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第三話「闇に潜むもう一人の自分」

黎明林地 妖精樹林の最奥地であり、妖精の亡者などが主に生息している。澱みに触れたエルフはダークエルフと称され、黎明林地に追放されることに決められている。最奥地にはエルフの始祖であるグランドエルフの墓地があるとされ、ダークエルフは墓守の役割をしているともされている。


リン・シューリンギア 澱みの研究により、内服したらどうなるか?という考察より、澱みを体内に取り込んだことにより光属性の魔力と闇属性の魔力を持ち合わせてしまった。よって、闇の魔力が表面化することによって別人格のリンが姿を現す。性格は真逆であり、狡猾で人を躊躇なく殺す残虐性を兼ね備えている。


 視界が真っ暗…。目を開けているのかすらもわからないぐらいに光というものが見つからない。果たして、私はどこにいるのであろうか。アズレ・バームの中にしては蒼い光を放つ物質は発光しておらず、ましてや月の光すらない。つまり、ここはアズレ・バームの中にある私のベッドの上ではない場所にいることになる。というよりは意識が覚醒しているにも関わらず身体が動けない。となると、これは所謂金縛りというもので、今見ている景色というのは夢。明晰夢に他ならないことになるわけだ。意識がはっきりして考えることも出来る以上、ここがどこかというのを思考するしかない。ただ、こういう経験は何度かある。辺り一面を黒のペンキで塗りつぶしたような空間。むわぁっとした湿度のある空気。非常に気持ちが悪い上に、汗が流れて着ている服が肌にくっつく…気持ち悪い。考えるだけ意味がない、何故ならばこの空間は彼女の空間であるからだ。

 「熱心な研究お疲れ様。アズレ・スピゼィスから抽出したコーヒーでも飲むかい?」

 暗闇の中、話し掛けてくる彼女は姿を現さないが、お皿に容器を置く音が聴こえた。何というか、ここは私の深層心理でもあり、彼女の居場所でもある。言うなれば、彼女は私の中に居る人格とも言える。

 「ふふっ、こう縛っていないと貴女と話せないというのが面白いわよね。まぁ、私が一方的に話しているだけなのだけど。…魔力が切れそうなのよ。ほんっとギリギリ。ってか、早く頂戴!」

 魔力が切れるというのは事実本当らしく、彼女の空間が若干だが歪んでいるように思える。このままだと光が洩れるのだろう。

 「目覚めたらさっさとビーカーのグイッと飲んでよね!さもないと…。」

 暗闇であるので、何を突き付けられているのかは分からないが、刃物のような鋭利な物であるのは金属音で理解できている。

 「あんたを殺して身体を乗っ取るから。」

 その声を聴いたと同時に意識が沈み、目を閉じたような感覚がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「…うぅ。」

 項垂れた声を言いながらリンは目を覚ました。どうやら、ベッドで寝ずに机に突っ伏して寝ていたようだ。証拠に彼女の頬には机に広がる細かな埃がべったりと付着している。

 「あぁ…また、あの娘か。」

 夢で出会った彼女をリンは知っているように口にし、机の端に置いてあるビーカーを見る。そこには昨日採取した澱みが黒く濁った状態を保ちながら佇んでいた。

 「…ふぅ、仕方ないなぁ。」

 少々面倒そうな面持ちであるが、仕方なさそうにビーカーを持ち、口元へと近付ける。眉を顰め、深呼吸をしてからビーカーの中身を飲み下していく。

 「うぐっ…ごくっ…んっ…。」

 どろりとした液体は喉を通り過ぎると直ぐに霧散しリンの体内へと浸透していく。苦しそうに飲み干したリン。ビーカーを強く机に置き、椅子に座り込む。

 「はぁ…はぁ…熱い。別の魔力が入り込む時はいつもこうだよね…うぐっ!」

 胸を強く押さえ冷や汗が額を過ぎていく。魔法にも属性というものがあり、リンの場合属性が光だとする。澱みが闇の属性だとすれば相対し、どちらかが優勢になるために互いの魔力を消費しあうことになる。故に、リンの体内では魔力の混同が生じており、光属性の魔力と闇属性の魔力がぶつかり合っている状況である。だが、特殊な事例もあるようにリンの場合はその事例に含まれている。

 「…。」

 魔力の混同による作用が消えたのか、リンは静かに椅子に座る。が、すぐさま立ち上がり、口角を吊り上げる。

 「あーはっはっは!魔力充電かんっりょー!あ~おはよう自分!」

 「おはようリン…って、もしかして。」

 扉から入って来たリーシャであったが、急なハイテンションぶりを見せるリンを見てしまったのか、顔を青くしている。

 「あっ!リーシャじゃん。おっは~♪」

 「お、おっはー…。もしかして、裏リンなの?」

 裏リンと呼ばれたその人はリーシャに向けてダブルピースをしながらはにかんでいる。

 「Yeah!!もしかしてしなくてもリン・シューリンギアその者ですよ~あはは!」

 「あぁ…面倒な時にきちゃったな~…。」

 「面倒?寧ろラッキー♪とか思っちゃてたりー?」

 「なんでラッキーなんか…って、きゃっ!」

 リーシャが返答する前にリンは樹の壁にリーシャを追いやり、顔を近づける。

 「な…なにを…。」//

 「知ってるよー?たまにリーシャの視線が熱い時ぃー…。」

 「そ、そんなこと!」//

 「あ~あ、リンは何で気付かないかな~。こんなにも可愛い可愛いリーシャが目の前にいるってのにその気持ちに気付いてやれないなんて、ね。」

 そう言うと、リンはリーシャの顎に手を添え顔を近づける。リーシャもリーシャで抵抗しようにも、身体が動かずこの状態を甘受しているようにも見える。リーシャの状態をわかっているようにリンは言う。

 「いいじゃん…このままキスしちゃおうよ?朝からいけないことをしてさぁ。」

 「い、いけないこと?!そ、そんな…こと…」//

 「そうそう…私に身を委ねてさぁ…。」

 互いの息が顔に当たるぐらいに近付き、唇が重なる瞬間。

 「…うぐっ?!あぁもう!なんで、大事な時にきちゃうかなぁ!?」

 リーシャから離れて胸を強く押さえるリン。動悸が激しいのか、壁にしなだれながら座り込むリーシャは息遣いが荒くなっている。ある程度苦しく呻いたリンは静かになり、直立不動のまま天井を見上げる。見上げた先はアズレ・バームの中に出来た大きな空間だけである。削り取ったような跡は一切なく、初めから居住が出来るように仕立てられていたような空間が広がっている。と、視点をリーシャへと戻すリン。

 「…また、出てた?」

 「…うん。」//


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ごめん!」

 「もういいって…。」

 リンの家を抜け、二人は村への道中を歩いている。リンは申し訳なさそうにリーシャに謝っているが、いつものことと思っているリーシャは軽くあしらっていた。

 「リンの別人格なんだから仕方ないじゃない。」

 「いやでも何かしらリーシャに迷惑を掛けたんだと思うし、謝るしかないじゃん…。」

 「め、迷惑なんか…ジャナカッタケド。」//

 「ん?どうしたの?」

 「なんでもない!」//

 足早に歩いていくリーシャに疑問符を浮かべながらも追い掛けていくリンであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「それでね。詳しく説明すると…。」

 場所は変わり、かつてリーシャとリンが通っていた学校、その内の二人が学を貰った教室にいた。教卓が教室の正面にあり、アズレ・バーム製の大きな黒板が堂々と掛けられている。生徒の数だけ机と椅子があって、ありきたりな教室の風景がそこにはあった。あの災害以前は授業風景が見られていただろうが、今となってはその風景も二度と見ることはできない。澱みの霧以降ここを訪れるのはリーシャとリンの二人だけであった。リンは黒板に研究の成果を描き、リーシャも黙って拝聴している。

 「澱みは単体だけでは動くこともままならないし、ましてや生命ではないの。魔力が生きているっていう定義付けはここでは証明されないんだよ。」

 「澱み自体には人を襲うという意識すらないってことで合ってるわね。つまり、あの霧は意図的に誰かが操作したことになる、ってことよね…。でも、誰がこんなことをするっていうの?」

 「それが誰かが分かればいいんだけど…。あ、後なんだけど…。」

 黒板に絵を描き、詳しい説明を施す。アズレ・バーム製ということもあり、描かれる絵は全て蒼くなっている。

 「あの澱みの霧なんだけどね。本来の澱みの性質とは異なる効果があることがわかったよ。」

 「えっ!?」

 「魔導書にも書かれていたけど、あれは澱みじゃなくて魔法の霧らしいんだ。死霊術の類…つまり闇の魔法。だから、澱みの霧にも見えたんだよ。」

 「死霊術…ってまさか!」

 「…ダークエルフが関わっているかもしれないってこと。」

 ダークエルフ。褐色のエルフと言われているエルフの事を指す事柄であるが、ダークエルフはアズレ・ワルドや妖精樹林の浅いとこには住んでいない。

 「妖精樹林の奥地…黎明林地。」

 「澱みに障ったエルフが追放されるとされている…あの場所?」

 澱みに触れ、追放された輩をダークエルフとされている。自ら望んで追放される黎明林地に赴くエルフもいるとされているが、詳細は不明である。

 「黎明林地に行くには澱みに触れないといけない場所が必ずある…。でも、エルフや妖精は…。」

 「禁忌とされているから通ることは出来ない、ね。あれから三年も経っているのよ?私の守護魔法もそれなりに…。」

 「リーシャはダメ。」

 リンははっきりと答えた。禁忌に触れるからではなく、友達としてリーシャの事を心の底から心配しての言葉である。

 「…なんで?漸くお父さんとお母さんがいるであろう場所を突き止めてくれたっていうのに、リン。貴女は私を一緒に行かせてくれないの?」

 「…。」

 「守護魔法も強化してきた。勿論リンの手伝いもあったけど、それでも!」

 「同じになる。…リーシャも、あの時の皆みたいに…リーシャがなっちゃうのが怖いんだよ…。」

 狂暴化したエルフを見たリンだからこそ怖いという感情が芽生える。もし、リーシャが澱みに触れて狂暴化して自分を襲ってきたら、と。研究をしてきてその恐怖だけは拭うことができなかった。

 「…バッカじゃないの!」

 「!」

 「あの日、お父さんとお母さんがいなくなった日。私は誓ったの!絶対に…お父さんとお母さんは助けてみせる…例え、禁忌に触れても…踏み倒していくわ!だから、その迷いを訂正して!」

 「…それでも、私はリーシャを連れていくのに踏ん切りがつけない…。ごめん。」

 黒板から離れ、リーシャに背を向ける。リーシャが今どのような気持ちでリンを睨んでいるのか、背中より痛く感じる。だが、リンの決心も固い。リーシャに向き直ることなく教室を後にする。

 「…心配をしてくれてありがとうね、リン。でも、ごめんね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「…。」

 「あ~喧嘩したっぽい?」

 またも明晰夢。最近は呼びかけが多い。と、今気付いたことだが金縛りにも掛けられてもいないし視界に暗闇がなくなっていた。洋風の窓から差し込む光、簡素な木製のテーブル。その上にはアズレ・スピゼィスを淹れたコーヒーが注がれたカップが二つ。そして、漸く視認することが出来たもう一人の私が窓の横にしなだれかかっていた。服装はまるっきりお揃い、しかし決定的に違いがあったのは髪の色であった。私が茶髪であるなら彼女は深い黒髪であった。この空間形成において暗闇というのは必須条件のようで、彼女の髪は闇に溶け込み、透き通るような白い肌だけが浮かんでいるようだ。

 「…喧嘩じゃないもん。」

 「あっはっはっは!拗ねても分かるって!だって、貴方は私なんだもの。分からないことはないんだからさ!」

 男の人のような豪快な笑い方。つくづくこれがもう一人の自分だと理解したときは落ち込んだものだ。今も理解はしたくはないのだが。

 「んで?貴女的には私に頼るのは嫌だけど頼らざるを得ない状況にあるってわけか。けひっ。」

 「そりゃあね。澱みは闇属性だし、私とは相性が悪いの。貴女は澱みから生まれた半分なんだから大丈夫でしょ?」

 「愚問ね。澱みは私にとっちゃ魔力の供給源さね。つまりは、顕現出来る時間が半永久的に続く訳よ。」

 「って、黎明林地にずっといる訳じゃないでしょうね?」

 そんなことは完全否定だ、と思えば彼女は苦虫を潰したような顔をしながら紅い眼を細める。

 「はいはい、わかりましたよーだ。んじゃ、明日にしましょうかねぇ。当然、掛かってくる奴等は…殺してもいいんだよね?」

 金属音が聞こえた。それは前首元に突き付けられた時の金属音と同じものであった。私には持っていない人を殺す武器。暗闇では見えなかったが、漸く確認することは出来た。鋏であった。持ち手は掴みやすいように握れる所がはっきりとあり、番になる部分は魔力の留め金で留められているようで、直ぐに外して双剣のような武器に切り替えれるような仕組みになっているみたいだ。彼女の武器らしく色は漆黒である。

 「…止めても、貴女は殺るでしょ。」

 「わかってるじゃん♪」

 眼を閉じると、直ぐに意識が沈んでいく。彼女の空間から切り離されたようだ。

 「それに、相思相愛だっていうこともちゃーんと、ね♪」

 最後に何か言っていたのであろうが、それは私の耳には入らなかった。

 第三話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。

 第三話はより、澱みについて詳しく描かれた回にしております。まぁ、言うなれば闇=澱みという公式にすれば簡単ですよね。さて、話は佳境に迫っております。ヨウのお話の話数は多いですけど、現段階で文字数的には同じくらいの構成になるかと思われます。なので、一話一話が長いようにも感じるかもしれますが、お付き合いお願いいたします。ではでは、第四話でお会いしましょう。

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