episode4 キサラギさん
「ぎゃあああああああああ!変態!変態!」
突如現れた不審者に私はなすすべも無く、恐怖と驚愕とその場のノリで力の限り蹴りを入れる形を取る。これは暴力ではなく正当防衛だと信じたい。
うちの学校の制服を着ているが、顔は見たことがない。
中肉中背くらいで、太縁眼鏡と赤いニキビ痕が特徴的な見た所男子。女子にはとりあえず見えない。
「誰が変態だっ!ただ俺はなぁ、気の向くまま己の心のままカメラのシャッターを切ろうとしたまでだ!断じて変態では」
「うわああああああ盗撮魔ぁあああ!」
だから違うっ、と不審者は一眼レフの何やら大きめのカメラを両手で庇い体をくの字にして倒れ、非暴力不服従に徹した客観的には情けないとしか言えない体勢になっている。
「か、勘違いするなよっ!お前のような美しくも可憐でもない被写体を誰が写すか!フィルムの無駄だわ!」
変態男は、この状況下で私にえらく暴言を吐いた。全く自分の罪に対する罪悪感がない。これは真性か。
「じゃあ、何なんですか!なんで人がいたベッドの下にカメラを持って待機してるんですか。これを変態の所業と言わずなんと言うんです!隠れんぼでもしてたっていうんですか」
「ち…少し大胆に行動しすぎたな」
眼鏡のフレームを右手で直してかっこつけるが、私の足の下のままである。
「とりあえず誰か先生を呼ぶしか…」
「まっ待て!人は呼ぶな!そして少し話がある!君にとって不愉快な話ではないはずだ」
「何言ってるんですか。私は変態仲間じゃありませんよ」
にやり、と無駄に偉そうな変態男は私を見上げて笑った。
「俺は全てを知っているぞ」
「はい?」
「カレーパン」
「え…」
ぎくっとした。
その単語をこの人が今この場でいうのは多分デタラメではないのだろう。
だとしたら、それに含まれた意味は1つ。
「まさか…」
「そう、あれを掲示板に貼りだしたのは俺だ。君たちの行動を追跡し、その様子を見張らせてもらった」
不敵にフッと鼻で笑って、前髪をかき上げた。
本当にこの人が…?だがこんな事で嘘を言っても何の得にもならない。しかも、カレーパン発言もあの現場を見ていたという事を裏付けるものだ。
それをやったのがこの男なら、私は…私は。
「お、お前か――――!!!」
私は怒りのあまり止めていた足にぐりぐりと全体重をかけ、また襟首を掴んで振り回す。
なんの目的か知らないけれど、こやつがあんな事をしたせいで私はえらい窮地に立たされたのだ。
危うく全女子生徒を敵に回すどころか、悪魔の化身・猿河修司につくりたくもない借りを作り、親衛隊に入る事になってしまった。
それが全部こいつのせいだというのなら、一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまない。
「ぐぇ…ま、待て待て待て!確かにアレに関しては謝る、だがあれはあれでやっておかなければならない事なんだ」
「知らないっすよ、そんなこと」
「分かった、穏便に行こう!だから手を話せ、その太い足を退けろ…退けて下さい、お願いします」
「そういえば話ってなんだったんですか」
超ムカつく態度を取るので、完全無視をする。
私の内なるS性が今目覚めようとしていた。
「猿河修司から開放する手助けをしてやろうじゃないか!全て見てきた俺には君の気持ちが分かる。意に沿わず猿河にこき使われている奴隷のような今の関係を解消させてやる事ができるぞ」
「え…」
そうかこの人は全部知っているのか。
「そうなんだろう?」
「うっ」
解消、出来たら。それは良いに決まっている。
もう猿河君に関わらなくていいし、親衛隊から抜けて元の穏やかな生活に戻る事が出来る。
「でも、どうやって」
「簡単だ、猿河を引きずり堕とせばいい。誰からも見向きもされない位の失態を晒させてしまえばいい」
引きずり堕とすとか…過激な言葉に私は固まってしまった。
力の抜けた私の手を振りほどいて、彼はズボンのホコリを払って立ち上がる。
「君と俺が手を組めば必ず猿河を陥れる事が可能だ。そうすれば君は晴れて自由の身、さぁどうする?」
私は差し出された手を凝視していた。
意思は、かなりぐらついていた。




