夏の水着イベ《サマードリーム》
──そう。それはまるで、夏の夢の出来事だった。
「いやだ〜、綾ちゃんたらもう……、ほ〜らそーれ、バシャバシャ、お返し!」
彼女の細い肩で遊ぶ艷やかな黒髪が、海風をはらんでサラサラとなびく。燦燦と振り注ぐ太陽の下、飛沫を上げた水滴がキラキラと初夏の海へと溶け込んでいった。
「嗚呼……ホント、海の水が冷たくて気持ちいいね。綾ちゃん」
真っ白なワンピースから覗く色素の薄い白い肌は、あまりにも繊細だ。僕の指先で触れるだけでも、夏の陽炎のように儚く消え去ってしまいそうだ。
そして──その時。彼女は氷のように涼やかな瞳を細め、僕を真っ直ぐ見つめて微笑む。
それはゾッとするほど、艶やかで──。
「──ふふ、さあ、覚悟を決めなさい、貴方の初めては、私のもの、くくく……」
「へっ……? 初めてって、何が……ちょ、ちょちょちょ、綾ちゃ──ま、まて、東雲ぇえ、ひっ、ひゃあっ!?」
ブチュぅううううう〜。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ!(連写されるカメラのシャッター音)
それこそが、夏の悪夢の始まりだった。頼むから、本当の夢であってくれ。
「──は、は〜い、オッケーです! ここで一度休憩を挟みまーす」
撮影スポットの砂浜で、妙な体勢のまま硬直している僕と東雲を置き去りにして、スタッフたちが和気あいあいと機材を動かし始める。
「あ、あのぉ……東雲パイセン。そろそろ離れてくんない?」
未だに僕の肩をガッチリとホールドしてしがみついている東雲に、恐る恐る懇願してみる。
「………」
だが、反応がない。
「お、おいこらっ! いい加減にし──」
「ぷふぁあ〜。……あら、何かしら?」
「何かしらじゃねぇよ! 軽くほっぺを合わせる程度ってオーダーだったろ、なんでそれを──」
そう。
撮影側からのリクエストは、若手人気声優の東雲綾乃と僕、神坂登輝もとい橙華の二人が、お揃いの白いワンピース姿で南知多の砂浜をはしゃぎ回り、最後に仲良く頬を寄せ合う……というものだった。
よくある女性アイドル声優同士の百合営業スナップ。東雲も最初は大人しくお仕事をこなしていたが、何を血迷ったのか、いきなりの接吻である。
それも、思い切り。
……いや、正確には「ほっぺに」だったが、恋愛耐性が皆無の僕にとっては、それは未知との遭遇であり、深淵の理でもあった。
(──っていうか、こいつは一体、どんなつもりで……)
隣のビーチチェアに座る東雲の横顔を探るように盗み見る。
「──の、飲み物が冷えてないわね、そこのスタッフ、至急キンキンのをいただけるかしら?」
当の本人は全く気にした様子もなく、不機嫌そうにスタッフに無茶振りをしている。……これ以上、この話題に触れるのは止めておこう。自分だけが妙に意識してるなんてアホらしいし、周囲から見れば、よくある女性同士の悪ふざけ──あるいはソフト百合なファンサービスに過ぎない。
「……ちょ、こ、こっちをじっと見ないでくれるかしら」
いかん。チラ見のつもりだったが、思考の沼にハマって完全に見入っていた。……って、東雲の奴、もしかして今さら恥ずかしくなってきたのか? ……いや、ないな。
「──ええ……。たとえ女同士でも、一線を越えるべきではないわ。ううん、そうね、そうだわ、くくフフ……」
「ぇ、ええっと……」
「せいぜい、禁断の恋に足掻くとするわ」
東雲が邪悪な笑みを浮かべ、一人でぶつぶつと不穏なことを呟いている。怖い。全く意味がわからない。
──と、何やかんや不可解なトラブルこそあれど、一体どの層に需要があるのか不明な僕と東雲のグラビア撮影はまだまだ続くみたいで。
「では、撮影を再開しま〜す!」
僕の憂鬱な気分とは裏腹に、元気な号令が浜辺に響く。
午前中のみの撮影と聞いていたから、スケジュール的には次がラストのはずだ。よし……。先ほどのハプニング(キス)は脳内からデリートして、とっとと気持ちを切り替えよう。
とは言うものの、今着ている清楚なワンピースは、先ほどの波打ち際の撮影でたっぷりと海水を吸い、上半身が少々透け透けの状態だ。あらかじめインナーとしてキャミソールを着せられているので致命的な事態にはならないが、この「濡れ透け」感こそがスタッフの狙いだろう。男性読者の心理(性癖)をよく分かっている。
(……まあ、水着を着せられるよりかは、幾分マシか──)
「──ええー、それでは今から、《《水着》》撮影になりま〜す! スタッフは速やかに準備に取りかかってくださ〜い──」
(ぇ……?)
……今、なんて?




