#20 悲しい娘の悲しい浄化
「許さない…、許さない…」
さとは、呪文のように繰り返していた。
「さとさん、話を聞いて。」
マリアも、根気強く繰り返していた。
正直、埒が明かない———とも、思っていた。
しかし、さとは動き出した。
さとの黒く長い髪が生き物のように、マリアに向かって伸びてきた。
川に入った子供を溺れさせる為に、さとが使っていた方法だ。
長い髪をマリアに巻き付けて、絞め殺すつもりなのだろうか?
「マリア!さがれ!」
凪は叫び、マリアの前に出ようとしたが、それより先に、マリアは懐から小さな鈴を取り出した。
七曜神楽では、鈴のついた弓と矢を使っていたが、神社の外に貴重な神具を持ち出すことは出来ないので、代わりの鈴を使うのだ。
子供が使うおもちゃの鈴でも、マリアが使えば神具になるらしい。
シャンッ!
おもちゃらしい軽い音がした————が、その音は、輪を広げるように、辺りに響いた。
音の輪が、さとに辿り着く。
「あぁっ!」
痛みがあるのか、さとは声を上げ、一歩、後ろに下がった。
伸ばしていた髪は、力なく地面に垂れた。
マリアは、もう一度、鈴を鳴らした。
シャンッ!
「よせ…、やめろ……」
さとは、じりじりと後ずさりして、木の陰に隠れた。
さとが、今、怒りよりも恐怖の方が先にあるのを見て、マリアは、もう一度、話し掛けた。
「話を聞いて、さとさん。あなたは、たくさんの子供を殺したわ。子供が欲しかったからだっていうのは、知っている。子供を産むことが出来なくて、とてもつらい思いをしていたのも知っている。でもね、どんなに子供を殺しても、あなたに子供が授かる日は、絶対に来ないの。」
「そんなことはない!子供を食べれば、子供が出来る!昔からそうだった。稚鮎じゃダメだった。だから、人の子を食べることにした。人の子をたくさん食べれば、子供が出来ないおれにも、子供が出来るに決まってる。」
気の陰からこちらを窺いながらも、さとは言い返した。
それだけが、さとをこの世に繋ぎとめていたことだから、さとにしてみれば、絶対に譲れないことだったのだろう。
それでも、マリアは続けた。
「あなたは、もう死んでいるの。時は流れて、時代も変わって、あなたの御主人だって、もうこの世にはいないわ。子供を殺し続けても、子供は授からないし、ご主人も居ない。これ以上、ここにいても、あなたは幸せになれない。もう、逝くべきだわ。」
「そんな……」
さとは、木の陰でしゃがみ込んだ。
怒りも恐怖も無く、絶望しているようだった。
黒々とした気配が薄れていた。
マリアは、また鈴を鳴らした。
シャンッ!
鈴の音が、さとの黒い気配を薄めていく。
「あなたは辛い思いをしたけれど、あなたに殺された子供も、その子供の親御さんたちも、悲しい思いをしたの。あなたは、その罪の重さを知らなければいけない。」
シャンッ!シャンッ!
「うう……」
鈴の音が届くと、さとは呻いた。
シャンッ!シャンッ!
「うう…うう…」
「殺された子供の無念を知りなさい。子供を失った親の無念を知りなさい。自分の罪を知り、悔いなさい。」
シャンッ!シャンッ!
「うう……う…う…」
苦しむさとから、少しずつ黒い気配は消えていき、やがて、さとの姿は鬼から変わっていった。
マリアが知っている着物とは少し違っているように見えるが、着物のようなモノを着た若い娘の姿になっていた。
「申し訳ねぇべさ…。たくさんの子供、殺してしまった。子供が欲しかったのに、たくさんの子供を殺してしまった。許してもらえるなんて思わねぇ…。おれが悪かったんだから、許してもらえなくてもしょうがねぇ。でも、申し訳なかったべな…、本当に申し訳なかったべ…。」
さとは、おそらく、死んだ時の姿に戻ったのだろう。
自分の罪の重さを知り、ぽろぽろと泣いていた。
「罪を知ったなら、浄化されます。心安からに逝ってください。」
シャンッ!シャンッ!
最後に、マリアは鈴を鳴らした。
鈴の音に浄化され、さとの姿は、光の粉のようになって、砕けて散った。
———ありがとう
さとの声が聞こえたような気がした。
今の時代でも、子供が出来ないことで、居場所を失う女性は居るのかもしれない。
誰にも庇ってもらえず、悲しい思いをしている女性は居るのかもしれない。
でも、負けないで欲しいと、マリアは願う。
血のつながりを大切にすればするほど、子供の存在が大きくなってしまうのは、仕方が無いことかもしれない。
しかし、欲しくても授からないことも、また、仕方のないことなのだ。
「もう、さとさんのような思いをする女性は居ないと良いね。」
空を見上げて、マリアは呟いた。
結界を張った空に星は無い。
「あ、B・Bたちに結界解いてもらわないとね。」
星が見えないことで、B・Bたちが結界を張ったままであることを思い出した。
「さぁ、帰りましょう。」
警察から依頼された三四子川の調査は、この日、終了した。
「残りのテキスト、片付けなくちゃ。」




