第四話「真実と虚実」
死者 妖精樹林で命を落としたエルフや人間が黎明林地にて蘇生された存在。意思はなく、ダークエルフの死霊術によって操られる人形のような扱いをされている。
リン・シューリンギア(裏) 澱みを体内に吸い込むことによって生まれた別の人格。表のリンとは違い残忍な性格をしており、感情的に動くことが多い。また、極めて攻撃的で魔力で生み出した鋏によって対象を切り刻む。鋏の留め具は瞬時に外すことができ、双剣のようにも使える。
「…。」
妖精樹林を彩る三つの色。一つは碧。ピクシーやエルフが生活の拠点としている豊かな樹林。二つは蒼。エイレーネ地方の中枢を担うほどの魔力が貯蔵されているアズレ・ワルドの樹林が立ち並ぶ。そして三つ目の色。
「黎明林地。初めて来た…。」
灰色に染まる葉。澱みの黒が周りを飾り付ける。妖精樹林の最奥、黎明林地。アーク大陸が生まれた当初から在るとされる最古の妖精樹林。年が経つにつれて種苗は大木を成し、新たな樹林と魔力を形成するようになった。結果、妖精樹林は碧、蒼、灰の並びで樹木の若さが成り立つようになった。よって、灰の樹林、黎明林地には古代の魔力や闇の魔力が充満し、アズレ・ワルドを潜り抜けた屈強なエルフ達を拒み続ける為に澱みを放出するようになった。
「大丈夫…私なら、いける!―エアロビジョン!」
黎明林地の入り口、そこにリーシャはいた。リンとの考察の結果に基づいて、リーシャの村を襲った澱みに影響されたエルフ達は黎明林地にいると判断し、一人向かうことを決断した。澱みに触れれば禁忌とされているエルフの一人でもあるリーシャは禁忌に立ち向かう。
「待ってて、お父さん…お母さん!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ…はぁ…!」
アズレ・ワルド。舗装されていない道をひたすら走る少女が一人。喉は焼けるように痛く、新鮮であるはずのアズレ・バームからの魔力の満ちた酸素は棘のよう。全身の筋肉が悲鳴を上げるにも関わらず、意識を前へ前へと傾けている。
「リー…シャ!なんで、ひ…とり…で…!」
嫌な予感は感じていた。あの時、彼女を完全に止めていればと後悔の波に浸かる。しかし、大切な友達を失うことへの悲しみは後悔よりも先に身体を動かしていた。間もなく、アズレ・ワルドを抜け、黎明林地の入り口に差し掛かる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
林地はリーシャを歓迎するかのようにその姿を晒している。木々がリーシャを導くように避けている感覚に陥っているからだ。
「不自然過ぎる…。てっきり、襲撃の一つくらいあってもいいのに。」
黎明林地には追放されたエルフ、ダークエルフがいてもおかしくないはずなのに、ダークエルフはおろか、生物すら見ていない。そうこうしている内に視界が開けた場所へとリーシャは着いた。妖精樹林にあった溜池のようにそこだけ木々がなかった。代わりにあったのは巨大な墓地。中央にそびえ立つ慰霊碑のような柱は古代の文字が記されており、慰霊碑から正面に広がる広大な土地には夥しい程の墓標が突き刺さっていた。
「これが…グランドエルフの…!」
ふと、誰かに見られている感覚を覚え、後ろを振り向く。そこにいたのは、初めてこの林地で出遭った者であった。
「…神聖な土地に踏み入れた者はお前か。」
まるでこの墓地の墓守でもあるような口ぶり、顔はぼろくなった布切れで隠されており見えていないが、銀髪の後ろ髪と、褐色の肌によってダークエルフだということがわかった。
「あなたは誰!お父さんとお母さんを返して!」
「会って早々に要求するか。はっ、図々しい。まずは質問に応えよう、私はここの墓守を代々務めてきたダークエルフのオリジナル、とでも言おうか。」
「ダークエルフにオリジナル…?禁忌に触れたエルフがダークエルフになるっていうのは聞いていたけど禁忌のエルフなんて初めて聞いたわよ…。」
「初耳なのは仕方のないことだ。黎明より秘されたものは多くあり、それを守護するのが我等の使命。だが、黎明はお前を歓迎しているようだ。」
ダークエルフが言い終わると同時に墓地からうめき声がこだまする。リーシャを歓迎するように、此度の訪れに感謝するかのように。
「墓の中から死者が!まさか、あの中にお父さんとお母さんが!」
「探してみるといい。だが、そう容易くは見つけてくれないだろうが、な。」
頭上に掲げた手はリーシャの方へと垂れ、死者はダークエルフの指示に従い、リーシャへと襲い掛かる。
「くっ!エアロブラスト!」
手前からくる死者に風の魔法を打ち込み、破裂させ活路を開く。左右から迫る死者をやり過ごし慰霊碑の前まで走るリーシャ。奇声を発し、墓前の土から這い出る死者は骨が露見し、瞳があったであろう場所には死肉を喰らっていたであろう虫がのたうっている。慰霊碑に辿り着き振り返ると、既に死者はリーシャを囲いつつあった。
「あの澱みの霧が村を襲ったのは三年前…でも、お父さんとお母さんが死んだという確証はない!」
「三年前…あぁ、黎明が蠕動していた頃か。アズレ・ワルドに侵食した澱みはアズレ・バームを蝕み、闇の魔力に障る。その時に澱みに染まったアズレ・ワルドが霧を放出したのだろうな。」
「そこまで知っておいて何故食い止めようと考えなかったの!?」
「自然現象を何故止めなければならない?これが妖精樹林の仕組みだということに気付いていないエルフは愚かであるな。」
鼻で嗤うダークエルフを横目に迫りくる死者達をいなしていく。樹林が織りなす自然現象を初めて耳にし、半信半疑状態でいるリーシャ。
「授業では教えてくれなかった事…。知らなかったから、いやむしろ隠していたというの…?」
「どの村にも観測者はいた筈であるが、魔女にでもやられてしまったか。」
「そんなことはないわ!あの日謝肉祭を行う時は魔女なんていなかったし、貴女みたいなダークエルフも見たことはないわ!」
一際大きな風の砲撃を死者に浴びせ、ダークエルフを一瞥する。表情は読み取れないが、皮肉に嘲笑っているようにも見える。怒りが募り、ダークエルフの元へ走り出す。
「自然現象であろうとも、あの霧は人為的に操作されたものなのよ!貴女に何がわかるのよ!」
「その謝肉祭というのは年に祭司を選び、神の人形を火葬するものであろう?観測者というのはその祭司のことを指す。」
風の砲撃を放つ寸でリーシャの動きはダークエルフの真正面で止まる。嫌な汗が背中をつつぅと流れ、ダークエルフの述べた事をかみ砕く。
「嘘…、じゃあ始めからお父さんとお母さんはわかっていたの?澱みの霧が村を襲うということを。」
「さてさて、それは本人に聞いてみる他ないだろう。」
楽しむように、踊るようにボロボロの布を翻す。ダークエルフが横に逸れると視界には二つの影がリーシャの瞳に映り込む。三年間という月日を経て、漸く目的である二人の影が目の前に現れたというのに嬉しさとは逆に疑心が心を満たしていく。
「…お、お父さん?お母さん?」
震える手は宙を掻き、瞳孔はピントを合わせるのに収縮を繰り返す。二つの影はひっそりと佇み、リーシャを待っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここが黎明林地の入り口だね…。リーシャの守護魔法の跡がある…止められなかった。」
リンは漸く黎明林地の入り口へと辿り着き、風圧で圧された叢があるのを見て、リーシャは既に中に入っていることを理解し、落胆の表情を浮かべる。
「ほほぅ、今日は珍しい日であるな。黎明に客人がこうも来るとはな。」
灰の樹木の枝に声の主はいた。服装はボロボロの布を羽織っているだけで表情は読めない。が、肌の色を見て禁忌のエルフ、ダークエルフだということが判断できる。
「ダークエルフ…。リーシャというエルフがここを通らなかった?」
「さてね。我々は観測するだけで門番ではないのでな。」
「惚けないで。前口上でリーシャがここを通っているのはわかったし、魔法を使った形跡もある。」
ダークエルフの表情が変わる。エルフとは違い、少女は妖精樹林の害虫とも呼べる魔女。それを殺すのも観測者でもあるダークエルフの務めでもある。
「踵を返すのであれば何もしなかったのだがな。このままでは黎明が侵食されてしまう。魔女め、この場で樹林の肥料となるがいい!」
地面が隆起し、腐った死者が這い出てくる。部位はおろか、白骨化している死者までもが樹林の中から湧き出てくる。
「死者は使い様。魔女をむさぼり食わせるのも八つ裂きにするのも厭わない。いけ。」
苦しそうな叫び声を上げながら死者はリンに向かってくる。
「…澱みが周りにあるならいいよね。アビソープション!」
言霊を唱え、口をあんぐりと開ける。本来指定した容器に魔法陣に澱みを吸い込む魔法を口の中に展開し、口へと澱みを吸い込んでいく。
「な、なんだそれは…?そのような魔法は聞いたこともないぞ!」
「んぐっ…ぐっ、あっ…。はぁ…はぁ…。」
「さっさと殺せ!」
死者がリンを取り囲む。餌に群がる蟻の大群のように押し寄せる死者達は次々と後方から圧を掛け、リンに近い者からもみくちゃにされ身体が千切れていく。が、台風の目でもあるリンの周りだけ空間が空いている。
「何…?どういうことだこれは…。」
「あーはっはっは!」
刹那、死者が空中に舞い上がり、身体が八つ裂きにされる。押し寄せている死者達は何が起きている事も知らず、台風の目へと集中していくが、中心に迫っていく死者から順にバラバラに解体されている。
「魔力の感じが変わっている?これは…我々の魔力に似ている…!」
一際大きな爆発音と共に迫っていた死者達が四散する。爆発の中心には巨大な鉄の刃物を備えた人物が現われた。
「あーもうじゃっっま!人形風情がいい気になって私の周りに群がるんじゃないわよ!」
「き、貴様…何者なのだ?魔女ではないのか?」
「リン・シューリンギア…。ただの女の子ですが?」
第四話を読んで下さり、ありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、投稿期間が大分遅れてしまった訳なのですが、言い訳するのであればいまいち纏まった文章が頭の中に浮かんでこなかっただけです。一気に書き進めていけばある程度直ぐに投稿できるわけなのですが、途中で止めてしまうと流れが悪くなるのですよ、工場の作業工程のように。
次は一気に書き進められるようにしますので、次回のお話もお楽しみに。では。




