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ハルかカナタ  作者: 一響
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最終話―完―

 目を覚ますと、瞬間的に「ズキッ!」と、頭に激痛が走った。

 私は畑に挟まれた道路に倒れており、側には、チャララララと、倒れながらも車輪を廻し続けている自転車があった。辺りには夕日が差している。

 ……これって。

 すると、女の子の声が背後から聞こえてきた。

「おーい、大丈夫ですかー?」

 振り向くと、北浦の制服に身を包んだ子が二人、私に近付いて来ている。

「ああ……」

 見慣れたその二人の子は、お下げの子と、もう一人はツインテールの女の子だ。そう、春と八重子だ。

 まさか、もう春にも八重子にも会っていたなんてね。私が沙美だって事を伝えたいけど、そうしたところで今の二人にはサッパリか。

 私は一息ついて自転車を起こした。

「驚かせてごめんね、突然バランス崩しちゃって」

「怪我が無いなら良かったです」

 八重子はそう言いながら、私の体を、つま先から頭までを目でなぞった。そしてニコッと微笑んだ。

「お姉さん、学校に用事ですか?」

 今度は春だ。この後律子とケンカしたり仲直りしたり、そして彼氏が出来たりで忙しいんだぞ君は。

 そんな事はもちろん知る由もなく、春もニコニコと微笑んでいる。二人とも可愛いな。まとめて私の妹にしたいくらいだ。しかし律子もおまけで付いてくるのであれば、彼女は私のお姉さんになりそうだ……なんとなく。

「あの、仲米律子さんを捜してるんだけど、どこにいるか知らない?」

 私が尋ねると、春が元気に教えてくれた。

「律子ならまだ学校にいますよ。部活で居残りしてます」

 練習頑張ってるんだな、律子。宣告された日まで、もうそんなに日にちも無いだろうに。……絶対に助けなきゃ。このツインテールの可愛い子もね。

 二人に手を振って別れを告げると、私は一路学校を目指した。

 ……と言っても目の前ではあるが。

 学校に入り駐輪場に自転車を停める。そこから事務受付、と書いてある場所へ入り、そこで白紙(しらがみ)を一枚だけ貰い、ペンを借りた。律子への手紙を書くのだ。

 書き出しはどうするかな……。


ーーーーーーーーーー


 仲米律子さんへ


 今回、急遽伝える事があって筆を取りました。ーー


ーーーーーーーーーー


 それでは、ご自愛下さい。岬野……っと。

 出来た。律子がバスに自ら身を投げる理由は伏せておく事にした。律子にはまだ、知らない方がいい事もあるのよ。……なんてね。

 よし、これを律子に渡さなきゃいけない。が、どこにいるのか分からない。弓道場にいるのだろうが、そこへ向かっていて入れ違いになるのは避けたい。正門で待つ事にしよう。

 表へ出て正門に自転車を停める。その脇で律子を待つ。

 待つ。

 ……待つ。

 …………待つ。



 全然出て来ないじゃないのよ! 何やってんのよあの子は!

 自転車を停めたばかりの時は緊張もしていたが、そんなものとっくに消えてしまっていた。時間にして約三十分ほど、私の待機を司る脳機能は完全に停止していた。

「まったく何をちんたらしてんのよ!」

 私は苛立ち、校舎を睨みつけながらサドルをバンバンと叩いた。

 と、背後から声がした。

「あの、どうかされました?」

 振り向くと、そこには女の子が立っていた。髪は肩までのセミロング、優しそうな目に少し高い鼻、それに薄い唇……律子だ。私の事を目を丸くして見つめている。苛立っていたところを見られてしまったらしい。と言うか、一体どこから出てきたのだろう。裏門から出てきたのか?

 しかしそんな事はどうでもいい、律子が、今目の前に立っている。ただそれだけで涙が浮かんできた。

 あの律子が、私の大好きな、大親友の律子が。今なら触れる事が出来る。

「あの、あなた仲米さんね、ちょっと、握手してもらえないかしら」

 ……自分でも何を言っているのか分からなかった。しかし、もう律子に触れる事が出来ればその方法は何でも良かった。

 律子は訝しげな表情を浮かべながらも、「……はあ、いいですけど」と手を差し出してくれた。

 律子の手を握る。その手からは律子の温もりが伝わってきた。暖かい。確かにそこに感じる事が出来ている。あんなに傍にいたのに、ただの一度も触れる事が出来なかった律子に触れている。嘘みたいだ。

 私は涙を堪える事が出来ず、更には我慢出来ずに律子を抱き締めてしまった。

 ああ、律子が本当にここにいる。奇跡だ、そうでなければ夢だ。嬉しい。私もこのままこちらで過ごしたいくらいだ。が、美鈴もいればもちろん旦那も置いて来る事になる。

 数年こちらで律子と過ごして、それから帰っても未来では一瞬しか経過していないのだ、それもいいかも。なんて、そんなの出来っこない事は、本当は自分でも気付いている。だって、この後の律子の周りには、岬野さんはいなかったんだもん。

 この抱き締めている律子の温もりだけを、この一瞬一瞬を刻み込む事しか、私には出来ない。

「ねえ仲米さん、あなたも抱き締めたら? 後悔するわよ」

 私が促すと、律子はポンポンと軽く私の背中を叩く様にハグをした。

 体を離してその表情を伺うと、とても困った表情だが、それでいて私を気遣って微笑んでもいた。何なんだこの子は、可愛いかよ。

「ごめんね、私が誰なのかは今は言えないけど、白倉病院の職員、とだけ言っておこうかしら。と、これを渡しに来たの」

 私は先程完成させた、簡単に四つ折りにしただけの手紙を渡した。

「これは?」

 律子はそれを、オレンジの太陽に透かした。そのまま広げて読めばいいのに、もらった人の前で広げないのは、礼儀、という事なのだろうか。

「この後あなたは、大変な事に巻き込まれるの、それを回避する為の事が、かるーくだけ書いてあるわ」

「……はあ」

 ああ、これが人を全く信用していない時の人間の表情なんだな。初めて見れて良かったわ。

 私はその疑心暗鬼の律子を信用させる為の、あの時律子から仕入れておいた情報を、そのまま逆輸入した。

「あなた、この前、足の小指ぶつけたでしょ。それに体育の授業でバスケットボールが顔に当たった。あと、先週は何もない所で転んで恥ずかしい思いをしたわね」

 私がそう言うと、律子は目を見開いて、「な、何故それを!」と驚いていた。

 ちなみに、転んだのがいつかは知らなかったが、ズバリ言い当てたと律子から聞いていたので、私が適当に言えばそれが答えになるのだろうと踏んでの勘であった。

 そしてトドメの一撃をお見舞いする。

「そして、山本光介に告白されたわね!」

「ちょっとちょっと、声が大きいですってぇ!」

 律子は慌てふためいて、私の口を両手で抑えてきた。

 私の知らない、律子のその反応がかえって可愛い。私が明らかに年上の女性だからなのか、敬う姿勢が滲み出てきている。まあ、思わず声が大きくなってしまった事は謝るが。

「私はあなたの事、何でも知っているのよ。もちろん病気の事もね。色々と大変な事もあるだろうけど、頑張るのよ。明日を生きたいなら、死ぬ覚悟くらいないとね。明日を生きるってそういう事よ」

「え、何だかとても怖いんですけど……」

 私は知っている、この子がその時になれば、咄嗟に友達を助けようとする程の勇気を持っている事を。

 その後、里羽が渡しているであろう薬だけはしっかりと飲むよう伝え、律子とは別れた。律子は最後の曲がり角の見えなくなる場所で、私へ向き直り頭を下げていった。本当に礼儀の塊の様な人間だ。

 さて、私もこの後、覚悟を決めなければならない。次のタイムスリップは、私自身の命もかかっているのだ。由美にも力を借りたし、きっと大丈夫。

 意を決して、腕時計の黒いボタンに指を置く。

 跳ぶ時間は、あの事故の瞬間。もっと前から始めればいいかとも思ったが、あの事故までは岬野さんは出て来なかったのだ。それなら、あの瞬間しかない。そう踏んだのである。

 私は一つ深呼吸をして、ボタンを押した。

 すると体が一気に光の波に飲まれた。

 光のトンネルを猛スピードで進む。今度は意識がハッキリとしている。それに私が研究所で乗ったタイムマシーンもここに存在しており、いつの間にかそれに乗っていた。

 その時空のワームホールには、律子と過ごした時間の断片がいくつも流れており、「ああ、こんな事もあったなあ」なんて思い出される。

 感覚的な問題ではあろうが、このシーンの断片に飛び込めば、そこの時間をやり直す事が出来そうだ。逆を言えば、飛び込まなければ未来へそのまま帰ってしまいそうな、そんな気もする。まあ、気がするだけで、タイムマシーンの時刻設定は、しっかりと一月三日を表示している。

 途中、私が一度未来へ帰っていた時の物だろうか、律子の弓道の試合の断片がいくつか流れてきた。賞状を持った律子が、笑顔で部員のみんなと抱き合って喜んでいる。個人で三位を取った時の光景のようだ。

 それから文化祭の人形劇、長谷川さんとのゴタゴタ、お父さんとの買い物、そして告白、もう十二年前に経験したものなのに、それがつい昨日の事の様に思い出される。

 そして長谷川さんが律子の肩を、ポンと叩いて過ぎ去るシーンが流れてきた。

 いよいよだ、一月三日。

 バス事故の瞬間に来て何をしたかったのかと言うと……二人を助けたかったのだ。二人をこちらに引きずりこんで、未来へ連れて行く。絶対に失敗は出来ない、ここが最終関門だ。

 本当に、私に出来るだろうか……。ここまでは推測通りに進んで来たけど、ここで失敗する可能性もある。気合いを入れなければいけない。

 深呼吸をする。

 と、光のワームホールの終着だろうか、その先がより眩しく光っていて全く見えない。まるで光の壁の様に見える。私はそこへタイムマシーンごと飲み込まれた。

「きゃあ!」

 途端にタイムマシーンは傾き、固く締めていたはずのベルトから私の体がするりと抜けた。その続く揺れと機体の傾きにより、私の体は機体に激しく揺さぶられ、その際に腕時計が機体に打ち付けられてしまった。すると、ビビー! ビビー! ビビー! と、けたたましく機体と腕時計から警告音が鳴り出した。機体の液晶を見ると、出発時刻は二〇二六年の六月を示しているが、目的時刻の方は、「ERROR」の表示が赤く点滅していた。

 何だかまずいことになってきた……。

 何度もその液晶を叩いてみるが、一向に直る気配は無い。

 と、またしても光の壁の様な物を通過した。

 ーーガタン!

 先程よりも激しく機体は揺さぶられ、私は光の中に放り出された。咄嗟にタイムマシーンの脚の部分を掴む。そしてそのまま、機体にぶら下がった状態のまま進む。このまま手を離してしまえば、光の時空に飲み込まれてしまう。誰かにそう教わった訳ではないが、それは確信があった。どこかの時間の断片に飛び込むにしても、腕時計が壊れてしまっていては未来へ戻れなくなってしまう。

「くっ! ヤバい、かも……」

 姿勢を崩した機体は、そのまま尚も進み続ける。

 あの「ERROR」の表示、もしかしたら、一月三日には行けないかもしれない。

 私……どうすれば……。

 そう思った時、先の方に律子が映る断片が見えてきた。静止した光景ではあるがその表情で分かる、私にあのセリフを告げている時のものだ。


 ーー……沙美、岬野さんによろしく。ーー


 岬野さんに宜しく伝えて来たわよ律子。そしたらね、「私が助け出してあげる!」なんて言ってくれたのよ。だから連れて来たわよ、岬野さんを!

 もう悩んでる場合ではない、その断片に体だけでもねじ込んで二人を助けるしかない! しかし、絶対にタイムマシーンからは手を離してはいけない。

 私は咄嗟に機体の脚に自分の足を掛け、体を逆さまにして両手をフリーにした。

 断片はすぐに近付き、私はその空間に体を入れた。

 瞬間、またしてもより強い光が辺りを包み、その光が弱まると、静止していた断片は動き始めた。

 迫るバス、物凄いスキール音。律子の体がバスに接触してしまう!

「律子! こっちよ!」

 私がどんな体勢になっているのかなんて分からないけど、逆さのまま律子へ手を伸ばす。すると、私に呼ばれた律子は満面の笑みを浮かべ、

「待ってましたぁ!」

 と私の手をガッチリと掴んだ。「これでコンプリートだ!」そう確信した瞬間、私にもニヤリと笑みが浮かんだ。

 そしてもう一人、

「春もよ!」

 律子には届かなかった春の腕を無理くり掴む。春のいる方向に機体が進んでいた事が幸いした。春は私に掴まれ、「う、うわぁ!」と悲鳴を上げた。

 すると再び、私の体を光が包んだ。機体の流れによって一月三日の滞在が終わったらしい。

 私は尚も逆さまで、春と律子を掴んだままである。そこがやはり宇宙空間なのかは分からないが、二人の重さは全く感じない。しかし、私の髪の毛は逆さにだらんと落ちている。何とも気持ちの悪い感覚だ。

 重さが無い為、二人をグイッと持ち上げるように、何とか機体へ乗せる。そして私も席へと座る。

「ぐはぁ、疲れた……」

 すると、後ろから律子が抱きついてきた。

「沙美ー! 絶対に来てくれるって信じてたぞー!」

「ちょ、ちょっと!」

 こんな律子は初めてである。とても嬉しそうで、私を思い切り抱き締めてきた。

「あんたの自画像見た時、本当に抱き締めておけばよかったって後悔したんだから! やっと会えたー!」

 と、そう言ったかと思えば、今度は私の横顔をまじまじと見つめ、「ちょ、ちょっとあなた!」と、驚いた声を上げた。

「な、何よ?」

「……老けたわね」

「仕方ないでしょ! あれから十二年も経ったんだから!」

「冗談よ、二九歳の沙美が来てくれる事も計算ずくだったし。それに残念ながら、私は生の十七歳の沙美は見た事が無いので、ええ」

 律子はそう言うと席へと落ち着いた。

 と、今度は春が、「沙美が助けてくれたんだね、ありがとう。でも、これどこに向かってるの?」と不安げに聞いてきた。

「未来よ、春も律子も、あのままバスに跳ねられちゃうところだったんだけど、私が未来から助けに来たの。あの時代へは帰れないけど……ごめんね」

「ううん、ありがとう。死んじゃったら元も子も無いもん。……夏は、無事だったのかな」

「うん、夏海は無事だよ、安心して。未来にもちゃんといるからさ」

春はれを聞くと、「良かった」とニコッと笑ってくれた。

 揺れは治まって機体も安定はしている。しかし、音自体小さくなってはいるものの、警告音は尚も鳴り続けている。それに対して律子が口を開いた。

「てかこれぶっ壊れてんじゃないの、エラーって出てるわよ」

 気付いてしまいましたか律子さん、そうなんです、これ壊れてるんです。

 私は先程の経緯を話してみたが、「まあ、大丈夫でしょう」と腕を組んで落ち着き払っていた。

「何でそんなに落ち着いてられるのよ、実は私、今めっちゃ不安なのよ」

 すると律子は、フフっと笑ってこう述べた。

「忘れたの? 全ては、成るべくして成っている。もうここまで私の思った通りに事が運んでいるんだから、間違いなく私たちは助かるわよ。見てなさい」

 やっぱり律子はホンモノだ。何というか、凄味がある。彼女がいるだけで、本当に安心出来る。

「例えば、これを、こうして!」

 律子は突然私の腕を掴み、その腕時計を、思い切り機体にぶつけた。

「いったぁー! 何すんのよ!」

 すると驚いた事に、「ピー」っと何かの音が鳴り、表示の「ERROR」も消え、目的時刻の表示は、二〇二六年六月と出た。更には警告音も止まった。どうやら直ったらしい。

 ……さすがです。

「後は未来に着くのを待つだけね」

 私は席に落ち着き、ベルトを締めた。

「ねえ律子、未来に着いたら何したい?」

「そうねえ、まずは、あなたとの初対面を楽しもうかしら、フフ」

「今更初対面ってのも、変な話だけどね」

 そして春にも聞いてみる。

「春は? どんな事したい?」

 すると春は、しばらく考えた後に答えた。

「うーん、先ずはご飯食べたい。お腹ぺこぺこだよ」

 それを聞いて、「もっと他にあるでしょー!」と、律子も私も大爆笑した。バス事故の緊張から解かれたからか、そう言われてみると私もお腹が減っているが、それは一応黙っておく事にした。


 そして私たちは、その光の空間を突き進んだ。

 やがてぼんやりと光の壁が現れ、そこには崩野研究所が映し出された。

 着いた、無事に帰ってこられた。

 きっと、この向こう側では一瞬の出来事だったのだろう。

 私たちの乗った機体は、優しい光に包まれた。



 次に目を開けると、私たちは研究所にいた。後ろの席を確認すると、二人もちゃんと乗っていたが、春はすやすやと寝てしまっていた。

 ……帰ってきた。一時はどうなるかと思ったが、何とかなった。

 「ふぅ」と深く息をつき、ベルトを外して機体から降りる。律子も私に続いて降りてきた。

 おかしいな、私を見送っていたはずの息吹さんがいない……。こちらでは時間は経っていないはずなのに、息吹さんはどこへ消えてしまったのだろう。

 律子と研究所内を捜してみる。と、「制御室」と書かれた部屋で、机に突っ伏して寝ていた。不思議に思いそこに掛けてある時計を見ると、午後九時半を指していた。私が家を出たのがお昼頃だったから、相当な時間が経っている事が伺える。何故だか理由は分からないけど、これは後で息吹さんに聞いてみるとしよう。

 そして、この時間ならば、とある事を思いついた。

「ねえ律子、着いてきて」

 律子は笑顔で頷く。

 研究所の壁に備えられたハシゴを登り、そこから研究所の屋上に出た。

 元々小高い丘の上にあるので、ここからの景色は格別だ。律子はそこへ出るなり、「うわぁ! 凄い景色!」とすぐに柵まで走り寄った。その後も「光の数がまるで違う。外国みたいね!」と走り回ってはしゃいでいた。

 それを見ていて私も楽しくなってきたので、「待てぇー!」と律子を追いかけ回した。追いついては脇腹をくすぐり、逆に私もされ今度は私が逃げ、の繰り返しをしていた。

 と、一時的に取っ組み合った時、お互いの足が引っかかり、一緒に転んでしまった。

「きゃあ!」


 ーーゴテン。


「はぁはぁはぁ」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 仰向けに並んで夜空を見ながら息を切らす。

「あー、疲れたー」

 笑いながら律子が声を上げた。

「でも、めちゃくちゃ楽しかった」

 私がそう言うと、律子は「うん、楽しかったね」と小さく呟いた。

「はぁはぁ……」

 お互いの息が徐々に落ち着いてきた。と、再び律子が口を開いた。

「ありがとね、沙美」

「ん、いいって事よ! 正直タイムマシーンから振り落とされそうになった時は怖かったけどね」

 私が少しおちゃらけて見せると、律子は「それもそうなんだけど……」と真剣なトーンで返してきた。

「沙美が助けに来てくれた事はもちろんなんだけど、そこに至るまで、高校出てから物凄く頑張ったんでしょ? 私なんかの病気を治す為に。里羽が前に言ってたからさ、私それに気付いてて。それであなたが助けに来てくれた瞬間、その道を本当に成し遂げたんだって、嬉しくなってさ……」

 律子を見ると、空を仰いだまま涙を流していた。

 私は仰向けのまま、律子に体をすり寄せた。

「律子言ってたじゃない、こんな夜は、何か起きそうだって、強く念じれば空も飛べちゃいそうな気がするって。空が飛べちゃうくらいの奇跡が起こせるなら、勉強頑張って、そっちの道に進む事くらいなんて事ないわよ。“夢を叶える、なんてちっぽけな奇跡、簡単に起こせると思わない?”でしょ?」

 私がかつての誰かさんのセリフを借りると、律子は「フフフ、そうだったわね」と微笑んだ。

 そして、ずっと気になっていた事を聞いてみた。律子ならきっとこの謎を解いてくれるはずだ。

「ところでさ、夏海を助けた事で課題達成に繋がった的な事をカナタが言ってたんだけど、何だか分かる? あの時春は助けられなかったのに、課題達成したってのが訳わかんなくて」

「うーんそうねえ、沙美がバスに轢かれそうになってたのって、結局どうやって助かったの?」

「夏海さんに助けられたよ。間一髪で」

「何それ、もう答え出てるじゃないの」

「……え?」

 ああ、久しぶりだ。律子だけは答えが分かってるやつ。

 私がポケーっと律子を見ていると、その答えを教えてくれた。

「簡単な事じゃないの。あの時夏海を助けた事で、夏海は延命してそのまま生活を続けた。時は流れて二〇一四年、夏海は沙美を助け、そしてそこで助けられた沙美は私と春を助けた。ほら、春を助けた事に繋がったじゃない。もしあそこで夏海を助けられなかったら、みんな助からなかった可能性もあるし、春だけを助けていたら、課題のターゲットは夏海になっていたのかもしれない。いずれにせよ、夏海を助けた瞬間に課題は達成されたのよ」

「なるほどぉ!」

 さすが律子先生、私の長年に渡る心のモヤモヤが、一気に払拭された。ああ、気持ちがいい。

 そして、また静寂が訪れた。夜空はしんと静まり返っている。

 そして私は仰向けになったまま切り出した。

「……そうだ、改めての自己紹介がまだだったわね」

「フフ、今更ね」

 律子は若干笑いを含みつつも驚いていた。しかし、「じゃあ、あなたからどうぞ」とそれを促した。

 私は軽く咳払いをし、自己紹介に入る。

「私は那覇軒沙美……」

 と、名前だけ言ったところである事を思いつき、そのセリフを繋げてみた。

「あなたと同じ北浦に通ってる二年生よ。あなたは?」

 すると律子は「ブフッ」と吹き出して私を見たが、すぐに空へ視線を移してこう返した。

「なはのき? そんな変わった名前の子いたかしら? 私は仲米律子。私も二年よ」

「……」

「……ブフッ!」

「アハハハ!!」

「アハハハハハ!!」



 空に浮かぶ大きな満月が、私たちだけを優しく照らしていた。




おしまい

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