37話 会談。フィリップとフォーゲル
どうも選択を誤ったような気がする。ジャスティスとのタイマンは、トッシュもジャスティスに手加減されていたのを実感していた。
「ちょっとトシくん!あれでお姉さまに勝っただなんて思わないことね!」
どっちの味方をしているのやらなサンに言われずともわかっている。トッシュの聖拳の破裂を、その上から抑え込むジャスティスの闘気。それほどの闘気を生み出せるなら抑え込まず、生命波動光線をそうしたように真っ向から弾いて被害を逸らすこともできただろう。そんな力があるならばトッシュがわりとガチで抉りにいったシークレットソードも、トッシュの腕を抑えるだけでなく、握りつぶして骨をバキバキに砕くことだってできたはずだ。
ジャスティスはトッシュに傷を負わせずに制圧することだけを考えていたということだ。あのままヒザを入れても決まらなかっただろう。勝ちを見いだせなかったトッシュは、やむなく自らの秘密、魔王軍を裏切ったフリをしているだけを明かし、そのまま魔王軍に連れていかれることを防止したわけだが。
(なんか嫌な予感がする…)
不安を抱くトッシュは、フォーゲルと話を始めるフィリップ伯へと目を向ける。彼らの間にはゼファーが立ち、ゼファーを介し話を進めている。どうやらフォーゲルの目的はフィリップ伯であり、おそらくきっかけはゼファーなのだろう。
そして先ほどまで戦っていたジャスティスへ視線を変える。ジャスティスはトッシュに背を向け、さきほど蹴飛ばしたピクシーをサンと一緒に介抱している。さすがに蹴飛ばしたことをすまなんだとでも思っているのだろうか。しかしジャスティスの背中はとても小さい。10歳相応のの少女の身体の一体どこに、あれほどの力が秘められているのだろうか。
(自信無くすなぁ)
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「さて、まずはフォーゲル将軍、貴公がローシャ市へ来られたことに改めて感謝する」
あの決戦のバトルフィールドに現れたフィリップ伯に案内され、トッシュ一行とフォーゲル一行はこのローシャ市役所最上階の応接室へと案内された。
「我らはもとよりローシャ市へ今日訪ねる予定だった。むしろ礼を言うのはこちらだろう。フィリップ伯と話ができることを光栄に思う」
「うむ。主題はわかっているだろうが、改めて確認させてもらおう」
「グランガイザス…。今更にになって無様にも蘇った先の時代の敗北者…」
突如として王国最南端の山奥に出現した先代魔王グランガイザスとその居城天空要塞グランガイザス。王国と魔王軍双方にとって強大な敵となる勢力が出現し、その対抗策を模索していた魔王軍であったが、ちょうどフォーゲルのもとにいたゼファーの働きによりフィリップと話をする機会が得られた。魔王軍にとってもそれは渡りに船であり、うまいこと話がまとまれば王国北部に突如生えた来た異界の勇者との闘いもしばらくは避けられるかもしれない。
「グランガイザスは王国の暗部、委員会の黒幕だ。かくいう私も委員会の末席に所属していた。最もあれがグランガイザスたとは知らなかったが…。王さまと皆に呼ばせていた奴だが、その呼び方は王国の影の王という意味かと思っていたもんさ」
「…委員会は、今どうなっている?」
「委員会は滅びたよ。委員会の貴族たちは皆消された。私も消されそうになったが、なんとか逃げ延びたよ」
「…それを信じろ、と?」
委員会が滅びたという確証はない。このように魔王軍へと潜り込もうというグランガイザスの策略家もしれない。フォーゲルはその事実を、罠かもしれないとわかっていながらもあえて確認しに来た。
「当然の疑問だが、信じてもらうしかない。私は王国の闇である委員会を滅ぼすために委員へとなったのだ」
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「クッ!貴様がグランガイザスだと!俺たちを騙してたンか!?」
「ヒデー!俺はアンタが王国を守護るってゆーから投資したんだゼ!」
「ひいいいい~!とにかく助けてくだされ~!!」
「マサコ(義理の娘)、愛していたよ…」
先日まで委員会に所属していた王国の貴族たちが、グランガイザスの前で拘束されている。各々裏切りに憤慨する者、助命を乞うもの、家族に別れを告げる者、16人の委員たちがひっちゃかめっちゃか騒いでいる様子を、グランガイザスは冷めた目で見降ろしている。1人、末席の委員の姿が見えない。グランガイザスは流星に確認をとる。
「フィリップはいないようだが…」
「残念ながら逃げられましたネ…どうやらあの男は委員会を裏切る腹積もりだったようです。奴の巣はもぬけのから、あったのはこの手紙一枚だけでした」
流星から手渡された便箋から、中の手紙を取り出し目を向ける。読まずとも一目見て理解できる内容が、そこには書き綴られたいた。
『ハズレ』
おちょくるようなその手紙に多少ムカつきはしたが、グランガイザスは平静を装い、余裕を振舞う。
「まぁいいさ、奴が何か企んでいるのは察しがついていた。今頃は魔王軍に泣きついているころだろうヨ」
「シカトしてんじゃネーゾコラァ!テメェにゃ殺されても跪かねーゾ!」
やけに気合の入った委員がグランガイザスに上等を切る。彼は委員会でも最も武闘派と評判で、委員会でも喧嘩をやらせりゃ最強と言われているデストロイ辺境伯である。
「気合入ってるね、君。だから君はいらないや」
「なっ!?」
デストロイ辺境伯の足元の影が、突然辺境伯の全身に伸びる。一瞬で漆黒に染まった辺境伯はしばらくもがき続けるが、やがて動きが泊まり声も止む。大人しくなった辺境伯の肉体が色を取り戻したとき、その顔は表情を失っていた。生きてはいる。しかし、感情を失った漆黒の目。記憶、感情、人格、辺境伯を辺境伯たらしめる情報一切を消去した、ということか。
「フッ、どうだね委員たち。余は君たちを殺しはしない。大切な資源だからナ。むしろ我に従うのならば力を与えよう。魔王軍を語る田舎者、王国を救うと宣う英雄たち、そして王国の侵略を企む風林火山四国をも亡ぼす力を…。どうする。君の投資に見合う報酬だと思うが?」
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「王国の闇、委員会。委員たちは王国のため、自らのため、それぞれの欲求に基づき委員会へ参入した。そして私の欲求は委員会の破滅だ。たとえ正義のためであろうと、人間をただの道具として扱う非道な実験の数々、許されるものではない」
フィリップはそう言いながら、チラリとジャスティスへ一瞬目を向けた。ジャスティスはフィリップが嘘を言っていないと信じている。委員会脱出のきっかけを作ってくれたのは他ならぬフィリップだから。IIに記憶を与え、正体を隠しトッシュの元へ向かえ。そう言って委員会のカメラやセンサーをオフにし、彼女の脱出を手引きした。最後にフィリップが残したメッセージ、『正体は隠せ』。早速その約束は破ったが…。
「御大層な理想は結構。伯はグランガイザスと戦う手札があるのか?」
「天空要塞グランガイザスの構造。グランガイザスが保有する兵力。グランガイザスの手元の残っている最後のジャスティス・チルドレン流星の能力。その他委員会が絡む情報の提供と、戦力としてゼファーをそちらに預ける」
フォーゲルが返事をするまえに割って入る声。
「はいはいはーい、私も行くわ。私も今は聖竜騎シャイニングブレイクだもの。いいわね?」
そしてフィリップが答える前にさらに割って入る声。
「ダメダメダメェ!お姉さま魔王軍に行かないでよぉ~!」
トッシュもサンと同じ気持ちではあるが、もはや止める力は無い。フォーゲルにトッシュの現在の立ち位置を確認した後、三騎士として活動することになるだろう。幸い三騎士は正式には魔王軍ではなくフォーゲルの私兵であるため、魔王軍の会議への参入の機会は無い。あとはトッシュもこれまで通り魔王軍から出奔した状態で活動を続けてれば、まぁギリギリセーフかな、というところだ。
「そうか、ではダブ…シャイニングブレイクも預けるとしよう。何かあればゼファーに伝えてくれ。私とゼファーは繋がっている」
「まだ伯を完全に信用したわけではないが、それは伯も同じだろう。まぁまずは我が魔王に話を持って行く。何かあればゼファーに言えば言いのだな」
「左様だ。ではこれにてお開きとしよう。昼食はまだだろう?市役所の食堂を使うと良い。14時まで開いている。これが無料食事券だ、使ってくれたまえ」
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「すっかり無視されてボクは無性に腹が立ちます!マユさんはなんで黙ってたんですか!?」
「まぁ、奴にも考えがあるってことさね…」
マユはジャスティスとのタイマン時に、ジャスティスから言われた話を思い出す。
「マユ…トッシュと一緒にサンを守って。あの子をこの時代に呼んだのはグランガイザス、理由はきっととんでもないものに違いないわ…」
どんな理由があるにしろ、かつての自分をグランガイザスにいい様にされていい気分なわけがない。マユはサンを守るために、ある決意をした。
「サン、あなたはゼファーに勝てなかったねぇ」
「むむむ…」
守るというのは簡単なことではない。自らが常に一緒にいられるわけではない。排尿排便の時間や睡眠時、交尾の時間など、生物には無防備になる時間がどうしても出てくる。ならば、守られる対象にも最低限自衛する力を持ってもらう必要性があるというものだ。
「一緒に行こうかね?八卦の総本山へ」
「!」
八卦龍拳、その総本山。雷、風、火、水、土、地、月、そして天。その全てを取りまとめる本部が王国東部、怒りの森と呼ばれる地域に存在する。いずれ来る闘いに備え、八卦の技を身に付けるために。ここ10年以上気が乗らなかった修行に、久方ぶりに前向きになったマユは、八卦龍拳を極めるという決意を。
「じゃあ僕もご一緒しますよ、サンちゃんが行くならね」
「まだ諦めてないのかお前…まぁいいか。じゃあ俺も行くよ。八卦に興味あるし」
ビィとトッシュも八卦を目指す。
「俺は仕事もあるし、市に残るよ」
「あぁ~?仕事じゃなくてアカネさんのためだろうがお前はヨ~」
「ちょっとトシくん、何てこというのよ!アルくんは猫カフェの仕事があるんだからね!簡単に仕事辞めるのは無責任なんだよ!」
「仕事って、ローシャ市の守護者の仕事も忘れるでないぞ、一応私はローシャ市に残るんだから…グランガイザスの手下が来るかもしれんから守ってくれたまえよ」
アル、アカネはローシャ市に残る。もともとアカネのローシャ市の病院受診の付き添いのためにアルはここにやってきたのだし、猫カフェの仕事もあるし、フィリップ伯の言う通り守護者でもある。外に行く理由の方がアルには無いのだ。
「じゃあ準備整ったら出発するか」
トッシュの声で、一行は帰路についた。
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竜の一族の長であるフォーゲルは、数多の竜を従えている。彼と配下の三騎士を背に乗せ空を往く大型の竜、古代竜と呼ばれる種で、黒金の装甲に赤い翼と白いたてがみを持つその竜の名はインペリアルドラゴン。皇帝の名を持つ古代竜の中でも特に強い力を持つその竜こそ、フォーゲルの騎竜である。別名タクシードラゴンと称えられる抜群の乗り心地と速さを誇り、過去から現在に至るまで常にドラゴンライダーに狙われ続けた歴史があり、数を大きく減らし絶滅危惧種となったその竜の一匹を、フォーゲルは保護している。
「ジャスティス、どうだった?トッシュの力は?」
「そうね…ゼファー、あなたには劣るわね。全エネルギーを使った聖拳の一撃もあたなのゼファーガンよりちょっと強い程度だし」
まぁそう言いつつも、実際にやればトッシュが勝つだろうな~と思っている。戦闘は単に力の強弱で決まるものではない。それだけで決まるならば、ジャスティスもグランガイザス討伐などできなかったのだから。
「そっか。じゃあトッシュに負けたピクシーより俺の方が強いってことだな」
ピクシーに聞こえるように煽るゼファーに、ピクシーが訂正を要求する。
「なんだと?貴様俺に負けただろうが」
「あれは連戦開けで疲れてたし~、必殺技を縛られてたし~」
「フン、なら確かめるか?」
「別にかわまわにけどさぁ。なんでアンタらは仲間をころころした俺たちを三騎士に入れたわけ?」
「あぁ、アトラスとアレックスか?まぁ俺たち三騎士は仲良しお友達グループじゃないからな、プライベートだと会っても声掛けないし連絡先も知らないし。だから強い奴が来たら入れ替えもやっている」
「へぇ~ドライなのね三騎士は。まぁいいんじゃないかしら?」
魔王のいる城を目指すインペリアルドラゴンの背の上で三騎士たちと会話をしつつ、ジャスティスはトッシュへ心の中で別れを告げる。といっても永遠の別れのつもりは無い。グランガイザスを退治するその日まで、それまでしばしのお別れ。平和になればまた在りし日のように親子で出かけたりしたいなぁと、切望するのだった。