2話~ルアとのデート~
男型として設計したニムには、強く頑丈な肉体を与えた。
人間より遥かに高い耐久力。
それに見合った筋力と瞬発力。
私の最高傑作と言ってもいい。
一方――ルアには、それほど強い肉体を与えていない。
もちろん、女だから弱くしたわけではない。
理由は明確だ。
ルアは感受性を高めるため、ニムよりAIによる理性的な制御を意図的に弱くしてある。
制御が弱いということは、感情に強く影響されるということ。
もし怒りに任せて暴走した場合、自分の力を理性で止められない可能性がある。
そんな奴に人間を遥かに上回る怪力など持たせられるか!!
私は天才である。
当然、リスク管理も完璧なのだ。
そこでルアには強靱な肉体の代わりに――
美しく、しなやかな肉体を与えた。
柔らかな胸。
美しい腰のライン。
特にこだわったのが、斜め四十五度から見たときのくびれだ。
あれは素晴らしい。
我ながら惚れ惚れする。
芸術と言っても過言ではない。
…………。
いや。
言っておくが、エロが目的ではない!!
断じてない!!
私は美的感覚にもこだわる男なのだ!!
プログラムのインデントは4!
ファンクション名は絶対にキャメル!!
URL設計は死んでもスネークは譲らない!!
美しいものは美しく!!
そこに妥協など許されない!!
つまりルアのくびれも同じである。
そう!
エロではない!!
これは設計美なのだ!!
そんな私の美学を結集して誕生したルアなのだが――
「こんなジャージ嫌だ!!」
私のジャージがお気に召さなかった。
* * *
ルアとニムには人格がある。
とはいえ、所詮はAI。
衣服など最低限の機能さえ満たしていれば気にしないだろう。
そう考えていた私は、起動初日のルアに自分のジャージを貸した。
ところが翌日。
「下着がない!!」
うむ。
「ジャージがダサい!!」
まあ、部屋着だからな。
「マスター臭い!!」
…………。
いや!!
臭いは普通に傷つくだろ!?
そんなわけで今日はルアの服を買うため、ニムも連れて三人で街へ出てきた。
買い物へ行くと伝えたのは昨日のこと。
それからルアはネットでファッション情報を読み漁り、どうやら一晩で人並み以上の知識を仕入れたらしい。
「マスター!! これと、これと、これ!! あとこっちも欲しい!!」
「いや、お前!! どんだけ買う気だよ!!」
ルアの腕には、すでに大量の服が抱えられていた。
「このあと下着売り場も行くよーーーー!!」
「服なんてな、ワンセットあれば十分なんだよ!!」
ルアがピタリと止まった。
そして信じられないものを見るような目で私を見る。
「……マスター、同じ服を何日も着てるの?」
「おう」
「だからマスターのジャージ臭いんだよ!!」
――だから普通に傷つくから、それ言うなや!!
というか!
お前に嗅覚機能なんて付けてないからな!?
どこで覚えた!?
ネットか!?
ネットなのか!?
しかし、私にはもう一つ納得できないことがあった。
ルアが選んでいる服だ。
「なあ、ルア」
「なに?」
「それ、サイズ大きくないか?」
「これがいいの!」
そう。
ルアが選ぶ服は――
全部ワンサイズ大きい!!
ゆったりとしたトップス。
ダボッとしたパーカー。
身体のラインなど欠片も分からない服ばかりだ。
待て。
おかしい。
私は何のために、あれほどルアのボディラインにこだわった?
斜め四十五度から見た、あの完璧なくびれはどうなる!?
全部隠れてるじゃねえか!!
誰得だこれ!!
「マスター、なんかすごい顔で私の腰見てるけど?」
「見てないぞ」
「見てたよね?」
「設計状態を確認していただけだ」
「きもっ」
…………。
最近こいつ、私への扱いが雑じゃないか?
* * *
そして――
ついに問題の場所へやって来た。
女性用下着売り場。
いや。
断じて私はドキドキなどしていない。
緊張もしていない。
ルアが下着を買いたいと言うから、仕方なく付き添っているだけだ。
うん。
やましいことなど一切ないぞ!!
「…………」
私は真剣な表情で陳列された女性用下着を見つめた。
なるほど。
最近はこういう構造になっているのか。
いや、研究だ。
これは研究なのだ。
「ねえ、ニム。こういうのどうかな?」
少し離れたところでは、ルアが一着の下着を手にニムへ尋ねていた。
ニムは数秒それを見つめる。
「下着の着用理由について考察します」
「うん?」
「第一に衛生の維持。汗、皮脂、その他の分泌物を吸収し、アウターの汚れを防止する目的があります」
「うん」
「しかし、私たちの身体にはそれらがありません」
「……うん」
「第二に皮膚の保護。しかし特殊ゴム及びラバー素材で製造されている私たちには、衣類との摩擦による皮膚損傷を考慮する必要がありません」
「…………」
「第三に体型のサポート。これも構造上必要ありません」
「ニム?」
「最後にマナーとしての観点ですが、ルアは先ほど身体を覆い隠す大きな衣服を大量に購入しました。下着が他者から視認される可能性も極めて低いでしょう」
ニムが結論を出す。
「以上の理由から、ルアに下着は必要ないのでは?」
「はぁ!?」
ルアが目を剥いた。
「ニムなに言ってんの!? 女の子が下着買うのにそんな分析いる!?」
「必要性について尋ねられたものと判断しました」
「可愛いか聞いたんだよ!!」
「質問内容に『可愛い』という単語は含まれていませんでした」
「ああもう!!」
ルアが頭を抱える。
そしてこちらを見る。
「マスターは……」
私は真剣な顔で黒いレースの下着を観察していた。
「…………」
「…………」
「……なんだ?」
「なんでそんな真剣な顔して下着見てんの?」
「研究だ」
「きもっ!!」
ルアは深いため息をついた。
「私の周りにはまともなのがおらんのかねぇ~……」
結局ルアは誰にも相談せず、ピンク色の可愛らしい下着を何着か選んだ。
……うむ。
悪くない。
「マスター。ルアの購入物を凝視していますが」
「ニム。それ以上言うな」
* * *
大量の紙袋を抱え、三人で家へ帰る途中だった。
「よぉ、お姉ちゃん。可愛いね?」
二人組の男が突然ルアへ声を掛けてきた。
私とニムが隣にいるにもかかわらず、だ。
なかなか肝の据わった奴らである。
「私が可愛いって分かるなんて、並の美的感覚は持ってるようね?」
ルアは真顔で答えた。
そこは照れろよ。
せっかく感受性を強くしたのに。
「俺たちと遊ばない?」
「嫌だ」
即答だった。
「家帰って着替えたいもん。見て、このダサいジャージ」
ルアがくるりと一回転し、私のジャージを見せつける。
「う……うん。それは確かにダサいけどさ」
お前まで言うな。
「いいじゃん。ちょっとだけ遊ぼうぜ」
「嫌だって――きゃっ!」
男が強引にルアの腕を掴んだ。
引っ張られたルアの身体が前へ傾く。
私はため息をついた。
「ニム」
「はい」
「ああいう輩は追い返していい。五パーセントの出力で軽く押せば十分だ」
「分かりました」
ニムが荷物を私へ渡した。
「あらら~。転んじゃって可哀想に」
「だから離せって!」
「いいじゃん、ちょっとくらい――」
「そろそろお引き取り願えますか?」
ニムが男とルアの間に割って入った。
「あん? なんだてめぇ?」
「私はニム。ルア……その子の兄弟のようなものです」
「知るかよ!!」
男がニムの顔面へ拳を振るった。
ゴッ!
まともに入った。
だが――
「…………」
ニムは微動だにしない。
殴った男の方が自分の拳を押さえていた。
「いってぇ……なんだこいつ!?」
――軽く押すだけ。
ニムは私の指示を忠実に実行した。
男の胸へ手を当てる。
そして軽く――押した。
「うおっ!?」
男の身体が後方へ吹き飛び、尻餅をついた。
「ふむ」
ニムは自分の手を見る。
「出力差は歴然ですが、押すだけでは大きなダメージにはならないようですね」
「な、なんだてめぇ……」
「ただし、これが五パーセントです」
ニムは淡々と続ける。
「実戦状態では回避不能を考慮して動作速度を上昇させます。その場合、衝突時の条件も変化します」
「何言ってやがる……」
「現在の身体条件から推測した場合、私が通常の打撃を行えば、あなたの骨が折れる可能性は約五十六パーセント。
打ち所によって臓器等を損傷する可能性は約十三パーセント」
ニムは首を傾げた。
「生命に関わる可能性は低いようですが――続けますか?」
「う、うるせぇ!!」
もう一人の男がニムへ殴り掛かった。
パシッ!
ニムは拳を軽く払う。
ボキッ。
「ぎゃああああ!?」
鈍い音と共に、男が手を押さえてうずくまった。
「……なるほど」
ニムは冷静だった。
「先ほど申し上げた通り、五十六パーセントは比較的高い確率です」
「お、お前……」
「なお、現在は骨折による攻撃速度低下が見込まれます。
そのため私の手加減可能範囲が広がり、再度骨折する確率は十六パーセント程度まで低下します」
「…………」
「まだ行いますか?」
「ひっ……!」
二人の男は顔を見合わせると、一目散に逃げていった。
ニムはその背中を見送り、こちらを振り返る。
「マスター。排除完了しました」
「うむ」
完璧だ。
指示通り、必要最低限の力しか使っていない。
やはり私の設計に間違いは――
「ニムぅぅぅ!!」
ルアがニムへ飛び付いた。
「ありがと!!」
「問題ありません。マスターの指示に従っただけです」
「それでもありがと!」
「そうですか」
ニムは少しだけ考え――
「どういたしまして、ルア」
そう答えた。
私は二人を眺めながら、満足げに頷いた。
うむ。
これこそ私が作りたかったものだ。
命令されたから行動するだけではない。
誰かに感謝され、それに言葉を返す。
そんな経験を積み重ねて――
いつかこいつらにも、本当の心というものが――
* * *
「マスター!!」
帰宅直後。
買ったばかりの服に着替えたルアが、ものすごい勢いで研究室へ飛び込んできた。
「なんだ?」
「私の左腕にマシンガン付けてよ!!」
「…………」
「次ああいう奴が来たら、ダダダダダダッ!! ってできるやつ!!」
「却下だ!!」
「なんで!?」
「お前に強い身体を与えなかった理由を思い出せぇぇぇぇぇぇ!!」
「ケチーーーー!!」
……心。
それが正しく育つには、もう少し時間が必要らしい。




