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「塗り壁」  作者: first
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1/7

ヌリカベ―前編―①




        ■プロローグ  ―― ヌリカベ ――















      俺の家族が壊れ始めたのは、兄貴が死んでからだ。










 兄貴を溺愛していた一番上の姉貴はショックのあまり、カウンセラーに通い始めるようになり、

あんなにも仲のよかった父と母はちょっとした、いざこざでケンカがたえなくなった。

 

 

 そんな中・・・・・・俺は冷静に壊れてゆく「我が愛しい家族」の様子を観察していたんだが、

・・・家族の歪みは俺にまで飛び火して・・・・・そう、両親と盛大なケンカをして家を飛び出し、

気の見向くままに家出生活をエンジョイしていた。


 家出生活はなかなかに快適な物だった、なんせ、今の世の中ネットカフェと言う最高の寝床が

夜の街にはあり、食事は小遣いがある限りコンビニから提供してもらう事が出来る。





 まあ、「小遣い」と言う生命線がある限り、ではあるが。



 そしてこの「生命線」が途切れた「家出」から一週間後の11月15日木曜日・・・・・・

・・・どうしようもなくなり、とりあえず愛しい我が家に戻ってきたわけだ。


  

 「ガチャガチャ、ただいま・・・・・・」




 静まり返った我が家に俺の声だけが響く




 一週間ぶりに帰宅した我が家から、家出している俺を咎める声も、心配する声も聞こえない。





 当然だ、今は・・・・・平日の木曜日の午前中、父は仕事、母も仕事、姉にいたっては、2週間

 前から出張に出かけている状態な訳である。






 だったったったった





 わき目も振らず、すぐに両親の寝室へと急ぎ通帳のある場所を探す。


 別に、急ぐ必要は無い、なぜならこの時間に両親は「絶対に」帰ってはこない、だから「小遣い」

を補給しようとして奇跡的に帰って来た両親に拘束され家出を罰せられる、


 

 なんて事も有りはしない・・・・・・・・・・だが、まあ、あれだ、家出とか、通帳とか勝手に借りて、

自分の中でも罪の意識とかそういう物があるのだろう、そんな事を考えているうちに目当ての

「生命線」となる通帳が見つかり、中をのぞく。






 「うへー、こりゃ、小遣いって額じゃないやー」





 俺の目の前に「小遣い」では無く、列記とした一家の「財産」と言える量の額の金額が

薄っぺらい通帳と言う紙に刻まれている。






 

 「じゃあ、ちょっとおかりしますよっと。」






 中腰からゆっくりと立ち上がり、





 「祐くん・・・・・・・・・・・何をやってるの?」



 ビクッとして、声の方向に振り向く、ちょうど玄関に行く道をふさぐ様に寝室の入り口立っている一人の女性、

少し茶に染めた髪に厚ぶちの眼鏡、雰囲気がいつもと違うから分らなかったが、紛れも無い出張に行っているはずの

「姉」がそこに立っていた。




 「み、宮姉、か、帰ってたんだ・・・」



 予想外の人物に驚く俺、右手に持っていた通帳をゆっくりと腰のポケットに隠し、冷静さを装う。




 「宮姉、仕事は?・・・出張じゃなかったの?」




 とりあえず、当たり障りの無い質問でごまかす。




 「うん・・・そうなんだけどね、用事があって、ちょっと前に戻ってきたの」


 その言葉を聴いて少し安心する、「ちょっと前」と言うのが10分前か一時間前かは分らないが、

・・・・・・・・・・・・・・・どうやら、俺が家出をしていた事はばれてはいないらしい。





 それならばと、うまくごまかしてこの場から逃げ出そうと頭をめぐらせる。



 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」



 何か良い方法を考えてみるが、まったくといっていいほど何も浮かばない。



 「祐くん・・・・・学校は・・・?」



 そんなこんなで、姉のターン、敵は最も厄介なカードをだしてきましたよっと。


 「いやー、ちょっと忘れ物をして、それを取りに来たんだよ」




 何とか言い訳を考える俺のターン




 「その忘れ物は、お父さんとお母さんの寝室にあるの?」




 すかさず、更に痛い所をえぐってくる姉、くっ、やるな、だが甘い、こっちは

 その質問に切り返す手札を持っているのだ。




 「うん、昼から体育なんだけどさ、ジャージ忘れちゃったんだよ、部屋に戻って

  探してみたんだけど、なくてさ・・・ほら・・」




 そう言いながら、通帳のあった引き出しの上のタンスを開く、すると俺の体育用の

ジャージが綺麗に折りたたまれたまま出てきた。



 

 「親父の普段着のジャージと色が似てるから、親父が間違って俺のジャージタンスに

  入れちゃうんだよ」




 よしっと心の中でガッツポーズをとる、後は「じゃあ、俺すぐに学校へ戻らないと行けないから」

とか、いいながらこの場を離れれば俺の勝ちだ。




 そそくさとジャージを丸めて鞄に詰め込む、そして姉の隣を何事も無く通ろうとして、


 

 「へえ、祐くんすぐに学校へ戻るんだ・・・・でも、制服も着ないで何処に戻ろうって言うの?」


 

  トラップカード発動!!、って言うか俺は馬鹿か?、家を飛び足した時、私服だったんだから

 その時点で学校を抜け出して来たなんていいわけナンセンスなわけだ。




 「い、いや実は・・・・・」




 言い訳が見つからない、完全にチェックメイトだ、あとは強行突破ぐらいしか、ここから抜け出す

方法は無い。




 「・・・あ、わかった・・・実は祐くん・・・・・・寝坊したんでしょ」




 助かった、どうやら姉の目には俺の今の状態が、「寝坊して急いで準備するが、たまたま

用事があって帰って来た姉とばったり鉢合わせになり、遅刻した事を怒られるのを隠そうとして

あたふたする、かわいい弟」とでも見えたのだろう、ふう、今の状態を一言にまとめる事自体が

疲れた。





 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん、ばれちゃったか・・・あはは」




 「もう朝の11時よ、急ぎなさい、ダメよ・・・夜更かしなんかしてたら」




 「う、うん、ごめんすぐに着替えてくるよ・・・・」


 そう言うと、俺は姉に促されるまま「俺達」の部屋がある二階へと連れて行かれる。

 おっとここで、一応断っておくが、この俺達というのは、年頃の少年の俺と、眼鏡を外せばかなり

 美人な宮姉(24歳独身)との二人の禁断の花園ってわけじゃないぞ、俺と「死んだ兄貴(高校生)」

 の一枚の仕切りも無いただっ広い一部屋の学習部屋ってだけの話だ、桃色妄想をしていた君、勘違いするなよ!!

 とか、勝手に誰に言うでもなく説明を心の中で叫んでみたりする。


 「さあ、早くしないとお昼の授業におくれちゃうわよ」


 そういいながら、なぜか俺を逃がさまいとするようにがっちりと腕を組んでつかみ、部屋へと誘導する


 「い、いたいって宮姉、一人で行けるって」


 部屋の前に着くと俺は、さすがに「一人で着替えれるから」といって手を振りほどき扉を開ける







 「じゃあ、ちょっときがえてくる・・・・・・・・・か・・・・ら?」





 

 ①扉を開く→②制服を着る→③私服を鞄に詰め込んですぐさま家から脱出、のはずだったが、

②番から先にすすめない。



 「あ・・れ?・・・ここは・・・どこ?・・・・・???」


 扉を開けた先にには、「一週間前から変わらない大きな一部屋がかわらずにある」はずだった。





 そう・・・記憶が正しければ、その部屋は




 少し前に話題に上った人気歌手の夜杉亜美のポスターや、兄貴が好きだったプロレスラーの

 ポスターが貼られたすがすがしい白い壁



 二つあった大きな窓

 

  

 二人の部屋を区別する壁など一枚も無く、プライベートを持ちたいと兄貴とケンカした

 広い見通しの良い部屋



 それが・・・・・・・・・・・・・・




 「何・・・これ」





  


 ――――― 灰色に「塗り固められた壁」 ――――――




 ―― 光など通さない灰色に「塗り固められた壁」 ―――


                         


 ―――  部屋の真ん中に大きく隔たりを作る灰色に「ヌリカタメラレタオオキナカベ」 ―――



 



 「え・・・・どういう事?」


 意味が分らない、わけが分らない、まるで別世界に足を踏み入れてしまったような、

冷たいコンクリート感触だけが、生々しく俺の五感に語りかける。




―― いくものポスターが張り巡らされていた壁は、全て灰色のコンクリートに塗り固められており ――


―― 二つあった大きな窓は、頑丈な格子と共にコンクリートで塗り固められている ――――


―― 挙句の果てには、大きな部屋を二分する大きなコンクリートの「ヌリカベ」すら存在する有様 ――

 





 ただ壁があるだけの部屋、それ以外には何も無い灰色の世界

 服なんて着替えられるはずが無い、だって、部屋には塗り固められた壁しかそんざいしないのだから




 


 「ガチャン!!」




 大きな扉が閉まる音で我に戻る、振り向いた時にはもう遅かった、入り口の扉には鍵がかかっており

入るときには気づかなかったが、一週間前の薄っぺらな扉はこれまた頑丈そうな分厚い灰色の扉へと交換されていた。



「ど、どういう事だよ・・・・・・・宮姉!!??開けろよ!!!?」


扉を何度も叩く、その瞬間、目の前の扉から、二つの目玉が現れ視線が合う。


「ひっ・・・・」


俺は後ろ向きに倒れ、その目玉に凝視される。



「・・・・・・・・・・・・」






落ち着いてから見ると、それがただ「外側からしか開けられないのぞき窓」があり、そこから

宮姉らしき人物がのぞいているという事が理解できた。







「み、宮姉・・・・だよね・・・・・・」






「・・・・・・・・・・・・・」






灰色の壁の部屋を覗き込んでいる目玉は何も語らず、じっと俺の方だけを見続ける。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ガシャン」





 唐突にのぞき窓が閉じる。





「あ・・・・・・・・・・・・開けろよ・・・・・・ふざけるなよ、宮姉え!!」





言葉には出し叫ぶが先ほどのように扉に向かってドンドンと叩くようなまねはしない、

またあの目玉が俺を見るかと思うと、扉に近づく事も怖くなってしまったからだ。






とりあえずどこか出口をさがすが、当然コンクリートに固められたこの部屋には

出口と呼べるような場所は存在しない、唯一つ、鍵は掛けられてはいるが、出口はある



しかし、あの目玉がまたいつ俺を見始めるかと考えると怖く、



そして壁から唯一つ現れる目玉はまるで








    ――――― 壁自身が生き物の様に俺を見張っているようだ ―――――









 俺は・・・・わけもわからないうちに監禁させられ、塗り固められた壁の世界にただ一人取り残された。














                ――― 塗り壁 ―――
















                    ○前編












         別に嫌いなわけじゃなかった、ただ昔はうらやましかっただけ

  








  何事もうまくこなす「彼」に憧れを抱き

          

          

           他人がつける「彼」への評価を自慢に思い

 


                家族が向ける「奴」への視線に嫉妬した




  

      

  俺と奴は別の人間、だから性能に差があっても仕方が無い事だ、奴と俺は関係無い

 そう思う事を唯一の救いとし俺は俺の頭の中に自分の世界を作った。





  周りの評価を気にせず、振り向かず、自分の評価のみで生きる世界。


  自分にとって最もよい解釈が出来る世界

 

  自分にとって都合のよい物語を構築できる世界







  もしかしたら、他の奴らは「自己中心的だ」とか、この俺を罵ってくるかもしれない

 確かにそうだ、だけど、そうとでも考えなければ「俺は生きてはいけなかった」


  劣る容姿

  劣る頭脳

  劣る性能


  劣る、劣る劣る劣る劣る劣る劣る劣る。



  一般的な性能を持つはずの俺が、奴のせいで、劣った性能に思われる。

  他人の勝手な比較のせいで、俺の心はいつも満たされない、

  どうして、生まれる年が数年違うだけで、ここまで性能が変わってしまうのか。



  そう、奴と比較されれば俺が劣った様に見られる、だから奴は奴、俺は俺、そう考えることで

 唯一自分を保つことが出来た。






  そして、この劣っている俺に比べて奴は両親から、そして姉からまでも、多大な期待と視線を受けていた。

 

 特に姉が奴へ抱く感情は普通じゃなかった、奴を溺愛し、全ての視線を一つもこぼすことなく奴へと注いでおり、

そう、たった一つの、ほんの少しの俺へ視線もなく全てを奴に捧げていたわけだ。




  確かに、俺は奴と比べれば、いや、比べちゃいけない、俺は俺なんだ、奴とは関係ない

  だけど、どんだけ、俺自身へ向けられる比較を「俺の世界」で打ち消したとしても、

  俺以外の奴に向けられる「目線」に対する「憧れ」と「嫉妬」は「俺の世界」では打ち消すことが出来なかった。



 当然だ、この「俺の世界」は俺に向けられた事だけを都合よく処理する世界であり、


 奴への目線という「俺以外の世界」に向けられた事には対処できないのだから。




 そして、もしも奴がいなければ、その目線はすべて俺に降り注がれるかもしれない



 だから・・・・・・・・だから・・・願っていたのだ、


 「俺以外の世界」の世界の元凶である「奴」が俺の1前から跡形も無く消え去ってくれるのを・・・・








                      ○


 


     

  起きれば俺はまだそこにいた。

 灰色の部屋に唯一ある裸電球が、妙に暖かく感じる。

 

 監禁た後、俺は叫ぶだけ叫んで結局言葉は姉には届かないと知り、疲れて眠りについてしまったらしい。

 どれくらい眠っていたかはわからない、そして現在が朝なのか夜なのかもだ。 





 「・・・・・・今・・・何時だよ」





 周りを見渡すが部屋の中には時計などというものは無い、っと言うよりは電球とトイレ用の

バケツ(?)ぐらいしかこの部屋には無いわけだが。





 「・・・・これで用をたせってか?宮姉もずいぶんと、変わった趣味をお持ちで。」


 適当に悪態をついてみる、が当然それが届くはずも無く、独り言だけが空しく部屋にこだまする。



 「・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・」


  「・・・うーん」




 暇だ、やることが無い、この殺風景の部屋で何をしろっていうんだ姉貴は?と言うかなぜ俺は監禁されてるんだ?

俺が何か悪いことしたか?・・・・・・・・・・・考えてみるが浮かばない。





 「特に何もしてないよなぁ」





 と言うことは悪いのは俺じゃ無いって事だ、原因は他にある、だから次は宮姉について考えて見ることにした。


 姉は近頃少し様子がおかしかった、その原因は明白だ、それは







 「・・・・・・・・・・・・・・兄貴が死んだ事か」








  姉は兄貴の事を溺愛していた、それは周りから見ても過保護、いや異常といえるほどの物だった。

 家にいる間はいつも兄貴に付きまとい、忘れ物をすれば学校に届けにいく、挙句の果てには風呂まで一緒に入ろうと

 言う始末、ブラコンここにきわまりと言うわけだ。


  実際の所、宮姉は兄貴に対して異性として見ていたのか、姉弟として見ていたのかは俺にはわからない、だがその愛してやまない

兄貴が女性がらみの事故?(と言うしか説明がつかない)に巻き込まれて死んだんだわけだから、さあ大変、死んだ一週間

は暴れるわ、叫ぶわで葬式どころじゃなかったときたもんだ。


 結局、姉貴は仕事の上司の紹介でカウンセラーを紹介され、一応の落ち着きを取り戻したと思ったんだが、まあ、

今の現状を考えるとカウンセラーは役に立たなかったと言うわけか、とほほ。



「そして、姉さんは兄を失った悲しみの中で壊れてしまったと言うわけか。」



 

 自分なりの結論を出し、一応の納得をしてみる・・・・・まあ、関係の無い俺を巻き込んだ時点で納得など

出来ないわけだが。



 そして、おれはこんな所で永遠に監禁されているなんてまっぴらごめんなわけである、だからどうにかして脱出する方法が無いか

を考え、もう一度部屋を見渡して





「?!」





 扉の監視窓から大きな目玉が二つこちらをのぞいているのに気づく




「な、なんだよ」




 返事が無いのは寝る前の事でわかりきっているが、とりあえず強がって見る、と言うよりは実際に怖いので、強がらなきゃ

やってられない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ガシャン


 監視窓が唐突にしまり、俺の緊張の糸がほぐれる。





「結局無視かよ・・・・」




  

 と言いつつも安心してしまう、だが実際の所一回目に比べたら、まったくと言っていいほど

 あの目は怖くなくなっていた、まあ音も無く覗き始めるのは心臓によくないので止めてほしいわけだが。


             

 安心すると、俺のはらが「グー」と音をたて叫びだした、ああ、そうかまず当面の問題は食事とトイレ

 というわけか。




                 ●



  

      


 それに一番初めに気づいたのは、小学校の二年の事だ。

 

 たぶん、親にとっても、姉にとってもそれは「たいした事の無い」普通の事だったのかもしれない。


 だが、俺にとっては例えそれが些細な事だったとしても、奴をうらやむ明確なきっかけになった

 事は間違いない。







  その日の天気は予報によると快晴であった。


 確かにその日の朝はてかてかに晴れたよい洗濯日和といえる現状、そんな中、俺と奴は当然傘なんてもの

 持たずに学校へいったわけだ。


 しかし、放課後から夕方にかけて唐突に雨雲が空を覆い、帰宅時にはひどい大雨となった。



  その頃の奴は少年サッカークラブに所属しており、俺は数人の友人と放課後の学校内のブランコで靴飛ばし

 なぞに熱中していたのだから、自分でもやはり子供だったんだなと思う。



  そんなわけでその日の放課後の俺達は、同じ学校でありながら別々の場所(俺は学校のグラウンド、奴は家から十分程度離れた

 競技場)で別々の事をしており、夕方の大雨でサッカーも靴飛ばしも中止、あわてて校舎内に入り帰宅せざる終えない状況に

 なったのだが、やはりここでも問題が発生、俺も、そして俺の周りの友人達も誰一人傘を持っていなかったのだ。




  だから俺たちは、少しの間雨が止むのを待ったが、結局まったくと言っていいほど止む気配が無く

  それぞれ家に電話し傘や迎えを待つ事にした。




   今の時代とは違い、当時は小学生で携帯を持っているなんて子は誰一人おらず、学校外への連絡は

  学校の中に唯一ある、小銭用の公衆電話から行わなければならなかった。



   雨が降り始めてすぐに校内に入れたおかげで、服はほとんどぬれることはなかった、しかしその当時の

  俺には熱中している番組があり、早く帰らねばそのテレビを見ることが出来ないと考え、誰よりも早く

  公衆電話に手を掛けたのを覚えている。


   

   学校ではお金を持ってくるのを禁止されており電話代のみが許されていた、そして俺は親から渡された

  電話代用の小銭袋(10円玉10枚)から10円を出して電話をかけた。



   「プルルル、プルルル、プルルル」



   よく知られた電話の発信音が数回なり、程なくよく知った相手が電話に出る。


   「はい、どちらさまでしょうか?」


   「もしもし、姉ちゃん、俺、祐人だけど、すごい雨で帰れなくなっちゃった、傘持ってきてくれる?」


   「わかったわ、ところで祐君今どこにいるの?」



   「学校、玄関にいるから、出来るだけ早く来てくれる?見たい番組もあるから」


  

   「じゃあ、すぐに行くから、待ってなさいね」



   「りょうかい、あ・・・一応、番組録画しといてくれる?」


   「はいはい、いつもの戦隊ものね、わかったわ」



    がちゃ、ツーツー



   電話が切れ、とりあえず一安心する、俺としては生でみるのが一番なんだが、一応保険はかけとか無きゃならない。


  

   ふと後ろを向くと並んでいた友人が、「早く代われ」と目で訴えている、どうやら、余計な事まで話していた事が

   気に食わなかったらしい。


   ごめんごめんと言いながら順番をかわる。




   二人目、三人目と電話をかけ、その場にいた最後の四人目まで電話を掛け終える。




   雨は一向に止む気配を示さず、玄関の前の舗装の道が川のようにながれている、この光景に周りにいる友人達と、

   わーわー言いながら、迎えを待っていたのを覚えている。



   そして、そんな中10分もしないうちに友人のうち唯一の

   女の子の両親が傘を持って迎えに来た。



   「さよならー」


   「おう」


   「ぐっばい」


   「さよならー」





   仲良く大きな一つの傘で帰る友人、俺も早くお姉ちゃんが迎えにこないかなと期待する。




   ザーザーザー



   程なくして二人目の親が迎えに来る。


   「じゃあなー」


   「おう」


   「ほなさいならー」


   そのお調子者の友人は母親から傘を渡され仲良く帰路へと歩き出す。


   二人目が帰って、それまで友人と楽しい気分であったのが一気に寂しくなる。



   「おそいなー」


   「うむ」



   俺の周りで一番寡黙で、頼りがいのある友人が一言だけ答えた。


   それからしばらくは、ただただ、雨を眺めるだけだった。




   


   ザーザーザー



   


   始めは楽しかった雨の風景も時間と共にうざったくなってくる。




   30分してもまだこない、だんだんと不安になってくる、と言うか姉は何をやっているんだ?

   と言う怒りもだんだんとわいてきた。だがしかし、唯一、一緒に待ってくれている友人がいるだけで

   安心は出来た。



   徐々に空が暗くなってくる、雨はいまだに降り続けている。




   電話から40分が経過し、3人目の友人の父が迎えに来る。

   その友人の母は早くに亡くなっており、その父は仕事から帰ってくるのに遅れたと寡黙な友人に言い訳を

   言っていた。




    「・・・・・・・・・・・・・じゃあ、先に帰る」

   


    「・・・・うん、またね」



   その友人は玄関出口まで歩いて行き、ピタと止まり振り向き父親に何かを言い戻ってきた。


   「俺の親、車で来てるんだけど・・・・・一緒に乗ってく?」



   ありがたい申し出だった、さすがの俺も、こんなに待たされて、腹の虫が煮えくり返りそうだったわけで、

   あんな姉ちゃんほっといて先に帰ろうと思い、その申し出に「うん」と一言うなづいた。


    







   車までは傘で移動した、友人の家は俺の家とは完全に逆方向だったの、それなのに俺を送って言ってくれる

   と言ってくれた友人とその父親に心から感謝したものだ。




   サーサーサー



   だがしかし、車に向かえば向かう程、もしかしたら、姉がもしかしたら俺のためにこっちに向かっているのではないか、

  と言う不安が俺に襲ってくる。




   サーサーサー




   もしも、俺が友人の車で帰ったら姉はどう思うだろうか?





   せっかくこの大雨の寒い中迎えにきてあげたのに、自分は暖かな友人の車で帰ってくるなんて、ひどい裏切り。


   そう思うのではないか?






   一歩、また一歩、歩くたびに不安は増していく




 

   ザーザーザー





   駐車場につき、ワゴンのドアがひらかれ、「どうぞ」っとうながされる。





   不安と姉を裏切りたくないと言う気持ちが徐々に強くなっていく。




   「さて、じゃあ出発しますか、君、家はどこだい?」



   「・・・・・・・・」


   「君・・・?」


   「・・・・・祐人?」


   「ごめんなさい、もしかしたら、姉がこっちに迎えに来ているかもしれないんで、入れ違いになったら悪いんで

    やっぱり姉ちゃんを待ちます。」



    そう言うと俺は、扉を開くき、雨の中すぐに玄関へと走り出した。

    途中友人の父親が、「傘だけでも持っていきなさい」と言ってくれたが、「ありがとうございます」とだけ言って

    受け取らずに玄関へともどってきた。

 

    そのせいで、服はべちゃべちゃ、靴はずぶずぶになってしまったが、まあ仕方がない、ここで傘を受け取ったら

    何のために姉ちゃんが一生懸命傘をもってこちらに向かっているのかわからなくなる。

   

    だから、迎えに来てくれている姉ちゃんの事を考えると、このぐらいぬれた事どってことはないと思えた。




    確かに、車に乗せてもらえればぎりぎり見たい番組も生で見る事が出来たのかもしれない

    だが、そんな事よりも姉ちゃんが迎えに来てくれるという事の方が自分にとって重要であった。





    ザーザーザー




    

    外が薄暗闇に色を変え、夕日は完全に地平線に落ちた、番組開始2分前、もう、録画で見ようとあきらめる。




    

    ザーザーザーザー



  

    番組終了2分前、まだ姉は来ない、何かあったのかと思い、もう一度電話を掛けて見る。




    プルルル、プルルル、プルルル




    電話はただ空しく機械音だけをならしている。



    

    

    あきらめて、電話を切る、10円玉が「俺じゃあむりだったぜ」と返却口から帰ってきた。




    

    ザーザーザーザーザーザー




    

    雨は止まない、そして俺の不安も止まない、いつ迎えにくるのか、どうして迎えに来ないのか、

    忘れているのか?それとも何らかの事故にまきこまれたとか?わからない、わからないけど、

    不安と苛立ちだけが雨の音と共にたまっていく。



    

    ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー



    

    完全に闇に包まれる、結局迎えにはこない、守衛さんが鍵を閉めると言い出し、迎えが来ないんだったら

    送っていこうか?と言ってきたのでとっさに玄関から飛び出してしまった。



  

    そう、車で乗せていってもらってしまっては、今まで待っていた意味がない、それこそ完全なる姉への裏切り、

    いつしか、姉を待つ以外の選択肢が姉を裏切るように感じられてしまうようになった。



    そして唐突に飛び出したはいいが、結局のところ雨にあたり乾きかけていた服がまたびしょびしょになった。

    仕方なく、玄関が見える位置の大きな木の下で雨宿りをすることにした。




   

    ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー




    こない、こない、こないこないこない




    寒さは頂点にたし、疲労は最大に、不安は限界を超えた。



    これ以上まつのは不可能だ、だが姉は裏切りたくない、じゃあどうすればいい?


    幼いながらに思考をめぐらした俺は、姉ちゃんが迎えにきそうな道を逆にたどっていけば、入れ違いならないと

    悟り、雨の中を傘も無くあるきだした。




    ゆっくりと歩き出す、行き交う人々を一人残らず確認し、姉でない事に失望する。






    確認、違う、確認、違う、確認、違う






    歩いているうちに俺はまるで服のままプールにつかったかのように、べちゃべちゃでぐちゃぐちゃになっていた。     

    

    行き交う人々を確認していたはずが、逆にこんな雨の中なぜ傘をささないのか、と言った目線で見られるようになる。

    だが、ささないのでは無くさせないのだ、なぜなら、姉以外からもらった傘をさす事は、この雨の中、向かいに来てくれている

    だろう姉を裏切る事になるから。




    だが、





    しかし、





    家に着き、玄関の前に立つまで姉と会う事もすれ違う事も無かった。











    べちゃべちゃのまま、ゆっくりとドアをあけ、中に入る。






    何か事故にあったのかもしれない、もしかしたら電話をかけた後すぐに部屋の中で倒れているのかもしれない

    そんな不安も歩いている最中よぎった、が実際はそんな事、いや、姉ちゃんを信じ待っていた事、それ自体が意味の無い

    事だったと俺は数秒後に気づかされる。




    廊下から居間へと向かっていると、居間と廊下を区切る扉の隙間から笑い声が聞こえてくる。

  

    静かに中を見ると、姉とまったく「ぬれていない」奴が 楽しそうにお茶をのみながら談笑していた。


    




    「なんで・・・どういう事・・・・・」




    俺はこんなにぬれて、べしゃべしゃのぐしゃぐしゃになって、なのになんで、なんで電話したのに迎えに来て

    くれなかったの?それどころか、何であんな楽しそうに。





    わからない、わからない、わからない




    ふと、玄関をみる、するとまだ雨にぬれた二つの傘が傘入れに入っているのに気づいた。


    「あれは、××の傘と姉ちゃんの傘・・・・・・××は朝かさなんてもっていっていなかったから・・」







    そう、すなわち、





   ――――― 姉は、電話が来た後、奴からも俺と同じような電話をもらい、


            先に電話をかけただろう俺よりも、奴を選択した。 ――――――





  

   なんで、なんで、なんで


   わからない、奴と俺でどうして奴が選ばれたのかわからない、あんなに信じたのに、あんなに

   裏切らないようにがんばったのにそれが、結局俺自身が姉ちゃんに、いや家族に








  ―――――  裏切られた ―――――――






  俺は選ばれなかった、奴が選ばれた、俺には迎えに来なかった、奴はすぐに傘を持ってきてもらって迎えにきてもらえた。







  この家族の中で俺よりも、奴のほうが好まれている?必要とされている?


 

   


  べちゃべちゃの服とごちゃごちゃの疑問と意識の中、俺は意識を失い、その場に倒れ40度のひどい風邪をひき

  数日間寝込む事になった。




  そして、俺と奴とを比較し始めるようになった些細な「きっかけの日」





   ―――― そう、選ばれるのは、目線をむけられるのは、いつも「奴」だった  ――――――



   ―――   だから、俺は    ――――



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