ブラックリリィ
──来年度クール、そして、来年全国公開予定の『僕らは終末の世界でアオハルする』に合わせるよう、制作が進んでいるらしい新作アニメが『ブラックリリィの弔事』だ。
舞台は人里離れた全寮制の伝統校「私立聖リリィ女学園」。
原作は、『僕らは終末の世界でアオハルする』──以下、「終末アオハル」でエグいほどに複雑な人間模様、業を描くことで定評のある「Kaoruko」先生。……身も蓋もない言い方をすれば、最近知り合ったばかり……というか、あのアドリブ(ざまあみろ)のせいで目をつけられてしまったカオル──改め、薫子だったりする。
「ブラックリリィ(黒百合)」に「弔事」と不穏な単語が並ぶタイトルどおり、中身はかなり重めのサスペンスホラーだ。
あらすじを簡単に掻い摘めば、こうなる。
学園の生徒たちから、リリィ──白百合と崇められる、容姿端麗で可憐な女生徒会長「姫川未知留」。彼女には幼い頃に死別した兄がいた。思春期を迎えた未知留にとってその兄は、もはや単なる肉親ではなく、永遠に汚されることのない神聖な愛の象徴。
そして、そんな未知留に異常な執着を抱く物語の語り手、主人公の「私」。
「私」は、未知留の永遠の愛を勝ち取るために、ある恐ろしい計画を立てる。
それは──
ってか、このハードな百合学園もの、深夜じゃなくて、夕方のお茶の間でやるの!?
ちなみに、Kaoruko先生の原作といっても、元となる本は存在しない。彼女が今回のアニメのために書き下ろすオリジナル脚本、それが──『ブラックリリィの弔事』だ。依頼した運営側もその脚本のプロットを読み、全日帯の放送枠に相応しくない内容に、さぞかし頭を抱えたに違いない。
柏木さんの話では、キーとなる制作陣も大まかな内容は把握しているものの、後半の脚本はまだ上がっていないらしい。
つまり、これからそのオーディションを受ける僕たち声優も、事前に原作を読んで予習することができない、ということだ。これはキャラクターに魂を添える側としては、簡略したキャラクター設定、ビジュアルを頼りに、全てを自分なりの解釈に委ねることになる。新しい台本を渡され、その都度リアルタイムで、喜び、悲しみ、怒り──そして、憎悪といった感情を共有するということだ。
ときに、Kaoruko先生、薫子がオーディションと称して僕に突きつけた役は、登場人物の中でも特に難易度が高そうな主人公の「私」。
それこそ、キャラクターのビジュアルどころか、名前すら不明だ。
分かっているのは、姫川未知留という、もう一人の主人公的存在を独占するために、「愛の象徴である死んだ兄に成り変わろうとする狂気な少女」ということだけ。
「──はあ。こんなの、どうやって演じればいいんだよ。……まあ、普通ならオーディションに落ちて終わりだろうけど」
世間でいう、小春日和の昼下がり。
二日ぶりに戻ってきた我が家のちゃぶ台。僕は深い溜息を吐き、力なく突っ伏す。
……というか。
「……あのさ──」
顔を上げ、堂々と正面を陣取る忌々しい女に問いかける。
「あら、何かしら?」
「この『プレゼント』とかいうチョーカー。いい加減に外してくれない。……さっきから首元が落ち着かなくて仕方ないんだけど」
東雲綾乃。気怠げにマニキュアを塗るその姿は、見た目だけは麗しき良家の令嬢だが、その顔立ちはどこまでもドギツく凶悪で、どこぞの悪役令嬢、果ては女魔王そのものだったりする。
東雲は、チラリと僕に視線を向けると、形の良い真っ赤な唇を愉悦に歪めた。とは言っても目が笑っていない。お前は強欲の魔女か。
「とってもお似合いよ」
「お、お似合いなわけねーだろ!? これ、どう見ても犬の首輪じゃねーか! しかもご丁寧に鍵が掛かってるし。ほら、さっさと鍵だしやがれ!」
「ふふ……。飼い犬には首輪は必要でしょう? ふフフ……ご主人様から、二度と逃げ出さないようにね」
「ふ、ふざけんな……っ!」
思わず、掴み掛かろうとした僕だったが、首輪のチェーンを短く引かれ、あっけなく撃沈した。




