第15話 三つの気配
セナとダミアンは、禁書庫から解呪師の詰め所へと戻ってきた。
セナは、禁書庫での出来事を、ビョルン、アネッタやビビアナ、そしてクラウスにも連絡をした。
反応は――――思い出したくない。
マルコは、騎士団への連絡が終わった後、解呪師の制服ジャケットを羽織る。
「俺も捜索に参加してきます。」
「――主任、今回は獣人の協力があった方が良いと思いますが、許可を貰えますか?」
そう言いながら、マルコが装備を装着してゆく。
「……許可する。騎士団にもそう伝えろ。」
ダミアンがそう返答すると、マルコがニヤリと笑い、急ぎ詰め所を飛び出していった。
マルコと入れ違いに……廊下をドタドタと走って来る音が聞こえる。
そして、それは部屋の前のドアで止まり――バァンッとドアが開け放たれた。
「おい!トニが容疑者って本当かッッッ!?」
部屋に飛び込んできたのは、白髪の大男、ビョルンだった。
ビョルンは白髪を振り乱し、大きな手を強く握りしめていた。
「容疑者ではない。だが、重要参考人だ」
「殆ど同じだろうが!!」
ダミアンが静かにそう言うと、ビョルンが感情が高ぶり、バンと机を叩く。
「そんな……あの人体実験の魔法陣に……関わってたなんて……」
ビョルンが弱々しくそう言うと、頭をうなだれた。
「……ビョルン……」
セナがビョルンの近くへ寄り、静かに肩に手を添える。
ビョルンはトニを後輩として可愛がっていた。
休憩所で「あいつ、良い魔工師になるよ。」なんて言っていたのが、まるで嘘のような状況だった。
まるで、現実感がない。
しかし、セナはビョルンの肩に添えた手から、汗ばんでいることや、鼓動が速いことを感じとる。
そして思い知らされた。
これは、現実なのだと―――
「……大丈夫だ。大丈夫……」
そう言ってビョルンがセナの手をゆるく払い、背筋を伸ばし、目を瞑って深呼吸をした。
「アネッタとビビアナさんは?」
「アネッタは作業場にいるが、動揺してる。」
「ビビアナは、騎士団から獣人の協力要請の可能性があるから、待機してる。たぶん、捜索に行くと思う。」
* * *
解呪師の詰め所を出た後、マルコは近くの騎士団の小隊に合流した。
外は霧が出ており、が薄暗い。肌に湿気がはりつく。
道の石畳も、水気を帯びて滑りやすくなっていた。
灰色でじめりとした空気の中、隊長らしき人が近づいて、マルコに挨拶を行った。
「貴方が解呪師?」
「はい、マルコです。トニ捜索に参加します」
「了解です。他に合流する人は?」
「ジャンという解呪師が合流する予定です」
「了解です」
事務的なやり取りや、捜索範囲の説明を受けた後、マルコも小隊に溶け込んだ。
小隊の中に一人、男性の獣人がいた。鼻を覆うぐらいの魔工製のマスクをつけている。
「彼は一般獣人の協力者です」
マルコの視線に気づいた隊長が、獣人を見てそういった。
獣人の男性も、マルコを見返し、軽く挨拶をした。
「エミルといいます。」
エミルは暗めの長髪から小さなとんがり耳が生え、瞳は暗闇で金に煌めく獣人男性だった。
顔の下半分はマスクで見えない。
おそらく、嗅覚の鋭い獣人なのだろう。人の捜索にはもってこいの役柄だ。
「彼は、事件発生時から協力してもらってたんです?」
「いえ、今回のトニさん捜索から協力してもらっています。彼の都合が合わなかったので」
「この捜索は……失踪者を探すものだけではないかもしれませんから」
隊長の男性は言葉を濁したが、いろいろな可能性を考慮している事が伺えた。
「それに、今までの事件現場は『魔力の臭い』が周りと混ざってしまっていて……難しかったんです」
それを聞き、エミルが付け足すように、マスクの下からぐももった声を出した。
「……今回は、一人の男性の魔力を探すという、目標が明確なので探しやすいと思います。」
「ジャンさんと合流するのは後か……」
そうブツブツ言っていると、マルコの背後から声が聞こえた。
「マルコさん!」
マルコが振り向くと、そばかす顔で困り眉、垂れ目に明るい緑の瞳の小柄な男性―――
右太腿から下が、カーボンブレードの義足―――フェリオが立っていた。
「ああ、フェリオ、この部隊だったのか」
「はい、先ほど連絡と捜索の指示を受けて、俺も来ました!」
フェリオが、元気に挨拶する。
マルコはその状況に似合わないテンションに、思わず口元が笑ってしまった。
まあ、緊張しすぎてるよりはマシか――
そうして、小隊は捜索場所へ移動を開始した。
* * *
移動途中、フェリオが顔写真を胸元から取り出す。小隊全員に配られているものだ。
それを見ながら、マルコに問いかけた。
「トニさん、顔写真は確認しましたが、容疑者じゃないんですよね?」
「まだ違う」
「捕らえられてるとか、そういった可能性は……?」
「あり得る。手遅れになる前に見つけないとまずい。失踪して1週間経過してる」
フェリオはもう一度トニの写真を見る。そして、唇を湿らせてから、ゆっくり口を開いた。
「……容疑者である可能性は……?」
その言葉にマルコは一瞬、フェリオの方に視線を向けた後、また前を向いた。
「……その場合でも、これ以上被害が出る前に確保しないとまずい。既に3人が意識不明になってる」
マルコは、そうであって欲しくないと願いながら、口調はおおよそ断定的だった。
* * *
捜索範囲である市街地にたどり着く。
そこは、市街地であるのに人気がなく、建物も廃墟などが多い場所だった。
こころなしか、辺りも薄暗い。
小隊で暫くその地点を捜索していると、エミルがピクリと体を反応させた。
そして辺りを見回し、静かに臭いを嗅いでいる。
「……あっちの方からわずかに、トニさんに近い魔力の臭いがしますね。」
エミルが、『トニの魔力の臭いらしきもの』を探知し始めた。
彼を先頭に、小隊はまた歩き出す。
濡れた丸い石畳は滑りやすく、時々、足がもつれそうになる団員もいた。
ある地点の十字路に着た時、エミルは眉を潜めた。
「おかしいな……3方向から臭いがする。」
「どういう事ですか?」
マルコがそうエミルに尋ねると、エミルも『わからない』とでも言うように首を横に振った。
「3方向にその人物がいるか、または……魔工具の囮があるか。だと思います。」
エミルがそう言うと、小隊長が少し考え出す。
「……わかりました。部隊を分けて全ての道に向かわせます。」
他のチームと分散して、別れて捜索を行う事になった。
マルコはフェリオと、小隊の隊員2名だった。エミルは別なチームだ。
「トニさんの魔力、俺達は分からないですよ。」
一人の騎士団員がそう言うと、マルコが答えた。
「俺は獣人ほどじゃないですが、多少は魔力に敏感です。何かあれば伝えます。」
マルコはそう言い、進むべき方向に向き直った。
* * *
薄暗い灰色でじめりとした空気の中。
マルコは魔力探査に集中しながら進んでいた。
進んでゆくと、確かに、『トニの魔力と思われるもの』が濃くなってゆくのを感じる。
獣人ほどではないが、マルコもその違和感を感じ取っていた。
(……近くに誰かいる……)
マルコがそう思った時、灰色の霧の向こうに、違和感があった。
薄暗い靄の中、目を凝らしてよく見ると―――
建物の影から、黒いフードを被った人物が、こちらの様子を伺っていた。
「おい、フェリオ、あれ……」
マルコが、静かにフェリオに話しかける。
フェリオと、話を聞いていた騎士団員二人も、マルコの視線の先に目をやる。
フェリオが靄の中の影に気づき、ゴクリと喉を鳴らした。
そして、マルコがその黒い人物から目を話さないように、静かに、しかし、はっきりと口にした。
「……違和感のある魔力を感じます。トニと関係してるかもしれません。」
マルコがそう言い終わると、黒いフードを被った男が動いた。
こちらの視線に気づいたのか、逃げるような動作をした。
(―――まずい、いま出るべきか?)
マルコがそう考えた瞬間、背後から、カチャっと機械音が聞こえた。
次に、魔工具を起動させた音が聞こえる。
そして―――
マルコの視界の端から、風のように体が躍り出た。
フェリオだった。
「俺、行きます!」
フェリオがパンッと石畳を叩き、義足のバネを使い素早く飛ぶように走る。
「フェリオ!勝手に動くな!」
騎士団員の一人がそう言うが、もう遅い。
「あ、おい!待て、無茶すんな!」
マルコがそう言う間に、フェリオはどんどん前に行ってしまう。
まずい、追いかけなければ。
今はジャンさんも、主任もいない。
騎士団員二人は重装備で、フェリオに追いつくのは難しそうだ。
「くそっ……俺が行きます!」
そう言って、騎士団員の二人早く、マルコもフェリオを追いかけ始めた。
マルコは石畳を踏み鳴らしながら、薄暗く街灯を反射する靄の中に、飛び込んでいった。
しかし、走っている間も、違和感が靄のように肌に張り付いているのを感じていた。
……まるで、こちらを誘っているような……
月は―――出ていない。
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