第11話 『回り始める時に』
「だ、誰・・・?」
晴花が恐る恐る尋ねると、仮面の男はゆっくりと立ち上がりこちらに体を向けた。
その男はフードのついた黒いマントを着こみ、出ているのは仮面を着けた顔だけだった。
仮面は奇妙な模様をしていて、凹凸のない縦に長い楕円の面に、緑、赤、青、黄色で中心の黒色の点に向かって渦巻くように線が描かれていて、そこに息をするための穴や目を覗かすための穴はなかった。
身長だけで見ると2メートルは簡単に超えている大きさだったので、男だと思ったが性別も正確には判断出来ない。
男が立ち上がった瞬間に、前に出ている俺と晴花の後ろでみんなが隠れて武器を構え、スキル発動の準備を済ませた。
どうやら前と同じく普通に魔法やスキルを使って戦えるらしい。
なら、この目の前の仮面の男が急に襲ってきても対処は出来る。
だが、予想に反して仮面の男は無言で立ち尽くし、俺たちをじっと見つめていた?のだと思う。
そしてゆっくりとマントから細長い指をと平たい手を出し、自分の頭を抱えるようにした。
その指はくすんだ深緑色で、指は6本あった。
ヒト種ではない。
俺たちは警戒心を跳ね上げ、俺と晴花も武器を構える。
ゆっくりと仮面の男が自分の頭を両手でつかみ終えた。
すると突然頭の中に声が響く。
<武器を降ろせ。勇敢な訪問者よ。>
しわがれた老人のような声なのに、幼い子供の声とも、張りのある青年の声にも聞こえる。
頭に響くその声は、ゆっくりとしみこむように自然な声音で俺たちに語り掛けた。
<私は君たちに、危害を加えるためにここにいるのではない。世の理を、語りに来た。>
この声は案内局のおじさんが使ったような、魔法でもスキルでもない。
恐らくこの目の前の男の種族が持つ特異能力だ。
俺たちは困惑しながらも武器はしまわずに構えを解く。
スキルはいつでも発動できる。
もし危害を加えようとしたら、瞬時に晴花の雷が焼き尽くすはずだ。
頭の中の声が続く。
<よしと、しよう。安易に信頼しないことは、この世界の最善である。しかし、ここからの話、君達には聴き、信じる必要がある。>
声は語り掛ける。
そして、信じて欲しい、という感情が流れて来る。
何だこれは。
相変わらずこの世界は意味が分からないことだらけだ。
<君達は異なる世界から来た訪問者だ。この神殿に呼ばれ、この地にいる。そして、短い時をこの世界で過ごし、君達は自身の世界へと先ほど戻った。そして、この地にまた足を踏み入れた。>
「・・・なんであんたはそれを知ってるんだ?」
俺たちをずっと見ていたような口ぶりに疑問を覚え質問をぶつける。
すると頭の声は答える。
<それは気にすることではない、些細な事だ。>
<今、君達はこの世界に3度足を踏み入れ、問題を抱えた。時の流れだ。君達の世界と流れる時が、この世界ではずれている。いや、正確に言えば、ずれていった。君達は、特に、早く、早くずれていった。>
?どういうことだ。
この男は俺たちをこの1週間ずっと見ていて、俺たちの悩みを知っている。
そして、その答えを知っている。
声は続く。
<常に訪問者はこの問題にぶつかる。初めは同じであった時が、次第にずれ始める。そして、君達のように困惑する。>
<だが、これは全ての訪問者に訪れる変化だ。この神殿から続く道は、この世界と異なる世界を結ぶ。そしてこの道を境に、時も、物も、能力も、移り行く。>
<この世界に着けばこの世界に相応しいようになり、元に戻ればそこに相応しく。時間は、片方が進み、片方は止まる。そこを通る者も、進み、また戻る。>
「つまり、元の世界に戻れば洞窟に入る前の状態に、この世界に来ればこの世界を出る前の状態になるってことか?」
「なら、こっちでお婆さんになっても、元の世界に戻れば、また若くなる、とか・・・?」
話が飲み込めた俺と林は尋ねる。
他の4人も林の例えで納得したのか、うんうんと頷く。
<その通りだ、聡明な訪問者よ。>
<神は、初めは同じ時を進む世界を選び、神殿を繋げる。そしてその繋がりが平行な時間の流れを破壊するのだ。>
神?やはり神なのか。
この世界に作用する不思議なことは神種が大体の原因にされるが、これも神種のしわざだと、仮面の男は言う。
<私も、古くにこの地に流れ着く訪問者。そして、伝え、防ぐのがその役目。>
<訪問者よ、この世界を見放すな。>
<最後まで見続け、感じよ。>
そう言って仮面の男が両手を頭から離し、両手を叩き合わせると、黒いもやがその姿を覆い体が蜻蛉のように揺れ、煙が消えた時には誰もいなかった。
「つまり・・・、この世界にいくらいても問題ないってこと、かな?」
幹夫がそう尋ねる。
するとみんなが沸き立って騒ぎ出す。
「マジか!マジかマジかよ!やったじゃねーか!なんだよ焦ったわ!ミシャさんも言ってくれればいいのによ!」
「え、いいの!?やったじゃない!」
「やったーーーーーーーーー!!!!じゃあ早速街に行こうよ!」
そういってズンズンと会談を降りて進んで行くアホ3人。
俺は幹夫と林と顔を合わせ、3人の後を歩きながら少しだけ相談した。
本当に信じていいのだろうか?
突然現れた謎の男の言うことだ。
しかも、顔は仮面で隠すし、謎の能力を使って話してきた。
だが、少し話し込んだ所で、結局信じるしかない、という結論になった。
そもそもミシャさんの言うことも絶対に正しいとは分からないし、この世界では聞いたことを感じて確認するしかない。
実際、あの仮面の男の説明と同じ現象が起きている。
なら、もう少しこの世界に滞在して確認すればいい。
そういうことを試していいくらいには、この世界は魅力を持っている。
そうして林と幹夫を連れ、先を進むアホ3人に小走りで近付く。
オリジナへ近づくと門が開きミシャさんが明るい顔で手を振っている。
その顔を見て、ふと、ミシャさんの説明と仮面の男の言葉を、俺は頭の隅に思い出していた。
『神殿には謎が多く、この世界に長く住まう種族はあそこには近付けないため、実態も理解されていない。』
『君達は、特に、早く、早くずれていった。』
あの仮面の男は何故神殿に近付くことができ、その仕組みを知っていたのか、何故俺たちだけ早く時間がずれたのか。
この意味を理解したころには、俺たちの運命は回り、大きく捻じ曲がっていた。




