第10話 『この世界とあの世界と』
「ただいま~。」
家のドアを開け中に入る。
玄関の時計の時間は午後5時30分。
大分腹も減ったところだったので、なんとか夕飯前に家に着けたのは幸いだった。
拳撃鎚入りの重い荷物を玄関に下ろし、襟でパタパタと扇ぐ。
田舎の夏は夜になると冷えるが、まだまだ暑い。
少しすると、俺の声を聞きつけた母親が台所からパタパタとスリッパの音を立てながら顔をのぞかせた。
晩御飯でも作っていたのだろう、良い匂いがする。
そして晩飯は何か聞こうとしたところで、信じられないことを言ってきた。
「あら、アンタ何。忘れ物でもしたの?こんな時間に。電車、間に合うの?」
・・・?
何を言っているんだ?
「ほら、早く探しなさい。力雅君達が待っているんでしょ?」
「え?母さんついにボケたのか?俺、帰ってきたんだけど・・・。」
「はぁ?アンタこそボケたの?つい2時間前に力雅君達と待ち合わせして、新幹線に乗って山登り行くって言ってたじゃない。ほら、そんな荷物持って。何、頭でもぶつけた?」
「え・・・。え、ちょ、ちょっと待って。・・・今日って何日だっけ?」
「7月19日よ。アンタ、ほんとに大丈夫なの?今回は力雅君に言って休ませてもらったら?」
これは・・・どういうことだ。
いや、原因は分かる。
間違いなくあの異世界に行ったことだろう。
だが、ミシャさんの説明を聞く限りだと、あの異世界とこの世界の時間の進み方は同じで、日時にも差は無かった。
そして、俺たちは確かにあの世界で1週間の時を過ごし、この世界に戻ってきた。
だがこの世界では入ってきた時と同じ日だ。
しかも2時間前に出た、ということは行き帰り片道1時間というの時間を考えると、まるであの洞窟に入った時のまま時間が止まったようだ。
急いで事実を確認しなければならない。
とりあえず、母親を誤魔化してからだ。
「あ~、ごめん、いや、実は忘れものなんだけどさ、ついついネタを言っちゃったよ~。」
「はぁ?ホント暑さにやられてるんじゃないの?ほら、ふざけてないでサッサと忘れ物入れていきなさいな。迷惑かけないの。」
「う、うん、スマン。」
不審がる母親をよそに、俺は荷物を持って急いで2階の自分の部屋に向かう。
部屋の机に置いてあるデジタル時計を見た。
7月19日 PM 5:38
マジか・・・。
ケータイやパソコンを確認しても日付に変わりはない。
これは、どうやら、まずい状態に陥ったかもしれない。
俺たちは本当にあの世界に行ったんだよな?
いたことさえも疑いをかけてしまった時、リュックサックにあの世界で使っていた拳撃鎚をしまっていたことを思い出し、急いで中を広げ確認した。
・・・・・・。
ない。
そこに入れたはずの、1週間の俺の相棒が、跡形もなく消えている。
神殿で俺は確かにしまったはずだった。
だが、いくら探しても出て来るのはキャンプ用にあつらった道具ばかりだ。
そして、首から下げていたはずの冒険者のステータスプレートも、ポケットにしまった宿屋の利用証プレートも、ない。
混乱と不安がこみ上げる。
何がどうなっている。
もしかして、これはとんでもないことじゃないのか。
しかし、1人で悩んだところで何も分からない。
そうだ、みんなは?
みんなはどうなってる。
俺と同じように、この奇妙な時間の流れにさらされているのか?
なら、みんなと会わなければ。
会って、確認を取らなければ。
その時ケータイの着信音が部屋に響き、俺は相手を確認せずに電話に出る。
『お、おい信浩か?あー、これどうなって・・・、いや、と、取りあえずあの洞窟の前に、来てくれ!みんなも集まるように伝えてるから!』
電話で了解を伝え、すぐに広げた荷物を中へしまう。
そして、俺は荷物を持って、鍵もかけずに走って家を出た。
とにかく急いでみんなの元へ、異世界の入口へ走った。
洞窟へは俺の家が一番遠かったせいで、着いた頃にはみんなはもう集まっていた。
俺の姿を見ると、みんな不安そうな顔でこっちを見て来る。
晴花も母親に何か言われたのだろうか、珍しく困惑している。
だが、こうして全員集まると少し安心する。
「ノブ!良かったやっと来た!」
「あ、あぁ!すまん遅れた。あ、あの」
「そ、そうなんだよ!信くん!お母さんが晴花に『お友達を待たせちゃだめよ』とか言ってきて、もうわけわかんないの!」
「俺もだ。俺も、母さんに、そう言われた。デジタル時計や、パソコンも確認したんだ。でも、時間は1週間前と変わってなかった。」
「僕もお姉ちゃんに言われて、その時初めて気づいたんだ。あの世界では腕時計の表示は確かに進んでいた、と思う。なのに、家で確認したら、表示も巻き戻ってて・・・。」
「私も、魔法の杖が気付いた時にはリュックから、なくなってたの。光と探してたんだけど、光の弓と短剣もなくなってて、異常に気付いた。」
つまり、俺たちはみんな家に帰るまでこの異常に気付いてはいなかったらしい。
すると、力雅はさらに困惑するようなことを言ってきた。
「それだけじゃねぇ、あの世界から持ってきたものだけじゃなかった。行きに迷わないように、木に赤い布巻いたのを覚えてるか?」
「ああ、帰りにも見たはずだ。」
「そう、それだ。それが、普通に今手元にある。この世界に入る前に用意した枚数分、あるんだよ。減ってないんだよ。減ってないんだ・・・。」
「・・・。」
絶句して声が出ない。
あの世界で手に入れたものがない。
この世界から持って行ったものが、元のまま。
日付も、時間も変わらない。
あの世界はなかったのか?
異世界は俺たちの夢?
俺たちは6人そろって洞窟の中に入って幻覚を見ていた・・・?
「そ、それって・・・。」
光が喘ぐように言葉を漏らす。
「あの、あの世界って、異世界って・・・無かったってこと・・・?」
光の言葉に、みんな押し黙る。
その可能性は十分考えられる。
元々、魔法が使えて、あんなモンスターで満ち溢れてた世界に無理があったもだ。
夢見た世界は、夢だった、そうなってしまう。
そんな・・・
「そんなわけないよ!!!」
すると重い空気を散らすような大声で、晴花は叫ぶ。
「そんなわけない!晴花は絶対に『大発見』をしたの!力くんと街を沢山見たし、みんなと沢山遊んだ!」
「け、けどよ、ホラ。魔法が使えないんだ。頭の中にスキルが浮かび上がらねぇ。晴花、あれは・・・。」
力雅の言う通り、俺の頭の中にはスキルが思い浮かばない。
魔力を出す感覚も残っている気がするのに、魔力が出ていることは分からない。
だが、そんな言葉にも負けずに晴花は言った。
「でも!それでも!まだ、決まってないよ!もう一回、あそこに行こうよ!そうすれば、何か分かるかもでしょ!?」
「そう、なんだけど・・・。」
林は口ごもる。
晴花の言うことは正しい。
だが、同時に危険だ。
時間の流れが違うということはどういうことか。
仮にまた、この洞窟を通ってあの世界に行けたとしても、あの世界での1週間はこの世界での一瞬だ。
だから、こうしてこの世界で過ぎた1時間があちらでは何年経過してるか分からないのだ。
もしかしたら、また違う世界になっているかもしれない。
今度こそ、洞窟を出た瞬間、神殿で殺されないとも限らないのだ。
それをみんな分かっているからこそ、晴花のようにもう一度行こうと、言えない。
・・・けど、ここで立ち止まっていてどうする。
晴花の言う通り、俺たちはあの世界で1週間でも過ごしたのだ。
あの世界に戻れるなら戻りたい。
みんなもきっとそう思っている。
なら、晴花が勇気を言い出してくれたのだ。
リーダーとして、冒険者パーティー・フレイムズのリーダーとして、俺はみんなを引っ張らなきゃいけない。
「・・・晴花の言うとおりだ。まだ、分からない。もしかしたらあの世界は俺たちの知っている世界じゃないかもしれない。・・・危険な世界になっているかもしれない。けど、行かないことには、何も分からない。なら、行こう。俺はあの世界でもう一度、みんなと冒険がしたい。」
晴花の一生懸命なお願いと、俺の説得を聞いて、みんなは深く思案する。
やはりみんなもあの世界は名残惜しいのだ。
数分の沈黙を経て、みんなは賛成してくれた。
「・・・うん、そうね。ノブは私たちのリーダーだし、リーダーの言うことは聞いてあげるものよね!それに行って危なかったらすぐに帰ってきちゃえばいいんだし!」
「そう・・・だな。そうだ。うん、その通りだ。それにせっかく見つけた本当の晴花の『大発見』だ。最後まで見てやるか!」
「い、今までのだって『大発見』だよ!」
「うん、僕もまだあの世界で旅できたらいいな、って思う。」
「私も。」
一度決まれば後は実行するのみ、だ。
光の言う通り危ないならちゃっちゃと尻尾を巻いて逃げればいい。
ウジウジと悩む方が勿体ない。
俺たちは洞窟に足を踏み入れ、その先の神殿へと向かう。
不可解な明るさの洞窟に相変わらず変化はない。
ここから、変わっていたらどうしようかと思ったが、大丈夫らしい。
どうやら異世界へ道は通じているようだ。
しかし、奇妙なことが起こった。
「あ、あれ!?お、おい、さっきまで握ってたマーカー用の布が無くなってる!」
力雅が手にしていた、異世界の木々に巻き付けたはずの赤い布がいつの間にか消失していた。
そして数歩、異世界に近付くほど変化をその身に感じる。
この感覚は、魔力を呼び起こしたあの時と同じ感覚だ。
体から、魔力が湧いてくる、目覚めて来る。
「あっ!林ちゃん!それ!リュックに・・・!」
「あれ、嘘・・・!?」
林のリュックにはいつの間にか消えたはずの魔法の杖が、異世界を出る前と同じように刺さっていた。
数歩進むたびにいつの間にかみんなの手元には異世界で手に入れた武器、首元にはステータスプレートが戻ってきている。
俺のポケットも突然ふくらみ、急いで取り出すとそれは宿屋「オリバー」の使用証プレートだった。
急な変化に俺たちは戸惑いを隠せない。
あの世界に近づくと、俺たちもあの世界の状態に戻っている・・・?
俺たちは急いで洞窟を抜け、神殿にでる。
外に出て、見た異世界は、見渡す景色に変わりはなく、夕方の空には謎の生き物が舞い、星の輝きを映し始めていた。
森の先にあるオリジナの街も見た目だけは何の変化もないようだ。
唯一変化のあったことと言えば、神殿から森へ続く階段の一番上の段に、黒いフード付きマントを羽織った、仮面の男がいたことだけだった。




