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首飾り事件の完全犯罪阻止

1785年の春、パリの街並みは春の訪れに浮き立っていたが、ヴェルサイユ宮殿の奥深くにある国王執務室は、張り詰めた冷気のような静寂に包まれていた。

前世の歴史において、フランス王妃マリー・アントワネットの絶大な名誉を泥沼に引きずり下ろし、王室に対する国民の信頼を致命的に破壊した最大のスキャンダル――「首飾り事件」の影が、まさに音もなく忍び寄ろうとしていたのである。


広大な執務室の窓辺で、ルイ16世は冷徹な眼光で一枚の極秘報告書を見つめていた。その書類には、パリの裏社会で暗躍する一人の女詐欺師の名前と、愚かにもそれに絡め取られている高印の聖職者の動向が生々しく記されていた。

「……やはり、動き出したか」


ルイの低い呟きに、暗がりの扉から姿を現したのは、宮廷の影の網を縦横無尽に操る秘密情報員、オノレ・ミラボオーだった。彼は相変わらず不敵な笑みを浮かべ、無造作に椅子に腰掛けながら、手元に持っていた追加の調査書類を机に投げ出した。


「さすがは我が国王陛下、情報が早い。ですが、今回の罠はなかなかに巧妙で毒性が強いですよ」

ミラボオーは皮肉めいた笑みを浮かべつつ、声のトーンを落とした。

「詐欺師の女の名前はジャンヌ・ド・ラ・モット。没落した貴族の血筋を騙りながら、その実、底知れぬ野心と悪知恵だけを持つ筋金入りのペテン師です。彼女は、フランスの宝石商たちが何年もかけて作り上げた、国庫をも揺るがすほどの莫大な価値を持つ破格のダイヤの首飾り――総額二百万リーブルとも言われる代物を狙っている」


「……狙いは、首飾りそのものの横領だけではないな?」ルイは視線を外さずに問いかけた。

「その通り」ミラボオーは愉快そうに口角を上げた。「彼女の本当の狙いは、愚鈍にして大金持ちのロアン枢機卿を完全に骨抜きにし、『王妃マリー・アントワネットが密かにその首飾りを欲しがっている。王妃の代理として購入してほしい』という偽りの密書と偽の署名を送りつけることだ。ロアンは王妃の寵愛を受けたい一心でそれを信じ込み、借金まみれのまま宝石商から首飾りを騙し取る仕掛けになっている」


史実の記憶が、ルイの脳裏で鋭い警報を鳴らした。

史実において、この「首飾り事件」は、実際にはマリー・アントワネットが一切関与していなかったにもかかわらず、裁判の迷走や世論の悪意ある煽りによって、王妃が贅沢三昧の悪女であるという致命的なデマとして定着してしまった。そして、この事件こそが、フランス国民の王室に対する敬愛を完全に粉砕し、数年後に訪れる革命の炎へと民衆を駆り立てる決定的な引き金となったのである。


「もし、この陰謀をそのまま泳がせればどうなるか……」ルイは冷たく呟いた。

「歴史は、我が最愛の妻である王妃を悪女の仕立屋に祭り上げ、王室の権威を奈落の底へ突き落とすだろう。だが、あいにく私は、過去の愚かな台本をそのまま演じるつもりなど毛頭ない」


ルイは立ち上がり、ミラボオーをまっすぐに見据えた。

「ミラボオー。これ以上の計画の進行を許すな。今すぐあの詐欺師どもを叩き潰す」


「おや、泳がせて連中を一網打尽にするのではなく、ここでいきなり摘発するのですか?」

「そうだ。事件が大きくなり、裁判の場で世論の毒に塗れてからでは遅い。悪意の芽は、花開く前に根元から引き抜く。それが最も確実で、最もコストがかからないやり方だ」


ミラボオーは面白そうに肩をすくめ、深く一礼した。

「御意に。あの女ペテン師の化けの皮を剥ぐなど、私にとっては最高の娯楽に過ぎません。すでに彼女がロアン枢機卿から偽の契約を取り付け、首飾りを密かに分割して売り捌こうとしているアジトの場所は割れています。今夜にも、我が手で連中の息の根を止めてご覧に入れましょう」


その夜、パリ市内の薄汚れた一角にある秘密のアジトに、王国の近衛兵とミラボオーの率いる極秘情報員たちが音もなく突入した。

豪華なサロン風に装われた部屋の中で、ジャンヌ・ド・ラ・モットは、手に入れたばかりの巨大なダイヤの首飾りを前に、夫や共犯者たちと狂喜乱舞して乾杯を交わしていたところだった。


「見てちょうだい! この輝きを! これだけの宝石があれば、私たちは一生遊んで暮らせるわ! 王妃殿下の名前を利用してやったのよ、誰も私たちの企みに気づきやしないわ!」

ジャンヌがヒステリックな笑い声を上げたその瞬間、重厚な扉が凄まじい音を立てて蹴破られた。


「そこまでだ、詐欺師の雌犬め」

冷徹な声とともに現れたのは、不敵な笑みを浮かべたオノレ・ミラボオーと、抜き身のサーベルを手にした近衛兵たちだった。

「なっ……! あなたたちは一体……!? ここは一体何のつもりだ! 私は王妃殿下のお名前で――」

ジャンヌは青ざめた顔で叫ぼうとしたが、ミラボオーはその声を冷たく一蹴した。


「王妃の御名だと? 笑わせるな。貴様が仕組んだ偽の密書も、ロアン枢機卿を騙した詐欺の証拠も、すべてこちらのテーブルの上に揃っている。国王陛下の御名において、貴族詐欺および王室謀叛の容疑で今すぐ逮捕する!」


「そ、そんな……! 嘘よ、ばかな、私はただ――!」

ジャンヌの悲鳴もむなしく、近衛兵たちは彼女と共犯者たちを容赦なく取り押さえ、手際よく手錠を掛けた。テーブルの上に無惨に散らばったダイヤの首飾りは、傷ひとつつけられることなく、すべて王室の密使によって回収された。


翌朝、パリの街とヴェルサイユ宮殿には、電撃的なニュースが駆け巡った。

「大変だ! 詐欺師のジャンヌ・ド・ラ・モットが、王室を騙る大がかりな詐欺容疑で深夜に逮捕された!」

「ロアン枢機卿をも巻き込んだ大スキャンダルが、計画の実行直前に国王陛下の英断によって完全阻止されたらしい!」


宮殿の貴族たちの間には、かつてないほどの激震と驚愕が走った。誰もが、何者かが仕掛けた巧妙な罠の全貌を知る前に、国王の密命を受けた組織が瞬く間にそれを粉砕し、悪党どもを闇から引きずり出してしまったからだ。事件は裁判で泥沼化する暇すらなく、単なる「悪質な詐欺師の逮捕劇」として、迅速かつ完璧に処理された。


ヴェルサイユ宮殿のプライベートサロンで、ルイは届いたばかりの事件解決の報告書に目を通し、静かに息をついた。

そこへ、何も知らずに軽やかな足取りで入ってきたマリー・アントワネットが、不思議そうに首を傾げながら夫に歩み寄ってきた。


「あなた、朝から近衛兵たちが慌ただしく動いているけれど、一体何があったの? パリの街では、何やら悪い詐欺師が捕まったって大騒ぎになっているけれど……」


ルイは報告書を机に置き、愛する妻を優しく見上げて微笑んだ。

「大したことではないよ、マリー。君の名前を勝手に使って、王室を貶めようとした下劣な詐欺師の女がいたんだ。だが、すでにミラボオーを通じてすべてを押さえ、連中は一網打尽にした。もう君の耳に不愉快な噂が届くことは一切ない」


マリーはわずかに目を丸くし、そして心からの安堵と愛おしさを込めた微笑みを浮かべた。

「……あなた、また私に隠れてそんな大仕事を……。本当に、あなたはいつだって私の騎士様ね」

彼女はルイの胸元にそっと寄り添い、その温もりを確かめるように抱きついた。


窓の外では、朝の陽光がヴェルサイユの美しい庭園を黄金色に染め上げ、心地よい風が新しい時代の訪れを告げるように吹き抜けていた。

首飾り事件という歴史の最大の罠を完璧に未然に防ぎ、王妃の名誉を守り抜いたルイ16世。

内外のあらゆる陰謀を完全に打ち砕き、揺るぎない富と秩序を手に入れたフランス王国は、いよいよヨーロッパ全土、そして世界を見据えた次なる壮大な飛躍へと、その歩みを加速させていくのだった。

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