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ブシドーブレード (前編)

 見事なソメイヨシノが咲き誇る桜並木を歩くと春を強く感じる。今年は遅咲きらしいからあと一週間は楽しめるだろうか。

 春と言えば出会いの季節と呼ばれる、この日、[[rb:津雲千歳 > つくもちとせ]]は新一年生として新たな学び舎の門扉をくぐった。長いようで短い入学式を終え、まだ赤の他人なクラスメイトと机を並べながら初対面の担任の話を聞いていると、否が応でも出会いの季節というものに期待してしまう。

 別に甘酸っぱい出会いなど求めてはいないが、趣味を分かち合う友達でも出来たらいいなとぼんやりと思う。

 そう思っていたのだが。


「津雲千歳さん! 此処で会ったが百年目ですよ」

「は?」


 ホームルームを終え、教科書も全て電子化しないかなあとぼんやり考えながら、教材を受け取りに行こうと廊下を歩いていた頃、横切ろうとした階段の上から耳心地の良い可愛らしい声を掛けられた。

 足を止めて見上げれば、踊り場で同級生らしい女の子がこちらを見下ろしている。


「えっと君は」


 踊り場の解放された窓から春疾風が駆け抜け、彼女のスカートをふわりと舞い上がらせた。


「黒……いや濃いめの緑」

「なんの話です?」


 どうやら気づいていないらしい。


「あぁー、えーと。少し肌寒いから窓閉めてくれるとありがたいかなって」

「なるほどー、わかりました!」


 そう言って彼女は素直に窓を閉めてくれた。少し惜しい気はするが、初対面の人にはちゃんと紳士でいないといけないって聖徳太子も言ってた。

 落ち着いて彼女を見れば、見覚えがある。赤茶色の髪にクリっとした目、シックな学生服に身を包んだ彼女は入学式の時に新入生代表の挨拶をしていた子だ。名前は忘れた。

 窓を閉じてからトントントンと一段飛ばしで階段を降りて正面に降り立った。並んで立つと思っていたより小さい事がわかる。一五〇あるかないかぐらいだろうか。


「何か用ですか? 確か君の名前は」


 新入生代表の挨拶の時を必死で思いだそうとする。


「ごめん! 思い出せない! 教えて!」

「素直ですね!? ゴホン……まああれから結構経ってるから忘れてても仕方ないですわね、私は覚えてたのに」

「え? なに? 僕たち知り合いだった?」

「…………」


 じとーと見つめてくる目が痛い。どうやらほんとに知り合いのようだが、産まれてから約十五年、女の子の友達は一人としていた試しがないため思い当たる節がない。

 人違い……いや彼女はこちらの名前を正確に覚えていたから違うだろう。


「あー、ごめん」


 彼女は髪を揺らしながら「はあー」と大きな溜息をつき。


「私、由良詩織ゆらしおりと申します」


 そういえば新入生代表の挨拶の時にそう名乗っていた気がする。


「あ、どうも僕は津雲千歳つくもちとせです」

「知ってます。それはそれとして津雲千歳さん!」

「はい!」


 唐突な剣幕に押されて思わず姿勢を正してしまう。


「こんな事、突然言われても困惑するかもしれませんが、ですが私はこの気持ちを抑えられないのです」


 やや頬を紅潮させながら語る詩織の表情はどこが憂い気で色気があった。

 これはもしやもしかするのかもしれない、甘酸っぱい出会いなんて想定していなかったが、この流れは間違いなく……青春の始まりだ。


「津雲君、私と……」


「ゴクリ」と生唾が喉を通る。心臓を早鐘が打つ、あぁこの後なんて返せばいいのだろう。

 千歳の思いを知ってか知らずか、詩織は徐にブレザーのポケットに手を入れ、そこから玩具屋で売っているような透明な水鉄砲を取り出して構えながら。


「私と……ブシドーしましょう!!」と叫び引鉄を引いた。水が顔にかかった。 


 春、それは出会いの季節、青春の始まり、この日この時、津雲千歳は春の陽気が差し込む学校の階段で、ヤベー女と出会った。



 

「はい津雲千歳君の教科書はこれと、あそこの箱だよ。キャリーケースに詰め込むの手伝おうか? てか君濡れてない?」


 無事に教科書の受け取りが済んでほっと一息。

 事前にキャリーケースを持っていった方がいいと聞いていたので、父親のを借りてきていて良かった。


「詰めるのは一人で大丈夫です、濡れてるのは……変な女に水かけられまして」

「ほお、女の子に水をねぇ……入学早々やるねぇ」


 何やら変な勘違いをされていそうだ。

 自分が最後なのか他に生徒は見かけない。教科書を詰め込んでからその場を後にした。あと残ってるのは体操服とジャージの受け取りか、どうせなら教科書とセットでまとめて回収したかった。

 次の教室へ移動しながら先程の事が脳裏をよぎっては離れるを繰り返す。


「あんなのが新入生代表だなんて、世の中おかしな事ばかりだ」


 ほんの一瞬でも淡い期待をしていたのがバカらしい。ブシドーしようと誘いながら水鉄砲で水をかける……どこを切り取ってもおかしい人間すぎる。確かに顔もスタイルも良かったが、むしろ今まで見てきた中でもダントツだったが、中身がアレでは。


「もう関わらない事を祈ろう」


 由良詩織については、ひとまず「これから教科書取りに行かなきゃだから後にしてくれる?」と断っておいた。それに対し「ではお待ちしておりますわ!」と元気よく返したのでそそくさと逃げてきたのだが、おそらく今でもまだあそこで待っているのだろう。


「体操服も回収したし、じゃあ……帰るか」


 彼女には悪いが交友関係はもっとまともなのがいい。

 薄暗い廊下の先に見える昇降口に差し込む日の光が、まるで明るい未来へ誘っているようで輝いて見える。


「お待ちしておりましたわ! 津雲君!」

「すぅ…………oh」


 由良詩織が昇降口で待ち構えていた。


「さあ! 今度こそ私とブシドーしましょう!」

「いや、あの……ブシドーてなに? 剣道部のお誘い?」

「え? ブシドーと言えばブシドーブレードに決まってるじゃないですか、何言ってるんですか」

「君こそ何言ってんの!?」

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