第14話 歪んだ善意
三人目の被害者が発生してから一週間が経過した。
セナたちは、現場に残された魔法陣の仕組みの解読に勤しんでいた。
研究所の作業室は徐々に暗くなり始めていた。
日が落ち始め、薄闇が当たりに広がり始める。
影を長く落としはじめた室内は、無機質に闇夜を受け容れ始めていた。
セナはデスクの明かりをパチンと点け、また手元の書類に目線を落とした。
(……なんか……きもちわるい……)
セナは、ダミアンに犯人の魔力と同調している可能性があると言われてから、左脇腹の『咎の刻印』が気になっていた。
特に痛みは無いのだが、他人の、しかも連続襲撃犯の魔力の残滓があると言われると、ぞわりとした気持ち悪さを感じた。
かと言って、他人の魔力が抜けるまでには、あと数日かかるようだった。
幸いにも、犯人の魔力の近くにいなければ、何ともないので、セナは自然に魔力が抜けるのを待つことにした。
セナが気を取り直して、資料を読見始める。
すると、仕事場のドアがコンコンと叩かれ、そのまま開いた。
「セナ、ちょっといいか?」
クラウスが、セナたちの作業場に顔を出しに着た。
解呪師との協力体制が始まってから、クラウスとは挨拶程度に進捗などを報告するだけでであった。
「クラウス。どうしました?」
セナは、立ち上がりクラウスの元へ寄る。
セナはこの日、ビビアナと一緒に部屋に残っていた。
ビョルンは前回の現場から持ち帰った魔工具のトラップの解析を行い、アネッタは特殊機材を使うために別な場所へ赴いていた。
ビビアナはクラウスに軽く挨拶をしたあと、静かに作業に戻っていった。
「以前一緒に仕事したトニがいるだろ、最近会ったか?」
「いえ?しばらく会っていませんが……どうしました?」
クラウスが、右手で薄めの顎髭を触る。
「……じつはな」
クラウスがちらりとビビアナの方を見たが、すぐにセナに目を戻した。
気にしても仕方がない。とでもいうような態度だった。
いつもは厳格そうなヘーゼルの瞳に、今は感情が滲んでいる。
「……トニがしばらく前から仕事に来ていないそうだ。連絡もとれない。何か知らないか?」
「……え?」
セナは、その一言で混乱した。
トニが?どうして?
「い、いえ。私も暫く話していないので、分からないです……」
「そうか……解った。騎士団に、これから連絡することにしよう。」
「何か事故に巻き込まれてなければ良いんだが……」
平静を装っていたが、細い金縁の眼鏡の奥の瞳は、少し不安そうだった。
「あの……トニはいつから来ていないんですか?」
「およそ、一週間前だそうだ。こっちに連絡がきたのが今日だ」
(一週間……3人目の被害者が発生したのが、一週間前……)
そういえば、大精霊祭の時に……トニが……
彼は、無意識に顔の傷跡に触れながら、こう言っていた。
『まだ試作段階で……でも、完成したら、きっと多くの人の役に立てると思います』
ある考えが、セナの頭をよぎった。その時――
急に心臓が鷲掴みにされたように、息が詰まる。
ドクンドクンと心臓が跳ね回り、呼吸がうまくできない。
「セナ、どうした?」
「い、いえ、なんでも」
「……大丈夫か?」
「は、はい。少し疲れてるみたいです」
「それならいいが……心労が溜まっているなら、いつでも言え」
「はい。わかりました。クラウス。」
そう言い、クラウスが部屋から去っていく。
セナはその背中を見送ると、静かに椅子に座り直した。
セナはその間も、頭の中に浮かんだ考えを、真っ向から、強く否定した。
(トニが?まさか!彼は魔法陣で爆発事故にあってる!)
セナは、このバカバカしい考えをかき消そうと、目をつむり、深く深呼吸をした。
この時、同じ部屋にいたビビアナが、静かに耳を――
――セナの心臓の鼓動に耳を傾けている事に、セナは気づいていなかった。
ビビアナの耳が、ピクピクと動き回っているが、ビビアナは体が動かないように務めた。
セナは呼吸を落ち着かせてから、静かに目を開く。
そして、窓の外に目をやった。
外の景色は薄闇からすっかり姿を変え、明るく細い月がのぼっている。
明日は、新月だ……
そう思い、部屋の中で明るく照らされたデスクに目を戻す。
そこに、ふと、机の端に置きっぱなしのトニのノートが目に入った。
(しまった。忙しくて、トニに返すの忘れてた……せっかく解呪師の人たちが回収してくれたのに)
先程のクラウスの話もあり、セナはトニのノートを静かに手に取る。
爆風で、少し煤けており、あの時の事を思い出して、セナは心を重くした。
ぱらり。とめくってみると、沢山の業務メモが書いてある。
それだけで、彼が努力家と言うことがよくわかる。
業務ノートには
『ビョルンさんに助けてもらった、次は自分でやる』と、フォローされた時のメモや感謝。
忘れないように、何度も定期的に同じような見直しリスト。
ビョルンから聞いたのか、良い魔工師になるためのメモなどが書いてあった。
(トニ、一体、どうしちゃったんだろう。心配だな……)
(もしや、私と同じで、あの犯人に襲われて……)
トニへの不安と、あの時の恐怖を思い出し、セナは心が混乱し泣きそうになった。
そして、ページをめくると、ある番号が目に留まった。
“No.5-27-B”……
この文字だけ、ノート全体と筆跡が違う。誰かの走り書きのようだった。
まるでトニの思考の中に、異物が入り込んでいるようだった。
(なんの番号だろう……?)
セナは、このノートを見て、先程トニを疑った事が、本当にバカバカしくなった。
しかし、ただ、たった一つ。
『その文字』のことが、白紙に一滴だけ墨を垂らしたように、漆黒の疑惑としてセナの中に存在していた。
セナは、暫く考えた末――
――トニのノートを握りしめ、立ち上がった。
* * *
とっぷりと日が落ち、外には街灯がちらついていた。
解呪師の詰め所は外の闇とは正反対に、灯りが煌々と室内を照らしていた。
「トニが来てない……?」
机に座ったダミアンがそう言うと、セナが不安そうに頷く。
「……来てない時期も、3人目の犠牲者の発生時期と一致しますね」
マルコが、別な机に座り、訝しげにそう言った。
その向かいには、ジャンの机があるが誰もいない。ジャンは今は外出中だ。
「クラウスは、事故に巻き込まれてるかもって言ってたけど……でも、ひっかかる事があって……」
セナが、不安そうにダミアンとマルコに目をやる。もじもじと手を組んでいた。
「なんだ?」
「……トニの業務ノートに、第三者の筆跡があって」
セナは、しどろもどろに説明をした。
「トニのことは、本当に心配。でも……」
「……この事件とは関係ないかもしれないけど、一応、調べた方がいいかもと思って……」
そう言い、セナはダミアンにトニのノートを見せた。
ダミアンがそれを受け取り、マルコが近くに来て、そのノートを覗き込む。
“No.5-27-B”――
マルコとダミアンがその文字を見たとき、あっとマルコが思い当たるような表情を見せた。
「――これ、ファイルの整理番号じゃないですかね?」
マルコが、指先で数字を指す。
セナは、驚いた様子で口を開いた。
「ファイル?でも、こんな整理番号見たことないけど……」
「研究所のファイルって、一般職員では閲覧できないものがあるじゃないですか」
「あるね。私は閲覧権限が無いし、仕事では使ったことないけど……」
「俺達、解呪師は職務権限で見れるんです。その番号に似てるなって。確信は無いけど」
マルコが、飄々とした態度で答えた。
「で、でも、トニも私と同じで、閲覧権限はないと思うんだけど……」
セナがそう言うと、ダミアンがすっくと立ち上がり、その黒衣の長い脚をドアの方に向けた。
「……一応、確認する。ついてこい」
そう言い放ち、マルコとセナが、慌ててダミアンの後についていった。
* * *
研究所内の資料室にたどり着くと、カウンターに管理人が座っていた。
ダミアンが不躾に「禁書庫に入る」と言うと、管理人が慌てながらも、どうぞ。と入室許可と鍵を出した。
どうも、解呪師の対応に慣れているらしい。
禁書庫への入口は、管理カウンターの隣の小さな、古い扉だった。
そこから石造りの細い階段を下ると、地下禁書庫へたどり着く。
上位の職務権限を持っている者しか、入室することが出来ない部屋だ。
あまり立ち入られる事がないのか、薄暗く、ひんやりとした空気と埃っぽさを感じた。
部屋の中は、いくつもの本棚に古そうな本や書類が並べられている。
壁際の棚は、厳重に封印処置を行われていものもあった。
壁際の本は、絶対にむやみに触ってはいけない。そう本能が告げていたので、なるべく視界に入れないようにした。
「じゃ、番号を探しましょうか。えぇと、“No.5-27-B”――」
マルコが指を指しながら、棚を探し始める。
少し歩くと、目的の棚と書類ファイルを見つけた。研究記録のようだ。
厳重に封印処置がされている物ではないようだった。
「わ、私もそれ見ていいの?だって……禁書庫にあるって事は……」
セナが、不安そうな顔をしたが、ダミアンがすぐに返答した。
「俺が許可する。」
それを聞いたマルコが、少し目を見開いたが、上司に対して特に何も言わなかった。
「わ、わかった…」
セナが、恐る恐る書類を手に取り、ファイルをゆっくりと開く。
中のファイルに目をやると、セナの呼吸が震え始めた。
そして……震えが収まらないまま、指を指しながら、タイトルを読み上げた。
「ろ、論文の……タイトルは―――
―――『咎の刻印を取り除く、実験構想とその手順』……」
タイトルを読み終えた時、セナは気分が悪くなり、呼吸が荒くなった。
胃液が、せり上がってくるようだった。
認めたくない……
でも……これだ―――
あの魔法陣の仕組みだ―――
セナがクラっと一瞬めまいをおこし、一歩後退りした。心臓の鼓動が大きく跳ねて止まらない。
視界が、自分の鼓動で揺れ、足元もおぼつかない。
書類を読み進めていると、被験者として選ばれた「咎落ちの実験候補者」のリストがあった。
セナは、背中に粟がたち、嫌悪感を全身で感じていた。
頭が、警報を鳴らしている。嫌だ、読み進めたくない……
そこに――
――セナの名前があった。
それを見た時、恐ろしくて、書類の中の文字が追えない。目が、文字に焦点を合わせるのを拒否している。
手も、力が入らず、とうとうファイルを床に落としてしまった。
セナ自身も、ゆっくりと地面に座り込む。
マルコがセナを気にかけて、背中を支える。しかし、彼も驚きで、声が出ないようだった。
ダミアンは、セナが落としたファイルをゆっくりと拾い上げ、しっかりと指で文字を追った。
しかし、その指先が、ほんの僅かに震えていた。
彼は食い入るように書類を見ている。眉間の皺が、文字を読み進めるたびに深くなっていった。
暫くするとダミアンが、パタン。とファイルを閉じ、静かに呟いた。
「―――マルコ。騎士団にトニを探すように連絡しろ。連続襲撃事件の……重要参考人だとな」
そう言ったダミアンの声は、非常に低く、ゆっくりだった。
「……了解」
マルコも、静かに頷いた。
先程の優しい雰囲気とは違う、職務を全うすると決めた若者の表情だった。
* * *
鋭い三日月が、雲間から見える。
明日は、新月だ。
暗闇、廃墟の壁の影に、黒いフードを被った人物が、座り込んでいた。
その周りには、魔工の部品や、工具などが散乱している。
フードの下から響くゼェーゼェーという荒い呼吸音が、石壁に反響している。
暗闇の中で、何かを捕らえようと、目は血走っていた。
その腕は――咎の刻印で覆われていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
やっとこの話まで書けました…!(ノートの文字の初登場回は第一章の9話です)
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