼻を鳴らすバルバリッチャ。
ドヤぁぁぁぁぁぁぁ、と先ほどよりもっと得意げな表情だったが、あまりの格好良さにノートとユリンもいじる気が全く起きないのだった。
◆
「全く持って不甲斐ない。あの程度のまやかしに惑わされるでないわ」
帰るぞ、と言い放つバルバリッチャ。その後ろをついていくと、平面に見えていた光景が変質し急に坂が現れ、いつのまにかノートとユリンはストーンサークルまで帰還できていた。彼らとしては随分遠くにいたつもりだったのだが、歩いた距離は予想よりはるかに短く2人が相当に迷っていたことがわかる。
無事戻ってこれた安心感からか、安全圏までくるとノートとユリンはゴロンっと地面に転がり脱力する。そこでバルバリッチャからお叱りを受ける。
「いや、でも本当に助かった。改めてありがとう、バルちゃん」
「だからその名前をっ!…………進化したからその力試しをしたまでだ。次はないぞ」
照れ隠しも有るだろうが、次はない、という言葉に素直に頷くノートとユリン。
ノート達も今回は恐らく特別に救ってくれたのだろうということは察していた。
言うまでもなく、バルバリッチャが魅せた魔法は強力で腐沈森であろうと完全無双するだろうポテンシャルを示してみせた。だが逆に、やはり強さは規格外ゆえに常時戦闘に関わらせることはできないだろうな、とも予測がつくのだ。
「今回は大収穫だったな。ドロップもうまうまだったし。魔法も色々と…………お、おぉ?」
寝転がったままメニュー画面をいじり今回の成果を確認していたノートとユリン。だがノートが唐突に奇声を発し、ユリンとバルバリッチャにジト目で見つめられる。
「悪い悪い、ただ面白い死霊を召喚できるようになってたから」
「ほぅ……今できるか?」
「いや、ちょっと準備が必要だな。MPも全く無いし」
ということでミニホームに帰還した2人は、ノートのMPが必要値まで回復する間に色々と片付けや準備を進めていく。それから30分くらいたっただろうか。ノートはユリンとバルバリッチャ、タナトスをリビングに呼び出す。
「さて、先ほどの探索を経て新しい召喚死霊が増えた。今回はその中で新しい仲間となりえる存在を呼び出すぞ」
ノートは彼らに宣誓すると、本召喚を開始する。
「(必要なのは、脳味噌系1つ(人頭霊鹿からドロップ)、アラクネの部位が各3種ずつ。アラクネの捉粘糸・補靭糸を50、クラフティアラクネ(アラクネの特異種)の戯腕、上位の半蟲系素材は……巨大半人半蠍(仮名)のドロップを使って…………魂はアンデッド系1個、アラクネ100個、希少種1個、PLの魂1個、ゴースト系50個……はギリギリ足りたか。問題は生贄だが……初級大工セットと……よくわからない枠で壊れた絡繰時計、腐壊した人形、邪囚石、初級細工セット、そしてユニーク化チケット!触媒は我らがネクロノミコン)…………〈特殊下級死霊召喚・トラッパーアラクネレイス〉!」
現れた魔法陣は金色に発光し、タナトスが生まれた時と同じエフェクトの後にモンスターが現れる。
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特殊下級死霊・ワヤプラーアラクネレイス特・ユニーク
ランダム追加技能・策略
所持技能
・罠作成・最上級
・蜘蛛糸生成・上級
・絡繰遣い
・機工
・細工
・大工・上級
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「お初におめにかかりマス。ワヤプラーアラクネレイス、今ここに馳せ参じました。大掛かりな罠の用意であればお任せくださいマセ、御主人サマ」
頭を下げるのは先ほどノート達が苦戦したアラクネの姿によく似たモンスター。だがその姿は様々な点に違いがある。
まず顔だが、『アラクネ・深霊禁山種』は白目で常時発狂した獣じみた醜い顔だった。だが、ワヤプラーアラクネレイスは、非常に落ち着いた深窓の令嬢じみた儚げな美少女と言っても過言ではないデザイン。2つの人間の目、その上に額にかかったプラチナブロンドの髪に隠れて6つのエメラルド色の瞳はキラキラと光り、異形種における気味の悪さを感じない。
上半身も整ったスタイル(普通のアラクネは見事な絶壁だった)で、古代中華風の高級官吏のような紫と金の上品な服を着ている。そして通常のアラクネと大きく違うのは腕が六本あること。通常のアラクネは一対しか腕は無かったが、ワヤプラーアラクネレイスは追加で一対は脇の辺りから、一対は肩甲骨の辺りから生えていた。
下半身の蜘蛛の体は通常のアラクネのように茶色で毛深くなく、宝石細工のようでエメラルド色に輝いている。
加えてレイスであることの主張なのか、全身が微かに透けていた。
「うん、綺麗だな」
何処の未開地の蛮族ですか?という感じのアラクネに寄ってたかって攻撃されていた分、その洗練された姿はとてもギャップがあり、ノートの素直な感想が口をついてでる。
「御主人様はお上手デスネ。褒めても何も出ませんヨ?」
それを受けて若干頬を染めて微笑むワヤプラーアラクネレイス。
ノートは変な意味はないぞ、と弁解してワヤプラーアラクネレイスに考えていた名前を与える。
「ま、よろしく頼む。それと呼びやすいように名前を与える。お前の名はアテナだ。よろしく、アテナ」
「名前を下さるとは、ありがたき幸せでございマス。このアテナ、誠心誠意御主人様に仕えさせていただきます」
こうして、新しいメンバーが仲間に加わったのだった。
ヒーローなんてとんでもない。そいつは大悪魔だ