表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/192

29:


「そちらに変わりはないか?」


電話口の犬塚君は、『なにも』と答えた。

本当に動きはないのだろう。本当に零君の言ったように、犬塚君の前に鬼丸君は現れるのだろうか。


『何も変わらないです。相変わらず母親はあんまり病状が良くなくて…』


犬塚君の声は暗い。前回、時間の巻き戻し前に彼は母君を亡くしている。彼の母君はまだ若く故に病気の進行も早い。その病魔をたった半年程度早く治療始めたとしても、早すぎるという事はない。


「そうか…。何か手伝える事はないか?」


「大丈夫です。先輩のお父さんには紹介状書いて貰って大学病院で治療させて貰っているのでそれだけで充分ですよ。それより鬼丸はまだ教団から出ていないんですか?」


「うん。このところそちらも動きはない。全く人前に出ていないようだ」


もしかしたら彼女は動けないほどの状態なのかもしれない、とは犬塚君には言えない。ただでさえ肉親の事で手一杯なのに。

通話を切って、犬塚君の様子を報告するために零君達に貸し与えている居室に向かった。


力を使えば使うほどに失う肉体の時間がどれほど進んでいるのか、もっと状態を確かめないといけない。教団もこのまま鬼丸君を利用し続けて、みすみす潰してしまう気なんだろうか。力を制限しなければ天使を失ってしまうだろうに。


「桐谷。その通りよ、もう哀は自力で外にも出れないかもしれない」


零君は希望的観測は言わなかった。

淡々と話し、その目は絶望の色が滲んでいた。


「なんとか鬼丸君を攫えないものか?これ以上力を使わせないように」


「いっちょオレが暴れてやろうか?」


キャシーが腕まくりするが、超人的な力を持つ彼でもなかなか正面突破は厳しいだろう。警察を呼ばれれば、もう二人を匿うことは難しくなる。


「零君。君はエデンの苑内部の人間となんとかコンタクトを取れないだろうか」


かっての天使が生きているという事が彼らに伝えられないものか。

力を使いすぎて動けず衰弱するばかりの鬼丸君と、力の使い方が熟練している零君では教団にとっては後者の方が利用価値があるようにも思う。今の零君ならばいいところで逃げる事もできるだろう。


「そんなの…あ、父親のパソコンにアドレスが残っているかも」


どうやら心当たりがあるらしい。はっとしてごそごそと棚を漁り出した。


「父親が死んだ時、たまたまかっぱらってたのよ。警察が入った時、メール履歴が見つかって怪しまれないように」


そうしてノートパソコンを出してきた。電源を入れると正常に起動した。


「…まぁ、既に死んでる父親のアドレスから送るから怪しまれるとは思う。うまくいくかはわからないわよ」


「あとはペケを連れ戻せればいいけど。鬼丸哀の影響が少なくなれば正気くらい取り戻しないかしら」


ペケという名前の能力者の男性は、猿河君の映像によると鬼丸君の近くにいた。今はどうしているのだろう。


「そのペケとかいう彼は、確か人の思考を読み取れる能力と洗脳ができるのか」


「…そうね、ペケが動けたら一番いい。死にはしてないだろうけど弱っているから、できたら教団の内部に入って呼びかけてキャシーに運ばせれば、あとは洗脳で誤魔化せるかもしれない」


「どちらにせよ潜入が必要なんだな」


「なぁ、やっぱりオレがこっそり忍び込んでペケ回収するのはどうだ」


彼の提案に、零君は呆れたようにため息をついた。


「あんたみたいなでかい図体の奴にこっそり忍び込むなんてできると思っているの…。大体それが出来たら哀もまとめて回収してもらうわ」





ごぽ、と気泡が目の前を通り上昇していく。

絡みつく長い髪の毛が皮膚を撫でる。まるで生暖かい水の中。

あっという間のような、とても長い時間のような。


「……、」


誰かとつい最近まで話していたような。

目を開けると、そこは水の中なんかではなく暗闇だった。

ゆるゆると意識が覚醒していく。

全身が怠く、少し身じろぎするだけでも億劫だった。

自分が何者なのか自分が何をしなければいけないのか思い出す。


その上で力を振り絞り状態を起こす。

ベッドの上みたいな自分が寝かされていたのに気付く。


自分は、彼女に、覚醒した強い力の能力者に意識を奪われてしまっていたようだ。消耗具合から言って、力の一部を使わせてしまっていたようだ。

とんだ失態だが、此方の体力が落ちている時にはままある事だ。そして、自分が彼女から意識を離せたということは、彼女が逆に弱り果てているという事だ。

死んではいない。気絶などしているのかもしれない。


記憶が混濁している。ここはどこだろう。

いくらか体力が戻っていて意識を集中させてみる。

鬼丸哀はこの建物内にいるようだ。彼女の意識にアクセスしようとも思うが、また取り込まれてしまっては元も子もない。


モモやキャシーはどうしているだろうか。生きているだろうか。…まぁ、任務中だし簡単には死なないだろう。一度合流して状況を確認したい。


彼らの反応を探してみるが物理的に離れているのか、なかなか辿れない。面倒だな。このまま待っていれば来てくれはないだろうか…。


とりあえず自分の安否と居場所を教えなければ。


寝かされている場所で起き上がって、立ち上がる。よろめきかけるが動けはする。ずっと寝たきりではなかったようだ。


「…」


窓を探し、遮光カーテンを少し開ける。

運がいい事に外は昼間だった。地面には丁度カラスが一羽いた。カラスは知能が高いから最適だ。


自分の意識の一部をそのカラスに植え付ける。そうすると視界が明るくなる。視点も低い。

…乗っ取りが成功したようだ。

とりあえずこのカラスには悪いが、モモ達のもとに向かおう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ