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デッド・サンライズ  作者: 青蓮
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第三話 食人病、そして隠蔽

開発した会社サイドなので、一般人より先に情報が届きます。

しかし、それを愛する人に話せるかどうかはまた別の話です。

「食人病……?」

 あまりにショッキングな言葉に、マイケルは思わず受話器を落としそうになった。

 人を食う病気……そんなものが発生しているというのか。

「おい、それはどういう事だ!?

 それと日焼けと、どういう関係があるんだ!?」

 マイケルは我を忘れて、受話器の向こうのケリーに詰め寄った。

 食人病がどういうものかは聞いていないが、ろくでもない事は名前から分かる。しかもそれが異常な日焼けと関係しているということは……今にも我が身に降りかかろうとしているではないか。

 ケリーはそんなマイケルをなだめ、たしなめるように言った。

「いいか、よく聞け。

 ここからは、我が社の機密に値する事だ。

 ここから先を聞きたいなら、妻にも他言しないと誓って欲しい。そして、おれはおまえにそれを話した事を会社に報告しなければならない。

 万が一情報が漏れた時は……どうなるか分かるな?」

 マイケルは息をのんだ。

 情報統制を行うということは、全力で情報が外に漏れるのを防ぐ事である。

 そのためには情報を共有する者を全て把握し、漏らした者はおそらく……消されるのだろう。

 それに情報を持つ者をできるだけ少なくするということは、情報を持つ者に仕事が集中するという事でもある。

 ケリーは妻子あるマイケルを心配しているのだ。

 しかし……マイケルも関わらない訳にはいかない。

 愛する娘が苦しんでいるのだ。

 アンブロシアと異常な日焼けの真実に近付き、娘を救う道はここにしかない。

 ならば、進むしかない。

 マイケルは心を決めて答えた。

「……教えてくれ。

 おれは娘のために、解決に力を貸したい」

 受話器の向こうで、ため息が聞こえた。


 ケリーの口から語られたのは、遠い地で起こっている恐ろしい事実だった。

 マイケルたちがいる先進国では、人々は屋内で仕事をし、外に出る時もちゃんと服を着ている。

 しかし世界にはまだ、裸に近い格好で昼間ずっと外にいなければならない人々がいる。

 アフリカやアジアの一部、発展途上国だ。

 考えれば、異常な日焼けの影響を真っ先に受けるのは彼らだ。

 アンブロシアが市場に出され、大規模な漏出が何件も起こった後、まずアフリカの一部で異変は始まった。

 具体的に言えば、農業や牧畜を営む、サバンナの辺りが発端である。

 他国の者が見向きもしないその土地で、誰にも気付かれる事無く人々は倒れ始めた。

 まず初めは一日中外で畑を耕す男たちが、肌がぼろぼろにただれ、やがて意識がもうろうとして物を食べなくなっていった。

 次は夫の代わりに外で働かざるを得なくなった女子供が……誰も手を差し伸べる者はなかった。

 いや、一部の善意団体が患者を医者に診せたが、良くはならなかった。

 しかも、手を差し伸べた者たちのほとんどは、生きて帰れなかった。

 餓死したと思われていた住民たちが、彼らの目の前でゆらりと起き上がり、彼らに群がって……食い殺してしまったからだ。

 数少ない生き残った者の証言によれば、彼らは肌がただれを通り越して腐乱し、息もしていなければ心臓も動いていなかった。

 これではまるで……。


「ゾンビじゃないか!」

 マイケルの言葉に、ケリーは受話器の向こうでうなずいた。

「ああ……しかし、その呼び方は世の中に出すには馬鹿らしすぎる。

 一笑されて終わりだ。

 それに、死人は動かないってのが世の常識だろ、奴らは動くから世間的には生きてるんだ。それで一応病気ってことで、食人病と名づけられた」

 マイケルは、背筋に冷水を浴びせられた思いだった。

 ケリーの話によれば、異常な日焼けは食人病の予兆ととれる。

 そうだとしたらこれから自分たちは、娘はどうなってしまうのか。

 受話器の向こうで、ケリーが続ける。

「にしても、会社も初めは良心的に原因を突き止めようとしてたんだよ。

 それをどっかの空気読めない医者がアンブロシアと関連づけたりするから……まあ今となっては、それが真実である可能性がかなり高い訳だが……。

 しかし今は会社を責めて、裁判とか起こしてる場合じゃないだろ。

 市民の感情だってそうだ……そんな事してる場合じゃないのに、暴動だの業務妨害だのしてきやがる!

 そういう事するから、ますます助からないんだよ……生き残るためには、結局こうするしかないんだ!」

 ケリーがまくしたてるのを、マイケルは黙って聞いていた。

 言っていることは分かる、しかしそれでは情報を持たない者は何もできないではないか。

 現に自分だって、娘があんなに苦しむのを見ながら何もできなくて……世の中にはそういう人が山ほどいるのではないか。

 マイケルは心の中に重苦しい塊を抱えたまま、電話を切った。


 マイケルはふらふらと夢遊病のような足取りで寝室に戻った。

 寝室では、妻がベッドに突っ伏して泣いていた。

 そして、マイケルが入ってきたのに気付くやいなや、ばっと飛び起きてしがみついてきた。

「ねえあなた、娘はどうなっているの!?

 助かるわよね?きっと良くなるわよね!?」

 妻はいつもあんなにきれいにしていた髪を振り乱し、目を真っ赤に泣き腫らしていた。

 こんな痛々しい姿は初めてだった。

 必死にすがりつく妻の姿に、さっき聞いた真実がマイケルの喉元までせり上がってきた。真実を知る事で、少しでも妻の気持ちが安らぐのなら……。

 しかし……ケリーの言ったことが気にかかる。

 真実を知った一般人の反応は、時として状況を悪化させる。

 妻はどうなのだろうか。

 マイケルは妻をあやすように背中を撫でながら、できるだけ落ち着いた口調でささやいた。

「ああ、きっと良くなるよ……世界中の医師が、同じ病気と戦ってくれているんだ。

 それに、苦しんでいるのはうちの娘だけじゃない」

 当たり障りのない事を口にして、マイケルはごくりと唾を飲んだ。

 今まで、マイケルは妻を試そうとした事などなかった。

 が、ここは試さねばならない。

 マイケルはあくまでさり気なく、妻の耳元で言った。

「なあ……もし娘の病気が、誰かが作り出したものだったらどうする?」

 そのとたん、妻の手に恐ろしいほど力がこもった。

 妻がぱっと顔を上げてマイケルを見上げる……普段の美しい顔からは想像もできない、怒りに狂った修羅の顔だ。

 鬼のようにかぁっと歯をむいた口から、低く濁った声が響いた。

「決まってるわよ、そんな奴らは同じ苦しみを味わわせて、この世の地獄に落としてやるわ!」

 耳にしたとたん、背筋がざわつくような、禍々しい声だった。

 妻の心の中で、空想の犯人にどんな拷問が行われているか、嫌でも想像がつく。

(……やめよう、真実は漏らしてはいけないな)

 マイケルは即座に喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 真実を知れば、妻はすぐさまマイケルを憎み、離婚だの裁判だのそういう事になるだろう。いや、そうなる前に夫婦そろって消されるのがオチだ。

 そうなってしまったら、もう娘を助ける者は誰もいなくなってしまう。

 我が社の対応は正しい、自分はそれに従うべきだ。

 マイケルは心の底からそれを痛感した。


 それから数日で、マイケルの生活は一変した。

 マイケルは仕事関係のファイルを妻が開けないように、特定の手順でないと開けないように設定した。

 そしてマイケルの手元には、幾重にもセキュリティがかかった専用の携帯電話が送られてきた。

 アンブロシアと食人病関係の情報が、毎日メールで送られてくる。

 まとめ読みしたこれまでの重要連絡の中に、こんなものがあった。

<食人病蔓延に対する備えについて

 現在、食人病の集団発生はアフリカ及びアジアの一部、オーストラリアの一部先住民に限局されているが、アメリカ国内でも重症の日焼け患者は多数発生しており集団発生の恐れは十分ある。

 万が一に備え、家に閉じこもるための物資と、車で脱出するためのガソリンは蓄えておくこと。>

 マイケルは苦笑いして、さっきまで読んでいた新聞に目を向けた。

 そこには、<病院でけんか、患者二人噛み殺す>と衝撃的な記事が載っていた。

「まさか、な……」


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