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13:

タオルやスポーツドリンクを持った女子の集団が一斉に猿河君に飛びつく。

その光景はいつか見た特売品タイムセールの主婦様方に少し似ている。どちらにしろ圧巻される風景に違いない。すげー。


「猿河君お疲れ様~、ナイスシュートだったよ」


「ていうか男子もとっとと猿河君にパスしろっての、じゃなかったらもっと早く試合に勝てたのに」


「ほんと男の嫉妬って醜いわー。大丈夫?猿河君いじめられてない?」


B組とC組の体育が合同で男子はサッカーをした。C組は猿河氏のクラスだ。

猿河氏はどうやら中学までサッカー部だったらしく、しかも全国大会出場に経験があるらしい。素人目から見ても他男子とは圧倒的な実力差があったように見えた。

私たち女子は自分達の授業はそこそこに、その試合を見ていた。ていうか、猿河君が身動き1つするだけで歓声があがるほどだった。

そして彼女達のいうことも正しい部分はあって、何となく敵味方両方の男子が倦厭している感はあった。

相当にやりにくいか面白くない試合だったに違いない。


「それに、あのチワワ男もしつこく食い下がってきてなんなの?」


「力の差が歴然って丸分かりなくせに、キャンキャン煩く吠えて猿河君にまとわりついてさぁ」


彼女達の会話が聞こえているであろう隣の男子の方に振り返った。



「…だって?チワワ君」


「誰がチワワだ、噛みちぎるぞ」


当たり前だが、犬塚君の機嫌が悪い。

今の発言から分かるように、猿河氏に対抗心丸出しで挑んで完膚無きまでに敗北してしまったからである。

宿題の件でコンプレックスを刺激されまくって以来、猿河修司に対抗意識的を燃やしているっぽい。学園のアイドルとかそんなの全く彼には関係ないようで、体育の授業といえども全力で猿河氏に噛み付く。


「だけど犬塚君のチーム、サッカー部ゼロの文化部帰宅部複合チームの割には一点返せたし頑張った方じゃないの?そんなに点数差つかなかったし」


「そんなの勝てなきゃ意味ない…」


「そうかなぁ?」


犬塚君、試合に夢中になるあまり普段の無愛想キャラを忘れて、パス回したり指示いれたりしてたのは自分で気付いているんだろうか。勝負の成果よりそっちの方が私的に大きいものがあると思う。



「まぁまぁ、そんなに言わないでくれるかな。サッカーはチームプレイなんだから俺一人で勝てた訳じゃないよ。たまたま俺がいたチームが相性良かっただけだよ。チワワ君も可愛い顔して攻撃的なプレースタイルで戦ってくれて、こっちも楽しい試合が出来たよ」


ちらりと女子の頭の間から此方を見て黒微笑する猿河氏の顔が見えた。

ブチィイ、と誰かの欠陥が弾け飛ぶ音が聞こえる。


「あ゛ぁ!?嫌味か、あのスケコマシ!」


「お、落ち着いて犬塚君ってば!もー、瞬間湯沸かし器なんだから!」


今にも猿河君に殴りかかりそうになっている犬塚君を必死に抱えて止めようとするも、男子の力に敵わずずりずりと体ごと引き摺られる。


「あなたたち、何やってるの!離れなさい」


可愛らしい女性のものには違いないのに、どこか力強い声が響き渡る。

そこにやって来たのは教室の中で授業していてまさに飛んできたであろう杉田さんであった。その横に岩清水さんと鈴木さんもいる。


「誰の許可があって修司にまとわりついているの、いい加減迷惑になっているって気付きなさい」


「はぁ?なにいってんの、なんであんた達に許可を取らなきゃいけないわけ?」


「あら、害虫がなにやら喚いているけど生憎人語しか分からないですね。会長分かります?」


さぁ、と杉田さんは首を振る。


「ゴキブリ女どもが群がって気色悪いのよ!ゴキブリはゴキブリらしく生ゴミにでも群がってなさい!あなたたちみたいな無神経な害虫には修司は相応しくないのよ!離れなさい、さもなくば駆除するわよ!」


そして、殺虫剤のスプレー缶を取り出して掲げる。

悲鳴が上がって、私もやばいと思って杉田さん達を止めようと輪の中に飛び込む。


「ダメだよ、そんなことしちゃ」


猿河君がひょいと缶を取り上げたことで空気が変わった。


「彼女達はゴキブリじゃないし、試合で汗をかいた俺に差し入れしてくれた優しい子たちだよ」


「でも、修司…」


「もちろん君たちが俺を思ってしてくれる事だとは分かってるけど、あんまり過激な行動は控えてもらえるかな?」


あくまで穏やかに諭すように喋るから、内心どんなことになっているのか怖い。

私はあんまり関わり合いたくなくてこっそりこの場から抜け出そうと移動し始める。

だが。


「俺ちょっとさっきの体育で足捻ったみたいなんだよね。大丈夫、鬼丸さんに保健室まで連れてってもらうから。お昼はみんなで先に食べててね」


いつの間にか肩を猿河氏にしっかり掴まれて逃げられなくなっていた。

ね?鬼丸さん?と輝かんばかりの王子様スマイルで言われくらりと目眩がした。





保健室の先生は今日は出張で休みで、本当は締まっていたのに何故か猿河君が鍵を持っていて開けた。

理由はちゃんと合った。

窓を開けながら涼しい顔で猿河君は言った。保健の桑田先生(独身)とは月1ペースで個人的に遊びや食事に行ったりしているらしい。それで仲良くなって、保健室のスペアキーをあげたらしい。金曜の放課後は鍵をかけて待つからって。

マジかよ……。桑田先生をもうまともな目で見れなくなったじゃないか、どうしてくれる。

ちなみにあくまでお友達なので、ニャンニャンしてないらしいとしても引くわ……。



右肩から声がする。

基本的に美声なのに装飾を全部とっぱらった粗雑な喋り方。

どうやら猿河君も苛立っているみたいだ。


「あー嫌だ。どいつもこいつも自分のことばっかりで、なんなんですかねぇ。全然思い通りにならないの、こっちはこんなに気を遣ってやってんのに」


「それってさっきの殺虫スプレーのこと?」


「そう!しかも意味分かんなくない?!なんでキン○ール?家から持ってきたの?わざわざ?ほかに何か無かったの?確かに目とかに入ったら痛そうだけどさぁ」


「あ、それは私も思った」


「どうせ潰し合うなら、僕の見えないとこでやってくれないかなぁ!目の前でやったらそりゃ止めないと僕の印象悪くなるじゃん?けど、どっちの味方にもなるわけにいかないじゃないか。だから匙加減難しいんだよ、あー面倒臭い」


私と猿河君しかいないのをいいことに散々毒を吐きまくる猿河君。

おふぅ…これをほんと桐谷先輩とは違った意味で誰かに聞かせてやりたいわ…。


「なんでどっちの味方になれないの?どっちも傷つけたくないからとか?」


「はぁ?んな訳ないじゃん。僕嫌いなんだよ、自分の謂れのないことで人に評価落とされるの。できるだけ多くの人間を僕が完璧だって認めてひれ伏せさせたい、それだけ」


なんじゃそりゃ。

要は両方にちやほやされたい八方美人じゃないか。前から知ってたけど。


「じゃあ、さっきの別に誰にも怒ってないんだね?さっきからすごい勢いで隊の皆からLINEが来てるんで、そう答えますよ」


「大変だねー、いいよ。僕は僕を好きな人間は好きでいるし優しくしてあげる。そのかわり僕を嫌悪したり否定するなら要らないし捨てちゃうけどね」


それは極端な話だ。でも案外誰でもそうなのかもしれない。

自分に好意を持つもの、自分の価値を分かってくれる人は味方。それ以外は敵。世界は敵ばっかりだ。

味方には優しくしたほうがいい、何故なら相手も優しくしてくれるからだ。敵に優しくしてもそうはならない。それに味方がいれば傷つかない。自分を守れる。だからいかに自分が他人に価値ある、付き合っていて利点ある人間か分かってもらうことが大事なのだ。

意識的だろうが無意識だろうが誰もがきっとそうしている。

特別な、必要とされる人間になりたがる。一人ぼっちにはなりたくないから。


「それよりあんたさぁ、最近放置プレイが過ぎるんじゃないの。僕に対しての」


「そんな事ないっすよ。やだなー、ていうか何でこんな体勢に…顎痛いし暑苦しいんですけど」


どんな体勢かというと、保健室のベッドに座った私の背後から猿河君が寄りかかっている体勢。細く鋭い顎が猿河君が何か喋る度にゴリゴリ刺さる。

「や、だ」と楽しそうに答えるまでもなく、嫌がらせに決まってる。


「さっきだってあんな低脳チワワと見せつけるように盛ってるし、なんか良く分かんないけどあの堅物生徒会長にまで媚売り出してるし。何、自分の立場忘れたの?君はなに?僕の何、行ってご覧?」


「奴隷で、ございます」


あいも変わらず私と氏の関係は遺憾な状態のまま継続中だったりする。

盛ってるとか媚売ってるとか、事実無根な事を言われているがここは大人しく聞き流しておく。言い返せば延々と人の揚げ足とって罵られ続けるからだ。


「よく覚えていました。けど、僕言ったよね?他の人間に尻尾振るなってちゃんと言ったよね?もしかして?物覚えの悪い子には躾が必要?」


「いえ…以後気をつけるのでもうちょっと離れてください、ご主人様」


謎の命令も口だけ従う。ほんとアホらしいけど。

何が躾だ、ばーかばーか。

取り敢えずこのまま密着しているのは落ち着かないので、身を捩って距離を取ろうとするが猿河氏の手の妨害に遭ってままならない。


「なに?せっかくご主人様がせっかくスキンシップとってあげてるのにその態度。イラつくんだけど」


「ぎゃあ!!何今、何!なにした!?」


「うるさい、耳噛んだくらいで。大人しくしてないともっとすごいことするよ?」


「はぁああ!ちょやーめーて、いやいやいやセクハラ!セクハラですよーご主人様ああ!ひぃいいい」


「なにセクハラって?奴隷(ペット)ならご主人様に構ってもらえて嬉しいでしょ?ほらほら、遠慮しないで」


「いやあ、やめてっ!そこっあっ………うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!こちょばしっ…うひひひひひひひぃいい、ひー、やめてぇ」


私がくすぐりによって悶死しかけた頃、ピンポンパンポンとその時校内放送の呼び出しが聞こえた。


『学校祭実行委員は至急生徒会室前まで集合して下さい、繰り返します。学校祭実行委員は至急生徒会室へ来てください。やむを得ず来れない人は誰か代理を立てるなどして、全クラスの実行委員が来れるようにして下さい』


桐谷先輩の声だった。

その放送が効いたのか、ぴたりと猿河氏の手が止まって離れた。

なんか桐谷先輩に助けられたみたいだ。


「はー、めんどくさ。まだ昼休みだよ?午後から学祭準備なんだから昼休み明けに呼び出せばいいのに」


「ほらほら、早く行ってきなよ!実行委員の星!」


はっぱをかけたつもりが、立ち上がってにやあと笑みを深めたのでそれは不要だっとやっと気付いた。


「僕、12時半からクラスの体育委員に看板作りを手伝うって約束してたんだよねぇ。そんなに、僕に生徒会室に行ってほしいなら哀ちゃん代わりに手伝ってきてくれるよねぇ?それから、放課後学祭パンフレットの集金しに行ってくれるよねぇ?僕実行委員の仕事で忙しいからさぁ」


「え…や」


「やだとか言わないよねぇ。君は僕のオネガイを拒否することはできるんだっけ?」





「猿河のばぁあああああか!二重人格!手長!脚長!隠れケツアゴ!」


ガン!と怒りのまま猿河氏が去った後、怒りに任せてベッドの足を蹴った。


「ふぎゃ」


するとどうだろう。ドサリと何かが下に落ちたような音がした。

何だと周りにはなにも落ちた様子がない。

でも、何かの声らしきものは聞こえた。まさかと思ってベッド下を覗くと


「誰ですか…アナタ……」


呆然とした顔の一人の男子がいた。私もきっと同じ顔をしているんだろう。


それがキサラギさん。

如月圭吾だった。

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