#19 『さと』の姿
三四子川の『さと』が棲み付いていると思われる場所近くに、凪は降り立ち、マリアを降ろした。
マリアが降りると、凪はヒトの姿に戻って、マリアの隣に立った。
マリアは、七曜神楽の衣装を着ている。
どこであろうと、七曜神楽を舞うのであれば、その衣装を着なければならないからだ。
夜中であっても、マリアだけは、ぼんやりとした光を纏っているように見えた。
マリアは様子を窺いながら、少しずつ、『さと』が積みついていると思われる、『さと』の髪の毛があった場所に近付いていった。
懐中電灯は持って来ていなかったが、月明かりだけでも視界に支障は無かった。
凪は、マリアの後ろを、ゆっくりと歩いていた。
マリア達が、三四子川の川辺に降り立ったことは、おそらく、『さと』は気配で分かっているだろう。
結界を張ったことも、もしかしたら気付いているかもしれない。
それでも、結界の外に出ることは出来ないのだから、結界を徐々に狭めていけば、逃げ場を失った『さと』は、姿を見せるしかないと、マリアは考えていた。
例え、冷静では無かったとしても、話をすることは出来る。
話をすることが出来れば、それでよかった。
「少しずつ、結界を狭めていって。」
再び、マリアは声に出して、使い魔達とB・Bに念を送った。
薄い膜のような結界が、徐々に近づいて来るのが分かった。
B・Bも、少しずつ地上に近付いて来ている。
「お前は、誰だ。」
「……っ!」
木々の陰から声がした。
娘の声とは思えない、太くてしゃがれた声だった。
「あなたは、『さと』さん?」
マリアは、窺うように声を掛けた。
しゃがれた声が再び聞こえた。
「お前は、おれの邪魔をした。許さない……、許さない……」
前回、子供を溺れさせようとしていたのに、マリアが阻止したことを、ずっと根に持っているようだった。
声が聞こえた辺りから、淀んだ空気が溢れている。
「マリア、止まれ。わたしの後ろに回れ。」
凪はマリアの肩を掴んで、先に進むのを止めた。
「………。」
マリアは、黒々とした負の気配を含む淀んだ空間から目を離すことが出来なかった。
人ではない何かが居るのが分かる。
憎しみと悲しみと苦しみが伝わって来ていた。
「さと……さん?」
マリアは、黒い気配に恐る恐る尋ねた。
怖いと思うが、話をしたいと言ったのはマリアだ。
今更、逃げるわけにはいかなかった。
「さとさん……、話は出来ますか?」
黒く淀んだ空気は、少しずつ近付いて来ていた。
そして、その中の更に濃く淀んでいる黒い空気が、徐々にヒトの形を模っていった。
「許さない…。許さない…。」
さとが姿を現した。
「………っ!」
マリアは、その姿に驚いた。
何かの本で見たことがある《鬼》の姿そのものだったからだ。
乱れた長い黒髪。
青白い肌。
くすんだ黒い唇。
眉毛は無く、つり上がった目は、睨んでいるように鋭い。
本で見た《鬼》と違いがあるとしたなら、角と牙が無い所だろうか。
だが、それも見えないだけなのかもしれなかった。
《鬼》の姿となった”さと”は、うわ言のように呟き続けていた。
「まだ足りない…。まだ子供が足りていないから、子供が出来ない……。もっともっと食べなきゃいけないのに…、お前はおれの邪魔をした……。許さない……」
最早、話が出来る状態であるとは、マリアにも思えなかった。