夢:ソロで捜査
鬱蒼とした森。
月明かりだけが静かに木々を照らしている。
(しまった。)
ひろは思わず眉をひそめた。
油断していた。
最初の夢を見てから今日まで。
夜に眠り。
朝起きて仕事へ行き。
夜はファミレスで三人で作戦を立てる。
休日は、ケースケの事件について過去の記事を調べ続けていた。
昼寝なんて、一度もしようと思わなかった。
意識がゆっくりと沈んでいく。
⸻
ゆっくりと目を開く。
見慣れない白い天井。
消毒液の匂い。
規則正しく鳴る電子音。
「……どこだ、ここ。」
病院だった。
ひろが身を起こそうとすると、それに気付いた看護師が目を見開く。
「あっ!」
慌てて病室を飛び出していく。
扉が勢いよく閉まった。
ひろは辺りを見回す。
(知らない記憶だ。)
胸の鼓動が速くなる。
反射的に首元へ手を伸ばく。
スマホ。
ストラップごと、ぎゅっと握りしめる。
画面の冷たい感触が、現実の自分を引き戻してくれる。
「……大丈夫。」
「まだ、いける。」
深く息を吸い、病室を見渡した。
これまでとは違う。
ここは、自分が忘れていた記憶の中だった。
病室の扉が開く。
白衣姿の医師。
その後ろに看護師。
そして――母親。
まだ若い。
あの頃のままだ。
懐かしさが胸をよぎる。
三人はこちらへ何か話しかけている。
しかし。
何も聞こえない。
ひろは返事をしようと口を開く。
「……っ。」
声が出ない。
喉が動かない。
どういうことだ。
今までの夢では、ある程度なら自由に行動できた。
記憶の流れから外れなければ、自分の意思で歩くことも、話すこともできた。
もちろん、ダイちゃんがタバコを吸おうとしたり。
自分が教室の扉を蹴り飛ばしたり。
そんな記憶から大きく外れる行動は別だ。
だが今回は違う。
音が聞こえない。
声も出せない。
体も思うように動かない。
ただ、目だけは動く。
視線だけをゆっくり病室の外へ向ける。
廊下には二人の姿があった。
早川先生。
相変わらず背筋を伸ばし、真面目そうに立っている。
その隣には――保健室の先生。
(……あの人。)
(なんでここにいる?)
担任の早川先生が見舞いに来るのは分かる。
だが、保健室の先生まで病院へ来る理由が思い浮かばない。
それ以前に。
(僕は、どうして入院してるんだ。)
疑問だけが積み重なっていく。
その時だった。
ベッドが、不意にガクッと下がった。
視界が一瞬揺れる。
ひろの心臓が大きく跳ねた。
――ドンッ。
機体が滑走路へ着陸する衝撃。
ひろは勢いよく目を開けた。
「……くそっ!」
思わず声が漏れる。
機内が一瞬静まり返った。
周囲の乗客が、一斉にひろを振り向く。
ひろはそんな視線など気にも留めなかった。
頭の中では、さっきの夢が何度も繰り返されている。
病院。
若い母親。
医師と看護師。
廊下に立つ早川先生。
そして、保健室の先生。
(なんだったんだ、あれは。)
今までの夢とは決定的に違っていた。
自由に動けない。
声も出ない。
音も聞こえない。
ただ、その場にいる自分の記憶を追体験しているだけだった。
シートベルト着用サインが消える。
乗客たちが立ち上がり始める。
ひろもゆっくりと立ち上がった。
「……まあ、いい。」
小さく呟く。
「ちょうど帰省するところだ。」
夢の中で分からなかったこと。
それは、現実で確かめればいい。
荷物を肩に掛け、通路を歩きながら思う。
「実家に着いたら……母さんに聞けば分かることだ。」




