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第二録 紗の裏側(一)


 階下から黄色い女性の歓声が聞こえてくる。さらに男の無神経に喜ぶ声が続くので、純は何事かと思い、ニスで手入れされた木製の手すりから吹き抜けの一階を見下ろした。

 全く葬儀の翌日だとは思えない。

 純は廊下の壁に掛けられた鏡でワイシャツの襟とベストの歪みを整えると、階段を降りた。

 声の出処を辿っていると、キッチンへ行きつく。

「どうかなさいましたか」

 純が顔を覗かせると、年を重ねた母子二人は勢いよく振り返った。

「ちょっと使用人、どうしてこんなものがあるって早く言わなかったの?」

 中年の女性はダイヤのイヤリングを揺らしながら、手に何かを持って詰め寄ってくる。

 全く旦那様とは似ても似つかない。

 純は彼女が持つ青く絵付けのされた食器を見下ろした。

「段ボールの中にある食器全部を売っても一千万は下らないわよ。気づかずに捨てていたらどうするつもりだったの!」

「申し訳ありません」

「ほんとうに気が利かない……。本当お父様の考えていることはわからないわ。どうしてこんな役立たずを使用人にしたのかしら」

「そんなの見たらわかるじゃん、母さん」

「順平ちゃん」

 息子は肥えた体を仰け反らせて、自信満々と口を開く。

「じいじは自分より弱い奴が良かったんだよ。立場的にね」

 順平は顎を上げて、純を横目で見下ろすと鼻で笑った。

「それにこいつ、十五くらいから高校も行けずにここで働いてたらしいじゃん。そんな奴がブランドの一つも知るわけないよ」

 純は言い返したい衝動を、拳を握り締めて何とか堪えた。前半は紛れもない事実だが、後半は違う。

 旦那様にはとてもよくしていただいて、足りない教養は少しずつだが与えていただいていた。しかしここで反論したとて、さらに嫌味を言われるだけなのはわかりきっている。

 この親子は旦那様を恨んでいるから。

「身なりばっかり綺麗にして、中身がないんだ」

「それもそうね。要らない時間を使ってしまったわ」

 肩をすくめて嘲笑う彼に母親は同調した。

「というか、お前どっか行けよ。別に呼んでないだろ」

「失礼いたしました」

 純は静かに会釈すると、階段へ戻った。

 仕方がない。実の娘や孫より使用人が贔屓されていれば、矛先はこちらに向くというものだ。

 二階へ上って、長い廊下の突き当り。南の書斎のドアノブは他より塗装が剥げて銀の地が消えていた。

 純はそれをゆっくりと握り込み、回す。

 扉を押し開けると、古い木と紙の匂いが鼻腔をくすぐった。ドアを閉めると、目を閉じて空気を吸い込む。肺を通して体のすべてが旦那様のいた時に戻ってきたような気がした。

 そのとき、チチチ、とかわいらしい鳴き声が意識の隅をつついた。

 純はゆっくりと目を開き、窓際の机の上に置いてある黒い布の掛けられた鳥籠に首を向ける。一瞬外を確認したが、窓から見えるのは大きく育った木についた葉ばかりだった。

 純は緩慢な動作で釣り鐘型の鳥籠に近づくと、鳥籠を覆う黒い布の端をつまむ。

 そして勢いよく布を剥いだ。

「……」

 鳥籠の中には何もいなかった。

 純は額を抑えると、長く深い息を吐いた。

 もうごまかせない。

 純はアンティークの机の、建付けの悪くなった抽斗(ひきだし)を開いた。

純の予想を裏切らず、中にはぽつんと一枚の名刺が置かれていた。紙質のせいか経過した年数よりも黄ばんで見える。

その名刺の中央には「千堂(せんどう)(たつみ)」と、男性と思われる名前が品のある書体で刻まれていた。何気なく返すと、少し不気味な店の謳い文句が書かれている。

──要らなくなったもの、珍しいもの、奇妙なもの、いわくつきのもの、高値で買い取ります。千堂骨董店

純は名刺を片手に部屋を出ると、二階の廊下に置かれた黒電話の受話器を取ってダイヤルを回した。

「お電話ありがとうございます。千堂骨董店です」

「せ……千堂骨董店さんでしょうか」

「はい」

 電話は三コールもなく応答があった。

純はまさか繋がるとは思わず、おかしな風に訊き返してしまう。

 しかし一度冷静になって、電話の向こうから聞こえてくる声が少女のものであることに気がついた。

「お引き取りいただきたいものがあるのですが⋯⋯。大人の方は?」

「電話番は私が行っております」

 名刺の主の孫だろうか。

 純は咳払いをして気を取り直すと、要件を告げる。

「で、では千堂巽さんに、お伝え下さい。出来れば本日中に──」

「お待ちください。人違いではないですか?」

「え?」

 純は名刺に書かれた名前を再度確認した。読み仮名も丁寧に振ってあるので、これで間違いないはずだが──。

「千堂巽という人はここにはいらっしゃいません。もしかしたらお電話番号──あっ」

「お電話変わりました、千堂骨董店現店主、千堂枢です」

 純が困惑していると、少女の声から一変して、電話の相手が若い女性らしき人物に変わった。女性の声にしては少し低く、落ち着いた印象がある。

「失礼ですが、千堂巽は十年ほど前に他界しました」

「あ⋯⋯そうだったんですか」

「ええ」

「すみません、実は旦那様が持っていた古い名刺を見て電話したもので」

「問題ありませんよ。それで、ご依頼は」

 純は電話の向こうの女性には見えていないと分かっていつつも頷いた。そして促されるまま口を開く。

「は、はい。実は奇妙なものが屋敷にありまして……引き取っていただきたいのです。つきましては、旦那様の昔の知人という体でいらしてくださいますでしょうか?」

 こんな依頼、向こうからすれば厄介なはずだが、千堂骨董店は快く即答した。



 気配を消して使用人室で待機していると、インターホンが室内に鳴り響いた。

 部屋を出て廊下を確認するが、あの母子が来客に気づいている様子はない。

 純が玄関を開けると、門の前で佇む着物姿の女性を認めた。彼女は先ほどから屋敷を出入りしては荷物をトラックに運び込んでいる業者を一瞥すると、顔を正面に戻す。

 そのとき彼女と目が合った。彼女は愛想よく微笑みかけてくる。

 それは彼女の容姿と相まって、妖艶に見えた。

 艶のある黒に赤い彼岸花の咲いた着物は、彼女の長い黒髪と紅い化粧に似合っていて美しさだけではない毒々しさを放っている。

 純は気持ち早足で門に近づいた。

「千堂骨董店さんですか」

「千堂枢です」

 女性は丁寧な所作で白い絹の手袋に包まれた手を前で重ねると、会釈をする。

「僕はこの屋敷で使用人として雇われていた、純と申します。依頼品は中です」

鍵を開けて女性を招き入れると、彼女の影になっている少女にそのとき気づいた。

 白いブラウスにジャンパースカートを履いたおかっぱ頭の少女。よく見れば、少女の身体がすっぽり収まりそうなボストンバッグを両手で持っている。

ふと純の脳内で少女の小学生ほどに見える容姿と、電話越しに聞いた声が結びついた。

「その子は……電話番の?」

「私の助手です」

 千堂はにっこりと微笑むと、純の後ろをついて屋敷への道を辿る。

「とはいえやけに慌ただしいですね。お引っ越しですか?」

「……屋敷を引き払うそうです」

おもむろに尋ねられ、純は少し返答に躓いた。

 しかし純の少し沈んだ声色がバレなかったのか、千堂は「こんな時にお邪魔ではありませんでしたか」と続いて訊いてくる。

 純は少し神経質になっていた心を深呼吸で落ち着かせて、淡々と答えた。

「今済ませないと持っていかれてしまいますから。まさか葬儀の翌日早々、遺品整理にいらっしゃるとは思っていなかったもので」

「どなたかがお亡くなりに?」

「はい、この屋敷の主人です。僕は旦那様に雇われていました。この依頼は僕の独断なので、どうかご内密に⋯⋯」

「それはそれは。私も貴重な機会を逃すわけにはいきませんから、ぜひ秘密にさせていただきます」

 千堂は口元を手で隠すと目を弓なりにさせる。

 不思議な雰囲気をまとう女性だ。今のところ悪い印象はないが、気が許せるような柔和さもない。

 純は独断をわずかに後悔しつつも、屋敷の扉を開けた。

「土足でどうぞ」

 そう純が二人に声をかけた直後、廊下の奥に動く影を見つけ、思わず動きを止める。

 順平だ。

 タイミングがよくなかった。

 順平はこちらに即座に気づく。

 純は見逃されることを願って、軽く会釈をした。そして足早に階段へ向かう。

しかしやはり甘くはなかった。順平は目ざとく来客を見つけると、重そうな体を揺らして駆け寄ってくる。

 純は足を止めると、背後の千堂を隠すように半歩横に踏み出した。

 順平は純に近づくと、頬の肉ではち切れそうな顔を引きつらせる。

「こんな忙しい時に女なんか連れ込んで……お前、雇い主がいないのをいいことに何考えてるんだ!」

「こ、この方は……」

 そう、旦那様の知り合いと言えばいい。

 気が動転している中で、なんとか当初の言い訳を思い出していると、千堂が後ろからぬっと前に歩み出た。ふと横を見ると、千堂は礼儀の笑みに哀れみを足すように、すこし眉を下げている。

「この度はご愁傷さまです。お忙しいときに恐縮ですが、私の叔父がこちらのご主人と古い友人でして、叔父が長らくお貸ししていた物を引き取りに参りました」

 毅然とした態度で千堂ははきはきと要件を告げる。

 しかしそれの半分以上は出鱈目だった。

純は彼女の平然と嘘を吐く様に恐れ慄きながらも同調するように頷く。

「そうなんです。……申し訳ありません。先に来客があるとお伝えしておくべきでした」

 まさか悲しむ間もなく今日いらっしゃるとは思いませんでしたので。

 と、そのまま憎まれ口を叩きたくなる。

しかしなんとかひねた口を喉の奥に押し込むと、順平も面白くないのかけっと吐き捨てた。

「そうかよ。邪魔せずさっさと帰れよ」

 彼はわざと足を踏み鳴らして、高価な食器でいっぱいのキッチンへと引き返していく。

 千堂はその背中を見送った後、表情に笑みを残したままこちらに視線を寄こしてきた。じっと見つめてくるので、純は頭を下げる。

「ご不快にさせてしまい申し訳ありません」

「本当です! 千堂さまに向かってなんてことを」

 順平の謝罪に、怒りを叫んだのは少女の方だった。

 しかし千堂は少女の額を抑えて後ろに追いやると、また少し上の空な様子で彼が消えて行った廊下の先を見つめる。

「いいえ? 私は気にしません。そんなことはどうでもよろしいので。──それより先ほどの彼は?」

 千堂はばっさり言い捨てると、興味の対象に目配せをした。

「旦那様の唯一のお孫さんである順平さんです。今年の誕生日には三十になられます」

「ほう」

 出来れば彼のことは訊かないでほしい。

 純はそう思って話を無理やり切り上げると、階上へと案内した。廊下の突き当り、ニスの光沢がまだ残る扉に目を向ける。

 塗装が軽く剥げたドアノブを掴み、純は二人を振り返った。

「ここにあります」

 扉を開けると、室内はすでに廊下の何の変哲もないただの空気と混じりかけていた。

 千堂は室内をじっくりと見渡しながら、絨毯を草履で踏みしめる。

「なかなか掃除の行き届いた部屋だ。家事は貴方が? 屋敷も広そうですし、掃除は大変でしょう」

 そんな風に他人から褒められたのは初めてだ。

 純は緩もうとする頬に力を入れる。

「やりがいのある仕事でした。身寄りのない僕に部屋まで与えてくださって住み込みで働いてくれと……本当によくしてもらったんです。……依頼品はこちらです」

 純は窓に向かって設置された机へ歩み寄ると、布を掛けた鳥籠を指した。

 千堂は目を細めると、眉を持ち上げる。

「これが奇妙……至って普通の鳥籠と布にしか見えませんが」

 純が捲ろうと布の端をつまんだ時、中から小さく「チチチ」と鳴き声が聞こえてきた。まるで存在を必死に主張しているかのように。

 しかし純は心苦しさを堪えて、布を剥がした。

 三人は揃って籠の中へ注目する。

 中は、やはり空だった。

「これは?」

 きょとんとした千堂から即座に繰り出される問いに、純は俯いていた顔を恐る恐る持ち上げる。千堂は純の心境などまったく知らぬ様子で、細い顎に手を添えて、至って不思議そうに鳥籠と布を交互に見遣っていた。

「実はこの鳥籠……元々は旦那様がお飼いになられていた文鳥のものでした。旦那様はその文鳥をとても愛されていらっしゃって、生き甲斐にまでされていました。ですが……」

 純はつっかえそうになる言葉を飲み込んで、腹を括る。

「ですが、ある朝息絶えていたのです」

 千堂はすっと目を細めた。

 疑いでもなく、嫌悪でもなく、ただその言葉に注目しただけのような些細な反応。しかし純はわかっていても責められているような気がして、無意識に指を前で組む。

「おそらく老衰でした。しかし、旦那様の最愛が死んだとなれば、旦那様はひどく悲しむでしょう。……私はひとまず誤魔化すために、文鳥が体調を崩していることにして、ちょうどこの机の上に無造作に置かれていた布を鳥籠に被せました」

「……」

「鳴かない文鳥と頑なに布を捲って見せない僕に、旦那様はもちろん訝しんでおられました。しかしある時から、文鳥の鳴き声が鳥籠の中から聞こえてくるようになったのです。布を鳥籠に被せた時だけ、あの文鳥と同じ鳴き声が」

「それは奇妙だな」

 言葉の割には興味のある様子で千堂は感心したように呟くと、身を屈めて鳥籠に顔を寄せた。

「わがままなのですが、この真実を娘家族に気づかれないよう、ひっそり引き取っては下さいませんか」

 純はそう言うと、そっと鳥籠を持ち上げた。

 金属でできた釣り鐘型の鳥籠を丁寧に抱え上げると、千堂の前に差し出す。しかし千堂の指がつまんだのはその上に被さった布だけだった。

「あの、籠の方は」

「おそらくそちらは何の変哲もないただのアンティークですよ」

 千堂の迷いない口ぶりに、純は瞠目する。

「どうしてそう思うんですか?」

「どうしても何も、その籠はただ文鳥が飼われていただけだったのでしょう。異変が起きたのはこの布を被せてからだ」

「そうでしょう?」と言うように千堂は横目で純を目配せすると、布の隅を持ち上げて入念に観察し始めた。

 くるくると布をひっくり返してみたり、細かい網目を指でなぞってみたり、しばらく弄ぶと、千堂はおもむろに頭を上げて辺りを見回した。そしてゆっくりと純に視線の照準を合わせる。

「しかし、貴方はおかしいと思わなかったのですか?」

 千堂は真っ赤な紅に彩られた唇を割り開いて尋ねてきた。

 純は組んだ指に力がこもったのを感じる。

「な……何のことですか?」

「貴方のご主人の話ですよ」

 千堂は簡潔にそう言うと、鳥籠の乗っていた机に歩み寄った。机の天板に手を乗せるとぐっと身を乗り出して、机が向かう窓の外を眺める。

「ここは二階です。ここに鳥籠があることが示すのは、亡くなる直前まで足腰がそれなりに丈夫だったということ。亡くなって早々他人の所有物の位置を動かそうと考える人は、あまりいませんから」

 千堂は同意を求めるようにこちらを振り返って、にこりと微笑む。

「た、確かに旦那様は同年代の方々と比べても健康的な身体をお持ちでした。死因は急性の心筋梗塞でしたし」

「では貴方がこの部屋にいない間、貴方のご主人がこの程度の布をめくることなど、造作もないはずです。──なぜ、貴方のご主人様は布を外そうとしなかったのでしょう」

 純は胸のどこかで引っかかっていた違和感を掘り起こされて閉口する。

「答えは簡単です。外そうとしなかったのではなく、貴方の厚意を尊重するために知らないふりをした。そう考えるのが筋だ」

 千堂はただ、淡々と文章を読み上げるように言った。

 純はふと、生前の旦那様の顔を思い出す。皺の数だけ苦労をしてきたような人だった。そのためかあまり笑わない人だったが、純は自分が大切にされていることはわかっていた。

 階下から旦那様の娘親子の声が耳に入り、純は意図的に声を潜める。

「……僕が言うのもなんですが、僕も千堂さんと同じ考えです。正直なところ、旦那様が生きておられた間にこの屋敷に訪れた親戚は誰一人としておらず、話し相手は僕だけでしたから。しかし……それの何がおかしいのでしょう?」

 人の親切におかしいと思う方が不思議だ。

 すると千堂はアンティークの机の木目へ、おもむろに視線を落とした。

「失礼ですが、遺言書に貴方の名前はありましたか?」

 千堂が見ていたのは天板の木目ではなく、その下にある抽斗の方だった。

 純はその言葉に反応せざるを得ない。

──遺言書

 純は旦那様の通夜が決まってすぐ、この机の抽斗からそれを見つけた。

「どうして、遺言書があることをご存じなんですか」

「年老いれば、残される者のことは自然と考えるようになります。特にこのような豪奢な屋敷に住むような人間であれば、なおさら」

 ちらと寄せられた視線に、純は顔を俯かせた。

「……旦那様の遺言書に僕の名はありませんでした。でも当たり前のことです。僕は血縁ではありませんし」

 流れるような達筆で書かれた遺言に、純は一度でも自分の名前が出てくることを望んだ。しかしあったのは血のつながった真の家族に向けたものばかり。

 少し投げやりになって言うが、千堂は大した興味もなさそうに「ふうん」と相槌を打つ。

「それではこの先、どうなさるおつもりなんです」

「この先、ですか?」

「ええ。貴方は先ほど『この屋敷は売り払われる』と言った。つまり貴方には屋敷の所有権が相続されていないということだ。まず貴方は身寄りがなく、ここでご主人に尽くして住み込みで働いていた。実の子どもたちはあの様子、対して晩年の話し相手であった貴方には愛ある行動を見せつつも、どうして路頭に迷わせるような選択をしたのでしょう」

「『どうして』」

 キン、と頭の奥で耳鳴りが響いた。

「ええ。『貴方のご主人が何を考えていたのか』、気になりませんか?」

「……」

 千堂の声が追い打ちをかけてくる。

 純は力を入れて組んでいたせいで白くなっている手のひらを見下ろした。

 旦那様の娘御が言っていた。

──本当お父様の考えていることはわからないわ

 本当は純もわからなかった。

 純は手を握り込んで顔を上げる。

「いいえと言えば……嘘になります」

 千堂はゆっくりと口角を持ち上げ、妖艶な笑みを見せた。

「僕も旦那様のことを知りたい」

 純がはっきりと意思を告げると、千堂は幾度か頷く。

「いい返事だ。それではまず、この不思議な布切れの正体を暴きましょう」

「正体ですか? この布は文鳥の鳴き声を発するというだけでは」

「本当にそうでしょうか」

 千堂は指につまんだ黒い布をひらひらと仰ぐ。

「私は表向き、こういった奇妙なものを『引き取る』と言っていますが、実のところ最終目的は『破壊』です。この状況は非常に不可解かつ、興味深い」

 破壊の一言で、純の心に懸念が差す。

 この人は何をする気なのだろう。

 しかしすでに船を降りる機会は失っていた。

「ご協力いただけますか? この屋敷に私の叔父の名刺があったことも気になりますから」

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