第五話「後悔先に立たず」
死屍累々と言うのはこういうことをいうのであろうが、あまりにも凄惨な光景ではある。あれから、死者達が次々と迫りくるというのに、リン・シューリンギアなる魔女はいとも容易く四肢を切断し、首を撥ね戦闘不能にすることを繰り返してばかりである。それが数十分続くともなれば黎明林地の入り口は死体の転がる恐怖の森の入り口に変貌しつつある。しかし、魔女という存在はこうも逞しいものであろうか?
「あぁ~退屈ね。お人形遊びにも飽き飽き。さっさと、樹から下りてくれないかしらね~?」
死者を殺していく度に闇の魔力が増幅しているようにも見える。考察するにあの得物は魔力を吸い取り自身の糧にしているのか。道理で死者の身体が再生されないわけだ。このことを他の者にも知らさねばならないな。
「ねぇ、いつまでそうしているつもりかしらぁぁ!!」
「!!」
考え事に更けていたダークエルフは気付くのが遅れた。既に死者に動く気配を見せる者はおらず、ダークエルフの魔力で操作した全ての死者が殺されたことになる。必然、リンの標的は樹の上にいるダークエルフだけになる。後ろを振り向いたダークエルフは眼前に迫る鋏を手元に携えたナイフで軌道を逸らし、樹の上から飛び降りる。
「くっ!なんという跳躍力だ…。」
「土くずを斬るよりも肉を斬る方が感覚がいい筈よ!」
留め具を外し、両手に携える刃物。縦横無尽に繰り出される乱舞をギリギリの所でナイフで受けつつあるが、徐々に後退していくダークエルフ。
(このままではみすみすこの場所を通したことになってしまう!かくなる上は、死んででも皆に伝えなければ!)
「死んでも私の事を他の奴等に知らせないとって顔をしているわね?」
「っ!?」
「図星のようね!」
乱舞に次いで、リンは低い姿勢で接近し足払いを掛けた。心を読まれたと思ったダークエルフは足払いをまともに食らい若干浮いたかと思えば一瞬で地面に伏せられた。
「がっ…がっ!?」
起き上がろうとしたダークエルフに追撃するように足首を寸断したリン。足首からは赤黒い血が動悸と共に外へと排出されていく。立つこともままならないダークエルフを襲ったのは痛みと恐怖。生きている者にも容赦しない残虐性。退路を断つことで底知れぬ恐怖を与えとどめを与える畏怖の念。魔女らしいと言えば魔女らしいが、他の魔女とは別物である。
「あぁ…あぁ…。」
「息も絶え絶えと言った所かしら?早く仲間の元へ逝きたいの?なら逝かせてあげる♪」
視線を上にやったダークエルフは狂気の笑みを見てしまった。身体が動かない、身体の中の血の気が一斉に引き、徐々に身体から体温が無くなっていく感覚に見舞われる。くるっと踵を返すリン。ダークエルフにとどめをささずとも大量失血で死んでしまうだろうと判断したのかそのまま林地の入り口を歩いていく。
(なぜだ…なぜとどめを…。)
「私が逝かせる訳ないじゃない。だって、周りには仲間がいるのだから。」
はっと辺りを見回す。動くはずもない死者達はたちまち動き始め、ダークエルフの元へとずるずると歩き始める。
「い、いやだ…!このような死に方はしたくない!」
「ふふっ、散々死体で弄びやがって…死者への弔いぐらいしろっつの。因果応報ってのはこういうことねー、ばいばーい。」
「い、いや…いやああああぁぁぁああぁ!!」
断末魔の叫びが聴こえたと同時に肉をむさぼる音が辺りに響き渡り始める。お構いなしに奥へと進み始めるリンは鋏の血を払いながら呟く。
「何が黎明林地を守護する者だぁ?死者を道具としてしか見てない連中ばかりじゃないの。」
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「お父さん…?お母さん…?」
震える手は空中を漂い、遠くにいる二人の影に伸ばす。
「三年前の出来事は致し方ないこと。だが、謝肉祭を務めた司祭には罪はないだろう…故に、暫し時間を弄したが、見つけてやっておいた。」
顔を隠したダークエルフは言葉を濁すように零すと、軽い謝罪のように会釈をする。先程まで挑発的に死者を操作していたが、打って違い態度が変わっていることに違和感を考える暇すら有耶無耶になるほどリーシャは戸惑っていた。二人の影が近くになるにつれて心臓の動悸が激しくなる。そして、目の前に近付いた時、二人の影は激しい音と共に崩れ落ち、リーシャの歩みもピタッと止まる。
「えっ…?」
「彼等は頑張った。ダークエルフもどきになったとしても娘を思うが為に抗ったのだ。しかして、見苦しい様を我々に見せていたさ。だがな、もどきになった者の末路は死だ。苦しまずに逝かせてやることがせめてもの手向けであろう?」
側で皮肉に笑うダークエルフ。リーシャの眼前にはボロボロの布が二つとその中に密かに見える白い棒状の何かであった。膝が笑いだし、遂には膝を地面に崩してしまった。震えた身体は見開いたままの双眸はそこに確かに両親の遺骨があるという事実を受け入れられず、生きていると信じていた自分というガラスがけたたましく崩れた瞬間であった。
「うそよ…うそよぉ…。」
「事実だ。受け入れろ、そしてお前も両親と同じ所へと眠るがいい。」
備えたナイフを構え、ゆっくりとリーシャへと近付いていく。事実を突き付けたと見せ掛け相手の精神を崩したダークエルフは勝ち誇ったように口角を吊り上げる。リーシャの首にナイフが突きつけられる。切っ先でリーシャの色白の肌に紅い線が引かれる。
「さらばだ、哀れなエルフよ。両親に逢えるといいな!」
勢いを付けながらリーシャの首目掛けてナイフが振るわれる!
「させない。」
甲高い金属音が鳴る。ダークエルフの手に衝撃が入ると同時にナイフが手から零れ落ちる。ナイフに同等の金属を当て剣戟の衝撃が走ったのだろう、当たった金属は鋭利な刃と持ち手が回転をしながら持ち主の所へと帰っていく。
「ぐっ…誰だ?」
「リン・シューリンギア。ただの女の子ですが?」
背中に巨大な鋏を掛けた少女は全てを見下しているかのような視線をダークエルフに浴びせ、如何にも挑発しているという風格を醸し出す。それに動じずダークエルフはナイフを両手に持つ。
「シューリンギア…。澱みの魔女の末裔か。グランドエルフに仕えていたという手記は在ったが、まさか実在しているとは思わなんだ。」
「へぇ、私の子孫はエルフに仕えていたんだ。それは知らなんだ。」
「ふん、それは昔の事よ。今更林地に訪れても我々ダークエルフがグランドエルフを守護していることに変わりはしない。古き文明に生きた魔女などもういらん!」
リンに向かって走り出すと顔を覆っていた布が風で煽られ、隠していた顔が現れる。こめかみに斬りつけられたような跡を残し、口から顎の皮膚がただれた一見死者のような顔付きしている。リンは死者の顔をしたダークエルフに気負いせず鋏を前に構える。走っている最中にダークエルフはナイフをリンへと投げる。投げたナイフを補充するように布から再びナイフを備える。狙ったように投げられたナイフを鋏でいなし、ダークエルフを薙ぐ。鋏の攻撃を低姿勢になることでかわし、リンの懐に入りナイフを逆手に斬り上げる。斬り上げと同時にリンは予知していたように背を後方に倒し、ナイフは宙を裂く。後方に倒れていくリンに追撃するように片方のナイフを突き立てる。その時、ダークエルフは鋏を見た。得物は鋏の姿をしておらず、リンの両手に剣として佇んでいた。
「あははっ!」
バツを描くように双剣を交差させてダークエルフの首を寸断せんとするが、突き立てようとしたナイフを剣に滑らせることで勢いを流し身体と首が離脱することを回避した。牽制をしたリンはダークエルフの腹を蹴り、その反動で後方へと宙返りをする。蹴られたダークエルフは多少仰け反り肺から空気が一気に押し出される。
「ふぐっ…。」
くの字になって痛みを抑えるが、リンの追撃は待ってくれない。リンは着地したと同時にダークエルフに急接近し、双剣を振るう。スタミナという概念がないのか息一つ乱さずに攻撃を仕掛ける。
「(こいつのスタミナは無尽蔵なのか…!)小癪な!」
焦点が乱れながらもナイフを投げる。リンに当たっていないのかナイフを躱すことすらせずそのままダークエルフへと双剣を浴びせる。
「あはっ!」
瞬間、鮮血が迸り、空中に片腕が撥ね上がる。ナイフを握りしめた手が撥ねた所を見ると、ダークエルフの片腕が双剣の斬撃によって斬り飛ばされたのだとわかる。地面に重い音が響くと同時にリンはその場で回転してダークエルフの首を寸断した。断末魔を言う暇すらなくダークエルフの爛れた頭は地面へと落ちる。一瞬の出来事に目を見開きながら絶命した首はリンはおろか、リーシャを一瞥しながら地面にキスをした。
「…所詮は死者もどき。動く前に潰さないと、ね!」
あろうことか、リンは絶命したダークエルフの首を串刺しにし、真っ二つに切り離した。
「ふぅ…あぁ、もう時間切れか。なんとか…辿り着いた訳だ…。」
血を振り払った鋏が粒子と化し、リンの表情から狂気も薄れていく。身体に蓄えられた澱みが消え去ったことを既知していたのか、膝を崩し重度の疲労がリンに襲い掛かる。
「っはぁ!はぁ…はぁ…んぐっ、よく、ここまで、きたものだな~はは…。」
疲労困憊の状態を自嘲ぎみにぼやくリンは暫くその場を動けずにいた。リーシャの心配もあったが、身体がいう事を効かない故に思考を働かせることしかできなかった。
ずず…ずずっ…。何かを引きずるような音、布が地面に擦れている音だろうか。何かがリンに近付いてきていることがわかる。歯から漏れる息遣い、死者のような足取り。その人物がリンにはわかった。既に魔法の効力が切れ、澱みを防ぐことが適わなくなっている状態が長く続いてしまっていたのだから当然と言えば当然。故に、酷い悲しみに陥る。
「あぁ…やっぱり、間に合わなかった。ごめんね、リー、シャ…。」
止めどなく頬に流れる涙。音の聞こえる方へ振り向く。きめ細やかなエルフ特有の白い肌が何よりも彼女の特徴であり、リンは好きであった。白い肌は褐色の肌に侵食されており、自我を失った蒼い瞳は紅い瞳へと。後悔する、ここまで来ておいてたった一人の友人を救うことが出来ずに疲労困憊でくたばる自分に。絶望する、救いたかった友人によって自分はこの世からいなくなることに。まだ生きたい、傲慢な事は理解している。だが、この状況を生き残り友人を救うことが出来るのであれば神にでもすがりつく。
リンを視界に捉え、鋭利になった爪がリンの喉元に振りかざされる。この時、リンは最期の光景を脳に焼き付け目を閉じた。
第五話を見て下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
今回のお話はいかがだったでしょうか。かなりの残酷な描写が含まれております故、不快だと思った方は読む事をあまりお勧めしません。さて、投稿期間がだいぶ空いていると思いますが、次回のお話はなるべく早くに投稿できるように努めていきますので、ご容赦ください。
では、次回のお話でお会いしましょう。ではでは…。




