嵐の予感 ②
「──おおっ、洋室に和室か〜、ま、ボロいけどさ、結構いい部屋じゃん。あーつうか〜、そこのド派手な女、マジで目障りなんだけど」
「……ふふ。貴方、鏡を見てからものを仰ったら? その頭、まるでイワトビペンギンね。大人しく水族館で飼育されてなさい」
「お前こそ、その辺の悪役令嬢らしく、さっさと断頭台にでも行けよ」
「は?」
「あぁん?」
都内某所。
築数十年、辛うじて形状を維持しているボロアパートの一室。
茶髪で長身、歩くメンズファッション誌のようなイケメンと、内巻き黒髪ロングに黒のミニスカートをタイトに着こなす深窓の令嬢──見目麗しい男女二人が、昭和の遺物のようなちゃぶ台を挟んで、それこそ昭和のヤンキーなごとくガンを飛ばし合っていた。
(……って、なんなの、この状況……?)
この部屋の主である僕──神坂登輝は、関わりたくない一心で無関係を装い……というわけにもいかず、いそいそとお茶を用意しつつも、徹底して場の空気と化す。
突然の来訪者。
それは、今をときめく大人気2.5次元俳優、剣崎翔こと、同郷のクラスメイト、宇佐美健太だった。
奴とは、僕が〝女性〟アイドル声優の橙華として、秘密裏にカフェで顔合わせて以来だ。
正直、ここに不法侵入続けている令嬢もどき以上に、通報案件といってもいい。
(……って、二人って、まさかの顔見知り──マジか)
「──お、神坂、マジで悪いな急に! これ土産のケーキ。お前、モンブランが好きだったろ?」
宇佐美が遠慮なく距離を縮め、僕の肩を抱いた。陽キャ特有の無自覚なパーソナルスペース侵害。というか、なぜ僕の好みを知っている。そもそも、なぜアパートの住所を知っている。
全身に這い寄る悪寒を押し殺し。
「う、うん……ありがと」
営業用の橙華スマイルで応じた瞬間。
──ゴゴゴゴゴゴ!
背後から、瞳孔が見開いた東雲のサイコパスな視線が突き刺さった。……なせだ。
その時、タイミングが良いのか悪いのか、デリバリーの高級ピザが届いたので、とりあえず値段分、殺伐とした空気を浄化してもらおうと、僕は不本意ながら、カオスすぎる布陣でちゃぶ台を囲むことに。
「…………むしゃむしゃ(宇佐美)」
「…………パクパク(東雲)」
「…………ボソボソ(僕)」
気まずい。死ぬほど気まずい。
そもそも、なぜこいつらが僕の部屋で飯を食っている? 東雲は毎度のことだから諦めるとして、問題は宇佐美。やっぱり、例の《《アレ》》のこと、だよな……。
宇佐美は一見、モデル並みの高身長に抜群のスタイル、顔も整っていて男から見てもパーフェクト。……癪だが、性格もたぶん悪くない。むしろいい奴。
そんな宇佐美が、まさかの重度な声オタ。それも何をトチ狂ったのか、女装した僕──アイドル声優、橙華のガチ勢……らしい。
個人の趣味なら放っておく。だが奴はただの一般人ではない。仮にも数万人のフォロワーも抱える、影響力が絶大なインフルエンサーだ。
魑魅魍魎が蠢くネット界隈で不本意な発言(橙華ラブ)をこれ以上投下されては、こっちまで巻き添えを食って引火しかねない。
そんなわけで、僕は泣く泣くアイドル声優の橙華として、願わくば、ファンそのものを辞めてもらおうと、直接交渉に赴いたのだが……。
今度はゆっくりとデートしようぜ──
《《神坂》》(♡)
「はうっ!」
「な、なんだなんだ神坂、お前いきなりどうした!? 喉にでも詰まらせたか」
「へ……? あ、ああ、このモンブラン、あまりの美味さで、脳が核融合して」
「そうかそうか! 意外とピザに合うよな……って、お前が食ってるのって、チーズケーキだぞ?」
「あ、そそ、そうか、宇佐美が買ってきたケーキ、ど、どれも即死魔法クラスに最高でさ!」
生きた心地がしない。まるでダンジョンのキルゾーンに閉じ込められた心境だ。それでも必死に理性を保ち、場を取り繕うことだけが唯一の生存ルートだった。
にしても、宇佐美がここに来た理由は、十中八九、アレ──橙華の正体についての核心だろう。だというのに、さっきから奴は肝心な部分に一切触れてこない。……一体何を企んでいる。
一方の東雲といえば、今にも核融合しそうな勢いだが、ちゃっかり宇佐美の持参した苺ショートを捕食している。……コイツも何か一枚噛んでいそうな気がしてならない。
「て、てかさ、二人は知り合いだったんだ。てっきり初対面かと──」
「こんな突然変異のイワトビペンギン、私の鳥類図鑑には存在しないわ」
「……オレこそ、こんなざまあ前の悪役令嬢なんか知らねーよ」
……というか、お前ら最初から顔見知りって、バレバレだろ──




