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ハルかカナタ  作者: 一響
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最終話―5―

 今度こそやってやる! 絶対に失敗なんてしない!

 何が起きるか全てを知っているからそう決意を表しているのではない。バスに跳ねられそうになった瞬間の、「あの時走っていれば」と言う後悔を、もう二度としたくないのだ。

「約束するわ、絶対に春を助ける!」

 私が声を張って自信満々に言うと、カナタはそれとは相反する冷めた態度でこう返した。

「駄目だ、お前を過去へ送る事は二度と出来ない」

「ど、どうしてよ! 私まだ春を救ってないじゃないの!」

「俺にはもうその余力は無い。それに言ったはずだ、“課題を成す事が出来れば、お前の命を助けてやる”と。お前は確かに課題を達成した。ただそれだけだ」

「何を……言っているの? 私は助けられなかったじゃないの……」

 私がそう言うと、カナタはフワッと浮き、徐々に体が消え始めた。

「夏海を助けた事で、如何にして繋がってきたのか、今は分からずとも時期が来れば分かるはずだ。……それじゃあ、俺はこれで」

「あ、待ちなさいよ!」

 私の言葉を躱す様に、カナタの宙に浮いた体は消えていった。

 まったく、本当に勝手なやつだ。それに……結局、謝れなかったな。助けてあげられなくてごめんね、秋人君。

 しかし私が課題を達成したなんて、全く信じられないけど……確かに私は死なずに済んでいる。夏海さんに助けられた。

 どう繋がって来たのかなんて、過ぎた時間を確認する事なんて無理だ。夏海さんに聞いてもいいが、どこかに雲隠れしていただけみたいだし……。

 あの時夏海さんだけを押し、事故を回避させた。その後から今日に至るまでを、どうして確認する事が出来ようか。歴史の教科書にでも載っていれば話は別であるが、夏海さんは戦国武将でも何でもない。そんな教科書ある筈が……。

 ……もしかして、あの飛ばされてしまった虎の巻に書いてあったりして。もしそうだとしたら、本当に終わってしまっている。

 セカオワだ……。



ーーーーーーーーーー

 三日後

ーーーーーーーーーー


 暑い、夜だと言うのにどうしてこうも暑いのだろう。二七年前の夏は、やはり涼しかったように思える。

 あの事故があった日から、夏海さんが突然帰って来た事もあり、私たち家族も延長しておばあちゃん家に泊まっていた。

 私は相も変わらず春の部屋で項垂れて過ごしている。

 事故の翌日、「もしかして律子の事だから、別の虎の巻なる物を準備してくれてるかもしれない」と勘ぐり、おばあちゃん家をひっくり返して探してみたが、そんな物は一切出てこなかった。

 うつ伏せで項垂れたまま、首だけをテラスへと向ける。空には大きな月が、その漆黒の中に浮かんでいた。

 月……か。

 テラスへと出て、その月を眺める。

 今日は月が綺麗だ。私の大好きな満月。こういう日は、あの二七年前のお泊まり会を思い出す。

 律子……今日は満月だよ。こんな時って、何かが起きそうだよね。何だか、ワクワクしちゃうよね。強く念じれば空も飛べちゃいそうな、そんな気持ちにもなるよね。

 ……。

 あの時の律子、手すりにフワッと上半身だけ乗せて空を飛んで見せたっけ。確か、この辺。

 私はその手すりを掴んで、その真似をしてみた。

「よっと」

 今の私、あの時の律子と重なってるかな。

 満月の夜なんだから、奇跡でも起きて律子がここに来てくれればいいのに。

 と、その時襖が開いた。

 誰かと振り向くと、夏海さんがいた。何だか私が律子を期待する時に限って、いつも夏海さんが登場する……ような気がする。過去の人間、という点で合致はしているが。

 私は早速あの事を聞いてみた。

「夏海さん、あのバス事故の後、どうやって過ごしてたんですか?」

「別に、どうやってって事でもないんだ。大学出るまでは家にいたんだけど、大学卒業した後からは家を出ちゃってね。数回は家に帰ったんだけど、ある時から帰らなくなって、現在に至る、かな」

「……そっか」

 やはり、事故で助けられたから人生が劇的に変わった、なんて話は無いようだ。

 夏海さんはそのまま私の横へ来ると、肩を並べ静かに口を開いた。

「満月だね」

「そうですね。満月の夜って、何だか奇跡が起きそうな気がしませんか?」

 私がニヒヒっと笑って見せると、夏海さんはこう返した。

「奇跡かあ。奇跡も起きそうではあるけど、何かありえない物語が始まりそうな、そんな気もするかな」

「物語……ですか?」

「うん、例えば、あなたの中に律子が入ってたり、とか?」

 夏海さんは私の顔を、イタズラに微笑みながら覗き込んだ。

「ーーっ!?」

 ……。

 …………。

 ぶはぁ!

 私今、多分心臓が二秒くらい止まってた。軽く一回死んだかもしれない。

 急に何を言い出すのだ、しかも過去であればそれは正解である。

 私は飽くまで平然を装う。

「え、な、何を言ってるんですか。と言うか、律子って誰ですか、アハハ……」

 少し笑いを交えて返すが、夏海さんの表情は本気だ。と思いきや、すぐにくしゃっと笑うと、「なぁーんてね」と私の背中を叩いた。

「お、驚くじゃないですか突然、アハハハ!」

 私はバレなかった事に安堵したせいか、自然に大きな笑いが込み上げた。しかし、次の夏海さんの言葉により、またしても顔が強ばった。

「まぁ冗談のつもりではあったけど、バスで助けた時、沙美自分で言ってたじゃない、“律子の受け売りです”って……。あれは?」

「ーーっ!」

 しまった、墓穴を掘ってしまった。もういっそ、このまま打ち明けてしまおうか。何故だかそこまで勘付いているのだ。もしかしたら、私がしなければいけない事を、何かしら気付いてくれるかもしれない。

 うん、言おう。

「ねえ……夏海、さん」

 夏海さんの顔を見ずに、顔は伏せたままそう言うと、夏海さんはまた真剣なトーンに戻り「……うん」と返事をした。

「私実は、律子の中にいたの。二七年前の八月三日から、翌年の一月三日、あの事故の日まで」

 すると夏海さんは、「そっか、やっぱりね」と今度は少し笑いを含んだ返事をした。それはどこか、緊張の解けたようにも聞こえた。

 そして今度は夏海さんの顔を見て尋ねる。

「ねえ、私が“そうだ”っていつ頃から気付いてた?」

「……うーん、ついこの前、沙美に高校の入学祝いあげたでしょ? あれあげた時の反応見て、もしかしたらって思ったくらいかな。確信があったわけじゃないけど、そうであって欲しいっていう願望かな」

「そっか。……ねえ、あの後私どうなっちゃったの?」

 怖いけど、これを聞かなければ私の進むべき道は開かれない、そんな気がする。しかし夏海さんから返ってきた言葉は、あまりにも単調で、残酷な物だった。

「死んだよ。……即死だった。そして私は生きてる。沙美に助けられた」

 ……死んだ。そう簡単に言ってのける夏海さんが、何だか他所の町から引っ越してきた、律子とは全く関わりの無かった人間の様な、そんな返事だった。

「ううん……助けたのは私じゃない。……私を突き動かしたのは、律子なの」

 私は、一人の女の子の人生を終わらせてしまった事に胸が締め付けられ、律子に向ける弔いの言葉が出ない代わりに、ボロボロと涙が溢れ出した。

 律子、律子、律子……。

 律子の笑顔、照れた顔、怒った顔、そして泣きじゃくった顔が浮かんだ。

 本当に死んでしまったなんて、そんなのありえない。信じられない。悔しい。

 あんなに頑張ったのに、たくさん考えて突破口を探したのに。何もかもが無駄だった。

 手すりを握り締めて泣き続ける私の背中を、夏海さんは優しくさすってくれた。


 私の涙が落ち着いた頃、夏海さんに促されて部屋に入った。そこでもう一つ気になっていた事を聞く。

「あの、春は、春も轢かれてしまったんですか?」

「うん。……多分ね」

「……多分?」

「実は、あの後から、行方不明なのよ、二人とも」

 それを聞いてハッとした。

 お母さんも同じ事を言っていた。そうだ、行方不明なのだ。春も、そして律子も、まだ亡くなったと決まった訳ではない。

 律子の考え方は、過去と未来は絶対不変的な物であって、決して変える事は出来ない。全ては成るべくして成っていて、それを崩してしまえばタイムパラドックスが起きてしまう。というものだ。

 でも、未来の事なんて、まだ何が起こるか分からない。そんな未来に従って、「未来がこうなるから、今はこれをしなきゃ」なんて、今の行動を決める事は誰だってしない。それが「将来を安定させる為の推測での、または予防の行動」となれば話は別だが。

 もし未来が決まっているとしても、それは、未来が分からない“今”の行動があっての結果でしか過ぎない。

 どうせ未来が決まっているなら、考え方としては順序が逆なだけである。「やった事が結果になっている」か、「結果がこうなるからこれをやる」か。

 もし律子の考えが正しいのであれば……本当に未来がそう成るべくして成っていくのであれば……今私がその行動を起こせば、その結果に必ず結び付くと言う事になる。

 過去で律子が言っていた、“里羽ちゃんが十七歳の律子を手術する”と言う結果が本当に実在するのであれば、私なりに繋げた一つの答えに辿り着く。それが正解なのかは分からないし、そんな事が可能かなんて分からない。

 律子の最後の言葉「岬野さんに、宜しくね」、どうしてこの言葉を最後に選んだのか。もし本当に最後なのであれば、もっと別れを惜しむ言葉を選ぶはずである。あの言葉は、私が進むべき道を示していたのかもしれない。

 今はそれに向かって突き進んで行くしかない。

 虎の巻が無くたって、私にはやれる! もし本当に、私の行き着いた答えの“そんな事”が可能であればの話ではあるが。

 私は夏海さんへ向き直り、両手を取った。

「夏海さん、きっと春も律子も生きてる。私が助ける」

「そ、そんな事出来るの? もう二七年も行方不明なのよ」

「本当に出来るかなんて私にも分かりません。でも、私が諦めたら、全てが終わってしまうんです」

 私はそう言うと、夏海さんへ力強く笑って見せた。



 ーー律子がいなくたって、私一人でやってみせる。そしてきっと、律子に褒めてもらうんだ。ーー



ーーーーーーーーーー



 二〇二六年、六月某日。



「こら、走り回ると危ないわよ」

 庭で走り回る娘を、あの時の彼女をなぞって注意してみる。二歳半の娘は、怒られている事を認識しているのかいないのか、私を見てケタケタと笑っている。どう考えても後者ではあるが……。

 私が決意してから、もう十二年の月日が流れた。お陰様で結婚も出来たし、こうして娘も授かった。

 無事……と言うと嘘にはなるが、大学も出て現在は白倉病院で働いている。そこにはあの美香(里羽ちゃん)もおり、私と共に薬の研究をしている。

 今のところ、恐らくはあの人の虎の巻通り進んではいるのだろうけど、何せ答えが無いので何とも言い様がない。

 ポケットから例の石を取り出す。この石も、いい加減美鈴に返さないといけない。

 縁側に横になり、その石を太陽に透かしてみる。タイムスリップをさせる程の石にも関わらず、見た目はごく普通の石だ。一体誰が作り出したのか、全くの謎である。

 あれから何度もこの石が使えないか試してみたが、相変わらず無反応で終わっている。美鈴はこの石を使って時空移動をしてきたと思うのだが、一体いつになったら使えるのだろう。

 と、由美が庭に入ってきた。表から直接回り込んで来たらしい。

「やっほー」

「あら、いらっしゃい。どうしたの?」

「連絡あったよ、崩野(くずしの)研究所から。二回目、いけるって」

「お、いよいよですか! 緊張するなあ」

 私がそう言うと、由美はこちらへ近付き、ゆっくりと私を抱き締めた。そして静かに呟いた。

「今度も、奇跡起こしてきてね」

 私はそんな彼女の頭へ、優しく手を添えた。

「大丈夫よ、今度は、あの人もいるから」

 由美は頷くと、私から離れた。

 さて、出発するか、とその前に……。

「みーちゃん、おいで」

 私が娘を呼びつけると、すぐにこちらへ駆けてきた。そして娘に例の石を握らせる。

「いい、これはお母さんからの贈り物よ、大切にしてね。この石には魔法がかけてあって、困ってる人を助けてくれるチカラがあるの。だから、本当に困ってるお友達がいた時にだけ貸してあげるのよ」

 石を受け取った娘は、目を丸くしてそれを見ていたが、「ありあと!」とニパーっと笑った。その右目の泣きぼくろがこれまた可愛い。

 そして、私はそんな娘の目を真っ直ぐに見つめて小さく呟く。

「確かに返したわよ。……ありがとう」

 娘は私を見つめてニコニコと笑っている。この子の為にも、絶対に帰って来なければいけない。改めて決意を胸に刻む。

「さてと、それじゃあ行ってくるね。しばらく美鈴をお願いね」

「うん、気を付けてね」


 外へ出ると、太陽が私を突き差した。

 なんて暑さだ、あの時と比べるとやはり気温は格段に上がっている。暑さから選んだ黒のショートパンツは正解だった。たまに吹く風が涼しく感じる。そして上は日焼けしたくないから長袖シャツ。紫チェックのデザインは、何となく熱を発散させてくれそうな、そんなイメージで適当にタンスから引っ張り出した物だ。

 車に乗り込み崩野研究所を目指す。

「熱っ!」

ショートパンツのせいで焼けたシートの熱が太ももを焼く。

 ……ショートパンツは失敗だった。

 気を取り直して、車を走らせる。

 崩野研究所、タイムスリップの研究をしている場所だ。世界で初めてのタイムマシンの試作が完成したとかで、由美が独自のルートから研究所の情報を仕入れてきてくれたのだ。

 これでいよいよ、私の行き着いた答えの“そんな事”が可能となる。タイムスリップ、あの時は本当に可能なのか疑問ではあったが、この情報を聞いた時は全身が震え上がった。「本当に、成るべくして成っていっている」と。



 崩野研究所へ着くと、すぐに所長の崩野息吹さんが笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい。本当に良いんですか? 二度目と言っても、まだ試作なので成功するかの保障はありませんよ?」

「大丈夫です、美香の時みたいに上手く行きますよ」

 私がそう言うと、息吹さんは呆れたように微笑んだ。

「何の根拠があってかは知らないけど、白倉さんの時と同様、自信有りって感じですね」

 ちょうど二年前の十二月二四日に、試作の一号機が出来たとかで美香を先に過去へ行かせたのだ。私は美香が必ず過去へ行ける事を知っていた為、試作機の試験を買って出たのだ。もちろん一般の人を試験に使う事は出来ないと断られたが、死に物狂いで頼み込んだ。本当は私が自分で行きたかったのだが、美鈴が生まれたばかりだったので美香を先に行かせたのだ。

 面白かったのが、送り込んだと思った瞬間に機械が停止してしまい、失敗と思ったが美香は過去で数ヶ月を過ごして帰ってきたのだ。

 過去でいくら過ごしても、こちらでは一瞬の出来事らしい。それを知っていれば私が先に行っていたのに……。いや、そうなるとタイムパラドックスが起きるのか? うん……分からん。

「それじゃあ、その真ん中の席に座って下さい、あと、この腕時計をはめておいて下さいね。それを使ってタイムスリップ中に、もう一度別の時間へタイムスリップをします。黒いボタンで予め設定をしておいた時間へ跳ぶのと、赤いボタンを押すと今の時代へ戻って来られます」

 促されるまま渡された腕時計を着けると、機械の三つある席のうちの真ん中に座った。この三つの席は、元々一つしかない席から、更に無理を頼み込んで二つ追加してもらったものである。この腕時計型タイムマシンを使って戻ってくるからどうなるかは分からいが、私の思惑が正しければ、この席は必要となる。

 一呼吸つくと、この時代から一ミリも動けないのではないかと思えるほどにシートベルトをガッチリと体に固定する。……だって怖いんだもん。

「それじゃあ、いきます」

 息吹さんがスイッチを入れると、恐ろしい程の轟音がその場を支配した。

「くっ」

 機械の固定具が外れてしまうのではないかと思える程に振動している。地震にするなら、震度六千くらいはあるんじゃないかと思えええええるるるる……脳が揺れまくって何も考えられないいいいいい。


 ちなみに、私が過去へ行くのは計二回の計画である。今回はそのうちの一回目。目的は、律子に会いに行くのだ。会って色々とお喋りしたい。と、いうのは無理だろうけど、彼女に伝えておかなきゃいけない事がある。

 何だか、自分が指南してあげる立場にあると、自分が律子になった気分になってしまう。ある程度の事を知っている自分が優越感に浸らせる。

 律子、待っててね。

 息吹さんも言っていたが、二回目のタイムスリップは、一回目の時間軸から直接跳ぶ予定だ。



 徐々に目の前が真っ白の世界に包まれ始める。あの時の、事故の直後に飲み込まれた真っ白の世界と同じだ。

 そして、私の意識は遠のき始めた。

 そんな中、過去へ行ったら律子に何を伝えようかと考えた。伝えたい事は山ほどあるが、まとめるのが難しい、これは向こうへ行った後に整理するとしよう。

 次に名前だ、そのまま那覇軒沙美と名乗ってしまえば、その後私と出会った後に上手く事が運ばなくなってしまう恐れがある。

 うーん、名前……か。

 今から私が時間を遡るから、名前も遡らせてみるか。

 なはのき……さみ……だから。

 えーと、みさ……きの……。

 あ。

 なるほど、そういう事か。岬野花と私の自画像の顔が同じだったから、私は未来で死なずに済むって気付いたのね。

 待っててね律子! ちょっとおばさんになっちゃったけど、心はまだ昔のまんまなんだから!

 律子に会ったら、私泣いちゃうかも。本当に律子に会える。信じられない。嬉しい。もう無理だと思っていたけど、それでも信じていた。会いたいと心の奥底から想っていた祈りが、いよいよ果たされる。


 そんな事に胸を高鳴らせていたが、私の意識は、光のずっと奥へすぅっと引っ張られていった。



最終話ー完ーへ

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