鉄パンツの王女、王宮な現る
街はお祭り騒ぎとなり、熱狂に包まれている。
――けれど、当の二人の心は冷めきっていたのである。
フリードリヒ王太子の婚約者が確定した日のこと。
学園時代からの仲間が、プライベートで王城に集まっていた。
「フリード、おめでとう。いよいよだな!」
側近のテオドールがにこやかに言えば、騎士団を率いるランドールも目を輝かせる。
「で? 誰なんだ、相手は?」
二人揃ってソファから振り返り、期待のこもった眼差しを向けてくる。その様子にフリードリヒは苦笑しつつ告げた。
「リンドル王女だ。学園に留学で来ていたらしいが……知っているか?」
……?
……。
「だよな? 私も知らないんだ。他国の王族が留学してきていたなら、挨拶くらいはしているはずなんだが……どうにも思い出せなくてな」
「思い出せないのはいいけどさ、それってまずくない?」
テオドールが一瞬で側近の顔に戻る。
ランドールまでもが神妙な面持ちになり、短くうなずいた。
「だな」
二人の変化に、フリードリヒはきょとんと首を傾げる。
「何が問題なんだ?」
「何がって……お前なぁ。学園時代の俺たちが、どれだけ“褒められた”生徒じゃなかったか忘れたのか?」
テオドールの言葉に、三人の記憶がよぎる。
群がる令嬢を侍らせ、好き放題。
“卒業するまでの一時だ”と周囲が寛容だったからこそ成り立った、奔放な日々。
「それの何が問題だ? 今はきちんと務めを果たしているだろう」
………。
「リンドル王女、リンドル……」
ぶつぶつと呟くランドールに、テオドールが覗き込む。
「どうした、ランディ」
「リンドル王女ってさ……クラリス・デュ・リンドル? ほら、あの“本の虫”」
その言葉にテオドールが「あっ」と声を上げた。
「おい、まさか……あれか! あの“鉄パンツ”!」
二人は顔を見合わせ、揃って眉を下げてフリードリヒを見る。
視線を浴びたフリードリヒは小さくため息をついた。
「……思い出したよ。鉄パンツ、ね……」
顔をしかめ、頭を抱える。
それから半年ほど後。
ランズ王国王宮にて、ついにリンドル王女との正式な顔合わせが行われた。
王女が謁見の間へ入ってきた瞬間、フリードリヒと後ろに控えるテオドールは、驚愕のあまり顔を見合わせた。
かつてのリンドル王女――留学時の彼女は、王族とは思えぬほど地味な装いで、いつも一人で読書に勤しむ“本の虫”。
瓶底眼鏡をかけ、周囲の噂では“鉄のパンツを履く女”とまで呼ばれていた。
……。
……え? これが、あのリンドル王女?
二人の前に現れたのは、眼鏡を外し、気品あるドレスに身を包んだ少女。
ただそこに立つだけで、凡百の令嬢とは一線を画す存在感を放っていた。
「クラリス・デュ・リンドルでございます」
美しく膝を折る王女に、フリードリヒは柔らかな笑みを向ける。
「どうぞ楽にして下さい」
クラリスはしばらくじっとフリードリヒを見つめ、次いで視線をテオドールへと流した。
そして小さくため息をつき、用意された椅子へ静かに腰を下ろした。
――そのため息の意味を、三人はまだ知らない。




