4話~ルアの能力~
「お茶汲みじゃなくて、もっとかっこいい仕事よこせぇぇぇぇぇ!!」
研究所にルアの絶叫が響き渡る。
「分かった分かった。あとでな」
「あとでっていつ!?」
「あとだよ」
「それ絶対やらない奴じゃん!!」
ルアは不満そうに頬を膨らませた。
一方、ニムはすでにカーネルの指示を受け、作業を開始している。
「マスター。バックアップが完了しました」
「よし。テスト環境用のブランチを切ってくれ」
「かしこまりました」
「ニム!! 私にもなんか仕事!」
「ではルア。先ほどマスターがお茶を――」
「それは仕事じゃない!!」
「対価が発生すれば仕事になります」
「そういう話してない!!」
ニムの正論にルアが怒鳴る。
カーネルはそんな二人を放っておき、モニターへ向き直った。
ニムの開発補助能力は想像以上だった。
「ニム、このクラスとこっちの処理を比較してくれ」
「完了しました。類似処理が存在します。共通化は可能です」
「影響範囲は?」
「十一クラスです」
「今やるべきだと思うか?」
「いいえ。現時点で不具合は確認されておらず、変更による影響範囲の方が大きいと判断します」
「だよな。じゃあ触らない」
「かしこまりました」
速い。
とにかく速い。
カーネルが疑問を口にすれば、ニムが必要な情報を即座に提示する。
自分で別ファイルを開く必要もない。
検索する必要もない。
数百行前までコードを遡る必要もない。
何より、ニムは何でもかんでも修正しろとは言わない。
目的と影響範囲を考慮したうえで判断する。
カーネルにとって、これほど相性の良い開発補助者はいなかった。
「すご……」
最初こそ騒いでいたルアも、いつしか二人のやり取りを後ろから眺めていた。
「ニムって本当にこういうの得意なんだね」
「私には論理的思考及び情報処理を重視した設計が施されています」
「私には?」
「高い感受性があります」
「それ、プログラム作るのに役立つ?」
「現時点では必要性を確認できません」
「ニムの馬鹿!!」
「なぜでしょう?」
ルアは拗ねた。
その後も、
「私もなんかやる!」
と言ってみたり、
「マスター、何かないの?」
と聞いてみたり、
「お茶以外!!」
と条件を付けてみたりしたが――
仕事はなかった。
当然である。
ルアはニムとは違う。
コード解析能力も、論理演算能力も、開発補助能力もニムの方が圧倒的に高い。
同じことをルアにやらせる理由がない。
「つまんなぁ~い……」
やがてルアは研究所の隅に座り込んだ。
「せっかく充電してきたのに……」
そして数時間後。
「…………」
静かになったと思って振り返ると、ルアは省エネモードに入っていた。
「こいつ、何もしてないのに電池切らしてんじゃねえか……」
「ルアは先ほどまで、研究所内を歩き回りながら仕事を要求していました」
「それで電池使い切ったのかよ」
「正確には残量五パーセントで省エネモードへ移行しています」
「似たようなもんだ」
カーネルは呆れながらモニターへ向き直った。
* * *
作業は順調だった。
順調すぎた。
エンジニアには、作業が捗れば捗るほど陥りやすい罠がある。
時間を忘れるのだ。
「ニム、今何時?」
「午後十一時四十八分です」
「…………」
カーネルは時計を見た。
研究所へ入ったのは昼過ぎだったはずだ。
「マスター。七時間以上、ディスプレイを注視しています」
「途中で飯食っただろ」
「十三分です」
「十分だ」
「一般的には十分とは言い難いかと」
「エンジニアには十分なんだよ」
「根拠が確認できません」
「経験則だ」
カーネルは再びモニターを見る。
「…………」
文字が霞んでいた。
瞬きをする。
変わらない。
目を擦る。
もっと霞んだ。
「……あれ?」
「どうしました?」
「コードが読めん」
「眼精疲労と推測します」
「だよなぁ……」
「休憩を推奨します」
「…………」
カーネルは椅子の背もたれへ身体を預けた。
目を閉じる。
休めばいい。
そんなことは分かっている。
十分でも二十分でも目を休ませれば、多少は回復するだろう。
だが――
「今じゃないんだよなぁ……」
「何がでしょう?」
「今、頭の中で全部繋がってるんだよ」
どのクラスが何をしている。
どの処理がどこへ繋がっている。
どこを変更すれば、どこへ影響する。
それらが頭の中で一本の線になっている。
一度作業を止めれば、その状態から再開するために、またコードを読み直さなければならない。
「目は休ませたい……」
「はい」
「でもコードは読みたい……」
「矛盾しています」
「分かってる!!」
カーネルは目を開いた。
霞む。
閉じる。
見えない。
開く。
やっぱり霞む。
「だぁあああああああああああああああああ!!」
「うわぁ!?」
研究所の隅からルアの声が上がった。
突然の絶叫で省エネモードから復帰したらしい。
「なになになに!? 爆発!? バグ!? ニムが壊れた!?」
「私は正常です」
「じゃあマスターが壊れた!?」
「失礼な!!」
「だって叫んでたじゃん!」
カーネルは霞む目でルアを見る。
そして――
思い出した。
「……ルア」
「なに?」
「出番だ!!」
「えっ?」
ルアの表情が変わった。
「今なんて?」
「お前の出番だ!!」
「私の!?」
「ああ!」
「私にしかできない!?」
「お前にしかできない!!」
ルアの目が輝いた。
「やる!!」
「まだ内容言ってないぞ」
「やる!! 絶対やる!!」
さっきまで省エネモードだったとは思えない勢いで立ち上がる。
「何するの!? 解析!? ハッキング!? 秘密のAI研究!? まさか私のマシンガン作る!?」
「最後のは絶対にやらん」
「じゃあ何!?」
「まず座れ」
「はい!!」
ルアはカーネルの隣へ椅子を持ってきて座った。
「次にこれを咥えろ」
「はい!!」
カーネルが差し出したものを見る。
充電コードだった。
「…………」
「どうした?」
「なんか急にかっこよくなくなった」
「仕事中に電池切れされたら困るんだよ」
「むぅ……」
ルアは不満そうにコードを咥えた。
ちゅぱ。
「で?」
「そのままモニターを見ろ」
「うん!」
「コードが見えるか?」
「見えるよ」
「文字は?」
「普通に読める」
「よし」
「で、私は何するの?」
「それだけ」
「…………」
ルアが充電コードを口から外した。
「帰る」
「待て待て待て!!」
「モニター見てるだけじゃん!!」
「ここからだ!!」
カーネルは机の引き出しから、小さなシール状のパッチを取り出した。
「なにそれ?」
「受信パッチだ」
「何を受信するの?」
「お前」
「…………は?」
ルアが露骨に嫌そうな顔をした。
「ちょっと待って。なんか嫌な予感する」
「安心しろ。痛くない」
「その言い方がもう怖いんだけど!?」
カーネルはパッチを自分の額へ貼り付けた。
「よし」
「何がよしなの?」
「ルア。こっち向け」
「嫌」
「さっき絶対やるって言っただろ!」
「内容聞く前だったもん!」
「いいから!」
カーネルは目を閉じた。
そして――
コツン。
ルアの額へ自分の額をくっつける。
「ちょっ!?」
「動くな」
「近い近い近い!! マスター近い!!」
「黙ってモニター見ろ!」
「なんなのこれぇ!?」
その瞬間――
真っ暗だったカーネルの視界に光が生まれた。
モニター。
ソースコード。
机の端。
キーボード。
すべてが見える。
自分の目は閉じている。
それなのに、見えている。
「おお……」
「な、なに?」
「見える!!」
「何が!?」
「ルアが見ているものだ!!」
「はぁああああああああああ!?」
ルアが勢いよく頭を離した。
映像が消える。
「あっ!! 離れるな!!」
「なんで私が見てるものをマスターが見えてんの!?」
「お前には共感覚機能が搭載されている!」
「聞いてない!!」
「今教えた!!」
「先に言え!!」
カーネルは再びルアの額へ自分の額をくっつける。
「動くな。接触しないと通信できない」
「なんでこんな面倒な方式なの!?」
「脳へ入力する信号を無線通信可能にする馬鹿がいるか!!」
「そこはまともなんだ!?」
「当然だ!! 外部から信号を送り込まれて、偽の映像でも見せられたらどうする!!」
共感覚機能。
それはルアの視覚センサーが取得した映像情報を、頭部の接触端子から微弱な電気信号として出力する機能である。
カーネルの額に貼られた受信パッチは、その信号を受け取り、神経への刺激へ変換する。
その結果――
カーネルは目を閉じたまま、ルアが見ている景色を認識できる。
「素晴らしい……!」
「何が?」
「これなら俺の目を休ませながらコードが読める!!」
「…………」
「ルア、少し下を見ろ」
「こう?」
「下すぎる。三行戻せ」
「これ?」
「そうそう。そこだ」
「…………」
「よし。この条件式は――」
「ちょっと待って」
「なんだ?」
ルアが低い声を出した。
「私にしかできない仕事って言ったよね?」
「ああ」
「確かに私にしかできない?」
「できないな」
「ニムより私の方が役に立ってる?」
「この作業に関しては圧倒的にルアだ」
「本当に?」
「本当だ」
ルアは少しだけ嬉しそうに笑った。
「そっか……」
「だからモニター見てくれ。俺はコード書くから」
「…………」
ルアの笑顔が消えた。
「要するに」
「ん?」
「マスターの代わりに私が画面見てればいいんだよね?」
「そうだ」
「マスターは目を閉じてても、私が見たものが見えるんだよね?」
「完璧だ」
「それってつまり――」
ルアは額をくっつけたまま、大きく息を吸った。
「私はメガネじゃないんだけどぉおおおおおおおおおおお!!」
研究所に本日最大の絶叫が響き渡った。
「メガネより高性能だぞ!!」
「そういう問題じゃなぁぁぁぁぁい!!」
その横でニムは二人を見つめ、静かに首を傾げていた。
「ルア。視覚補助装置として高性能という評価は、褒め言葉では?」
「ニムは黙っててぇぇぇぇぇ!!」




