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王族直属教育係に任命されました。  作者: 銀朱
第一章 魔法使いと教育係
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引き受ける

 この世界は、魔法によって生み出されたらしい。神々が魔法を使って世界を作り上げ、そして人間を作りだしたという。神の力、すわわちそれが魔法なのだとか。

 人間は魔法と知恵、技術を駆使して国をつくるようになった。食べ物を作り、家を造り、生活に必要なものをすべて作り出した。そうしていくうちに、人間の中から王が現れ、国を統括するようになった。人々は技術と魔法によって国を、生活を、自らを豊かにしていった。

 しかしそれは、争いを生みだす起因でもあった。

 魔法というのは人によって使える魔法も様々で、努力次第で皆が使える魔法というのは存在しないらしい。その人に合った魔法を使う、だから自分にしかできない仕事も出てくる。炎を操ったり、水を利用したり、天気をも変える力だったり。

 そして国を治める王たちは、いつしか固有の魔法を持つ魔法使いたちを、争いの兵士に取り入れるようになった。


 本を読み終え、閉じる。読んでいた本は、この国での小学校に値する学び屋で使われる教材だ。この世界に来てから、なぜだか読めない文字も読めるようになっていた。人の言語もちゃんと聞きとれるということは、飛ばされてきたと同時に言語が叩きこまれたのだろうか。

 とにかく、誰もが知っているこの世界の歴史を学んだところで、思う。ゲルハルトさんが炎を使っていたように、あの王子は生き物を召喚する能力があるということだ。


 飛ばされてきてから一夜明けて、朝。用意された客室で起き、必要なものは城の召使いがすべて揃えてくれたものを使っている。衣服も国のものになり、まるでドレスのような服に袖を通してはにやついてしまう。いつか着てみたかったのだ、こういう服。

 なんて喜んでいられるほどお気楽でもなくて、部屋の中で一人退屈しのぎをしているまま時間が過ぎていく。食事も済んで、他にやることがない。一人で出歩こうとすれば、きっと帰って来れないだろう。

 ゲルハルトさんは国を守る兵士としての役目があるということで、今は城を出ている。なので相手をしてくれる人はいない。


「……夢じゃ、ないのか」


 天蓋つきのベッドに寝そべって、天井を見上げる。一夜過ぎればもとに戻れるんじゃないか、なんて安易な希望を抱いていた自分が酷く子供じみている。現実は甘くないぞと言われているようで、いや、どちらが現実かもわからないけれど、とにかく気分は沈んでいく。

 今頃家族はどうしているだろうか。友達は、カイ君は。

 思い出した途端、あの怯えた王子の顔が脳裏に浮かんできた。違う、私の心配しているカイ君はあんな奴じゃない。

 それでも、あの王子のことが気になるのも事実で。性格や過去は置いといて、あれだけ大きな魔法を使えると知りながら、国王も野放しにしているというのが納得いかない。あの様子だと、また召喚魔法とやらを使いそうな気がするし、これ以上放っておいたらこの国がおかしくなりそうだ。

 といっても、私が王様に何かを言える立場なのかどうかも、危うい。


「ああ、もう……」


 もやもやする気持ちのやり場もなく、ベッドを足で蹴る。

 すると同時に、扉をノックする音が聞こえた。慌てて身形を正し扉を開けると、見知らぬ男の姿。

 ゲルハルトさんとはまた違う、まるで執事のような恰好の男。すらりとした長身に長い髪を後ろで一つに結い、どこか胡散臭そうな笑みを張りつけている。


「失礼いたします。アンナ様でよろしいですね?」

「あ、はい。何かご用ですか?」

「はい。わたくし、王直属の臣下、大臣を務めております、セアド・ベッヘムと申します」

「はあ……はじめまして」


 随分と物腰の柔らかい口調は、自然と落ち着きを感じさせる。大臣ということはゲルハルトさん同様高い地位の持ち主に違いない。優しそうに見えるからといって失礼な態度を取らないようにしなければ。昨日のような粗相をしでかしたら、今度こそ罪に問われてしまう。


「それで、ご用件は……」

「ああ、そうでした。実は王からお伝えするようにと命ぜられておりまして」

「王様から、ですか?」

「はい。昨日第一皇子のカイ様にお会いしたそうで、その件についてでございます」

「えっ」


 昨日という言葉によぎるのは、王子に吐いた暴言と数々の無礼な態度。もしかしたらゲルハルトさんが後で報告していたのかもしれない。一気に寒気が襲い、額からは冷や汗が流れ落ちる。

 そんな様子を知ってか知らずか、セアドさんは非常に落ち着いた様子で伝令を伝える。


「あなた様が王子を部屋からお連れしたことに、王は大変感銘を受けておりました。そして無礼ながら、あなた様にお願いがあると」

「お願い?」

「はい、それはもう切実なお願いでございます! あなた様にはぜひ、王子の教育係になっていただきたいとのご要望でございます」


 若干わざとらしく両の手を合わせて、セアドさんは言う。

 それよりも、耳を疑うのは彼の言った言葉の方だ。聞き間違いでなければ、今、教育係と言わなかっただろうか。

 王子を部屋から出せたからといって、そこまで私に何かを期待してもらっては困る。大体、私は日本に戻りたいのだ。それなのに、なぜこの世界に連れてきた元凶を教育する必要が。

 困惑する私に駄目押しをするように、セアドさんはさらに饒舌な話術で捲し立てた。


「勿論、あなた様のお気持ちも充分承知しております。ですが我々も王子の行動には手を焼いておりまして、猫の手も借りたいところなのです。無礼を承知で、どうか、王子の教育係になられて下さいませんか!」

「……」

「あなた様にも悪い話ではありませんよ? 王子が心を開けば、もとの世界に戻る可能性も高まるかと。我々はあなた様のご要望を叶えられません、叶えられるのは王子だけなのです」


 それはわかっている。現状でその可能性があるのは王子以外に存在しないことも理解している。だけど、教育係なんて大層な役回りを押し付けられるのとはわけが違う。無礼を承知なんて体のいい話じゃない、単なる無礼だ。

 とはいえ、ゲルハルトさんが何を話したのかがかなり気になる身としては、偉そうに断れる立場ではない。

 正直セアドさんの策略にはめられている気がして気乗りはしないが、渋々と頷いた。

 今まで誰も説得のできなかった相手を、ただ一人私だけが外に出せたのだ。それだけのことだけど、感謝されれば嬉しくないわけもない。

 笑顔を絶やさないセアドさんは、了承の合図を受け取るとさらに笑顔を輝かせて、私の両手を自分の手で包み込む。


「あなた様はなんてお優しい方なんでしょう……! 見ず知らずの我々にここまで慈悲を与えてくださるとは!」

「いや、あの、それは大袈裟すぎません?」

「大袈裟なんてとんでもない! むしろまだ謙虚なほどでございます!」


 そのうち彼に褒め殺しされるのではないか、なぜかそんな不安が生まれた。


「それでは早速王子のもとへ向かいましょう! こんなつまらない部屋に閉じ込められて、さぞ退屈しておられたでしょう」

「え、今ですか? さすがに急すぎるんじゃ……私も何やればいいのか、わかりませんし」

「本日は挨拶ということで、顔を合わせていただくだでですので、ご安心を。後ほどこちらから指示を与えますので」


 軽快な足取りで歩きだすセアドさんの後ろをついていく。あまりにも呆気なく決まってしまったことに、まだ頭が呆然としていた。

 この人は何となく、苦手だ。ゲルハルトさんと同じくらい親切なのは伝わってくるが、その性格が、態度が、どうも嘘くさく見えてしまう。

 教育係に多少の不安はあるけれど、家庭教師の経験もあるからそれほど重圧はない。ただ、この国の教育や勉強がまったくわからないので、それを一から覚えなければいけないのが面倒なのだが。

 大体、あの王子はあれほどの魔法が使えるのだから、教育係なんてつけなくても頭がいいんじゃないだろうか。態度や常識はともかくとして。

 などと、色々考えている間に王子の部屋まで着いてしまった。躊躇う暇などなく、セアドさんは軽くノックをする。


「王子、アンナ様がお見えでございます。お話がありますので、ぜひ中にお邪魔させていただきたいのですが」


 反応は当然、ない。

 昨日の今日だから、だからこそ開く気配はない。今まで引きこもっていたのが、急に扉を開けて外に出てきたからといって、もう外に出ることに慣れたわけではないのだ。

 また何か彼の癇に障ることでも言わない限り、彼は閉じこもったままだろう。だけど、また王子に対して暴言を吐く勇気はなかった。前回はゲルハルトさんが配慮してくれたが、セアドさんはどうだかわからない。

 行動しようかどうか迷っていると、セアドさんは私の方に向き直った。


「失礼ですが、アンナ様。以前王子とご面会なさったときは、どのようにして呼び出しました?」

「え……えっと」

「何も咎めているのではございません。正直にお話しください」

「その……あのときは頭に血が昇っていて、色々と王子様の悪口を……少々……」


 尻すぼみになる語尾を最後まで聞きとったセアドさんは、手を顎に添えて考える仕草を取る。そしてしばらく何かを考えたのち、満足げな笑みを浮かべた。


「なるほど、その手がございましたか。いやまったく、あなた様でなければ発想もしえなかったわけでございます」

「どういうことですか?」

「つまり、悪口でございます。わたくしどもが無礼な態度をとれば、確実に王の命で首が跳ねますからね。なるほど、荒療治とは斬新な発想にございますね」

「あ、あの……それで?」

「ですから、王子を部屋から外にお出しできるのは、アンナ様しかおられないということです。ささ、どうぞ思う存分悪口をおっしゃってください!」


 悪戯っ子のような口調で、彼は私の背中を押す。自然に扉の前に立たされ、不思議な状況に陥ってしまった。王の臣下の前で、王子の悪口を言うなんて。普通なら私の首が跳ねるだろうが、今は言わなくては首が跳ねるかもしれないのだ。

 仕方なく、深呼吸をして扉を睨む。


「犯罪者! 卑怯者!」


 第一皇子に対する態度がこれとは。誰が許そうと心が死にます。今までありがとうございました。

 軽く放心状態になった私の声は向こうに届いたのか、ふたたび扉の奥から音が聞こえてきた。ずるずると這いずるような音が近づいてきたかと思うと、扉をドンと蹴る音がして以来、何の反応もなくなった。

 悪口作戦は失敗に終わった。私の心に傷を負わせただけだった。

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