1話~技術の親は欠点だらけ~
十年前――
「ふははははは!! とうとうできたぞ!!」
地下に造られた薄暗い研究室に、一人の男の歓喜の声が響き渡った。
壁際には用途不明の機械が所狭しと並び、無数のケーブルが床を這っている。
その中央に鎮座しているのは、人が一人すっぽりと収まるほどの巨大なカプセルが二つ。
男はその前に立ち、震える両手を広げた。
「さぁ……私の夢たちよ。目覚めて、その声を聞かせておくれ!!」
十年。
構想から数えれば、それ以上。
自らの人生のほとんどを費やした研究の成果が、今まさに目覚めようとしている。
男は感極まりながら、二つのカプセルを起動するスイッチを押した。
ウィーン――
低い駆動音と共にロックが解除され、白い蒸気を吐き出しながらカプセルの蓋がゆっくりと開いていく。
中にいたのは二つの人影だった。
いや――正確には、人の形をした機械。
男はゴクリと唾を飲み込み、そのうちの一体へ声を掛けた。
「プロジェクト・ニム! システムスタート!!」
その声に反応するように、男性の姿をしたソレがゆっくりと目を開く。
何度か瞬きを繰り返し、自らの手を確認した後、視線を男へ向けた。
「おはようございます。マスター」
「ををををを!!」
綺麗なゴールドブロンドのふわふわした髪。
整った顔立ちをした青年――ニムと呼ばれたソレは上半身を起こし、自らを生み出した男へ静かに挨拶した。
対する男は、感動を抑える気など最初からない。
「ニム!! ニムぅぅぅ!! 動いている!! 喋っている!!」
「はい。正常に稼働しています」
「お前は何だ!?」
突然の問いにも、ニムは一切動じない。
「私は、マスターにより製造されたAIアンドロイドのニムと申します。
人間より硬く頑丈なボディと、論理的思考を重視する人格形成機構を与えられています」
「そうだニム!! お前は――」
「ちょっと!! あほマスター!!」
感動的な会話をぶった切るように、もう一つのカプセルから怒鳴り声が響いた。
「ニムに感動してないで、私に服をよこせ!!!」
男とニムが同時にそちらを見る。
もう一つのカプセルの中から、少女が顔だけを出して睨んでいた。
「をを。すまんルア。
お前は話し出すと尺を取りそうだったから後回しに――」
「いいから服!!」
「はいはい。今持っていくから――」
ゴンッ!
鈍い音が研究室に響いた。
「だから来るなっての!!」
ルアが手元にあったドライバーを投げつけ、それが見事に男の額へ命中したのだ。
男の身体がゆっくりと傾く。
「マスター?」
ドサッ。
人生を懸けて生み出したAIアンドロイドとの記念すべき対面。
その日、男は自らが生み出した娘にドライバーを投げつけられ、気絶した。
* * *
「して、ルアよ」
数分後。
額を赤くした男は椅子に座り、腕を組んでいた。
「人はドライバーが頭に当たったら死ぬからな? 気を付けろよ?」
「ご、ごめんなさい!! だって裸を見に来たと思ってぇ~」
服を着せてもらったルアは、申し訳なさそうに身体を小さくする。
「うん。それも見たかったんだけどな」
「じゃあ私悪くないじゃん!!」
反省は一秒で終了した。
「マスター」
「なんだね、ニム」
「製作者であるあなたは、ルアの裸を製造過程ですでに十分見ているかと――」
「言うなやーーーーーーーーーー!!」
ゴンッ!
今度はニムの頭にルアの拳が炸裂した。
――が。
「痛ぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げたのはルアの方だった。
「ルア。私の頭部は人間の頭蓋骨より高い強度を持っています」
「知ってるわよ!!」
「でしたら、なぜ殴ったのでしょう?」
「うるさい!!」
冷静に問い掛けるニムへ、ルアは涙目で拳を押さえながら怒鳴る。
男はそんな二人を眺め、満足そうに頷いた。
「ふ……ニムは分かっていないな」
「何がでしょう?」
「照れるのが良いんだよ」
「え? マスター、アホなの?」
「ルア!?」
生まれたばかりの娘から容赦のない言葉を浴びせられる。
だが次の瞬間――
ガバッ!!
男は突然立ち上がった。
「ふ……文字列判断コアのTransformerが誕生して早数十年!!」
「何を突然!?」
ドン引きするルアとは対照的に、ニムはぱちぱちと拍手を始めた。
男は気を良くして両手を大きく広げる。
「世の中には数え切れないほどの生成AIが誕生した!
文章を書き! 絵を描き! 音楽を作り! 人間の問いに答える!
そしてAIは、人間を凌駕する能力すら持つスーパーマスィーンへと発展した!!」
「スーパーマシンね」
「細かいことはいい!!」
「発音の問題だけど」
「しかぁーーーーーーーーーーーーーーーーっし!!」
「うるさっ!」
研究室が震えそうな声量だった。
「優秀なツールとしてのAIでは、私の夢は叶わない!!」
男は拳を握り締める。
先ほどまでのふざけた態度が嘘のように、その目だけは真剣だった。
「私が欲しかったものが何か分かるかね!? ニム君!!」
「はい」
ニムは即答した。
「マスターは『それらしく感情を表現するAI』ではなく、経験と性格を基礎として自ら心を形成するシステムを作りました」
「そのとーーーーり!!」
再び男のテンションが跳ね上がった。
「設定された性格ではない! 経験によって作られる性格だ!!」
男はルアを指差す。
「ルアには女の子らしい恥じらいと高い感受性が育つような環境を!」
「だから裸見られたら恥ずかしいんだってば!」
「そしてニムには私の研究を補助できるよう、冷静かつ冷静な性格が育つ環境を与え続けた!!」
「冷静しかないじゃん」
「はい。私は冷静です」
「ほら!!」
ルアがニムを指差すが、本人は何が問題なのか理解できていないようだった。
「そして、それだけではない!!」
「まだあるの?」
「当然だ!!」
男は二人の胸元を指差す。
「そのボディにはローカル環境でデータベースへアクセスする機能を搭載!
さらにイントラネットを利用した、ルア・ニム間の独自通信機能も備えている!!」
「ネットワーク使わないって、逆に劣化じゃない?」
ルアが半笑いになる。
「しかも今の時代にイントラネットとかwww」
「いいや!!」
男は即座に否定した。
「外部ネットワークへ常時接続されたシステムは、どうしても攻撃対象になりやすい。
ましてや、お前たちは自分の意思で行動するアンドロイドだ。
便利だからと何でも外部へ繋げるなど、私には怖くてできん!!」
「あ……そこは意外とまともなんだ」
「イントラネットという限られた通信を採用したのも、利便性を完全には捨てないための最善策なのだよ!」
ニムも頷く。
「私たちには指も目もありますので、必要であれば人間と同様に端末を操作してインターネット検索もできます」
「そのとーーーーり!!」
男は満足げに人差し指を立てた。
「何でも直接接続すれば便利になるというものではない!!
技術とは利便性と危険性を天秤に掛け、必要なものを選択することが大切なのだ!!」
「おお……」
ルアが素直に感心する。
「マスターが初めてまともなこと言った」
「初めては余計だ!!」
男は白衣のポケットを漁った。
「そして最後に!! お前たちには画期的な充電機構を搭載してある!!」
「充電?」
「はい。現在のバッテリー残量は八十二パーセントです」
「そう!! その充電方法こそ――」
男が取り出したものを見て、ルアが首を傾げた。
電源コードだった。
「コンセントを口に入れて、ちゅぱちゅぱすれば充電できるという口腔充電機能だぁああああああ!!」
「なんで!?」
「合理的だろう!?」
「どこが!?」
「両手が空く!!」
「そこ!?」
男は得意げに二本の電源コードを差し出した。
ニムは何の疑問も持たずに受け取る。
「なるほど。充電中も両手を使用できます」
「ニム!! 納得しないで!!」
「しかしルア。バッテリーへの給電方法として問題はありません」
「そういう問題じゃないと思う!!」
「まあまあ。物は試しだ」
「作った本人が言うな!!」
文句を言いつつも、ルアは電源コードを受け取った。
二人はそれぞれ先端を口に咥える。
ちゅぱ。
ちゅぱ。
人類最高峰の技術によって作られた二体のAIアンドロイドは、仲良くコンセントを咥えて食事を始めた。
男はその様子を満足げに眺める。
特にルアを。
「…………」
「…………」
「…………」
ルアが視線に気付いた。
コードを咥えたまま、じろりと男を見る。
「……なによ?」
「いや……」
男は腕を組み、真剣な顔で首を傾げた。
「思ったほどエロくないな?」
「馬鹿!!」
ゴンッ!!
この日、男は二度目のドライバーを食らった。
こうして――
後に世界を大きく変えることになる二体のAIアンドロイド、ルアとニムは誕生した。
人間以上の頑丈な身体。
高度な人工知能。
経験から心を育てる人格形成システム。
外部からの攻撃を考慮した独立性の高いネットワーク設計。
そして、口からコンセントを咥えて充電する謎の機能。
技術は進歩した。
AIも進歩した。
だが――
それを作る人間まで進歩するとは限らない――




