第一録 時間の棺(一)
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千堂骨董店様
梅雨の候、いかがお過ごしでしょうか。
突然の不躾なお手紙、どうかお許しください。
祖母が事切れたのを悟った時、私は心のどこかで安堵してしまいました。
事の始まりは、先日亡くなった祖母のことでした。
介護用のベッドの上で横たわる体温の無くなった体に触れて、一番最初に溢れたのは涙ではなく、やっと終わった、というため息でした。
薄情だと思われるかもしれません。ですがそれほどまでに、祖母の最期は異常だったのです。
祖母の家にはたった一つ、鍵の付いた洋室があります。部屋の中央には常に赤いレトロな冷蔵庫がありました。まるで、洋室はその冷蔵庫のために用意されたかのようでした。
祖母は生前、悪い足を引きずって夜な夜なベッドを抜け出しました。そして一つだけの洋室の鍵を使って、真っ暗な部屋の中で冷蔵庫を開けて白い光を浴びるのです。酷い時には不自由な足をばたつかせながら、冷蔵庫の中へ体を押し込もうとすることもありました。私たちは必死で冷蔵庫から引き剥がしたものです。
そして祖母は亡くなる一週間ほど前から、こうとも言い出しました。
「死ぬ前にこの身体を冷蔵庫の中に入れてほしい」
そんな精神病を疑うほどの妄言は、日に日にひどくなっていきました。亡くなる直前には、涙を流して私に縋りついてきました。
私が部屋を去っても、どうか、どうかと激しく繰り返すのです。
昔の祖母はもっと穏やかな人のはずでした。少なくとも私は幼少の頃の記憶にいる祖母は、優しいおばあちゃんそのものです。
結局、祖母はベッドの中で亡くなりました。
問題はあんな様子の祖母を軽蔑していたはずの私が、今、同じ道を辿ろうとしているということです。
祖母が亡くなってから、私と家族は遺品の整理のため、しばらくこの家に留まることになりました。
遺品整理は滞りなく進んでいきました。そして半分ほどの部屋が空になったところで、私は洋室の存在に目を留めてしまいます。
洋室を開けると、祖母の生前何度も私たちを苦しめた赤い冷蔵庫が、部屋の中央に何食わぬ顔で鎮座していました。
私はその冷蔵庫が嫌いでたまりませんでした。
当たり前です。あんなに穏やかだった祖母をあそこまで変えてしまった冷蔵庫。
触れることすら躊躇いがありました。
しかし中身を処分しようと扉を開けた時、とあるものを見つけたのです。
そこにはラップの掛けられた皿がありました。皿には切り分けられた桃が乗っていて、ラップには付箋が張り付けてありました。
これはおばあちゃんのぶん。 あんなより
そう、ところどころ反転したひらがなで書かれていました。幼稚園の頃のものでしょうか、私自身に書いた記憶はありませんでしたが、付箋の隅に描かれたキャラクターは当時人気だった「ぽっぴちゃん」といううさぎを模したマスコットで、幼い頃の私のお気に入りでした。
私の名前が書かれていることも踏まえ、それは私が幼い頃に祖母にプレゼントしたものだったようです。
私は祖母が亡くなったときに少しでも安堵してしまったことを後悔しました。
優しくて穏やかなおばあちゃんは、ずっとそこにいたのですから。
しかし、私はそれと同時に奇妙なことに気づきました。
祖母へ桃を送ったのが、私が幼稚園の頃のことなのであれば、二十五年以上もの月日が優に過ぎています。それにしては冷蔵庫に入っていた桃は、昨日切り分けられたかのようにみずみずしく冷蔵庫の光を反射して、あまつさえ甘い香りが漂ってきたのです。
私はひとまず家にいる人々に、この冷蔵庫に桃を入れた覚えはあるか、と尋ねて回りました。しかし誰も「心当たりはない」と首を横に振ります。
もしかしたら、祖母が私たちの見ていないところでひっそり桃を切っては、古くなったものと入れ替えていたのかもしれない。時期こそ早いが市場に出回っていないことはない。私はそう折り合いをつけて、念のため冷蔵庫に入っていた桃は処分しました。
そんなとき、近所の人が魚の大きな切り身を持ってきました。とても立派な魚だったそうで、食べきれないからと捌いたものをおすそ分けしてくれたのでした。
しかし台所にある冷蔵庫はいっぱいです。そのときふと赤い冷蔵庫の存在を思い出しました。ちょうど中には何も入っておらず、清掃も済んでいないので千堂骨董店に売り渡す準備も不十分です。
臨時の冷蔵庫として、私たちはその赤い冷蔵庫を使い始めました。
それが、全ての間違いだったのです。
赤い冷蔵庫の存在はとても便利でした。
母が間違えて食材をたくさん買ってきた日も、臨時の冷蔵庫に入れてしまえば問題ありません。
そして、私が祖母の介護で忙しくなってから私に大した関心もなかった夫ですら、最近ご飯が美味しくなった気がする、と言い始めました。食材、調味料、調理器具、なに一つ変えていません。変わったのは冷蔵庫だけです。
古いものだが、質の良いものだったのかもしれない。私はそう思い、赤い冷蔵庫への嫌悪感はいつの間にか薄れていました。
ある時、母が鏡を見て顔をぺたぺたと触りながら、シミが気になる、皺が増えた、とぼやいていました。
私は母の口からその類の悩みを聞くことが最近特に増えたと思いながらも、何気なく聞き流していました。しかし母は私に、他人事だと思ってたらだめだ、と私を引き留めました。それから突然私も肌のハリなどが妙に気になるようになったのです。
鏡を覗き込むと、肌のうるおいも減っているような気もしました。祖母のこともあってか、急激に老けているように感じました。
私はまだ三十に差し掛かったばかり、二歳の一児の母です。このままではいけないと、美容についていつもとは違う言葉で調べるようになっていました。
そんな折、私が夕飯の準備をしていたときのことです。
冷蔵庫を開けた瞬間、肌に感じた冷気がとても肌に良く感じました。肌が引き締まり、弾力を取り戻した、そんな錯覚を感じたのです。
馬鹿げたことだと笑われるかもしれませんが、本当にそう感じました。
その日から、私は冷気を浴びることにわずかな期待を寄せ、冷蔵庫の前で居座るようになり、その時間も日に日に増えていきました。はじめは風呂上がりの数分だけでしたが、メイクをする前や寝る前、気づけば赤い冷蔵庫が目に入るたびに、扉を開けては冷気を肌に感じていました。
生前、冷蔵庫に執着していた祖母も、もしかしたら同じような気持ちだったのかもしれません。
しかしある日、
申し訳ありません。
先に謝罪させてください。今から書くことは母の言っていたことで、私にはぼんやりとした記憶しかなく、詳細に何が起きたのかを覚えていないのです。
ですので、今から語ることは伝聞となります。
決定的な《《事》》が起きたのは、赤い冷蔵庫のあった洋室を片付けてから一週間が経とうとしていた頃でした。
その夜中、母はトイレに目覚めたそうです。そして用を済ませ、布団に戻ろうとしたとき、洋室から光が漏れていることに気づいたということでした。
冷蔵庫の閉め忘れかと思った母が洋室の扉を開けると、全く信じられないことなのですが、私がその狭い冷蔵庫に上半身を無理やりねじ込もうとしていた、らしいのです。
母は夜中にもかかわらず、思わず悲鳴を上げてしまったそうです。
私はそのときまだぼんやりとしていて、誰かが何かを叫んでいたことしか覚えていませんでした。そして身体を揺さぶられて、やっと我に返りました。
母に寝間着を捲られると、腕や肩などに赤い痣が出来ていました。
痣ができるほどまでに冷蔵庫に体を押し込もうとするなんて、異常以外の何物でもありません。
私は足を引きずってまで体をねじ込もうとする祖母の姿が、脳裏から離れなくなっていました。
もうこの冷蔵庫への執着は、自分の意思では止められない域に達しています。
千堂骨董店様。
どうか、この冷蔵庫を引き取ってくださいませんでしょうか。
広告の通り、「要らなくなったもの、珍しいもの、奇妙なもの、いわくつきのもの」です。これまでの経緯をお読みになれば、いわくつきに違いないとわかるはずです。
いくらお支払いしても構いません。ですからどうか、お願いします。
疋田杏奈




