ヌリカベ―前編―②
○
食事はとてもおいしかった。
どうやら、飯は姉の手作りらしく、今日は、カレー、プリン、ハンバーグ、目玉焼きとトーストと
一定の間隔で扉の下の荷物搬入口(?)から出された事から、少しづつだが時間間隔がわかるようになってきたのだ。
「そうなると、今日で丸一日たつわけか・・・・」
始めはどうなるかと思っていたが、意外とおいしい食事、途中から配給された布団と毛布、確かにトイレだけは苦痛だが、
搬入口前に出しておけば自動的に回収してくれる、そして何よりおやつつき、そんな事を考えていたらいつの間にか
扉に目が現れ、俺を見続けていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
扉の目は今回も何も言わない、が、しかし、始めてみたときの恐怖はどこに言ったのか、回数を重ねるごとに恐怖は
完全に無くなり、今ではその目を無視、もしくは少しづつだが、心地よくも感じるようになってきた。
ガシャン、監視窓がしまる。
だが、やはりこの監禁生活は、苦痛以外の何でも無かった、なぜなら、やる事が無い。
「暇だ・・・・・・」
せめて話し相手がいれば、これまた別の話なのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・暇だ」
飯はさっき食ったばかり、だんだんと眠たくなっては来ているがいかんせん、狭い部屋でじっとしていた所為か、まったく睡魔が
襲ってこない。
何かやる事は無いかな、と思いなんとなく壁のしみ?(と言うよりは煩雑に塗られたコンクリートのへこみのようなもの)
を数える事にする。
「1、2,3,4、・・・・・・」
あれ、おかしい、昔は一つの部屋だったこの部屋を分断する大きなヌリカベは、急いで塗り作ったからか、よく見れば
壁が薄いところと厚いところが存在するのに気づく。
そして、そこから何か、たたく様な音が聞こえてきてたので、壁に寄り添い耳をつける。
(・・・・・・・・・・・・・コンコン)
「?!」
隣に、誰かいる? 誰が?なぜ?
さすがに暇をもてあましていたし、もしかしたら気のせいかもしれないが、ダメ元でノックを返して見ることにした。
「・・・・・・・・・コンコン」
何らかの反応が無いか確認するために壁に耳を押し付ける。すると
(・・・・・・・やっぱり、そこにだれかいるの?)
壁の中から少女の声が聞こえた。
「?!!」
驚きのあまり声が出ない、
(・・・・・・・・気のせい?)
早く応答しなければ離れてしまうような気がして、急いで何か言おうとするが浮かばない、だから、
「コンコン・・・・入ってます。」
わけがわからない、ここはトイレか?俺は馬鹿か?
(?!・・・・・・・・・・)
気のせいかもしれないが、一瞬息を呑むような驚きが聞こえ、
(いるなら早く、答えなさいよ!!)
俺は壁の中の少女の声に怒られた。
「ご、ごめん・・・・」
(ごめんじゃないわよ、隣から音のようなものが聞こえたから、丸一日、あいつにばれないように、合図をしてたのよ!!)
何度か壁の中の声を聞いているうちに、確実にその声は少女のものだと確信する。
それはなかなかにかわいらしく、そして少し口が悪い。
それでもって、声は壁の中(奥)から聞こえてくる為(実際は壁の奥の区切られたもう一つの部屋にいるのだろうが)
壁の中の少女と話している、もしくは壁自身と話している様な錯覚におちいってきた。
(それで・・・・あんた・・・だれよ?)
「俺は・・・・・・・・祐人」
(祐人・・・・・・・・・どっかで聞いた事あるわね、苗字は?)
「井上、井上祐人」
(!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
壁の中の少女の声が一瞬止まる、そして
(最悪・・・・・・あの、馬鹿マネージャーの弟なの・・・・・・・・・?)
一瞬、壁の中の少女、長いから壁少女でいいや、がこの世の何もかもをうらむような声で俺を罵ってきた。
(・・・・・・・・・・せっかく、同じ境遇にさらされた人間が現れたと思ったら、それがアイツの弟だったなんて
最悪!!)
姉の仕事は今人気ばく進中の歌手のマネージャーであり、壁少女が言う「アイツ」が誰の事だかはすぐに検討がついた。
そして、この壁少女の正体はおそらく、まあ今の監禁されている現状を考えると正体なんてどうでもいいことなのだが。
「ちょっとまってくれよ・・・・宮姉の弟だからって、俺まで嫌がるのはおかしいだろ、俺だって被害者だぜ?」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・むっ、むぅ)
壁少女は、さっきまでの暴言とは異なり、とてもかわいらしい声でうなりだした。
(たしかに・・・確かに、あなたもアイツに監禁された被害者なのよね・・・・ごめん)
うんうん、わかってくれればいいのだ、意外とかわいいところがあるじゃないか、この壁は。
(でも・・・だからと言って、私と同等に考えないでよね、あんたは身内、私は他人に監禁されてるんだから)
いや、ごもっともです、なんかすいません、うちの姉が・・・・・・迷惑を掛けて。
(で、あんた、なんで実の姉に監禁させられているのよ?)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・さあ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな理由、俺が聞きたい
(さあ・・・・って、あんた家族でしょ?少しはなんか、心当たりとかあるでしょ?勝手に姉の入浴現場を覗いたとか
姉のブラジャーを持ってったとか、ぱ、パンティーを盗んだ・・・とか)
ひどい言われようだ、相当俺は嫌われているっぽい。
一応誤解がないように、兄が死んでからの姉の事を話して見る事にする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・と言うわけなんだ、だから、兄が死んでから宮姉は少しおかしかったんだよ、
だから、それがピークに達したのかも」
壁少女はうーむとうなりながら、
(確かに、アイツが葬式に言った後、相当フインキが変わったと思ったけど、そういう事情があったのね。)
間髪要れずに少女は言う
(でも、同情はしないわよ、それとこれとは別の話だもの、それに・・・・・手遅れなのよ、もうアイツは・・)
どう言う事、と聞こうとして
(もうそんな理由で許される状態じゃないのよ、だって、あいつ・・・・・・・・・実の両親を殺してるんだから)
「・・・・・・・・・・・?!」
思いもかけない言葉を俺は耳にした。
◎
薄暗闇の早朝、一台の車が住宅街を走っていた。
その車は一軒の家の前に止まると、すぐにメガネを掛けた若い女性が急ぎながら車から飛び出した。
「じゃあ、ちょっと待っててね、すぐにとってくるから、ごめんね」
女性は、車の中にいる少女に何度も頭を下げ謝まる。
「まったく、信じられない、なんでアンタの自宅に飛行機のチケットわすれるのよ?
今ツアーの真っ最中なのよ?次は北海道まで飛ばないといけないって言うのに。」
車の中にいる少女は不機嫌そうに、そっぽを向くと、早く行けと手で合図する。
「ごめんね、ほんとにすぐとってくるから。」
がちゃん
ドアを閉め、女性が家の中に吸い込まれるように入っていった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
車の中で待つ少女は少しでも時間を無駄にしまいと、音楽プレイヤーを聞き自らの歌詞を反復する。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・遅い」
待ち始めてから、おおよそ20分が経過し、自らの反復はすでに4回を超えていた、
「何考えてんのよ、アイツは・・・時間無いのわかってるんでしょ?」
さらに10分が経過する、気がつけば気を紛らわせるためか、少女は軽く足を組み揺らし、車の扉をカツカツと、
人差し指でたたき続ける様になっていた。
「・・・・・・・まだなの、遅すぎる」
軽く時計を見て、その時間が車で飛行場まで行く時間の限界値だと気づき、
これ以上待てば確実に離陸に間に合わないと悟った少女は、ついに待つのをやめた。
「・・・信じられない」
がちゃ
車のドアを開け、力いっぱい扉を閉める。
がしゃん
すぐに女性が入っていった自宅に向かう、少女はチャイムも鳴らさず人様の自宅へと踏み込んだ。
このときの少女は、時間におわれ、かつ苛立ちによって冷静さを失っていた。
だから・・・もしもこの時冷静にチャイムを鳴らし、女性が出てくるのを待てば・・・あるいは、少女がこの後に起こる
事件に巻き込まれる事は無かったのかもしれない。
カツカツカツカツ
靴を脱ぎ廊下を急ぎ足で女性を探す、もしかしたら、女性の両親や兄弟に出くわすかもしれないが、この時の少女には
そんな事気にしている余裕は無かった。
一番奥の扉を開けると、そこは居間につながっていた。
そこそこ大きなテレビ、回る換気扇、もう11月だって言うのになぜか冷房のクーラーがスイッチオンになっている。。
少女は、どこに言ったのよ、と思いながら奥のキッチンへとつながる扉に手を掛け
がちゃ、
「・・・・・・・・・・・・臭っ」
妙に生臭く、吐き気を催すにおいに少女は嫌悪感を抱く
薄暗くてはっきりとはわからないが、周りを見渡す少女の周りには多くの黒いゴミ袋が重ねてあった。
「・・・・・生ごみ?まったく、こんなに貯めてんじゃないわよ、」
妙に液体物を含んでいるように見えるゴミ袋を横目に、隣のドアからシャワー音が聞こえてくるのに少女は気づいた。
「何・・・・・・・・・アイツ、私を待たせてシャワーなんて、浴びてるの?信じられない、時間が無いって言うのに」
すぐに、怒鳴りつけて呼び戻さない戸と思い、まっすぐ洗面所へと向かおうとして・・・・
ギュにゅ
「ひゃっ?」
少女は何かやわらかい物を踏みつけ、驚いて声をあげると共に二三歩、前につんのめる。
何を踏んだかはわからない、ただ・・・・その感触が、妙にいやなものだった事だけは少女には理解できた。
「な、なんなのよ・・・・」
足の裏が妙に冷たい、どうやら、さっき何かを踏んだときに液体が飛び出たようだ、そう思い虫か何かを踏んだかな、
いやだな、と思い少女はゆっくりと踏みつけたほうの足の裏を見て見る。
「きゃっ」
べっちゃりと、何かがついている。
「だから、なんなのよ・・・・・・・・」
薄暗闇の部屋の中ではその液体が何なのかまではわからない、
そして今度は、自らの踏んだ物を確認しようとし通った道を目を凝らしてさがす。
「・・・・・・・・・・・・・」
そこには、細くて長く、その中から液体が出ている「物」があった。
ゆっくりと近づき手にとって見る。
「・・・・・・・・何・・・・・これ・・・?」
「きゃぁ?!」
思わず手を離す、そこには赤くまた肌色の皮がついた「物」が白い固体をはみ出させながら転がっていた。
「な・・・・・何なのよ、」
それは誰もが自らに持っている物の一つ、当然少女にも存在する、すなわち、少女の足についたのは・・・・・血であり、踏んだのは
「・・・・・・人の指」
がたん、思わずその場に倒れてしまう、そして手を突いた先には・・・シーツに包まった「何か」
ところどころ湿っている「それ」、少女は急いで離れようとして足をもつれさせシーツ事ひっくり返ってしまった。
がたん、がしゃん、
シーツが少女に絡みつき、中にくるまれていた「それ」があらわになる。
それは、人の形をしていた、手はあるし、足もある、頭もある胴体もある、とりあえずそれに不足しているものは何も無い、
しかし・・・悲しいかな、少女はそれを人と認識は出来なかった、なぜなら・・・・・・・・・・・・・・・・・
その額の上にアイスピックという普通の人間には無い「角」が真っ直ぐに突き刺さっていたのだから。
少女はすぐに目を背ける、その目の先には・・・・大量のゴミ袋・・・・・・そして、その内面には液体らしき・・・・
「あ・・・・・・・・・・・・・・・見ちゃった?」
唐突に問いかけられる声、気がつけば少女の後ろには浴室にいただろう女性が、「何かが」詰まった黒いビニール袋を片手に
ぬらりと立ち・・・・・・・
「せっかく見えないように、シーツでくるんでかくしてたのに・・・・・まあ、それよりも」
ニコニコしながら女性は少女の前にゆっくりと音も無く歩いてくる。
そして少女の目の前で止まり、唐突に少女の顔の前に自分の顔を寄せる、その距離にして数センチの近さである。
「だめよ、人様のうちに上がるときはチャイムを鳴らさなきゃ」
やわらかく、そしてやさしい声で口を吊り上げながら、笑ってみせるように語る・・・・しかし、その目は血走っており、
がんばって笑っているように見せてはいるが、逆に口がつりあがり、その形相はさながら悪魔のように見える。
「ひっ」
唐突に女性は黒い袋を落とす、その音に反応して・・・・少女はその袋の中をみてしまった。
赤い塊
細長く伸びた袋
塊の中から飛び出す、白い塊
その中央にある・・・・・・・・・・胴体の無い・・・・顔。
「今、おかたづけしてたの」
さも、当たり前のことのように女性は言う。
少女は袋の中身に気を取られ、女性の話が一瞬何の話かわからなかったが、
その言葉の意味が「死体処理」だと気づき・・・・・・・・
「人・・・・・・・・・・殺し」
その言葉を発した瞬間、少女は近くにあったビールピンで殴られ、アイスピックの角を持った男性と仲良く並んでフローリングに
横たわる事になった。
○
(そんなわけで、二週間が経つわけよ)
壁の中の少女は、一通りの話を終え、監禁されてから溜まっていた物を一気に出したようなすがすがしさで
俺に話しかけてきた。
(まったく、やってられないわよ、お風呂もシャワーも何日入っていないと思ってるのよ・・・って私ばっかし話してる
じゃない、アンタもなんか話しなさいよ)
「いや、まあ・・・災難だったね」
・・・・・・・・・・・俺のせいじゃないとしても、この事態を引き起こしたのは姉であり、実の家族である、だから
こんな妥当な事しかいえない。
(なにそれ・・・人事じゃないのよ?今現在アンタも、監禁されてるのよ?現状・・理解してる?ったくもう、緊張感が無いんだから)
どうやら壁少女にとって、俺の印象が少し変わったようだ。自分に起こった事全てを語り、それに共感をもてる俺を
・・・・・・・・・・・・仲間と認めてくれたのだろうか。
(まあ、でも?アイツのおかげで、この世の中に怖いものはなくなったわ、復帰したら先輩だろうが、プロデューサー、だろうが
大物歌手だろうが大物芸能人だろうが、全部まとめてちぎってなげてやるわよ)
いやまったく、たいした度胸をお持ちで。
「・・・・でも、今の話からすると、キミ、ここから出てやるって聞こえるけど・・・何か作戦でもあるの?」
冗談半分で聞いて見る・・・そう、出れるはずが無い、窓一つ無く唯一の入り口はこの硬く閉じられた扉だけなのだから。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
あれほど元気だった壁少女が天地がひっくり返ったように静かになる。あれ?俺変な事聞いたかな?
(・・・・・・・今は)
かすれた声が聞いてくる、どうやら壁少女は細心の注意を払って伝えようとしているようだ。
(詳細は言えないけど・・・後はタイミングさえ、合えば・・・・・もしくは・・・・)
ごくりと、つばを飲む、先程まで軽快に愚痴をこぼしていたのが嘘のような冷静さと、警戒心の高まった声で、
壁を通して俺にまで緊張が伝わってきた。
(でも、その時は・・・・お隣さんのよしみであんたも一緒にだしてあげるわよ・・・楽しみにしてなさい、あんたの
馬鹿姉に一発お礼して、警察に突き出してやるのよ・・・・私に手を上げたお返し・・・たっぷりとしてあげるわ
フフフフ)
最終的には不敵な笑い声のみが壁に響く
(とりあえず、そのときまではちょっと待っていて、あと私が行おうとしている作戦は、アイツにあくまで私一人が話す相手もいなく
「孤独」であると思わせる事が絶対条件になるの、だから・・私たちがこの壁をまたいで会話してる事は絶対にアイツにばれないよう
にして)
「・・・うん、わかった」
(よろしい、あと、その為にもまずは会話の前にこの壁の薄いところを数回ノックして、それで、10秒以内に相手がノック
し直したら会話開始、もしそれが無い場合、アイツが監視しているか何らかの理由で今話すとまずい状態にあると言う事、
その時は会話せず何も無かったように振舞って・・・・いい?それと、ノックも気おつけて、絶対にアイツに悟られないように
・・OK?)
「了解」
軽く同意の意思を示す。
(で、アンタ名前なんだっけ・・・・?さっきも聞いたような気もするけど、地味ななまえだったから忘れちゃったわ、
とりあえずもう一回聞いてあげるから言いなさい)
この少女は意外と失礼な事を言う、しかも自分が忘れたのに命令口調、何様だ?
「祐人・・・・もうわすれるなよ、井上祐人だ・・・・で、逆に聞くけど、君の名前は?あとスリーサイズも」
さっきのお返しに冗談半分で色々と聞いて見る。
今気づいたが、壁少女は俺の事が誰だか知っているが、おれ自身は相手の事を知らない・・・・まあ、
前も言ったかもしれないが宮姉がマネージャーをしていた相手だから、大体の予想はついているけど。
(それは、企業秘密、マネージャーを通してもらわなきゃ困るわ)
いや・・・・・・・と言うよりはそのマネージャーが今回の事件を引き起こしたわけだが。
(まあ、冗談はほどほどにして、今は名前とかは伏せておくわ、色々と話題に上ったら、今後の私の歌手生活に支障がでるし)
むしろ現在進行形で支障が出てますよ、壁の中のお嬢さん
予想はつくが、確証が無い以上、彼女の事は今後も壁少女、もしくは壁嬢、いや、そっちはなんかアレだからやめとこう、
今のままの壁少女で決定と言う事で。
(それと・・・・・・・・・・・・・ゆ、祐人)
「は、はい!?」
唐突に名前で呼ばれてあせる俺、しかも、さっきとフインキが変わってなんだかしおらしくきこえる。
(・・・・話聞いてくれたおかげで、だいぶすっきりしたわ、それに、さすがに二週間誰とも話さないと、
ちょっと不安になってきてたのよ・・・ちょっとね、ちょっとよ!?)
どうやら壁少女は、あまり相手に弱みを見せるのは好まない性質らしい。
(・・・・・だから、まあ、なんていうの、話をしてくれて・・・・・・ありがとう・・・・・ごめ、忘れて
・・・やっぱ今の無し。)
おれは壁の向こうにいるはずの少女の顔を予想してニヤニヤする、まったく、かわいいところもあるじゃないか。
(じゃあ・・しばらくの間はお互いがんばりましょう、あらためて、よろしく、祐人)
「ああ、こちらこそよろしく」
そういうと、壁の少女は軽く(じゃあ疲れたから今日は寝るわ)とだけ残し、この日のそれ以上の会話は無くなった。
こんな状況で、(おそらく)歌手で芸能人の少女と二人だけの秘密が出来るとは、なかなかに人生面白いものだ、
そう考えながらゆっくりと目を閉じる。
朝だか夜だかわからない塗り固められた壁の部屋で、俺たち二人はヌリカベを背にして眠りについた。
●
周りの目線が奴にばかり向けられる
並外れた運動神経、学力、容姿、奴の周りの人間は奴を「天才だ」と言い期待の目を向ける。
確かに周りの奴らは俺に対して非難の目は向けなかったが、だからと言って期待の目も無かった。
すなわち、周りの奴らにとって俺なんて、「どうでもいい存在」と言うわけだ、そしてそのどうでもいい存在と
みんなのヒーローである奴を周りの人間は見比べて、心の中で劣っている子と思っているに違いない。
そう、あの風邪の日から俺は気づいてしまった、そして気づいてしまった日から、いままで隠されていた多くの物が
見えるようになった。
奴の成績はいつも学年でトップ、だが俺は
奴のサッカークラブでの実力はいつもトップ、だが俺は
奴の周りの女子はいつも奴に好気のまなざしを当てる、だが俺には
違う、違う、違う、違う違う違う違う違いすぎる。
奴には向けられる目線がある、親から、友人から、女性から、教師から、近所から、そして、姉から。
だが、俺には無い、無い無い無い無い無い無い、まったく誰も見てくれ無い。
ふふ、いいんだ見てくれなければ見なければいい、そっちがその気なら俺も見ないから、俺は俺の世界で生きる、
周りは気にしない・・・・・気にしないんだ。
―――――― あの時だって ――――――――――
その女子は俺と同じ学年だった。
中学にあがりたての俺に、そいつは一通の手紙を差し出した。
「これ・・・・・・・・・・・」
まさかの事態に俺は困惑する、驚きと期待のあまり、胸が張り裂けそうだった。
「これって・・・やっぱし、ら、らぶ・・・」
「ラブレター・・・・・・・」
言葉に出すのも恥ずかしい言葉をその女子はなんの躊躇も無く言う
その女子は隣のクラスでも人気のある女子だった、容姿は抜群によく、明るく、少し考えが足りないところがあるが
そこはまあ、愛嬌のような物だ。
そんな女子に俺は、今まさにラブレターをもらおうとしている、夢のようだ。
そう、どうあがいても周りの人間は「奴」ばかりを見ていた、俺ではなく「奴」をだ、それは奴に勝とうと陰ながらさまざまな
努力をしたが無理だった、結局、学力も運動神経も人気も、すべて、奴にはかなわなかった。
だが、今はどうだろう、今のこの瞬間は、どうだろう、確かに奴の周りには奴に目線を向ける人間は多くいる、だが
本当に一途で、思いのこもっている目線を向けている奴はいただろうか、いや、いなかったはずだ、うんいない。
それが、今回は、俺にはある、この子がおれに目線を向けてくれた。
「じゃ、じゃあ、ありがたく、いただくね」
やさしく切り返す、喜びと緊張のあまり手が震えている。
手紙を受け取ろうとした瞬間、
「・・・・・・・・勘違いしないでアナタにじゃないわ」
「えっ???」
意味がわからない、わけがわからない、この子は今なんて言った、俺にじゃない?じゃあ誰に?同じクラスの奴らか?
だったら、そいつに直接渡せばいい、じゃあ何で俺にわたす?
女子はさっきまで俺に向けていたぶっきらぼうな顔つきではなく、少し頬を赤らめ目をそらしながら
「あ、アナタのお兄さんに渡して欲しいの・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の世界が一気に闇に包まれる
「この前のサッカーの試合でアナタのお兄さんを見たんだけど・・・一目ぼれしちゃったの、で
つい最近知ったんだけどアナタ、彼の弟さんなんだってね・・・直接、渡そうとも思ったんだけど・・
やっぱりはずかしいし、それに弟のアナタが私とお兄さんの間を取り持ってくれれば、うまくいきそうじゃない?」
自分勝手なことを言ってくれる、手紙を渡したいんなら、自分で渡せばいい、恥ずかしい?そんな物知らない
そして何が、私とお兄さんの間を取り持ってくれれば、だ馬鹿かコイツ、死んでもごめんだ。
しかも、自分の事ばかりペラペラペラペラしゃべって、相手の事を何も気遣おうとしない、まえから考えが足りない奴
だと思ってはいたが、本当にただの馬鹿だったとは。
「じゃあ、よろしくね」
そういうと、無理やり俺の手を握り手紙を持たせ、その女子は自分のクラスへと帰っていった。
そして気づく、やっぱし俺の周りは俺ではなく奴ばかりを気にしている、目線を向けている。
はは、いやわかっていたさ、そんな事、俺に目線を向ける奴なんていない。
向けられるのは、いつも奴。
いやな気分を引きずりながら一日が過ぎていく、あんなに晴れた午前中に比べて、昼からは土砂降りの大雨だった。
雨は嫌いだ、特にこんな土砂降りはいつもあの日のことを思い出す。
その日はちゃんと傘を持ってきていた、っというよりはあの日から折り畳み傘は俺にとっての必需品になってしまったからだ、
傘を差し帰宅中にカバンの中を見ると、午前中に受け取ったあの馬鹿からの手紙がきちんと少しの汚れも無く入っていた。
おもむろにその手紙を取り出す、手紙にはかわいらしい文字と封筒に包まれており、宛名である奴の名前と差出人である
あの馬鹿な女子の名前が記載されていた。
朝の記憶がよみがえる、同時にいらだちもよみがえった。
「なんでおれが渡さなきゃならないんだよ・・・・馬鹿じゃないの」
そう考えると、一瞬この土砂降りの中にこの手紙を捨ててやろうと思いつく。
そうだ、捨ててやればいい、別にいいじゃないか、あの馬鹿が勝手に俺の手のひらに置いただけ
俺は渡すとも、仲を取り持つとも言っていない、だから、ここで捨ててしまってもいいんじゃないか、
手紙を持った手が上に上がり、そして力いっぱい手紙を地面に、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
投げなかった、俺の手には忌々しいあの手紙のみが未練がましく残っている。
捨てれなかった、たしかに約束はしていないが、あの状態で俺が渡さないのは不自然だそう思うと、手紙をすてれなかった。
バシャ
「つめた・・・・・・・・・・・・」
一瞬何が起こったかわからなかった、気がつけば俺はべしゃべしゃの泥まみれにされていた。
「何だって言うんだよ、今日は・・・・」
どうやら、隣を通った車が水溜りに入りそれが盛大に俺に降りかかってしまったらしい。
「厄日・・・か、手紙の事もあるし・・・・・・・・・・・・・・手紙」
手紙を持っている手を見る、手紙は、かわいい封筒につつまれ、かわいい文字で書かれた手紙は、見るも無残な
泥まみれの物体へと形を変えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・どうしよう」
まずい、まずい、まずい、こんなつもりじゃなかった、捨てようかとは思ったが、そんなのは本当ではない、
現に捨てるのを止めたじゃないか、だが手紙はどろだらけ、これは何でだ?車が通ったからだ、じゃあ誰のせいだ
「あの、車のせいだ・・・・・俺のせいじゃない」
そうは言ってもこれからどうする?・・・・・・・・・・・・俺のせいじゃないっといっても、あいつらは
汚したのは俺のせいだと罵ってくるだろう、くそっ、面倒な事になった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雨の中、道路のふちで立ち止まり考える。
もう一度泥の塊を見る、ああ、これはひどい、原型がないんだもの、こんなのもらってもうれしくは無い、と言うよりは
これを受け取るかどうか、なにしろどう見ても泥のついた「何か」、間違ってもラブレターには見えない、普通の人間なら
こんな物受け取らない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うけとらない?」
そうだ、なら奴に受け取らせなければいいんだ。すなわち
先ほどの車による泥がかかると言う事は自分の中で「無かった事」にする、だから実際手紙は水しぶきかかって泥だらけ
になってしまってはいるが、それはかかっていなかったと言う事にして、奴に渡す。
当然奴は、そんな泥だらけの「何か」なんて受け取らないはずだ、すなわちこれにより
馬鹿な女子が手紙を俺に預ける → 手紙を泥にぬらす → 奴が受け取らない →汚したのは俺のせいになる。
から、俺の中の世界を手紙を泥にぬらすと言う事を「見なかった事」にすれば
馬鹿な女子が手紙を俺に預ける → 奴が受け取らない → ただの失恋話になる。
と言うわけだ。
我ながらいいアイディアである、そうだ、周りの人間はは俺の事を「見ない」、だったら俺も俺の目線だけで
余計な事、自分に都合の悪い事は「見ない」事にすればいいんだ。
そう、俺は俺の世界を作る、フ、そうだ始めからそうしていればよかったんだ、そうすれば俺の世界で生きれば、奴と
比較しなくても良くなる。
立ち止まっていた足を再び動きださせる。
くくっ、面白い、そう考えれば奴も気の毒だ、あんな馬鹿な奴に好意をもたれているんだから
確かにルックスはいい、だが、あの女子はほんとの馬鹿で性格がブスだ。
フフフ、そうだ、このように自分にとって都合の良い世界をつくり考えればいい。
周りのが俺に目線を向けなければ俺も目線を向けなければいい、そして周りを関係としない自分の世界を
頭の中に作り出せばいい、そうそれだけの簡単な話だったんだ。
家に着き手紙を奴に奴に渡そうとする、案の定、奴はこの泥だらけの物質が何かわからず。
「何でそんな汚い物家の中にまでもってくるんだよ」
と、その泥だらけの「何かを」拒絶する、この何かの正体がわからないから、これがただの泥だらけの物質にしか
見えない、だから「何でそんな汚い物家の中にもってくるんだよ」と言える、くくっ、その言葉、きっちりと
あの馬鹿につたえといてあげますよっと。
そして次の日の朝、昨日の馬鹿な女子は奴の反応はどうだった?付き合ってくれそう?とかめんどくさい事この上ない
ので、はっきりと、奴が言った言葉を一文字も間違いなく伝えてやる事にした。
「手紙をわたそうとしたら、こういってたぜ」
その馬鹿な女子は期待に胸を膨らませ、目をきらきらさせながらこちらを見ている。
「「何でそんな汚い物家の中にまで持ってくるんだよ」ってね」
その馬鹿な女子は、自分が聴いた言葉が信じられず、その場に立ったまま目を大きく見開き、少しの間放心状態となり
数秒後、その目から滝のような涙が流れ、その場にうずくまってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・ひどい、ひどい、ひどい」
どうやら、それなりに本気だったらしい、だから、それなりに思いをこめて手紙を書いたのだろう、確かにそんな思いをこめた
手紙が読まれずにしかも「何でそんな汚い物家の中にまで持ってくるんだよ」なんて言われたら、たいていの人間は大きな
トラウマをおうだろう、まあ、俺には関係ないし、責任も無い事だ。
なぜなら・・・・・・・・・・・・・・・・・俺は、ただ手紙を渡せと言われ受け取り、そして奴に届けただけ。
・・・・・・・・・・・・・・途中で泥水がかかるなんて事も「無かった」
それに、実際にこの女子を傷つけたのは俺じゃない、奴だ・・・・・俺はまったく関係ない、そう考えると笑いが止まらなくなった。
そうこう考えているうちに周りの女子が、「どうしたの?」っと泣き伏せっている女子に声を掛けてくる。
これ以上ここにいるとめんどくさい事になるので、その場をすぐに退却。
たぶん、これが俺が俺の都合の良い世界を作リ、周りとの壁を作り始めた、初めの出来事。
そう、周りの奴が俺を見ないのなら、俺も見なければいいんだ。